令和4年資金決済法等改正の影響と実務対応のポイント
ファイナンス
目次
2022年6月3日、「安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」(以下「改正法」といいます)が成立しました。本記事では、改正法が金融実務に与える影響度および実務対応について解説します。
資金決済法等改正の背景と影響が想定される企業の範囲
改正法の範囲は、資金決済法や銀行法などの多岐にわたっていますが、主要な改正内容としては、一般に、以下の三本柱があるといわれています。
- 高額電子移転可能型前払式支払手段への対応
- 電子決済手段等(いわゆるステーブルコイン)への対応
- 銀行等による取引モニタリング等の共同化への対応
これらの改正は、「金融のデジタル化等に対応し、安定的かつ効率的な資金決済制度を構築する必要」から検討が行われたものと位置付けられています(引用についていずれも金融庁「国会提出法案等」における概要資料参照)。
これらの三本柱について、より実務的な表現としては、高額かつ譲渡可能な電子マネー、ステーブルコインの取扱い、銀行情報によるAML共同化などと引き直すことができます。そのため、影響が想定される企業の範囲としては、基本的には下記の事業者などを想定することになるものと思われます。
資金決済法等の改正に関係する事業者
- 電子マネー発行者
- 暗号資産やステーブルコインを取り扱う事業者
- 銀行等の金融機関
資金決済法等の改正項目と実務対応
改正項目ごとの実務対応の概要と影響度のイメージは図表のとおりです。以下ではそれぞれの内容について説明します。
改正項目 | 実務対応の概要 | 影響度 |
---|---|---|
高額かつ譲渡可能な電子マネー | 改正法が適用される電子マネーを取り扱う場合の体制整備や本人確認 | ◎ |
ステーブルコインの取扱い | ステーブルコインの発行や仲介等を取り扱う場合の体制整備 | ◎ |
銀行情報によるAML共同化 | 今後整備されるAMLデータベース等への対応 | 〇 |
高額かつ譲渡可能な電子マネーに関する改正内容
ルールの対象となる範囲
改正法により、高額かつ譲渡可能な電子マネーについては、
- 業務実施計画の届出に関するルール
- 犯罪収益移転防止法に基づく取引時確認等に関するルール
が適用されることになります。
これらのルールの適用対象となる「高額電子移転可能型前払式支払手段」の範囲は、以下の要件を全て充足するものとされています(金融庁「説明資料」22頁のうち「(参考)高額電子移転可能型前払式支払手段の詳細」の内容を踏まえて作成)。
ア 第三者型前払式支払手段 (電子機器その他の物に電磁的方法により記録されるものに限る)
イ 電子情報処理組織を用いて移転することができるもの ((a) 残高譲渡型、(b)番号通知型(狭義)及び(c)これに準ずるもの)
ウ 電子マネーのアカウントにおいて管理されるもの
エ 上記ウのアカウントは繰り返しのチャージ(リチャージ)が行えるものに限る
オ 次の(a)から(c)に掲げる場合の区分に応じ、当該区分に定める要件のいずれかに該当するもの
(a)残高譲渡型の場合
他のアカウントに移転できる額が一定の範囲を超えるもの(例:1回当たりの譲渡額が 10万円超、又は、1か月当たりの譲渡額の累計額 が 30万円超のいずれかに該当)
(b)番号通知型(狭義)の場合
メール等で通知可能な前払式支払手段(ID番号等)によりアカウントにチャージする額が一定の範囲を超えるもの (例:1回当たりのチャージ額が 10 万円超、又は、1か月当たりのチャージ額の累計額 が 30 万円超のいずれかに該当)
(c)上記(b)に準ずるものの場合
アカウントへのチャージ額・利用額が一定の範囲を超えるもの(例:1か月当たりのチャージ額の累計額、1か月当たりの利用額の累計額のいずれもが30万円超)
(a)および(b)については、上記の表のとおり、譲渡金額またはチャージ金額に一定の上限が付されることになりますので、これらの上限に抵触する電子マネーについて所要の対応を要することになります。実務上は、これらの上限にただちに抵触する電子マネーは必ずしも多くはないものと思われますが、サービスの拡張などを検討する際には、対象範囲を適切に踏まえて検討することが必要となります。
(c)について、その厳密な範囲の確定は今後の政省令の公表を待つ必要があります。実務上留意が必要なのは、いわゆる国際ブランド付のプリペイドカードなども対象となる方向で議論が進んでいることです。
これらのプリペイドカードについては、昨今、法人利用者などを想定するサービスも多く登場してきており、比較的高額のチャージ残高や利用額が想定されているものもあります。そのため、留意しておかないと、実務上の具体的な検討なく改正法が適用されてしまう可能性があります。
改正法を特殊な一部の範囲の電子マネーに関するルールと誤解することなく、電子マネーやプリペイドカード一般に適用可能性がある論点として意識しておくことが重要でしょう。
ルールの内容
(1)業務実施計画の届出
改正法が適用される場合、対象となる電子マネーの発行者は、内閣府令で定めるところにより、所定の事項を記載した業務実施計画を内閣総理大臣に届け出なければなりません(改正法による改正後の資金決済法(以下「改正資金決済法」といいます)11条の2第1項)。
この業務実施計画においては、対象となる電子マネーの管理方法に加え、健全かつ適切な運営を確保するために必要な事項を定める必要があり(同項第2号および第3号)、その内容に応じた行政的な監督が行われることが想定されます。そのため、対象となる電子マネーの発行に関する各種対応コストの増加を見込んでおく必要があるものと思われます。
(2)犯罪収益移転防止法に基づく取引時確認等
犯罪収益移転防止法の特定事業者の範囲に、「資金決済に関する法律(平成21年法律第59号)第2条第1項に規定する前払式支払手段発行者のうち同法第11条の2第1項の届出をした者」(高額電子移転可能型前払式支払手段の発行者)が含まれるものとされており(改正法による改正後の犯罪収益移転防止法2条2項30の2号)、今後は、改正法の対象となる電子マネーの発行者は、取引時確認を実施することが求められることになります。
