ガバナンス強化のためにすべきこと - 改訂CGSガイドラインの見どころ紹介

コーポレート・M&A

目次

  1. CGSガイドラインの位置付けとCGコードとの違い
  2. 企業価値向上 − 政府側の危機感
  3. 取締役会による「監督」− 意味を再確認
  4. 取締役会の在り方 − モニタリングモデルへの移行示唆
  5. 機関設計の在り方 − 監査等委員会設置会社への移行示唆
  6. 社外取締役の在り方 − 高まる期待と研修の必要性
    1. 社外取締役に期待される資質と役割のハイレベル化
    2. 座学の研修プログラム
  7. 経営陣のリーダーシップ − 雇用慣行にも踏み込む
  8. 次回のCGコード改訂の可能性を読み取る
  9. 実務担当者はどう活用すればよいか

CGSガイドラインの位置付けとCGコードとの違い

 2022年7月19日、コーポレート・ガバナンス・システム研究会第3期(以下「CGS研究会」という)による計6回の検討を経て、経済産業省により改訂版「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針」(以下「改訂CGSガイドライン」という)が公表された。2017年3月に公表された同ガイドラインは、2018年9月の改訂を経て、今回が2度目の改訂となる。

 取引所規則を通じてコンプライ・オア・エクスプレインの開示が求められるコーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」という)と異なり、法的拘束力がなく企業が参考とするべきものにとどまることや、最近は改訂CGSガイドラインのほかにも政府からガバナンス関連のガイドラインが立て続けにリリースされていることからしても、本体、別冊あわせて約160頁もあるこの長大なガイドラインについてフォローすることは現実的には難しい、と感じている担当者も少なくないのではないか。

 もっとも、コーポレートガバナンスに関与する立場からは、この改訂CGSガイドラインは、自社のガバナンス向上に役立てるために、関係者にはぜひとも一読してほしい内容だと思う。最新のガバナンス上の問題意識を把握できるのはもちろんのこと、そもそもCGコード自体が「プリンシプル・ベース」であるという性質上、多くの人がその本来の趣旨を十分に理解できているとは言い難い現状にあり、CGコードの行間を埋めてかかる理解にも資するものだからである。

 そこで本稿では、改訂CGSガイドラインについて関心を持って紐解いてもらえるよう、内容の解説というよりは(屋上屋を重ねるような解説をするのであれば、公表されているオリジナルのエグゼクティブ・サマリーを読んでもらった方が早いし、よくできている)、見どころを伝えることを試みたい。なお、特段の断りのない限り、本稿で参照する頁数および項目番号はすべて改訂CGSガイドラインのものを示している。

企業価値向上 − 政府側の危機感

 改訂CGSガイドライン冒頭では、以下のようにとにかく日本企業の現状への危機感を強調している(1~4頁)。

  • 資本市場からの評価は厳しく、TOPIX500の約4割がPBR1倍割れ
  • 背景にはカーボンニュートラル社会への移行、地政学的変動などの大きな環境変化
  • 中長期的な企業価値向上実現には、「経営者のアントレプレナーシップ(企業家精神)やアニマルスピリット」発揮が望まれる
  • ガバナンス上の課題として「環境変化に即応した大胆な決断ができず、時機を逃している」、「大きなリスクがあるのに静観している」、「リスクをとった経営判断ができない」

 これは、CGS研究会において、企業価値低迷に関する「もっと強いメッセージ、猛烈な危機感を書くべき」という委員の意見を反映したものと思われる(CGS研究会第3期第5回議事要旨(以下単に「第◯回議事要旨」という)・伊藤委員発言、柳川委員発言)。

 そもそも政府が日本企業のコーポレートガバナンス向上に注力する大きな理由としては、投資先企業のコーポレートガバナンスと機関投資家のスチュワードシップが車の両輪として機能しないとすれば、最終的には最終の受益者であるところの家計に影響を及ぼすからである(インベストメントチェーン)。他方で、経営の側からは、「コーポレートガバナンスは企業価値向上に資するのか」という疑問が(以前と比較すればかなりの進展が見られるにせよ)あり、CGコード対応も「仕方なくやらされている」感が今もなお根強く、関心が高い状況とはいえない。

