音楽利用の著作権ルールは改正でどう変わった?放送と配信の違い
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放送と通信の著作権法上のルールをどうするかは、広くはいわゆる「放送と通信の融合」の1テーマに位置付けられてきました。昨今では、ABEMA(旧称Abema TV)やAmazonがインターネット配信でWBCやカタールW杯を中継し、逆にテレビ局であるNHKや民放各社がNHKプラスやTVerでインターネット配信を始めるなど、テレビ放送とインターネット配信の間の区別はどんどん曖昧になってきています。
しかし著作権法上、テレビ放送とインターネット配信は明確に区別され、前者のための音楽の著作隣接権の処理は比較的簡単であるのに対し、後者のためのそれは難しいものとなっていました。著作権法令和3年・5年改正はこの点を見直し、同時配信を含むインターネット配信での音楽利用を今までよりスムーズにするものです。
この記事では、まず音楽の著作隣接権処理ルールについて放送と配信の比較を行い、続いてこれらに関わる令和3年・5年改正を説明した上で、最後に注意すべきポイントについて述べます。
放送における音楽利用のルール
著作権法は、著作物に関わる一部の者に著作権とはやや異なる著作隣接権を与えており、その内容は場合によって異なります。実演家(歌手、ミュージシャンなど)の場合は、著作隣接権の1つとして放送権、すなわち自らの実演をテレビ放送する権利が与えられています(92条1項)。
たとえばテレビ局 1 がある歌手が歌っている音声を生中継したいと考えた場合、あらかじめその歌手の許可を得ることが必要であり、許可なくこれを行うことは実演家の放送権侵害となります。しかし、過去にレコード会社 2 が歌手の許可を得てスタジオ等で収録して制作した音源を、テレビ局が番組内で利用する場合には、改めて歌手の許可を得る必要はないこととされています(92条2項2号イ)。その代わり、商業用レコード、すなわち音源のうち配信やCD等の形で市販されているものを利用する場合には、テレビ局は放送二次使用料と呼ばれる金銭を支払うことになっています(95条1項)。
さらに、テレビ局はこの放送二次使用料を各実演家に対し直接支払う必要はありません。テレビ局は全実演家の分を公益社団法人日本芸能実演家団体協議会実演家著作隣接権センター(以下「芸団協CPRA」)にまとめて支払い、芸団協CPRAが個々の実演家への分配を行うこととされています(95条5項)。
このように、実演家の商業用レコードに関する放送権は、以下の2点において、著作権法上の多くの権利とは異なる特徴を持っています。
- 利用の可否を決められる「許諾権」ではなく、利用された際に金銭を請求できるだけの「報酬請求権」であり しかも
- 各実演家はそれを単独で行使できず、芸団協CPRAを窓口とする必要がある
①により、テレビ局は放送二次使用料を支払っている限り実演家の放送権侵害リスクを負うことはなく、しかも②によりこの放送二次使用料の交渉や支払は芸団協CPRAとの間だけで行えばよいという、とてもシンプルなルールになっています。
なお、放送二次使用料の請求権は商業用レコードを制作したレコード会社にも認められていますが、こちらも実演家の場合と同様、テレビ局から一般社団法人日本レコード協会にまとめて支払われ、レコード協会が個々のレコード会社に分配するというルールになっています(97条1項、3項)。
インターネット配信における音楽利用のルール
放送での著作隣接権の処理ルールが上記のとおりシンプルなものであるのに対し、インターネット配信での著作隣接権の処理ルールは複雑なものとなっています。
まず、実演家は送信可能化権(著作隣接権の1つ。インターネット上で自らの実演を配信する権利)を持ちますが、これは放送権とは異なり、音源使用の場合であっても、利用の可否を決めることのできる「許諾権」となっています(92条の2第1項)。つまりインターネット配信事業者は、歌手が歌っている音声を生配信する場合はもちろん、過去に制作された音源を配信上で使用する場合であっても、改めて歌手の許可を取る必要があり、許可なくこれを行うことは実演家の送信可能化権侵害となります。
さらに、この送信可能化権は著作権法上、特定の団体を通じて行使することが必須となっていないため、実演家が自らの意思で権利の管理を団体に任せている場合を除けば、各実演家が自ら送信可能化権を行使することができます。
このように、実演家の音源に関する送信可能化権は、以下の2点において、音源に関する放送権より強い権利であるということができます。
- 利用の可否を決められる「許諾権」であり しかも