これらのルールは、これまでの前払式支払手段には直接には課されてない取引時確認等に関するルールとなりますので、改正法が適用される電子マネーについては、いわゆるeKYCの導入などの各種の対応を検討することも求められます。
ステーブルコインに関する改正内容
ステーブルコインの規制法上の位置付け
改正法により、「電子決済手段」が新設され、その基本的な内容として「物品等を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ、かつ、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されている通貨建資産に限り、…)であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの…」との内容が定められました(改正資金決済法2条5項1号)。
この定義の内容は、ビットコインなどの暗号資産の法令上の定義に類似するものですが、大きな差異として通貨建資産に限定されていることがあげられます。
この要素(通貨建資産)の存在により、「電子決済手段」は通貨と連動して価値が安定する決済手段となることが想定されますので、改正法は、いわゆるステーブルコインの規制法上の位置付けを明確化したものと評価できます。ステーブルコインは、裏付けとなる資産(法定通貨等)が存在する決済手段となりますので、ビットコインなどの暗号資産と異なり、その価格が安定した状態で利用されることが期待されています。
「電子決済手段」に課される規制、「電子決済等手段取引業」への行為規制
次に、「電子決済手段」の取扱いについては、どのような規制が課されることになるでしょうか。まず、この点に関する仲介者を規制するルールとして、「電子決済手段」の売買や交換、その媒介、管理などを行う行為は「電子決済等手段取引業」として(改正資金決済法2条10項)、改正法に基づく登録を取得することが求められます(改正資金決済法62条の3)。
そして、電子決済手段等取引業者の業務については、各種の行為規制が課されています(改正資金決済法62条の10以下)。そのため、今後、ステーブルコインの取扱いを行う場合は、これらの規制対応コストを見込んでおくことが必要です。なお、銀行が発行するステーブルコインについても、「電子決済等取扱業」という規制が新設されており、おおむね同様の規制が課されることになります(改正法による改正後の銀行法2条17項等参照)。
これらの動きに関連して、海外事業者が発行するステーブルコインの取扱いがトピックになっています。具体的には、改正資金決済法では、原則として発行者等との契約締結義務が発生するものとされているところ(改正資金決済法62条の15)、海外事業者が発行するステーブルコインに関し、海外に所在する発行者と契約を締結することが実務上困難となる可能性などが指摘されています。
また、仲介者として取り扱うステーブルコインの適切性という目線でも所要の検討が必要となる可能性があります。国際的には、海外事業者が発行するステーブルコインの流通量は非常に大きなものになっていますので、ステーブルコインの日本における普及を見据え、実務への配慮が行われる議論が進むことが期待されます。
上記の仲介者規制以外にも、発行者に関する規制として、銀行業免許、資金移動業登録によるステーブルコインの発行のほか、特定信託受益権の発行による為替取引(特定信託為替取引)に基づくステーブルコインの発行が認められています。これらの発行者規制については、ステーブルコイン業界において中心的な役割を担うプレイヤーが必要なライセンスを取得してサービスを提供することが見込まれます。今後、どのような当事者が改正法に基づくステーブルコインを発行するかに注目しておくことが有益でしょう。
銀行情報によるAML共同化に関する改正内容
銀行情報によるAML共同化に関連して、「為替取引分析業」として、「複数の金融機関等…の委託を受けて、当該金融機関等の行う為替取引…に関し、次に掲げる行為のいずれかを業として行うこと」が新たな規制業種として設けられます(改正資金決済法2条18項)。為替取引分析業を遂行する者(為替取引分析業者)は、所定の審査を経て許可を取得することが求められます(改正資金決済法63条の23)。
対象となる行為は、以下のものです(金融庁「説明資料」14頁より抜粋)。これらの取引フィルタリングおよび取引モニタリングに関し、為替取引分析業者が各金融機関からの情報を集約してデータベースなどを構築することが想定されています。
- 顧客等が制裁対象に該当するか否かを分析し、その結果を預金取扱金融機関等に通知
(取引フィルタリング) - 取引に疑わしい点があるかどうかを分析し、その結果を預金取扱金融機関等に通知
(取引モニタリング)
上記の対応に関連して、金融機関は、為替取引分析業者に対し、自らが保有する顧客情報等の取扱いを委託し、必要な情報を提供することになります。そのため、金融機関における実務への影響としては、これらの情報提供に関し、委託契約等を締結し、また、個人情報保護法等の関連法令の整理を実施することが必要となるものと思われます。
なお、個人情報保護法の整理に関しては、第三者提供の規律との関係で、委託や共同利用などの整理に関する議論が随時進むものと想定されます。
今後のスケジュール
改正法の施行スケジュールは、原則として、「この法律は、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日」とされており(改正法附則1条柱書本文)、実務上は、2023年5月末頃を目処とするスケジュール感で検討を進めることが求められます。これらのスケジュール感を踏まえると、政省令や関連するガイドライン等の改正内容は2022年秋から年初までの時期を目処として各種の情報が公表されるものと思われます。
なお、改正法施行時に高額電子移転可能型前払式支払手段をすでに発行している者については、2年間にわたって改正法を適用しないとする経過措置が設けられています(改正法附則2条1項)。

弁護士法人片岡総合法律事務所
- コーポレート・M&A
- IT・情報セキュリティ
- 事業再生・倒産
- 危機管理・内部統制
- ファイナンス
- 訴訟・争訟
- 不動産
- ベンチャー