令和5年改正著作権法の影響度と実務対応 新たな裁定制度、立法・行政における公衆送信等、損害賠償額の算定方法見直し
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目次
2023年5月17日、著作権法の一部を改正する法律案が国会で成立し、同月26日に公布されました(令和5年法律第33号)。改正事項は、著作物等の利用に関する新たな裁定制度の創設等、立法・行政における著作物等の公衆送信等を可能とする措置、海賊版被害等の実効的救済を図るための損害賠償額の算定方法の見直し、の3点です。本稿では、本改正法の内容を解説します(改正後の条文を「新○条」と記載します)。
文化庁による改正法の公式資料は以下に掲載されています。
改正事項と施行日
今回の改正事項と施行日は大きく以下のとおりです。
改正事項と施行日
改正事項 | 施行日 |
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① 著作物等の利用に関する新たな裁定制度の創設等 | 公布日から3年を超えない範囲で政令で定める日 |
② 立法・行政における著作物等の公衆送信等を可能とする措置 | 令和6年1月1日 |
③ 海賊版被害等の実効的救済を図るための損害賠償額の算定方法の見直し | 令和6年1月1日 |
これらは、筆者も委員として議論に参加した文化審議会著作権分科会法制度小委員会が令和5年1月に公表した「第22期文化審議会著作権分科会法制度小委員会 報告書」(以下「報告書」といいます)の内容を受けたものです。なお、既に改正の方向で結論が取りまとめられていた独占的ライセンシーに対する差止請求権の付与については、本改正法には盛り込まれていません。おそらく内閣法制局審査でNGが出されたのではないかと推測されますが、非常に残念です。
著作物等の利用に関する新たな裁定制度の創設等
問題の所在、現行法
誰でも簡単にインターネットを通じて著作物等を公表することができる現代社会においては、権利者が不明であったり、利用の可否に関する意思が確認できなかったりする著作物等が数多くあふれています。こうした著作物等を第三者が利用したい場合、著作権法上、権利制限規定が適用される利用を除き、著作権者等の許諾が必要であることは言うまでもありません。
このうち、権利者やその連絡先が不明な場合に関しては、著作権者等不明等の場合の裁定制度(67条)を活用することにより、著作物等を利用することが可能です。しかし、同制度には手続面での課題も指摘されているほか、権利者の連絡先(メールアドレスやSNSアカウント等)は判明したものの、連絡に対して返信がない場合には活用できないなどの問題があります。
本改正法 - 新たな裁定制度の創設
(1)新裁定制度の概要
本改正法では、利用の可否や条件に関する著作権者等の「意思」が確認できない著作物等について、一定の手続を経て、使用料相当額を支払うことにより、著作権者等から申出があるまでの間、その著作物等を利用することが可能となる新たな裁定制度が導入されています(新67条の3。新103条により著作隣接権にも準用)。
新裁定制度は、著作権者等の意思確認の要件や手続を緩和することにより利用のハードルが低く設定されている一方で、著作権者等の申出による利用停止を可能にすることで、利用の円滑化と権利保護とのバランスが図られています。また、スピーディーな利用を実現するため、文化庁長官の指定を受けた民間の窓口組織が手続事務を担うことが想定されています。
既存の裁定制度については、事後的に著作権者等が現れた場合でも利用が継続できるという独自の意義があるため、引き続き存続しますが、本改正は、既存の裁定制度についても、新裁定制度と共通の窓口組織を活用することを可能とすることにより、手続の簡素化・迅速化を図っています。
本改正法により、権利処理をしようと思ってもなかなかできない著作物につき、利用の門戸が開かれることが期待されます。
新裁定制度のイメージ
(2)対象となる著作物等
新裁定制度が活用できる著作物等は、「未管理公表著作物等」です(新67条の3第1項)。
「未管理公表著作物等」とは、公表された著作物または相当期間にわたり公衆に提供され、もしくは提供されている事実が明らかである著作物(「公表著作物等」)のうち、次の①②に該当しないものとされます(新67条の3第2項)。
- 著作権等管理事業者による管理が行われているもの