- 個々の実演家が自らそれを行使できる
そのことにより、インターネット配信事業者は、音源を配信の中で使用するためには、実演家が自らの意思で権利の管理を団体に任せている場合を除けば、各音源の実演家と個別に交渉する必要があります。
a. 実演家が誰かわからない、b. わかったけれども連絡がつかない、c. 連絡がついて交渉したけれども許可が得られないといった場合には、裁定制度 3 を利用しない限り使用を諦める必要があるという、放送の場合に比べると厳しいルールとなっています。特に音源が外国のマイナーな実演家によるものであるような場合には、実演家の許可を得る作業は難しいものとなることがあります。
なお送信可能化権は実演家のほかにレコード会社にも認められており、こちらも実演家の場合と同様、レコード会社が自らの意思で権利の管理を団体に任せている場合を除けば、各音源のレコード会社を探し出して個別に交渉し、許可を得る必要があります(96条の2)。
令和3年著作権法改正 − 同時配信での権利処理円滑化
上記のようにテレビ放送よりもインターネット配信のほうが厳しいルールとなっている結果、近年よく行われているようにテレビ番組をインターネット上でも配信しようとする場合、問題が生じます。放送のシンプルなルールを前提に制作した番組について、配信の厳しいルールに従い直す必要が生じ、実演家やレコード会社から改めて許可を得る必要があるのです。
特にNHKプラスやTVerで行われている同時配信、つまりテレビ放送と同じ内容をほぼ同時にインターネット配信する場合には、放送が終わってから配信のための許可を得る時間的余裕はないため、配信のための許可を得る手続が終わっていない音源を使用している部分については、実務上、配信画面を静止画などに差し替え、別の音声を流すという処理が行われていました。
この問題に対応するために行われたのが、以下の文化庁資料が説明する令和3年著作権法改正です。
上記資料は、まず上記で述べたように、放送と配信のルールの違いと、配信では実演家が自らの意思で権利の管理を団体に任せている場合を除き、円滑な著作隣接権処理が困難となっていることを指摘しています(資料上部の【現行制度・課題】)。その上で、著作権法令和3年改正の内容について、以下の場合には、テレビ放送の場合と同様に、文化庁が指定する団体に金銭を払えば利用できるようにする旨を説明しています(資料中央の【改正内容】と右側の〈現行(放送と同時配信等)〉の図)。
- 音源が権利者団体によって集中管理されておらず かつ
- 文化庁が作成・公開するデータベースに音源に関する権利者の連絡先などの情報が公開されていない
なお、令和3年改正はほかにも、これまで放送の場合のみ使うことのできた「協議不調の場合の裁定制度」を同時配信の場合にも使えるようにしています。この制度を利用することにより、理論上、テレビ局は上記①②の条件が満たされない、「実演家やレコード会社に連絡はつくが配信で音源を使うことを許可してくれない」という場合にも、文化庁長官の裁定により音源を使うことができる可能性があります。
しかし、この制度は少なくとも2021年の時点では放送に関しても利用されたことがないとされており 4、今後利用が進むかは不明確といえるでしょう。
令和5年著作権法改正 − 配信のみの場合も権利処理円滑化
上記令和3年改正により、著作隣接権の処理はある程度スムーズになりましたが、この改正は同時配信 5 を念頭に置いたものであるため、ABEMA(旧称Abema TV)やNetflixのようにインターネット配信のみを行う場合には適用されません。この場合には上記3で述べた問題点が依然として残っています。
そこで令和5年改正は、同時配信を前提としないインターネット配信を含む、権利者との交渉が困難な場合全般への対応を行いました。ここでは本記事のテーマであるインターネット配信との関係に絞って説明します。
まず、令和5年改正が導入する「新しい権利処理の仕組み」を利用するためには、配信事業者が文化庁が指定する窓口を通して権利者の連絡先等を検索し、それにもかかわらず下記①か②のどちらかの要件が満たされることが必要となります(下図の右上部分)。
- 権利者が誰か不明である
- 権利者が誰かは判明したが、その権利が団体により管理されておらず、かつ下記に掲げるいずれかの要件を満たす
a. 権利者の利用許諾に関する意思表示がない
b. 権利者と連絡が取れない
分野を横断する一元的な窓口組織を活用した権利処理・データベースイメージ
