ドイツのサプライチェーン・デューディリジェンス法が日本企業に与える影響

国際取引・海外進出
橋本 小智弁護士 弁護士法人大江橋法律事務所 ジーモン ヴァーグナー Gleiss Lutz法律事務所

目次

  1. サプライチェーン法の制定の背景・目的
  2. サプライチェーン法の対象
  3. サプライチェーン法が定める義務・罰則
    1. デューディリジェンス義務
    2. デューディリジェンス義務の具体的対応
    3. 罰則
  4. 日本企業に求められる実務対応のポイント
    1. 直接サプライヤー
    2. 間接サプライヤー
    3. 私法上の責任
  5. EUの企業持続可能性デューディリジェンス指令案
    1. 対象
    2. 義務
    3. 今後の見通し

 2023年1月1日、ドイツにおいて、「サプライチェーンにおける企業のデューディリジェンス義務に関する法律」が施行されました。この法律がどのような内容なのか、また日本企業にどのような影響があるのかを紹介します。

サプライチェーン法の制定の背景・目的

 2011年に国連において「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGP)」が決議されたことを受け、ドイツは国別行動計画(NAP:National Action Plan)を策定し、企業がサプライチェーンにおける人権をどのように遵守すべきかを明示しました。しかし、ドイツ政府が委託した調査によると、国別行動計画を遵守しているドイツの企業は17%以下であったことから、ドイツは、サプライチェーンにおける人権遵守の取組みをより実効的なものとするため、サプライチェーンにおける企業のデューディリジェンス義務に関する法律 1(以下「サプライチェーン法」といいます)の制定に踏み切りました。
 サプライチェーン法の成立までにはさまざまな議論がありましたが、同法は、議会手続を経て2021年7月22日にドイツ連邦法公報に掲載され、約1年半の周知期間を経て、2023年1月1日に施行されました。

サプライチェーン法の対象

 本法は、ドイツ国内に本社、管理拠点、法定拠点または支店を持ち、ドイツ国内の従業員が3,000人以上(ドイツ国内で雇用され、外国に駐在する従業員も含む)の企業を対象としています。ドイツに登録所在地や本社機能がある場合に限らず、外国企業であっても、ドイツに管理機能や支店を有し、ドイツ国内の従業員数が法定の規模に達する場合には、同法の対象となります。また、事業や取引による限定等はなく、従業員数の要件を満たすすべての企業が対象となります。
 上記の従業員数の要件は、2024年には1,000人以上に引き下げられる予定です。

サプライチェーン法の対象企業と適用時期

対象企業 適用時期
ドイツ国内に3,000人以上の従業員(ドイツ国内で雇用し、外国に駐在する従業員も含む)を雇用する企業 2023年
ドイツ国内に1,000人以上の従業員(ドイツ国内で雇用し、外国に駐在する従業員も含む)を雇用する企業 2024年

 ドイツ国内の子会社や支店の規模が上記を満たさない場合は、直接同法が適用されることはありませんが、取引先企業、あるいはサプライチェーンのさらに上流の企業が同法の適用を受ける場合には、間接的に影響を受けることになります。この点については、下記4で説明します。

サプライチェーン法が定める義務・罰則

 サプライチェーン法の適用を受ける企業(以下「適用企業」といいます)は、同法が定めるデューディリジェンスを実施することにより、サプライチェーンにおける人権および環境を尊重することが求められます。デューディリジェンス義務違反に対しては、罰則が設けられています。

デューディリジェンス義務

 デューディリジェンス義務の中核となる要素には、人権や環境関連のリスクを特定し、防止または最小化するためのリスクマネジメントシステムの構築、予防・是正措置の実施、苦情処理手続の策定や定期的な報告が含まれています。

デューディリジェンス義務
  1. リスクマネジメントシステムの構築
  2. 企業内の責任者または担当者の指名
  3. 定期的なリスク分析の実施
  4. 方針書(ポリシー)の発行
  5. 自社の事業領域においては直接サプライヤーに対して、また、人権侵害の可能性を示唆する兆候がある場合には間接サプライヤーに対して、予防策を講じること
  6. 是正措置の実施
  7. 苦情処理手続の確立
  8. 文書化および報告

デューディリジェンス義務の具体的対応

 適用企業はまず、人権や環境関連のリスクに対処する責任者を置くこと等により、組織における責任を明確にする必要があります。
 そして、デューディリジェンスの最初のステップとして、自社の生産過程とサプライチェーン全体の透明性を確保し、その中で特に重大な人権と環境関連のリスクを伴う箇所を特定します。
 リスクが特定された場合には、それらを分析し、適切な予防措置を講じることが必要です。ここでの予防措置とは、たとえば以下のようなものが想定されています 2

  • 直接サプライヤーとの間の契約において、適切な人権および環境関連の条項を合意すること
  • 適切な調達戦略の実施
  • 直接サプライヤーが契約で合意した事項を実施するためのトレーニングの提供
  • 直接サプライヤーの合意事項遵守を検証するための管理メカニズムの実施