 政府としてこれらの危機感があるとしても、なぜコーポレートガバナンス向上を目指すことがそれらの危機感に対する対策としてつながるのかについて、経営陣側の理解をさらに得ることがなお課題となろう。

取締役会による「監督」− 意味を再確認

 改訂CGSガイドラインの主な改訂項目の一つとして、取締役会による「監督」の意味が再確認されたことにある(9~10頁)。すなわち、「取締役会による『監督』とは、単に執行にブレーキをかけたり、不祥事を自ら発見することではない。適切なリスクテイクに対する後押し、社内の経営改革の後押しや、リスクテイクをしないことのリスク(不作為のリスク)を提起することも含まれる」とし、アップサイドに向けた監督も含む概念であることを明らかにしている。コーポレートガバナンスにおける「監督」は経営評価を伴うものである以上、筆者としては正直この点は自明だと思っていたが、CGS研究会で「監督」の趣旨が誤解されているとの意見に基づき設けられたものである(第1回議事要旨・伊藤委員発言、藤田委員発言)。

 意味が誤解されている、または十分に理解されていない、具体的なイメージがわきにくい、という点でいえば、取締役会の場において「戦略」を議論するとはどういうことか(たとえば、戦術ではなく戦略を議論するとはどういうことなのか)、どのように議論していくべきなのかについても同様のように思われる。戦略の議論についてはあくまでも経営学の知見に基づき、各種フレームワークも活用するなどして行うべきものであって、コーポレートガバナンスの文脈で議論するべき領域ではないが、取締役会での最も重要な議題の一つとされるだけに、この点の共通認識を得るよう努めることも必要なように思われる。

取締役会の在り方 − モニタリングモデルへの移行示唆

 改訂CGSガイドラインでは、取締役会の典型的な姿として、「(A)取締役会を監督に特化させることを志向するモデル」、「(B)取締役会の意思決定機能を重視しつつ取締役会内外の監督機能の強化を志向するモデル」の二つに分類している(2.3)。明言はしていないが、前者(A)はモニタリングモデル、後者(B)はモニタリングを加味する方向に修正されたマネジメントモデルといえるだろう。

 改訂CGSガイドラインでは、(A)のモニタリングモデルの有用性を説きつつ、(B)のモデルについては「運営上の工夫」を求めていることから(2.4.1)、明言はされていないものの、(A)への移行を推奨、示唆しているように読める。現時点においては日本企業の多数は(B)のモデルを採用しているのがなお実態であることから、明言まではできなかったのであろうが、改訂前ではモニタリングモデルとマネジメントモデルは等価であるという建前が比較的維持されていたのが、モニタリングモデル重視の立場が明らかになったといえる

機関設計の在り方 − 監査等委員会設置会社への移行示唆

 これもまた明言まではしていないが、改訂CGSガイドラインでは監査等委員会設置会社への移行推奨も示唆しているように読める。
 「制度の本来の思想からすれば、(A)のモデルを志向する会社は、指名委員会等設置会社又は監査等委員会設置会社を、(B)のモデルを志向する会社は、監査役設置会社を選択することが想定される」とし、機関設計選択にあたっては「①これまで自社が採用してきた機関設計を所与のものとする『経路依存性』に陥らず、自覚的に取締役会の役割を選択する観点」と「②前述の制度趣旨に沿った運用とすることによる外部からの分かりやすさという観点」を考慮するべきとしており(2.4.2)、上記4のように同時にモニタリングモデルである(A)のガバナンス体制を推奨していると解されることをあわせて読めば、そのような監査等委員会設置会社への移行の示唆が読み取れるためである。以前は「監査役設置会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社という各機関設計は等価である」という建前があったが、この建前はガバナンス議論の進展とともに修正されつつある時期に来ているといえる

