『人的資本可視化指針』の策定
コーポレート・M&A
目次
※本記事は、三菱UFJ信託銀行が発行している「証券代行ニュースNo.198」の「特集」の内容を元に編集したものです。
内閣官房・非財務情報可視化研究会は、2022年8月30日、「人的資本可視化指針」(以下「本指針」という)を策定しました。本指針は、人的資本(※)に関する情報開示の在り方に焦点を当てて、既存の基準やガイドラインの活用方法を含めた対応の方向性を整理した手引きとして編纂されました。制度開示(有価証券報告書等)や任意開示(統合報告書等)に係る開示媒体の作成等に本指針が活用されることが期待されています。本指針の概要をご紹介します。
※「人的資本」とは、人材が、教育や研修、日々の業務等を通じて自己の能力や経験、意欲を向上・蓄積することで付加価値創造に資する存在であり、事業環境の変化、経営戦略の転換にともない内外から登用・確保するものであることなど、価値を創造する源泉である「資本」としての性質を有することに着目した表現(出所:本指針1.1)。
人的資本の可視化を通じた人的投資の推進に向けて(背景と指針の役割)
人的資本の可視化へ高まる期待/可視化の前提としての経営戦略・人材戦略
人的資本への投資は、競合他社に対する参入障壁を高め、競争優位を形成する中核要素であり、成長や企業価値向上に直結する戦略投資であるとの認識が広がりつつある。今や多くの投資家が人材戦略に関する「経営者からの説明」を期待しており、「人的資本の可視化」が不可欠である。
人的資本の可視化の前提には、競争優位に向けたビジネスモデルや経営戦略の明確化、経営戦略に合致する人材像の特定、そうした人材を獲得・育成する方策の実施、成果をモニタリングする指標・目標の設定など、人的資本への投資に係る明確な認識やビジョンが必要となる。
指針の役割
本指針は、特に人的資本に関する情報開示の在り方に焦点を当てて、対応の方向性について包括的に整理した手引きとして編纂されており、自社の業種やビジネスモデル・戦略に応じて積極的に活用することが推奨される。人材戦略の策定・実践について提言した「人材版伊藤レポート」及び「人材版伊藤レポート2.0」と併せて活用することで、人材戦略の実践とその可視化の相乗効果が期待できる。
【参考】人材版伊藤レポート
人材版伊藤レポート(2020年9月) | 人材版伊藤レポート2.0(2022年5月) | |
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持続的な企業価値向上に向けた変革の方向性、経営陣・ 取締役会・投資家が果たすべき役割、人材戦略に求めら れる「3つの視点・5つの共通要素」を整理 |
「3つの視点・5つの共通要素」の枠組みに基づく取 組みを進める上で有効な工夫について「アイデアの 引き出し」を提示(以下は一例) |
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3つの視点 | 経営戦略と人材戦略の連動 |
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As is-To beギャップの定量把握 |
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企業文化への定着 |
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5つの共通要素 |
動的な人的ポートフォリオ |
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知・経験のダイバーシティ&インクルージョン |
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リスキル・学び直し(デジタル、創造性等) |
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従業員エンゲージメント |
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時間や場所にとらわれない働き方 |
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人的資本の可視化の方法
企業・経営者に期待されること
投資家へのアンケート調査等を踏まえ、企業・経営者には以下のことが期待されている。
- 経営層・中核人材に関する方針、人材育成方針、人的資本に関する社内環境整備方針などについて、
- 自社が直面する重要なリスクと機会、長期的な業績や競争力と関連付けながら、
- 目指すべき姿(目標)やモニタリングすべき指標を検討し、
- 取締役・経営層レベルで密な議論を行った上で、自ら明瞭かつロジカルに説明すること
人的資本への投資と競争力のつながりの明確化(フレームワークを活用した統合的なストーリーの構築)
投資家の関心が開示事項と長期的な業績や競争力との関連性にあることを踏まえ、まずは原則主義のフレームワーク(価値協創ガイダンス、IIRC(国際統合報告評議会)のフレームワーク)を参照し、自社の経営戦略と人的資本への投資や人材戦略の関係性(統合的なストーリー)を描くことが推奨される。その上で、統合的なストーリーに沿って具体的な事項(定性的事項、目標、指標)を開示することが望ましい。
4つの要素に沿った開示(統合的なストーリーの開示内容への落とし込み)
気候関連財務情報の開示フレームワークであるTCFD提言において、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の4つの要素についての開示が推奨されて以来、この構成に基づく説明が広く受け入れられつつあり、投資家にとって馴染みやすい開示構造となっている。この4つの要素は有価証券報告書に新設が予定されるサステナビリティ情報の記載欄においても採用される方向となっており、人的資本についてもこの4つの要素を検討することが効率的である。
開示事項の類型(2類型)に応じた個別事項の具体的内容の検討
投資家等からのフィードバックを得ながら、人的資本への投資とその可視化を進めるに当たり、まずは、自社の経営戦略と人的資本への投資や人材戦略の関係性(統合的なストーリー)の検討を行った上で、「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」の4つの要素をベースとして具体的な開示事項を検討することが、効果的かつ効率的なアプローチである。
具体的開示事項の検討は、①自社固有の戦略やビジネスモデルに沿った独自性のある取組・指標・目標の開示と②比較可能性の観点から開示が期待される事項の2つの類型に整理される。
① 独自性のある取組・指標・目標 |
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② 比較可能性の観点から開示が期待される事項 |
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具体的な開示事項(定性的事項・指標・目標)の検討に際しての留意点
2−4で示した具体的な開示事項の検討にあたっては、以下の点に留意すべきである。
①「独自性」と「比較可能性」のバランス |
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②「価値向上」と「リスクマネジメント」の観点 |
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可視化に向けたステップ
可視化に向けた準備(例)
DAY1から先進的な開示を追求するのではなく、段階的に社内体制の構築や議論も行いながら、制度開示(有価証券報告書等)や任意開示への対応を充実させていく必要がある。具体的なアクションとして、以下のような循環的なプロセスや体制作りは、可視化に向けた準備及び継続的・効果的な可視化を支える基礎として重要である。
有価証券報告書における対応
金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告(2022年6月)において、有価証券報告書にサステナビリティ情報の「記載欄」の新設、人的資本・多様性に関する開示項目の追加が方針として示され、今後開示府令の改正を経て、開示が求められるようになる。自社の経営戦略と人的資本への投資や人材戦略との関係性(統合的なストーリー)を描き出しながら、上記2−4、2−5の観点を検討した上で、4つの要素に沿って人材育成方針及び社内環境整備方針、これと整合的で測定可能な指標やその目標、進捗状況を積極的に開示していくことが期待される。
任意開示の戦略的活用
統合報告書等の任意開示の媒体については、有価証券報告書と整合的かつ補完的な形で人的資本への投資や人材戦略、関連する目標・指標を積極的に開示し、様々なステークホルダーへの発信と対話の機会として戦略的に活用していくことが重要となる。
三菱UFJ信託銀行
法人コンサルティング部会社法務・コーポレートガバナンスコンサルティング室
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