 自社またはサプライチェーンにおいて人権や環境関連のリスクが特定された場合には、それを終了させ、あるいは最小限に抑えるための適切な措置を講じることが求められます。
 サプライチェーンのさらに上流の間接的な取引先(間接サプライヤ―)についても、企業が人権・環境関連の違反の兆候を認識している場合には、分析、監視、対処しなければなりません。もっとも間接サプライヤーとは直接の契約関係がないので、主に直接サプライヤーを通して対応を行うことになります。ここでの人権・環境関連の違反の兆候としては、たとえば以下のようなものが考えられます 3

  • 原材料の生産国やサプライヤーの所在地に関するリスクの報告があった場合
  • 当局からの情報があった場合
  • 間接サプライヤーが特定の人権リスクのある産業セクターに属している場合

 また、企業は、直接的に人権侵害を被っている人や、違反の事実・可能性を認識している人が、それらを通報できる苦情処理手続を導入しなければなりません。
 企業は、人権および環境関連の戦略に関する方針書(ポリシー)を発行し、その中で自社とサプライチェーンにおけるリスクを特定し、予防および是正措置を説明する必要があります。
 さらに、企業はこれらのデューディリジェンス義務の履行内容について、年次報告書を作成し、連邦経済輸出管理局(BAFA : Bundesamt für Wirtschaft und Ausfuhrkontrolle)に提出するほか、自社のウェブサイトで公開する義務を負っています。

罰則

 同法のデューディリジェンス義務に違反した企業には、最大80万ユーロまたは年間売上高の最大2%の過料が科されます。また、企業が、一定額を超える過料を科された場合、最大3年間、公共調達から排除される可能性があります。
 他方で、サプライチェーン法は、同法の違反について適用企業が私法上の責任を負わないことを定めています。すなわち、仮に同法違反が発生したとしても、適用企業は法律上の義務に違反したこと自体により民事上の責任を負うことはありません。もっとも、一般的な不法行為責任を負う可能性がある点は注意が必要です。

日本企業に求められる実務対応のポイント

 サプライチェーン法の適用を直接受ける日本企業、すなわちドイツ国内に同法の定める規模の管理機能や支店を持つ企業は必ずしも多くありません。もっとも、直接的に同法の適用を受けない企業も、適用企業のサプライチェーンの一員として、間接的に同法の影響を受ける可能性は十分にあります

 そこで以下では、同法の直接の適用を受けないものの、適用企業のサプライチェーンの一部として位置づけられる企業が、サプライチェーン法の施行によりどのような実務対応を求められるかについて、①直接サプライヤー(適用企業の直接の取引先)と②間接サプライヤー(適用企業の間接的な取引先)に分けて見ていきます。

直接サプライヤー

 適用企業は、はじめにリスク分析を行い、特定されたリスクに応じて、直接サプライヤーに対して、人権や環境関連の違反が発生しないよう予防策を講じる必要があります(3−1の⑤)。
 サプライチェーン法を管轄するドイツ連邦労働社会省(BMAS : Bundesministerium für Arbeit und Soziales)が管理するWebサイトによると、予防策としては、適切な契約上の人権および環境関連条項を合意することなどが挙げられており 4、具体的には以下のような内容が想定されています。そのため、直接サプライヤーも、適用企業との契約を通じて、同法が定める義務と同様の対応を求められることになります。

  • 適用企業が定めるポリシーに従った行動をすること
  • 適切なリスク分析をすること
  • 人権・環境関連リスクを発見した場合には報告し、適切な対応をすること
  • 必要に応じて適用企業の監査を受け入れること
  • 各取引先(サプライチェーンのさらに上流の企業)との間で同様の人権条項を合意すること

 同法において、適用企業は、サプライチェーンにおける人権・環境関連の義務違反が深刻で、対策を実施してもなお状況が是正されない場合は、最終手段として、取引を中断または終了しなければならないと定められています。このため、サプライチェーン法適用企業の直接取引先となる企業は、契約条項を通じて間接的に、同法と同水準で、人権侵害や環境破壊を防止する義務が課されることが想定されます。つまり、直接サプライヤーが取引を継続するためには、適用企業が求める水準の人権・環境への配慮が必須となってくるのです。

間接サプライヤー

 サプライチェーン法の適用企業は、「人権侵害や環境関連の義務違反の可能性を示唆する兆候がある場合」には、サプライチェーンにおける間接的なサプライヤーについても、リスクを分析、監視し、対処することが求められます。
 なお、人権侵害や環境関連の義務違反の可能性を示唆する兆候としては、たとえば、以下のようなものが考えられます。

  • 直接サプライヤーが契約条項に定める報告システムに基づいてリスクの報告をした場合
  • 適用企業が構築する苦情処理手続を通じて、サプライチェーンにおける人権侵害や環境関連の違反等についての訴えがあった場合