 この点に関連して、CGS研究会では、「A型をとるのであれば指名委員会等設置会社又は監査等委員会設置会社、B型をとるのであれば監査役設置会社が『想定されている』という発想」について、「積極的にこういう整理をした方が良い理由としては、A型をとるならせめて監査等委員会設置会社にするように形を変えさせることで、取締役会の在り方・性格を変えることを自覚的に選択する機会を与える点で望ましいから」(第4回議事要旨・藤田委員発言)という意見があり、上記の改訂CGSガイドラインの記述はこれが反映されたものと思われる。

 これまで、モニタリングモデルを重視した会社であっても、監査役という役割の重要性や、自己監査のおそれなどから、なお監査役設置会社が望ましい機関設計であると判断してこれを維持する会社が少なくない。しかし、やはり監査役設置会社では執行側への権限委譲には法的な限界があり(会社法362条4項と399条の13第5項、6項とを対照)、改訂CGSガイドラインの考え方が普及すれば、監査等委員会設置会社への移行が増加する可能性がある

社外取締役の在り方 − 高まる期待と研修の必要性

社外取締役に期待される資質と役割のハイレベル化

 コーポレートガバナンスの議論において、社外取締役に期待される資質と役割は年を追うごとに急激にハイレベルなものになってきており、改訂CGSガイドラインでも以下のような記述が見られる。

  • 「社外取締役が十分に機能発揮するためには、社長・CEO の選解任に責任を持って関与し、必要に応じてリードすることができる人物が社外取締役に含まれていることが重要である」(63頁)1
  • 「例えば大型の投資や M&A について、取締役会で議論や決議をしたからといって、経営判断のミスについて、社外取締役が社長・CEO の経営責任を追及することをためらうべきではない。失敗に終わった案件が、高いリターンを目指し一定のリスクを考慮したうえで経営判断を行った結果なのか、それとも不十分な情報収集・検討に基づいて経営判断を行った結果なのかを見極めた上で、経営責任の追及を適切に行うことが求められる」(10頁)
  • 「優秀な経営経験者であっても、元々の経験だけで直ちに活躍できるわけではなく、研修等を通じて社外取締役に必要な能力を得ることが必要である。特に、モニタリング機能を重視したガバナンス体制をとる企業での経営経験がない場合、自らの経験上認識している社外取締役の役割と、実際に求められている役割の間に齟齬が生じる可能性が高く、このギャップを埋める社外取締役の努力が重要である」(28〜29頁)

 また、社外取締役が期待される役割を果たしているかどうかの評価プロセスについても、社外取締役の相互評価を中心に詳細な記載が追加されており(68頁以下)、評価も含めた社外取締役に求められる責任のレベルもここまで厳しいものになったか、と感じざるを得ない。

 移行が推奨されるモニタリングモデルの取締役会の在り方からすれば、このような社外取締役の資質と役割は必然であり、首肯できる。一方で、「一般に企業価値向上への意識や取締役会の一員としての当事者意識が必ずしも高くないとの指摘が根強くある」(65頁)とあるように、員数の確保を最優先で進めてきた多くの上場企業の実態に鑑みると 2、突き詰めていけば、社外取締役過半数など(後述8参照)、今後のさらに求められるであろう員数の増加に伴う候補者不足の中で、果たしてこれはどこまで実現できるものなのか、現実的にこの日本国内でこのような人間像を有する候補者の人材プールがあるのか、という疑問も生じてくる。このような社外取締役の資質と役割が世の中で共有、認知され、社外取締役とはこうあるべきものだ、という共通認識に醸成されればそれは望ましいことではあるが、他方で、そんな重い責任と負担ならば社外取締役になることなどとてもできない、現行の報酬水準ではその責任と負担にはまったく見合わない、と考える社外取締役候補者も出てくるだろう。

座学の研修プログラム

 このような中で社外取締役の質量を確保、向上していくキーとしては、改訂CGSガイドラインにも随所に出てくる「研修」の実施だろう。コーポレートガバナンス上期待される社外取締役の資質と役割からすれば、結局のところ研修で身につけるべき最も基本的かつ重要な知見は、(経営経験を除けば)コーポレートファイナンスとコーポレートガバナンスの二つに尽きるといわざるを得ないのではないか。

