「法務の未来は明るい」松田千恵子教授が語る、コーポレートガバナンスの本質から見えた企業法務の可能性

コーポレート・M&A
松田 千恵子

目次

  1. メインバンクガバナンスからエクイティガバナンスへの変化
  2. 「とりあえずフルコンプライ」は経営者が逃げているだけ
  3. 戦略とマネジメントの重要性が認識され始めた
  4. 法務の論理的思考が経営の武器になる

コーポレートガバナンス・コード(CGコード)の改訂を機に、法務に求められる役割が広がってきた。従来の契約審査を中心とした機能から、新たな法務のあり方を模索する時期にきている。ポイントとなるのが、コーポレートガバナンスへの関わり方だ。今回は、東京都立大学 経済経営学部 教授 松田千恵子氏に、コーポレートガバナンスの基本概念やこれまでの変遷、企業に求められる対応と法務の可能性について伺った。

松田 千恵子氏
東京都立大学 大学院 経営学研究科 教授、東京都立大学 経済経営学部 教授。
株式会社日本長期信用銀行にて国際審査、海外営業等を担当後、ムーディーズジャパン株式会社格付けアナリストを経て、株式会社コーポレイトディレクション、ブーズ・アレン・アンド・ハミルトン株式会社でパートナーを務める。企業経営と資本市場にかかわる実務、研究及び教育に注力している。

一橋大学 大学院 経営管理研究科特任教授。その他、事業会社の社外取締役、政府・公的機関の委員等を務める。

東京外国語大学外国語学部卒、仏国立ポンゼ・ショセ国際経営大学院経営学修士、筑波大学大学院企業科学専攻博士課程修了。博士(経営学)

メインバンクガバナンスからエクイティガバナンスへの変化

まずは、コーポレートガバナンスの現状と課題についてお聞きしたいです。そもそも、コーポレートガバナンスとは何なのでしょうか。

コーポレートガバナンスとは、株式会社の方向付けや業績を決定するにあたっての様々な参加者間の関係を考えることを指します。企業などの当事者が、どの方向に自分達が向かって動いていくべきかを考え「船の舵取り」をする意思決定を、利害関係者がチェックできるような仕組みのことです。

政府を意味するgovernmentにも似た響きですよね。コーポレートガバナンスは企業統治と訳されることも多いのですが、この訳が一般的になる以前、ガバナンスは「協治」と訳されていました。

ガバナンスの本来の意味は、上から目線の「統治」や「支配」ではなく、当事者との関係性のなかで自律的な合意形成や規律付けを行っていく仕組みです。

松田 千恵子氏

松田 千恵子氏

「企業統治」という訳が一般的と感じていました。CGコードに従った企業運営の対象となるのは、上場企業のみなのでしょうか。それとも非上場企業にも関係するのでしょうか。

そもそもガバナンスとは、「舵取りをしている船長」が暴走・逃走しないようにするための仕組みです。企業に限った話ではありません。大学や医療機関、公的機関など、どの組織にも必ず当てはまります。

コーポレートガバナンスは、株式会社を対象とするもので、上場・非上場問わず関係します。ただし、上場企業は不特定多数の株主が存在するため、非上場企業に比べて影響が大きく、それだけ責任が重くなります。非上場企業と上場企業のあいだに求められるレベルのグラデーションがあるようなイメージです。

昨今コーポレートガバナンスが注目されている背景について伺えますか。

コーポレートガバナンスの重要性を考えるには、株式会社の歴史を紐解く必要があります。18世紀に英国で起こった産業革命により、今まで以上に巨大な資本の必要性が起こり、株式会社の普及が進みます。20世紀になるとその巨大化が進み、不特定多数の株主が株を持つような大企業が登場する一方、オーナーである資本家ではなく専門経営者が株式会社を支配するようになってきます。

その後、株主主権主義が強まるにつれ、専門経営者の暴走を防ぐためにどのように牽制するのか,株式会社のチェック&バランスのシステムが問題とされ、コーポレートガバナンス論が台頭します。

つまり、コーポレートガバナンスの考え方自体はまったく新しいことではありません。ただ、日本という特殊性の高い市場では、これまであまり注目されてこなかったのです。

なぜ日本では注目されてこなかったのでしょうか。

日本は第二次世界大戦後、高度経済成長期を支えるシステムの1つとして「メインバンクガバナンス」を採用してきました。銀行が企業の財務を支え、その銀行を国が強固に監督する仕組みです。護送船団方式などと言われる金融行政がとられました。銀行は企業の株式も保有(いわゆる持ち合い株)し、物言わぬ株主として存在しました。この仕組みは株主の立場が強いと成り立たないため、株式市場は基本的に規制下に置かれました。

しかし90年代になると、護送船団方式の金融行政が崩壊し、メインバンクガバナンスの見直しが求められるようになります。一方で、規制緩和への外圧もあり、同時期に株式市場の規制改革も進み、「エクイティガバナンス」への移行が始まりました。その流れが30年続き、いま多くの人たちが変化を感じはじめています。