 上記のとおり、直接サプライヤーは適用企業との契約において、適用企業のポリシーの遵守が求められるとともに、間接サプライヤーに対して、同様に適用企業のポリシーの遵守を求めることが義務づけられることになります。そのため、間接サプライヤーとしては、自らの製造過程やサプライチェーンのさらに上流のサプライヤーにおいて人権侵害や環境破壊が発生しないよう、あらかじめ適切な予防策を講じることが好ましく、少なくともそのような事態が生じ、適用企業からの要請があった場合は、調査や是正措置に協力する必要があるでしょう。

 つまり、適用企業と直接的な取引関係にない企業も、自らの取引先との契約上の義務を通じて、サプライチェーン法の求める人権や環境関連のリスクの回避が、間接的に求められるのです。

私法上の責任

 上記のとおり、サプライチェーン法は、同法違反について適用企業が私法上の責任を負わないことを明確に定めています。もっとも、この定めは、人権侵害や環境破壊が発生した場合に、当該問題に起因する不法行為請求等を排除するものではないので、適用企業も、サプライチェーンの各企業も、この点には注意が必要です。

EUの企業持続可能性デューディリジェンス指令案

 欧州ではすでに、イギリス、フランス、オランダが同様の立法を行っており、ドイツでもこれらに続き立法が行われた形です。
 EUレベルでは、2022年2月23日に、欧州委員会が、「企業持続可能性デューディリジェンス指令案(Directive on corporate sustainability due diligence)」(以下「EU指令案」といいます)を公表しました。
 EU指令案は、ドイツのサプライチェーン法に近い内容であるものの、適用対象となる企業の範囲が広いこと、バリューチェーンというサプライチェーンよりも広い範囲についてのデューディリジェンスが求められるといった違いがあります。
 以下では、ドイツのサプライチェーン法と比較しながら、EU指令案について簡単に紹介します。

対象

 EU指令案の対象企業は下表のとおりで、ドイツのサプライチェーン法よりも広い範囲に適用されることになります。

EU指令案の対象企業

対象企業 適用時期
グループ1 従業員数500人以上、世界における純売上高が1億5,000万ユーロ以上の企業 指令発効後2年以内に施行
グループ2 従業員数250人以上、世界における純売上高が4,000万ユーロ以上で、うち50%以上が繊維、農業、または鉱物等のハイリスクセクターからの売上が占める企業 グループ1の発効から2年後
グループ3 EU域内で活動する非EU企業で、EU域内での活動がグループ1または2の基準を満たすもの グループ1および2に準ずる

義務

 EU指令案は、企業の活動が人権や環境に及ぼす悪影響を特定、防止、終結、または軽減し、それらに対して説明責任を果たすためのデューディリジェンス義務を規定しています。その多くはドイツ法の定めに対応するものですが、さらに詳細な内容になっています。また、企業の規模(上記のグループ1〜3)に応じてレベルの異なる義務が定められている点も特徴です。
 注目すべきはその範囲で、ドイツ法が自社およびサプライヤーに関する義務を主とするのに対し、EU指令案はバリューチェーンというより広い概念を用い、上流・下流のすべての取引関係を対象としています。
 また、EU指令案では、会社の経営陣にデューディリジェンス義務を遵守する責任があると定めているほか、グループ1の企業は、自社のビジネスモデルと戦略が、パリ協定の1.5°C目標(世界の平均気温の上昇を産業革命前と比べて1.5℃に抑える)と両立することを保証するための計画を持つことも求めています。

今後の見通し

 欧州委員会によるEU指令案の公表は、EU立法プロセスの最初のステップであり、この指令案が正式に指令として発効するまでに修正が行われる予定です。
 EU指令案は、加盟国の企業や一般市民に直接的な効果を持たず、実施期間内に各加盟国において立法措置を講じることが求められるものであり、同指令案が実際に各国法となるまでには、2年間の猶予期間があります。それまでの間、ドイツではサプライチェーン法が引き続き効力を有することになります。

 いずれにしても、サプライチェーンにおける人権と環境関連の違反の防止という流れは逆らうことができないものであり、サプライチェーンに含まれるすべての企業が、各国の法制度の影響を直接または間接に受けることになります。グローバルサプライチェーンに組み込まれる可能性のある企業が自社の活動を拡大するためには、自社および自社のサプライチェーンの透明化を図り、これらの法律等が想定する人権および環境関連リスクを特定し適切に対応をとることが求められるでしょう。


  1. ドイツ語表記はGesetz über die unternehmerischen Sorgfaltspflichten in Lieferketten。同法については、JETRO ベルリン事務所「ドイツサプライチェーンにおける企業のデューディリジェンス義務に関する法律(参考和訳)」(2022年5月)も参考になります。 ↩︎

  2. Supply Chain Act “Implementation by enterprises” ↩︎

  3. Supply Chain Act “Implementation by enterprises” ↩︎

  4. Supply Chain Act “Implementation by enterprises” ↩︎

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