※本記事は、三菱UFJ信託銀行が発行している「証券代行ニュースNo.210」の「特集」の内容を元に編集したものです。
経済産業省は、8月31日、「企業買収における行動指針」(以下「本指針」)を公表しました。本指針は、経済産業省の「公正な買収の在り方に関する研究会」における議論等を踏まえ、M&Aに関する公正なルール形成に向けて経済社会において共有されるべき原則論およびベストプラクティスを提示することを目的として策定されたものです。本特集では、本指針の概要をご紹介します。
本指針の意義
本指針は、企業価値の向上と株主利益の確保の双方に資する買収が活発に行われることが、企業の成長や資本効率性の低い企業の多い日本の資本市場における健全な新陳代謝に資する等の考えのもと、買収者が上場会社の株式を取得することでその経営支配権を取得する行為を主な対象として、買収の当事者・関係者が尊重し遵守すべき行動規範を示すものです。本指針に法的な拘束力はありませんが、買収の対象会社においては本指針の提示するベストプラクティスを参照し、行動することによって、取締役の善管注意義務・忠実義務違反のリスクを下げるとともに、当事者間で合意した取引条件が尊重されやすくなることが期待されます。
3つの原則と基本的視点
本指針では、上場会社の経営支配権を取得する買収一般において尊重されるべき原則として、①企業価値・株主共同の利益の原則(望ましい買収か否かは、企業価値ひいては株主共同の利益を確保し、または向上させるかを基準に判断されるべきである)、②株主意思の原則(会社の経営支配権に関わる事項については、株主の合理的な意思に依拠すべきである)、③透明性の原則(株主の判断のために有益な情報が、買収者と対象会社から適切かつ積極的に提供されるべきである。そのために、買収者と対象会社は、買収に関連する法令の遵守等を通じ、買収に関する透明性を確保すべきである)の3つの原則が提示されています。
また、対象会社の取締役会が買収に応じる方針を決定する場合、会社の企業価値を向上させるか否かの観点から買収の是非を判断することに加えて、株主が享受すべき利益が確保される取引条件で買収が行われることを目指して合理的な努力が行われるべきことや、会社の経営支配権に関わる事項は、原則として株主の合理的意思に依拠すべきところ、買収の是非や取引条件に関する正しい選択を株主が行うために、十分な情報が株主に提供される必要があるといった基本的な視点が示されています。
買収提案を巡る取締役・取締役会の行動規範
平時から企業価値向上に向けた取組みを行うことが、買収提案を受けた際に取締役会において、現経営陣が経営する場合の企業価値向上策と買収提案の内容の速やかな比較検討に資することを示しつつ、買収提案を巡る取締役・取締役会の行動規範について、局面に応じた考え方の整理が行われています。
買収提案を受領した場合 |
- 経営陣または取締役は、経営支配権を取得する旨の買収提案を受領した場合には、原則として速やかに取締役会に付議または報告する。
- 取締役会では、「真摯な買収提案」(具体性・目的の正当性・実現可能性のある買収提案)に対しては「真摯な検討」をすることが基本。真摯な検討を進める際には、買収後の経営方針、買収価格等の取引条件の妥当性等を踏まえ、企業価値の向上に資するかどうかの観点から買収の是非を検討する。判断の合理性について、説明責任を果たせるように行動すべき。
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取締役会が買収に応じる方針を決定する場合 |
- 現金対価による全部買収の提案の場合、株主にとっては価格面での取引条件の適正さが特に重要。部分買収の提案の場合、価格面での取引条件の適正さだけでなく、買収後の企業価値が中長期的に向上するかどうかも、全部買収の場合と比較して特に重要な判断軸となる。
- 買収者との交渉を行う際は、取引条件の改善により、株主にとってできる限り有利な取引条件で買収が行われることを目指して真摯に交渉すべきである(企業価値に見合った買収価格に引き上げるための交渉を尽くす、競合提案があることを利用して競合提案に匹敵する程度に価格引き上げを求める等)。
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公正性の担保 − 特別委員会による機能の補完・留意点 |
- 個々の事案ごとに、利益相反の程度、取締役会の独立性を補完する必要性、市場における説明の必要性の高さ等に応じて、独立した特別委員会の設置の要否を検討すべきである。具体的には、キャッシュ・アウトの提案であることから取引条件の適正さが株主利益にとってとりわけ重要であると考えられる場合、買収への対応方針・対抗措置を用いようとする場合、その他、市場における説明責任が高いと考えられる場合(例えば、複数の公知の買収提案がある場合等)に特別委員会の設置が有用である。
- 特別委員会の構成は社外取締役を中心とすることが基本。なお、独立社外取締役であっても買収の当事者からの独立性や当該買収の成否からの独立性が認められない場合もあることに留意が必要。社外取締役のM&Aに関する専門性が不足する場合には、リテラシーを高める努力を行うほか、アドバイザー等を招聘しその専門的助言等を活用することが考えられる。
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買収に関する透明性の向上
株主意思の原則・透明性の原則を実現するために、買収者および対象会社の双方の観点から、以下のとおり買収に関する透明性の向上の在り方が提示されています。
買収者による情報開示・検討時間の提供 |
買収時における情報の開示・提供 |
- 大量保有報告書や公開買付届出書を提出しようとする者は、これらの制度に基づき買収の目的について充実した開示を行うことが望ましい。
- 短期間のうちに市場内買付けを通じて経営支配権を取得するような場面
においては、買収が企業価値に及ぼす影響を理解した上で株主が買収に応じるか否かの判断をできるよう、買付の目的、買付数、買収者の概要、買収後の経営の基本的な方針等の重要な項目については、少なくとも公開買付届出書における記載内容と同程度の適切な情報提供を、資本市場や対象会社に対して適時、任意の方法で行うことが望ましい。