メインバンクガバナンスとエクイティガバナンスの一番の違いは何でしょうか。

お金の出し手としての性質が異なります。メインバンクは債権者であり、債権者が拠って立つのは相手方との融資契約です。

銀行としては貸し付けたお金がきちんと返ってくれば良いわけですね。

そうです。従って、返済原資がきちんとあるのかという見方は厳しくなります。現金保有が多く、自己資本を厚く積んでいれば優良とみなされますし、事業の多角化も返済原資のリスク分散とみなされ好まれます。企業が返済原資を安定して確保できる状況が重視されます。

しかし、こうしたメインバンクから見た優良企業の特徴は、エクイティガバナンスの観点からは好ましくないことも多いです。調達した資金を無駄に現金で運用したり、レバレッジをかけるといった財務施策を取っていなかったり、株式市場の投資ポートフォリオとバッティングする事業ポートフォリオをむやみに拡大したりすることは、株主としてはネガティブな行為に映ります。こうした点は、メインバンクガバナンスとエクイティガバナンスでは180度見方が変わります。

エクイティガバナンスはどのような考え方なのでしょうか。

エクイティガバナンスは株主によるガバナンスです。株主は、企業の将来の業績に自らの資金を賭ける人たちです。リスクを取ってリターンを大きくすることを目指します。

「とりあえずフルコンプライ」は経営者が逃げているだけ

日本企業の特殊性について理解できました。現在、日本企業のコーポレートガバナンス対応における問題点はどこにあるでしょうか。

この話の流れでいうと、メインバンクガバナンス時代と同じように考えている経営者が多いことでしょう。自己資本比率が高ければ良いという考え方はさすがに少なくなってきましたが、現金を貯めていたり、有価証券や不動産を保有していたりする企業はいまだに多くあります。

しかし、現金や有価証券、不動産も今やREITで直接投資家が投資できますから、そのような運用を、せっかく事業投資に振り向けてほしいと思って預けた先が行うことは、株主にとってはネガティブに捉えられても仕方ありません。

株主に対しては事業の成長によるリターンを提供することが求められるわけですね。経営としては、CGコードをどう捉えるのが理想でしょうか。

コーポレートガバナンス対応における日本企業の最も大きな課題は、「CGコード=守らなければならない規則」という考えを持っていることです。

経営者は、ガバナンスの本来の意味に立ち戻り、ステークホルダーとの関係性を考えたうえで、会社の方向性に関する意思決定を能動的に行っていくことが必要です。

CGコードはエクイティガバナンス時代の経営に関する指南書ともいえます。CGコードの本質を理解したうえで、自分たちの「経営」をどうしていくのかを考えるきっかけにしてほしいと思います。

読者のなかには、経営陣からCGコードの「フルコンプライ」が求められることを課題として捉えている方もいます。

経営陣がそうなのか、ガバナンス事務局がそうしたいのかは実はわかりませんが、企業では「フルコンプライ」を良しとする風潮があります。しかし、表面的な対応に終始してフルコンプライにしてしまうのは楽ですが、本当にそれで良いのかという議論が欠けているように見えます。エクスプレインするには取締役会での議論もより多く必要になるでしょうが、それが経営の本質を考えている議論なのであれば、株主としては、むしろ「この会社はよく考えているな」という見方になります。

ガバナンス改善には、経営者が腰を据えて取り組む必要があります。法務部に「フルコンプライしておけ」と投げてくる経営者は、経営から逃げているだけです。きちんと取り組んでいる企業と逃げている企業の差は、どんどん開いている印象です。

フルコンプライが目的化し、経営者が思考停止してしまっているということですね。実際、日本企業のCGコードへの対応状況はいかがでしょうか。

対応の進行度合いで 2 : 6 : 2 に分けられるのではないかと考えています。トップの2割は、自社でガバナンスについて議論し、改善が進んでいる企業です。これらの企業は、明らかに変わってきたことが外から見てわかります。

一方の2割は、ガバナンス改革とは真反対にある企業です。コンプライできないのでエクスプレインせざるをえない状況になっています。ただ、それは取締役会で自社のポリシーについて議論し意思決定していることの現れです。方向性は違いますが、経営者が経営をやろうとしていることに変わりはありません。

問題は残り6割の企業です。「上から言われたのでコンプライしているだけ」という状況で、本質的な意思決定がなされていないといえます。

戦略とマネジメントの重要性が認識され始めた

コーポレートガバナンスの効果が表れていると思うことはありますか。

まずは「全社戦略」が意識しはじめられたということでしょう。日本の企業はこれまで、事業戦略すらあるとは言い難い状況でしたので、ましてや全社戦略を考えることは少なかったのではないでしょうか。しかし、経営企画部門が戦略考案は自分たちの仕事だと自覚し始めたことで、KPIの考え方も変わってきています。

もう1つは、経営人材の重要性が理解されはじめたことです。安定した時代では、日々是改善にいそしむオペレーショナルエクセレンスが物を言いますから、その中で頭角を羅わした「事業の親玉」が、そのまま経営者となってもさして問題はありませんでした。年功序列と終身雇用のなかジェネラリストとして長く働くことが求められていた日本企業であればなおさらです。

しかし、オペレーションとマネジメントは全く違います。経営とは、山の頂上から360度見回したときあちらこちらに存在するコンフリクトを解消し、難しい意思決定をしていく特殊業務です。そうした特殊業務に対してトレーニングが必要という認識がようやく広まってきたように感じています。

海外では、そうしたトレーニングはビジネススクールなどで行われているのでしょうか?

