令和5年著作権法改正による海賊版被害時の賠償額増額 新たな損害算定方法の導入

知的財産権・エンタメ 更新
星野 真太郎弁護士 渥美坂井法律事務所・外国法共同事業

目次

  1. 改正前著作権法114条の課題
    1. 改正前著作権法114条の規定内容
    2. 改正前著作権法の課題
  2. ライセンス料収入加算の明確化(114条1項の改正)
    1. 改正著作権法114条1項の規定
    2. 改正後の損害額算定のイメージ
  3. ライセンス料相当額の増額(114条5項の新設)
    1. 改正著作権法114条5項の規定
    2. 改正後の損害額算定のイメージ

 2023年(令和5年)5月、「著作権法の一部を改正する法律」(以下、本稿において「改正著作権法」といい、改正前の著作権法を「改正前著作権法」といいます)が通常国会で可決、成立し、2024年(令和6年)1月1日に施行されました。
 今回の改正は、①著作物の利用円滑化に向けた新たな裁定制度の創設、②立法府・行政府内部での著作物の公衆送信を可能とする措置、③海賊版被害時の賠償額増額に向けた新たな損害算定方法の導入の3点を柱としています。

 本稿ではこのうち、③の概要について解説していきます。
 海賊版被害時の賠償額増額に向けた新たな損害算定方法の導入は、著作権法114条の改正によるものです。海賊版被害を含む著作権侵害に対する損害賠償請求の場面においては、改正前著作権法の下では認定される賠償額が低額にとどまり、侵害者が侵害によって得た高額の利益の大部分が侵害者の手元に残存していると指摘されていました。今回の改正により、認定される賠償額が増額され、海賊版被害を受けた著作権者に対するより実効的な救済が実現することが期待されます 1

改正前著作権法114条の課題

改正前著作権法114条の規定内容

 改正前著作権法114条は、海賊版被害を含む著作権侵害が発生した際、かつてこれにより生じた損害額の算定が困難な実態があり、著作権者による責任追及の妨げとなっていたことを踏まえて設けられた規定です。規定内容は以下のとおりです。

  • 1項
    著作権を侵害した者により販売等された海賊版(侵害品)の数量に、著作権者が正規品を販売等できていた場合に得られた1個当たりの利益の額を乗じた額を損害額とすることができる
  • 2項
    著作権を侵害した者が海賊版の販売等により得た利益の額を損害額と推定できる
  • 3項
    海賊版被害を含む著作権侵害が発生した際、著作権者が著作権の行使(使用許諾等)によって受けるべき金銭の額に相当する額を賠償額として請求できる

改正前著作権法の課題

 文化庁が設置した審議会の報告書によれば、漫画を含む出版物、音楽やソフトウェアなどあらゆる分野において海賊版被害(著作権侵害)が広がっており、デジタルコンテンツの需要の高まりや通信速度の高速化、高機能端末の世界的な普及といった事情と相まって、海賊版の被害は拡大する傾向にあるとされています 2。また、無断で映画の映像に字幕やナレーションをつけて10分程度に編集した、いわゆるファスト映画の問題も記憶に新しいところですが、さらに直近では、新聞記事の社内イントラネットへの掲載について著作権侵害が認定されて賠償が命じられたり 3、文化庁および内閣府が「AIと著作権の関係等について」と題する資料を公表し 4、画像生成AIを用いて生成した画像(複製物)等と著作権侵害の問題について注意喚起するなど、海賊版被害をはじめとする著作権侵害をめぐる問題は多様化、複雑化してきています。

 しかし、こうした海賊版被害を含む著作権侵害に対する損害賠償請求に関しては、改正前著作権法114条をもってしても、認定される賠償額が低額にとどまり、侵害者が侵害によって得た高額の利益の大部分が侵害者の手元に残存しているといった指摘もされていました 5

 今回の著作権法改正は、このように侵害者の手元に利益が残り、他方で著作権者に十分な救済が与えられていないとの問題意識の下で行われたものです。

ライセンス料収入加算の明確化(114条1項の改正)