 この点に関連して、CGS研究会で大杉委員の「社外取締役の質と役員研修との関係。社外取締役に就任する人は素晴らしい経歴の人が多いが、元々の経験だけで社外取締役として直ちに活躍できる訳ではなく、座学があってその経験を社外取締役としての知見にトランスフォームしていく。いくら素晴らしい元CEOの人でも、一度座学の研修を受けていただくことが基本形」(第4回議事要旨・大杉委員発言)という指摘、特に「座学」という表現が重要と思われる。上記のような社外取締役の資質と役割を本当に求めるのであれば、年に1回か2回程度、通り一遍のレクチャーを行うにとどめるのではなく、誤解を恐れずにいえばビジネススクールのようなレベル感での継続的な研修プログラムが必要ではないか。もっといえば、あまりはっきりいわれていないことではないかと思うが、取締役会資料のレビュー方法、経営陣との対話・議論の基本的な進め方などを具体的に落とし込んだ、社外取締役の監督行動として最低限求められる「型(かた)」(さらに誤解を恐れずにいえば、「社外取締役マニュアル」のようなもの)がありうるのかもしれず、それらを研修プログラムで身につけるということになろう

 社外取締役の員数を確保しつつ質を向上させるには、社外取締役としての関わり方は多様で「なんでもあり」ではなく、「このように行動するのが基本形」とはっきり言ってもらった方がわかりやすく、近道のようにも思える。「今後の検討課題」(後述8)でも、「社外取締役やその候補者が幅広く受講できる研修コンテンツ(失敗事例を含む社外取締役としてのあり方に関するケーススタディ等)を充実させていく必要があるのではないか」という指摘が見られる。

経営陣のリーダーシップ − 雇用慣行にも踏み込む

 改訂CGSガイドラインでは改訂前に引き続き「経営陣のリーダーシップ強化」が大きな見直し項目となっており、たとえば以下のような記述が追加されている(41~42頁)。

  • 「執行機能の強化の中核となるのは、トップの経営力であり、特にグローバル展開が進み、大きな環境変化に直面している企業において経営改革を進めていくためには、リスクテイクができ、しがらみにとらわれない経営判断ができる社長・CEO を選任することが重要である」
  • 「社長・CEO を数年間で順送りにせず、海外よりも高い就任年齢の若返りを図ることにより、社長・CEO が精力的に経営戦略を実現できる期間を確保する」
  • 「減点主義の人事評価制度を背景に、リスクを取った結果として失敗した者が社長・CEO 候補から外れている可能性があり、幹部候補に対する人事評価制度がアントレプレナーシップの育つものになっているかについて留意が必要である」
  • 「従来、日本ではボトムアップ型で中期的な経営戦略(中期経営計画)を策定する企業が多いと言われてきたが、近年は、本社が全社的な方針を定め、それに基づいて各事業部が計画案を策定するトップダウン型のプロセスを用いる企業も見られる」

 たとえば事業ポートフォリオ戦略とその発現としての既存事業の切り出しを含む事業ポートフォリオの見直しはガバナンス上の最も難しい課題の一つといえるが、これなどは経営陣の全社ベースでのリーダーシップとそれに基づく決断力なしには実現できない最たるものであろう 3。改訂CGSガイドラインでは、このようなリーダーシップ強化実現に向けた取組みとして権限委譲、CXO設置、インセンティブ強化などが提案されている。

 一方で、「流動性が乏しい雇用システムの中で、新卒採用された従業員が社内で職業経験を積み、内部昇格により取締役となることの多い」(26頁)という日本企業の特徴は、ガバナンスの範としている、雇用が流動的で経営者市場の発達した米国とは大きく異なる。多くの人々がコーポレートガバナンスに関する議論に対して「木に竹を接ぐ」ような違和感を抱くのは、この彼我の違いによるものが大きいであろう。トップダウンか、ボトムアップかといった経営陣の意思決定の性質は従業員の内部昇進を含む人事の在り方と地続きかつ密接不可分なのであって、トップダウンでの経営陣のリーダーシップ強化実現が難しい課題なのだとすれば、雇用慣行や人事制度の在り方の検討も必要なように思われる 4