- 文化庁長官が定める方法により、当該公表著作物等の利用の可否に係る著作権者の意思を円滑に確認するために必要な情報であって文化庁長官が定めるものの公表がされているもの
このうち、②については、「文化庁長官が定める方法」、「利用の可否に係る著作権者の意思を円滑に確認するために必要な情報であって文化庁長官が定めるもの」の具体的内容が、現時点では明らかではありません。報告書によれば、前者は著作物等、公式ウェブサイト、データベース、検索エンジン等を活用した手続が、後者は「無断利用禁止」等の記載がある場合や、利用条件を示した利用規約等が公開されている場合、クリエイティブ・コモンズマークが記載されている場合、利用許諾申請フォームが用意されている場合等が、それぞれ想定されています。これらは、施行日までに文化庁長官告示という形で公表されることになります。
権利者の視点に立った場合、権利を保有する著作物等が「未管理公表著作物等」に該当すると、新裁定制度の対象になってしまうことから、これに該当しないよう、適切な措置を講じておくことが重要となってきます。
(3)新裁定制度の要件
新裁定制度では、(2)で見た未管理公表著作物等は、以下の要件をすべて満たす場合、文化庁長官の裁定を受け、通常の使用料の額に相当する額を考慮して文化庁長官が定める額の補償金を著作権者のために供託することにより、著作権者の許諾を得ることなく利用することが可能です(新67条の3第1項)。
- 当該未管理公表著作物等の利用の可否に係る著作権者の意思を確認するための措置として文化庁長官が定める措置をとったにもかかわらず、その意思の確認ができなかったこと
- 著作者が当該未管理公表著作物等の利用を廃絶しようとしていることが明らかでないこと
このうち、①の「文化庁長官が定める措置」に関しては、施行日までに文化庁長官告示という形で公表されることになりますが、著作権者等へのメール送信やインターネットでの公示といったものが想定されており、典型例としては、メールを送ったものの返答がない場合が挙げられます。
②は、(著作権者ではなく)著作者が、その著作物が利用されないよう、自費で回収をしているといった例が考えられます。
(4)補償金の支払い等
新裁定制度の利用者は、補償金を供託する必要がありますが、文化庁長官が指定する窓口組織が存在する場合、窓口組織に対して支払えば足ります(新104条の21第2項)。
補償金の額は、文化審議会に諮問の上、文化庁長官が決定することとされていますが(新71条2号)、窓口組織が存在する場合は、文化審議会への諮問を経ずに、窓口組織が算出した使用料相当額を考慮して決定します(新104条の33第2項、4項)。
文化庁長官は、新裁定制度の裁定をした場合、その旨および裁定に関する事項(対象コンテンツのタイトルや利用方法等)を、インターネット等によって公表することになります(新67条の3第6項、新67条8項)。
なお、権利者が、連絡先を公表するなど、新裁定制度利用者からの協議の求めを受け付けるために必要な措置を講じ、請求をした場合、文化庁長官は、新裁定制度利用者に弁明等の機会を与えた上で、裁定を取り消すことができます(新67条の3第7項)。
(5)窓口組織 − 指定補償金管理機関・登録確認機関
本改正法は、新裁定制度の手続事務を担う民間の窓口組織として、(ⅰ)補償金の受領や著作権者等への支払といった補償金管理業務を行う「指定補償金管理機関」、(ⅱ)申請の受付や未管理公表著作物等の該当性の確認、使用料相当額の算出といった確認等事務を行う「登録確認機関」の2種類を規定しています。指定補償金管理機関と登録確認機関とを同一の組織が兼ねることも認められます。
施行日
新裁定制度の実施には、民間の窓口組織や権利情報データベースの整備、および新裁定制度の十分な周知が必要となることから、「著作物等の利用に関する新たな裁定制度の創設等」の施行日は、公布日から3年を超えない範囲で政令で定める日とされています。
立法・行政における著作物等の公衆送信等を可能とする措置
問題の所在、現行法
現行法は、立法・行政の目的のために内部資料として必要な著作物について、著作権者等の許諾を得ることなく複製(42条)や譲渡(47条の7)を行うことを認めていますが、公衆送信等については認められていません。従前、立法や行政は「紙文化」でしたが、DX対応の推進が進む中、デジタル・ネットワーク環境を活用した資料の授受等のニーズが高まるに至りました。
改正法の内容 − 立法・行政の目的のための内部資料としての著作物の公衆送信等