改正著作権法114条1項の規定

 改正前著作権法114条1項は、

侵害者によって販売された数量
×
著作権者が正規品を販売できていた場合の単位数量当たりの利益の額

という計算式によって算出される金額から、①著作権者の販売能力等を超える部分、および、②著作権者が販売することができない事情が認められる部分を除いた金額を、著作権者が受けた損害の額とすることができる旨を定めていました。

 このように損害額の算定にあたって上記①および②の部分が除かれるのは、著作権者自身で販売することができない範囲においては、著作権者は海賊版が販売されても自らの販売機会を失うとはいえない以上、損害(販売機会の喪失による逸失利益)が発生していないとの考えによるものと理解されます。

 この点、仮に著作権者自身で販売することができない範囲であったとしても、著作権者は使用許諾を通じてライセンス料収入を得ることは通常可能ですので、海賊版が販売された際に著作権者はかかるライセンス料収入を得る機会を失ったことによる逸失利益があるとも考えられます。しかし、ライセンス料収入に係る逸失利益相当分について改正前著作権法114条に基づき損害賠償額として認められるか否かについては見解が分かれ、明らかではありませんでした。

 そこで改正著作権法114条1項は、著作権者自身で販売することができる範囲を超えているものの、著作権者がライセンス料収入を得ることが可能であったであろう分についても損害額とすることができる(損害賠償請求することができる)旨を明記し、海賊版被害を含む著作権侵害の被害に遭った著作権者のより実効的な救済を図ることとしています。

 元々、改正前著作権法114条1項の下では、損害額として算定されるのは以下の図の黒枠の範囲内のみにとどまる可能性があったのに対し、改正著作権法114条1項の下では、それにとどまらず赤枠の部分についても損害額とすることができる旨が明記されています。

改正著作権法114条1項のイメージ

改正著作権法114条1項のイメージ

出所:「文化審議会著作権分科会法制度小委員会報告書【概要】」(令和5年1月)14頁

改正後の損害額算定のイメージ

 たとえば、ある個人のイラストレーター(著作権者)が制作したイラスト(正規品の販売利益は1作品当たり5,000円)を、教材制作販売会社が無断で教材に複製して1万冊販売した事例では、改正前著作権法の下では、個人のイラストレーターの販売能力は乏しく、せいぜい100冊しか販売できなかったとして、114条1項に基づき請求できる損害額は50万円(5,000円×100冊)にとどまる可能性があります 6

 しかし、改正著作権法114条1項の下では、この販売能力を超える分についてもその数量に応じたライセンス料相当額を損害額として請求することが可能です。そのため、上記の事例で、仮に1冊当たり1,000円のライセンス料が相当だとすると、販売能力がないとされた9,900冊との関係で当該ライセンス料(1冊当たり1,000円)を損害に含めることが可能となり、結果、最大1,040万円(50万円+990万円)を損害額として請求することができる可能性があります。

請求できる損害額の比較イメージ

事例:ある個人のイラストレーター(著作権者)が制作したイラスト(正規品の販売利益は1作品当たり5,000円)を、教材制作販売会社が無断で教材に複製して1万冊販売した。なお、ライセンス料は1冊当たり1,000円とする。

改正前
 50万円(5,000円×100冊販売) (※ライセンス料収入をさらに加算できるかは争いあり)
改正法
 最大1,040万円(5,000円×100冊販売 + 1,000円×9,900冊ライセンス)

ライセンス料相当額の増額(114条5項の新設)

改正著作権法114条5項の規定

 改正前著作権法114条3項は、海賊版被害を含む著作権侵害が発生した際、著作権者が著作権の行使(使用許諾等)によって受けるべき金銭の額に相当する額を賠償額として請求できる旨を規定していました。

 なお、改正前著作権法の文言上、同項に基づく損害額の算定の際に、「著作権の行使(使用許諾等)によって受けるべき金銭の額に相当する額」については既存の「ライセンス料相当額」とイコールであると解説されることがある一方、そのように解釈すべき必然性はなく、後記の侵害プレミアム論を勘案し、より著作権者に有利な判断が可能であるとの指摘も存在していました。しかし、実務上、同項に基づき算定される損害額を既存の「ライセンス料相当額」にとどめる裁判例も少なくなく、必ずしも著作権者に十分な救済が認められていないことも認識されていました。