 もちろん、雇用慣行の問題は、雇用法制にも関わることもあってわが国の「岩盤」の一つといわれ 5、その問題に切り込むことは政治的な困難さを伴うものであろうし、その点までガバナンス上の論点であるとして拡張することの是非も問われるべきであろうが、2で前述した改訂CGSガイドラインが冒頭に示す深刻な危機意識からすれば、そろそろこの論点を俎上にあげる時期に来ているようにも思われる。

 この点に関連して、「取締役会のダイバーシティと比較すると、執行側のダイバーシティはこれまで意識されにくかったが、企業がイノベーションの創出や人的資本の拡大を通じて価値創造につなげる経営を行うためには、経営を主導するトップマネジメントチームが、ジェンダー、国際性、職歴、年齢などのダイバーシティを意識して構成されることが重要である」という指摘がなされているが(44頁)、特に「ジェンダー」と「年齢」についての執行側ダイバーシティこそが、ダイバーシティ問題の本丸といえるだろう。たとえばこれまでの経営陣の年齢層よりもはるかに若い人材をマネジメント層に登用することは伝統的な年功序列の雇用慣行に基づく内部昇格の枠組みと衝突するため、社外取締役のダイバーシティを実現するよりもはるかに難しいのであり、この点についても雇用慣行についての検討なしに解決できるものではないのではないか。

次回のCGコード改訂の可能性を読み取る

 「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」、「事業再編実務指針」における問題提起がそうであったように、経済産業省のガイドラインによる問題提起が、その後CGコード改訂にも反映されることがある。そのため、今回の改訂CGSガイドラインによる問題提起も、次回のCGコード見直しの場面で反映される可能性は十分ありえ、近い将来やってくるであろう課題としても目を通しておくべきだろう。その意味では、改訂CGSガイドライン本体のみならず、CGS研究会で「今後の検討課題となりうるもの」としてまとめられた「CGS研究会(第3期)における『今後の検討課題』」も見逃せない。

 たとえば、「今後の検討課題」における「社外取締役を取締役会の過半数とし、グローバルスタンダードを目指していくべきではないか」という指摘については「案の定」と思われる問題提起であり、近い将来、CGコードが改訂され、プライム上場企業またはその中の一部のより大規模な、もしくは時価総額の高い企業に対して独立社外取締役過半数が求められる時代が来てもまったく不思議ではない 6

 個人的に目を引いたのは、「ケースバイケースの要素も強いため、望ましい事例を提示するのみでなく、個別の失敗事例から、取締役会が上手く機能しなかった背景や改善点などについて学べるようにすることが重要ではないか」という指摘である。どうしても経済産業省によるガバナンス関連のガイドラインはベストプラクティスの集約のようなイメージがあり、ガバナンス先進企業の取組み事例を紹介されても 7、(本当は改訂CGSガイドラインの内容をより真摯に受け止めるべきはずの)多くの企業は自社には関係ないものとして流してしまいかねないので、失敗事例の紹介は極めて有用なものとして期待される。ガバナンス上の個別の失敗事例は、不祥事の際の調査委員会報告書のように公表される性質のものでもないため、たとえ匿名ベースであっても進んで「敗軍の将に兵を語ってもらう」ことはなかなか難しいかもしれないが、ぜひとも実現してほしい課題である。

 また、今回の検討課題では機関設計をシンプルにする見直しや、訴訟委員会制度を含む役員責任追及の在り方といった立法論にも言及がなされており、今後の会社法改正の一つの契機となる可能性がある。