本改正では、複製に加え、内部資料を利用する者との間で公衆送信を行うことおよび受信装置を用いて公に伝達することを権利制限の対象に追加しています(新42条)。
これにより、国会や役所の内部において、第三者の著作物を含む資料をメールやクラウドを利用して回覧したり、端末画面に表示し閲覧させたりすることが許諾を得ずに可能となります。なお、あくまで立法・行政目的の利用に関する改正であり、民間企業等には適用されませんので、ご留意ください。また、立法・行政目的の利用であっても、権利制限の対象となるのは、あくまで「必要と認められる限度」であり、さらには、著作権者の利益を不当に害することとなる場合には除外されますので(新42条但書)、既存のライセンス市場等があるような利用態様に関しては、権利制限の対象とはならないと考えられます。
その他、本改正では、裁判等手続のIT化に関連して、行政審判手続に必要な公衆送信等(新41条の2第2項)、および特許審査等の行政手続に必要な公衆送信等(新42条の2第2項)が新たに権利制限の対象とされています。
施行日
「立法・行政における著作物等の公衆送信等を可能とする措置」は令和6年1月1日に施行されました。
海賊版被害等の実効的救済を図るための損害賠償額の算定方法の見直し
問題の所在、現行法
著作権法114条各項は、権利者の立証負担を軽減するために、損害賠償額の算定規定を複数置いています(114条)。しかし、近年の海賊版サイト等により被害が深刻化していることを受け、より実効的な内容にすべきであるという指摘がされていました。
そこで、改正法では、その一環として、令和元年に算定規定が改正された特許法に倣い、これと同様の見直しが行われています。
改正法の内容
(1)ライセンス機会の喪失による逸失利益の加算
現行法114条1項は、
を、権利者の販売等の能力に応じた額を超えない限度で、権利者が受けた損害の額とすることができるとしつつ、①の数量を権利者が販売することができない事情があるときは、これに相当する数量に応じた額が減額されると規定しています。
この点、損害額が減額される場合でも、減額相当分については、権利者がライセンスすることが可能であるため、114条3項により損害額として請求できるのかという点について、条文上明らかではなく、見解が分かれていました。
本改正では、これを明確にすべく、以下の(ⅰ)(ⅱ)の合計額を、権利者の損害額とすることができるとしています(新114条1項)。
(ⅱ){(譲渡等数量-販売等相応数量)+特定数量}に応じたライセンス料相当額(2号)
「販売等相応数量」は、権利者の販売等の能力に応じた数量を、「特定数量」は、権利者が販売することができないとする事情に相当する数量を、それぞれ意味します。
現行法114条1項は、下図の黒実線枠で囲まれた部分(上記(ⅰ))のみが損害額として規定されていましたが、本改正により、これに加え赤点線枠で囲まれた部分(上記(ⅱ))も損害額として明記されました。
新114条1項のイメージ
もっとも、正規品(元の著作物)にない付加要素が大きく、元の著作物の貢献が認められない場合など、ライセンス機会が喪失したと評価できない場合には、合計することは認められないとされています(新114条1項2号括弧書き)。
(2)ライセンス料相当額の考慮要素の明確化
現行法114条3項は、いわゆるライセンス料相当額として、「著作権、出版権又は著作隣接権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」を損害額として請求できると規定しています。かかるライセンス料相当額に関しては、平成12年改正以前の「通常受けるべき金銭の額」という文言について、同改正により「通常」が削除されたことも踏まえると、侵害者に対するライセンス料である以上、通常のライセンス料(相場)よりも当然高額となることが想定されます。
しかし、条文上、侵害者に対するライセンスであるという事情を考慮できるかは明らかではなく、裁判実務においてもかかる事情が十分考慮されているとは言い難い状況にありました。
そこで、本改正は、ライセンス料相当額の認定にあたって、かかる事情を考慮することができる旨を明記しました(新114条5項)。
施行日
「海賊版被害等の実効的救済を図るための損害賠償額の算定方法の見直し」は令和6年1月1日に施行されました。

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