 かかる認識を踏まえ、新設された改正著作権法114条5項では、同条3項による損害額の算定時に、著作権が侵害された事実を考慮に入れることができる旨を明示し、海賊版被害を含む著作権侵害を受けた著作権者に対し、既存の「ライセンス料相当額」を上回る損害額の増額算定を通じてより実効的な救済を与えることとしました。

 以下のとおり、損害額として認定できる改正前著作権法の範囲(黒枠)に対し、赤枠部分が上乗せされることになります。

損害額として認定できる範囲

損害額として認定できる範囲

出所:「文化審議会著作権分科会法制度小委員会報告書【概要】」(令和5年1月)14頁

改正後の損害額算定のイメージ

 なお、本改正と同趣旨の規定が法改正により既に導入されている特許法(特許法102条3項、4項)においては、改正後の文言に従って特許権が侵害された事実を考慮に入れた場合、特許権が侵害された事実を考慮に入れない場合との比較において、認められるべき損害額は約2倍に増額になると有力に主張されています(侵害プレミアム論7。改正著作権法の下でも、2倍となるかはさておき、何らかの形で侵害プレミアム論が同様に妥当する可能性があるものと考えられます 8

 たとえば、テレビ番組を、ある有線テレビ放送事業者が無許諾で再放送して500万世帯に視聴された事例 9 を考えると、特許法における侵害プレミアム論を単純に当てはめた場合、他の事業者向けの通常のライセンス料が世帯1ch当たり40円であれば、改正著作権法114条3項・5項に基づく損害額は世帯1ch当たり40円ではなく80円として計算され、計4億円となる可能性があることになります。

請求できる損害額の比較イメージ

事例:テレビ番組を、ある有線テレビ放送事業者が無許諾で再放送して500万世帯に視聴された。なお、他の事業者向けの通常のライセンス料は、世帯1ch当たり40円とする。

改正前
 2億円(40円×500万世帯)
改正法(侵害プレミアム論を単純に当てはめた場合)
 4億円(80円×500万世帯)
※本記事は、渥美坂井法律事務所・外国法共同事業ニューズレター2023年7月27日号「海賊版被害時の賠償額増額に向け新たな損害算定方法を導入―令和5年著作権法改正―」を編集・転載したものです。

  1. 改正著作権法の概要を伝えるという趣旨に鑑み、あえて記載を単純化・簡略化している箇所があります。 ↩︎

  2. 文化審議会著作権分科会国際小委員会報告書(令和5(2023)年1月)」2頁以下 ↩︎

  3. 知財高裁令和5年6月8日判決(令和5年(ネ)第10008号) ↩︎

  4. 文化庁・内閣府「AIと著作権の関係等について」 ↩︎

  5. 第22期文化審議会著作権分科会法制度小委員会報告書」20頁 ↩︎

  6. 個人作家について、自ら制作販売する能力を有しないことを踏まえて判断した事例として、東京高裁平成16年6月29日判決(平成15年(ネ)第2467号)があり、この事例では著作権者には問題となった国語テストと同種の商品を自ら製作販売する能力はないなどとして、114条1項の適用自体が否定されています。 ↩︎

  7. 厳密には本改正と同趣旨の改正がなされる前の特許法に関するものですが、知財高裁令和元年6月7日判決(判時2430号34頁)は、特許法102条3項(著作権法114条3項と同趣旨の規定)の趣旨や判断要素を判示しつつ、ライセンス料率の相場が5.3%のところ10%で損害額を計算しています。その他、小泉直樹ほか『条解著作権法』(弘文堂、2023)955-956頁、田村善之『知的財産権と損害賠償〔第3版〕』(弘文堂、2023)436頁、中山一郎「特許法102条3項の損害算定における侵害プレミアム」知的財産法政策学研究61巻(2021年)12頁以下等 ↩︎

  8. 小泉直樹ほか『条解著作権法』(弘文堂、2023)956頁 ↩︎

  9. 知財高裁令和元年10月23日判決(平成31年(ネ)第10018号)をベースにしています。なお、同判決は改正前著作権法の下で下されたものですが、先行して侵害プレミアム論が採用されているものと考えられます。 ↩︎

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