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事前取得の利用と買収意向に関する情報開示 |
- 公開買付けに先立って市場で株式の取得を進めるにあたり、その後に公開買付けを実施する意向が確定的である場合には、その旨の情報提供を資本市場や対象会社に対して行うことが望ましい。
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TOBの予告に関する情報開示等 |
- 公開買付けの実施を予告する場合には、買収のために要する資力等の合理的な根拠を有した上で、公開買付けの実施条件や開始予定時期など、市場の判断に資する具体的な情報を開示することが望ましい。
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実質株主に関する情報提供・情報開示 |
- 買収提案をする者が実質株主である場合、自らが実質株主である旨や名義株主との対応関係に関する情報を、対象会社に提供することが必要。
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買収に関する検討時間の提供 |
- 株主によるインフォームド・ジャッジメントの機会を確保するために、情報のみならず、対象会社の株主や取締役会に対して十分な時間が提供されることも重要である。
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対象会社による情報開示 |
買収が実施される段階での開示 |
- 適時開示規制による開示制度を遵守するにとどまらず、自主的に取締役会や特別委員会における検討経緯や、買収者との取引条件の交渉過程への関与状況に関し、充実した情報開示を行うことが望ましい。
- 賛同した買収提案が公表された後、当該提案に賛同する理由の説明の中で、他にも対抗提案があったが当該提案が望ましいと判断した旨とその理由を開示すべきである。
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買収提案の検討中で報道がされた場合の開示 |
- 買収を検討中の段階で、報道や噂の流布がなされた場合には、情報の真偽等の事実関係について開示をすることが必要になり得るため、この点に留意して検討する必要がある。こうした場合に備え、買収者との秘密保持契約に例外条項を設けるなどの工夫をすることも考えられる。
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また、株主が買収に対する判断を行う際には、必要な情報の提供を受けた上で、合理的な意思決定が阻害されない状況が確保されることが重要であり、以下の行為を行うことは望ましくない(法律違反に該当する行為は行ってはならない)とされています。
買収者 |
- 強圧的二段階買収(最初の買付条件を有利に、二段階目の買付条件を不利に設定、あるいは明確にしないで行う買収)等の強度の強圧性を有する買収手法
- 不正確な情報開示や株主を誤導するような情報開示・情報提供
- 買収の意図があるにも関わらず、それを隠して買付けを進めること
- 公開買付けを実際に行う合理的根拠なく、公開買付けの実施を予告すること
- 買収者の取引先株主等への優越的な地位に乗じた働きかけ
- 議決権行使や委任状の勧誘を行う際に、金品・財物の交付を行うこと
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対象会社 |
- 不正確な情報開示や株主を誤導するような情報開示・情報提供
- 対象会社の取引先株主等への優越的な地位に乗じた働きかけ
- 議決権行使や委任状の勧誘を行う際に、金品・財物の交付を行うこと
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買収への対応方針・対抗措置
買収への対応方針は、平時にルールを定めておくことで、買収者・株主等の関係者の事前の予見可能性が高まりますが、導入企業と機関投資家との間で評価が乖離する場合があり、株主や機関投資家の理解と納得が得られなければ、これを用いることは実際には困難となります。一方で、有事の局面において事案に応じた判断をすることが適する場合もありますが、有事に導入する方針は、株主の合理的な意思に依拠すべきといえます。以上を前提に買収への対応方針・対抗措置について整理されています。
株主意思の尊重 |
- 対応方針に基づく対抗措置の発動は、会社の経営支配権に関わるものであることから、株主の合理的な意思に依拠すべきである。対抗措置の発動について株主総会の承認を得る場合、原則として対抗措置の必要性が推認されるものと考えられる。
- 利害関係者(買収者、対象会社取締役およびこれらの関係者)を除外した株主総会決議に基づく対抗措置の発動が許容されうるのは、買収の態様等(買収手法の強圧性、適法性、株主意思確認の時間的余裕など)についての事案の特殊事情も踏まえて、非常に例外的かつ限定的な場合に限られることに留意する。また、取締役会限りの判断による対抗措置の発動が認められるのは、個別事情として必要性の高い場合に限定され、株主総会決議を取らない場合には、発動が差し止められるリスクが高まることを考慮する必要がある。
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必要性・相当性の確保 |
- 対応方針に基づく対抗措置の発動は、株主平等の原則、財産権の保護、経営陣の保身のための濫用防止等に配慮し、必要かつ相当な方法によるべきである。
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事前の開示 |
- 対応方針を平時に導入し、開示することで、一定以上の株式を取得する場合には対抗措置が用いられ得ることについて、買収者、株主等の事前の予見可能性が高まると考えられる。
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資本市場との対話 |
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