上記要件が満たされる場合には、文化庁長官が「時限的利用の決定」、つまり配信事業者が一定期間音源を利用できることの決定を行い、配信事業者は窓口組織が定めた金額を支払うことにより、決定で定められた一定期間、音源を配信で利用することができます。なお、権利者が時限的利用の決定について知り使用停止を申し出た場合には、この利用はできなくなります(下図)。
新制度の具体的なイメージ
今後の注意事項
以上がインターネット配信での音楽利用に関わる令和3年・5年改正の概要ですが、以下では今後の注意事項として、2点述べておきたいと思います。
放送と配信の権利処理ルールはなお異なる
令和3年・5年改正は、たしかにインターネット配信の著作隣接権処理を今までよりスムーズにするものといえますが、一方で、テレビ放送並みのシンプルなルールを実現したわけではありません。
テレビ局は放送の場合には各指定団体に対して放送二次使用料を支払っている限り権利侵害リスクを回避できるのに対し、令和3年改正を利用して同時配信を行う場合、使用予定の音源が「①権利者団体によって集中管理されておらず、かつ②文化庁が作成して公開する権利者に関するデータベースに音源に関する権利者の連絡先などの情報が公開されていない場合」との要件を満たすか否かを確認することが必要です。既に一部の地方テレビ局からは、令和3年改正を前提としても、局単独で同時配信のための権利処理を行うノウハウがなく、容易ではないとの声も出ているようです。
また同時配信を行わないインターネット上のみの配信の場合は、上記4で述べたとおり令和3年改正は利用できないので、令和5年改正の「新しい権利処理の仕組み」を利用することとなります。これがどの程度使いやすいものとなるかは、今後整備される窓口の使いやすさや手続の早さに大きく左右されると考えられ、施行に向けた準備を待つ必要があるといえます。
インターネット配信事業者が競争上不利となる可能性
本記事の冒頭でWBCやW杯中継を例に述べたとおり、テレビ放送とインターネット配信の間の区別は曖昧になってきています。しかし著作権法上は、同時配信を行うテレビ局は令和3年改正を利用できるのに対し、インターネット配信のみを行う事業者は令和5年改正しか利用できないという両者の取扱いの違いが依然として残っています。この点で著作権法は、伝統的大企業が多いテレビ局を、ベンチャー企業が多い配信事業者より優遇する状態になっているのではないかという見方もあり得るところです。
実務への影響
以上のとおり、著作権法令和3年・5年改正は同時配信を含むインターネット配信での音楽利用を今までよりスムーズにするものですが、実際にどの程度スムーズになるのか、またテレビ局とインターネット配信事業者の関係にどのような影響が生まれるのかは、今後の実務を見ないとわからないところがあります。
放送と通信の著作権法上のルールをどうするかは、広くはいわゆる「放送と通信の融合」の1テーマに位置付けられ、私たちが日々の情報を得る上で重要になっている放送・通信に関わる事項であるため、今後も活発な議論が期待されるところです。
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著作権法は「放送事業者」という用語を使い、その定義は「放送を業として行う者」(著作権法2条1項9号)であるため、ラジオ局や衛星放送事業者なども含みますが、本記事ではわかりやすさを優先し「テレビ局」としています。 ↩︎
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著作権法は「レコード製作者」という用語を使い、その定義は「レコードに固定されている音を最初に固定した者」(2条1項7号)であるため、個人等がこれに当たる可能性もありますが、一般的にはレコード会社がこれに該当することが多いため、本記事ではわかりやすさを優先して「レコード会社」としています。 ↩︎
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文化庁長官が行う、権利者の許諾によらずに著作物の使用を許すことを内容とする決定。 ↩︎
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加戸守行『著作権法逐条講義〔7訂新版〕』(著作権情報センター、2021)537頁 ↩︎
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著作権法は「放送同時配信等」という用語を使い、その定義には放送とほぼ同時に行われる配信のほか、放送から1週間以内に行われる配信等も含まれますが(2条1項9号の7)、本記事ではわかりやすさを優先し、「同時配信」としています。 ↩︎

渥美坂井法律事務所・外国法共同事業