実務担当者はどう活用すればよいか

 以上、改訂CGSガイドラインの見どころをコメントともに紹介してきたが、同ガイドラインは、ガバナンス先進企業がさらなるベストプラクティスを目指すためのもの(だけ)ではなく、課題とされているPBR1.0未満の企業を中心として、ガバナンスに深刻な課題を抱えている企業こそ参照し、検討することが期待されるものである。他方で、CGコードにより政策保有株式の縮減が求められている現在にあっても事業会社間での株式持合はなお大きな改善は見られないことから 8、アクティビストに狙われている、株主構成上会社提案議案が否決される可能性が高い、区分再編に伴って上場維持基準をクリアしなければならないといった資本市場からのプレッシャーでもない限り、多くの企業において経営陣に本気でガバナンス改革に取り組む緊張感とモチベーションを持ってもらうことがあまり期待できないことも実情だろう 9

 このような企業において改訂CGSガイドラインをどのように活用するか、その前提として経営陣にどのように関心を持ってもらい、その趣旨を理解してもらうかは、答えのない難しい問題ではあるが、担当者としては地道な啓蒙の努力が必要だろう。月並みではあるが、外部講師による役員研修の実施も有効だろうし(筆者もときどき担当している)、取締役会メンバーにて弁護士である社外役員を中心としてCGコードや改訂CGSガイドラインの読み合わせをするのも有効だろう(これも以前改訂CGコードについて担当したことがある)。

 いずれの方法をとるにしても、話者による一方的な情報提供に終わらせるのではなく、話者と経営陣との間のインタラクティブなやりとりがポイントで、その場でガバナンスの在り方について経営陣としてどう考えているのか、わが社ではまず何から始めればよいのか、といったディスカッションをしていくことで、ガバナンス改革へのきっかけづくり、気づきの場にしていくことが重要だろう。


  1. 「含まれていることが重要」とあるとおり、改訂CGSガイドラインは、社外取締役「全員」がこのような人物でなければならないとまでいっているわけではない。 ↩︎

  2. このような社外取締役の実態に関する(極めて厳しいともいえる)評価として、倉橋雄作「社外取締役の実効性をいかに評価するか─「対話」と「協働」のパラダイム─」旬刊商事法務2022年9月15日(2305)号38頁参照。 ↩︎

  3. 事業ポートフォリオの見直しについては経済産業省「事業再編実務指針~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~」(2020年7月31日)参照。 ↩︎

  4. CGS研究会における「日本においても、時価総額ランキングを見ていくと、近年は、キーエンス、ソフトバンク、ファーストリテイリング、日本電産など、創業者がまだ残っているような企業の時価総額が大きい…時価総額が大きい会社はカリスマ経営者が経営している会社が多いことは現実問題として認識しておくべきである」(第1回議事要旨・三笘委員発言)という指摘や、外国人投資家がそのパフォーマンスからオーナー企業を好む傾向にあるという指摘(菊地正俊『日本株を動かす 外国人投資家の思考法と投資戦略』72頁(日本実業出版社、2022))からしても、裏を返せばボトムアップ型の伝統的な日本企業の課題解決の難しさが見てとれる。 ↩︎

  5. とはいえ、近時はジョブ型雇用に移行する大企業も現れてきていることは周知のとおりである。 ↩︎

  6. 2015年のCGコード制定から現在に至るまでの流れからも明らかなとおり、ガバナンスの世界は日進月歩で、今日の「非常識」は明日の「常識」である。 ↩︎

  7. CGS研究会第3期では、ソニーグループと日立製作所の取組みが紹介された。 ↩︎

  8. CGS研究会においても「政策保有株の売却は進んでいるものの、進んでいるのはもともと少ないところの売却であり、『岩盤企業』における売却はなかなか進んでいない現状がある」という指摘があった(第1回議事要旨・宮島委員発言)。 ↩︎

  9. 筆者の個人的な経験でも、たとえばガバナンス関連のセミナーを開催すると、終了後、受講者から「世の中の動きを踏まえてガバナンス改革に向けた取組みを経営陣に提案しても、経営陣から『その話はいったい俺に何のメリットがあるというのか?」などと言われ、取り合ってもらえない、といった悩みを聞くことも珍しくない。 ↩︎

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