経営人材になりたければビジネススクールに行くというのは、運転免許証レベルの当然の考え方として根付いていると思います。経営人材は、スクールで勉強したことを実際のポジションで実践し、マネージャーとしての技能を試していきます。そしてこのトレーニングを、レベルを上げつつトップマネジメントに就くまで繰り返します。

一方、日本でマネージャーというと「管理職」ですよね。管理職で本質的なマネジメントができている方は、それほど多くないと思います。「プレイングマネージャー」という言葉が持て囃されることもありますが、実際にはマネジメントはしておらず、プレイヤーとしての仕事がほとんどというケースばかりです。それでは経営人材は育ちません。「管理職」ではなく「経営職」としての位置づけが必要だと思います。

松田先生が考えられているコーポレートガバナンスとマネジメントのあるべき姿について教えてください。

日本の企業はこれまで「オペレーショナルエクセレンス」を求めてきましたが、これからはマネジメントプロフェッショナルが動かす企業へと脱皮していかなければなりません。そして、その脱皮を促進するようなガバナンスが求められています。

これに向けては、ガバナンスだけ進んでいても意味がありませんし、マネジメントプロフェッショナルを誰もチェックできない体制になってしまうのも問題です。マネジメントとガバナンスの関係が「啐啄同時(そったくどうじ)」の関係になっていくのが理想ですね。

マネジメントはプロフェッショナルとして、リスクを取って意思決定をしていく。ガバナンスはそれに対して、助言や引き止めをする。そのような違いに息の合った関係性によって「殻」を破り、次に行ける——そうした状況が理想的だと思います。ただ、それを実現できるかどうかは、トップマネジメントが本当に腹を括れるかにかかっているように思います。

法務の論理的思考が経営の武器になる

ガバナンス強化においては、リスクマネジメントも重要だと思います。いわゆる「3線ディフェンス」はガバナンス強化の流れのなか、どのように位置付けて考えればよいでしょうか。

1線は事業のフロントですが、昨今続発している不祥事を見ても、ここの課題は、契約をきちんと確認して守る意識が弱いことにあります。
2線は本社の機能部門です。ここでは、そもそもディフェンスラインであるということの意識が弱いように思います。
3線は内部監査。これまであまり日の当たらない部署だったため、圧倒的なリソース不足が問題となっています。

ただ、内部監査は欧米ではエリートコースです。世界各国の経営拠点へ行って経営者と経営についての話ができる、マネジメントトレーニングの場となっています。一方、日本だと年功序列の価値観が抜けず、「そんな若造に来てもらっちゃ困る」という状況になっています。

内部監査は法務が価値発揮できる領域なのではと考えています。法務がキャリアアップとして監査を経験することについてはどのようにお考えですか。

良いと思います。とはいえ、まずは内部監査部門の地位向上が必要です。先進企業では、すでに内部監査にエリート人材を投入し始めていますが、その波をより大きくして、内部監査人材のキャリア形成におけるロールモデルを示すことが重要です。

そのうえで法務の方が内部監査に行けば、とても活躍できると思います。高度な知識と難しい判断が求められる場面でリーガルの知識は助けになるはずです。

ガバナンス事務局も法務の活躍の場になりえます。取締役会運営を経験したり、監査役監査に同席したりすれば経営の勉強にもなりますし、役員になって経営に携わりたい方にはとても良い環境でしょう。

内部監査やガバナンス事務局として活躍したい、と法務の方が考えた場合、どのようなスキルセットやマインドセットが必要になりますか。

漠然とした言い方になりますが、「経営」人材として自分を磨くことだと思います。先ほどお伝えしたように、ビジネススクールで学ぶような知識は持っておいたほうが良いと思います。法律にしか興味がない人には務まらないかもしれません。

法務の方にはぜひ「法務出身の経営者」を目指していただきたいです。ロジック・データ・ファクトが重視されるような場面で、法務の方が身に付けている論理的思考は、これからの経営にとって大きな武器になると思います。サステナビリティに関する環境や社会への対応もルール化されつつありますし、リスクマネジメントの重要性も高まるなか、法務人材が能力を発揮できる場は増えてきています。

法務の方の未来は、非常に明るいのではないでしょうか。

(文:周藤 瞳美、取材・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部)

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