独立社外取締役の兼務にまつわる問題意識

コーポレート・M&A
渡辺 樹一 一般社団法人GBL研究所 市川 佐知子 田辺総合法律事務所

目次

  1. 議論が十分とはいえないなかでの社外取締役の兼務
  2. 競業避止義務
  3. 承認することを求められた社外取締役の難しさ
  4. 独占禁止法上の留意点
  5. 秘密保持義務
  6. 知ってしまったことによるジレンマ

 コーポレートガバナンスコード(以下「CGC」)の2021年6月改訂で、最も望ましい水準として企業は独立した社外取締役を3分の1以上置くことが盛り込まれました。財務・会計に関する知見や国際ビジネス経験など、社外取締役として経営全般を見られる人材は限られ、引く手あまたとなり、複数の企業の社外取締役を兼務する人も増えています。しかし、兼務する各企業のビジネスの内容や関係性によく注意する必要があるにもかかわらず、留意点などが周知されているとはいえません。
 本稿では、企業統治・内部統制構築・上場支援などのコンサルティングを手がけてきた一般社団法人GBL研究所理事、合同会社御園総合アドバイザリー顧問の渡辺樹一氏と、田辺総合法律事務所の市川佐知子弁護士の対話を通じて、社外取締役の兼務にまつわる問題について考えます。

議論が十分とはいえないなかでの社外取締役の兼務

渡辺氏:
CGC改訂による員数増加や多様性の要請によって、独立社外取締役候補者の争奪戦が起きており、複数の企業で取締役を兼務する例も増えています。そして、兼務する企業同士が競合関係であったり、顧客や取引先の関係であったりと、何らかの関係を持っていることもあるようです。今回は、そのような兼務問題を取り上げ、企業の留意点や独立社外取締役の心得を考えてみたいと思います。

市川弁護士:
確かに最近、兼務への懸念を聞くことが増えたように感じています。兼務する企業同士がまったく異なる業界に属しているとそうでもないようですが、同じ業界で、競合を心配する関係にある企業同士で兼務する場合に、特別な注意を要する事例が増えているようです。
このような兼務事例は、単なる候補者不足とは違う背景を持っているかもしれません。業界知識を有する人を独立社外取締役に迎えたいというニーズの高まりを示している可能性があり、CGC改訂で導入が進んでいるスキルマトリクスが影響しているのかもしれません。
いずれにせよ、兼務の際には、候補者の独立性、競業避止義務、利益相反取引の監視、取締役の秘密保持義務など、留意すべきポイントが数多くあります。

渡辺氏:
最近目にとまったのは、ITなど専門性を持つ著名な学識者が、IT業界に属する企業Aと企業Bで独立社外取締役を兼務する例です。これを事例1としましょう。また、企業Aと企業Bの代表取締役同士が、互いに独立社外取締役になっている例です。これを事例2としましょう。どちらの事例でも企業Aと企業Bは競合しているのではないか、少なくとも潜在的にその可能性が高いのではないか、と感じられ、少々危険を感じました。

市川弁護士:
IT業界のみならず、DXを課題とする企業の多くで、IT知識を有する取締役へのニーズが高まっています。しかし、候補者は非常に限られており、兼務が発生してしまいます。たとえ兼務にデメリットがあったとしても、その候補者に依頼するメリットのほうが大きいと、依頼する企業では計算している、ということではないでしょうか。
ただ、どこまで真剣に計算しているのかはよくわかりません。このような兼務問題は最近話題になりはじめ、これまであまり議論されてきていませんから、注意する必要があると思います。ここでは、そのような新しい議論に取り組んでみましょう。

競業避止義務

渡辺氏:
まず、競業避止義務の検討からです。取締役は会社と競業することを避止する義務を負っており、社外取締役であっても同様です。企業Aと企業Bが競合している場合に、両社の取締役を兼務してよいものでしょうか。

市川弁護士:
会社法356条が規定する「会社の事業の部類に属する取引」とは、会社が実際に行っている取引と目的物および市場が「競合」して、会社と取締役の間に利益衝突の可能性がある「取引」とされています。取締役が自己または第三者のためにこのような競業取引をしようとするときは、取締役会の承認が必要です。逆に言えば、承認があれば、競業取引も可能です。

ただ、競業取引は広いようで狭く、狭いようで広いと言うことができ、いつ承認が必要となるのか、それほど明瞭ではありません。厳密に考えると「競合」とは何か、「取引」とは何かが不分明ですし、形式上は該当しなくても取引したと見るべきだ、という場合もあります。
企業Aと企業Bが同じIT業界に属して同業者と思われたとしても、それだけで企業Aと企業Bの事業が「競合」するわけではありません。IT業界では、サービスの種類が細かく分かれ、エンドユーザー層も様々ですから、サービスも市場も「競合」する場合は限定的で、意外に狭いのです。しかも、会社が現時点で行っている事業だけに着目すればよいとするのが通説です。ただ、将来の計画や可能性を考えるべきではないか、定款記載の事業目的を基準とすべきではないか、という見方はあります。
もっとも、通説に従い、現時点の事業に着目するとしても、進出を企図し市場調査を進めているような地域については「競合」が認められると解した裁判例があり、一般的に受け入れられています。ここは少し広くなっているように見えます(東京地裁昭和56年3月26日判決・判時1015号27頁)。

次に、企業Aにおける(業務執行であれ社外であれ)取締役が、「競合」する企業Bの(代表)取締役に就任すること自体は「取引」ではありません。企業Bのために競合する事業をしてはじめて「取引」になります。代表取締役として当該事業を推進すれば、当然「取引」になります。さらに、競合会社の事実上の支配者となっていれば、代表取締役に就任していなくても、競合会社の名・自己の計算で「取引」があったと認めた裁判例があります。
したがって、当該事業について代表者を別に立てたとしても、その陰で主導的に事業を推進すれば「取引」があったとされるでしょう(東京地裁昭和56年3月26日判決・判時1015号27頁、大阪高裁平成2年7月18日判決・判時1378号113頁)。

このような視点をもって事例1と2を考えてみます。まず、傍目から見るのとは違って、企業Aと企業Bの事業が「競合」しているのかは定かでなく、競合していない可能性もかなりあります。また、競合していたとしても、兼務者である学識者(事例1)は社外取締役であり、いずれの企業でも「取引」をするわけではないので、いずれの企業でも取締役会の承認は不要です。
事例2の場合には、A社で独立社外取締役のaa氏は競合会社Bの代表取締役として「取引」を行うことになるのが普通でしょうが、企業Aの取締役会が承認するなら兼務は可能です。

承認することを求められた社外取締役の難しさ

渡辺氏:
確かに、兼務が禁止されているわけではありません。業務提携などで事例2のような関係が生じる必然性もあるのかもしれません。ただ、承認の判断は難しい気がします。自分が兼務するのではなく、他の人の兼務について承認を求められたとき、取締役会メンバーとして承認してよいものか、悩みそうです。
兼務する当人は、利害関係を有するので、承認決議から外れます。業務執行取締役は、業務提携の必要性などを重視し、承認についてあまり悩まないかもしれません。しかし、利益衝突関係から会社利益を守るために存在している社外取締役としては、承認は荷の重い仕事です。

市川弁護士:
法律は「承認があればできます」とさらりと書きますが、判断する当事者は何も確認せずに承認するというわけにはいきませんし、気を遣うと思います。

承認は、競業取引に関する重要事実を開示したうえでなされます。重要事実は具体的に、取引の目的物、相手方、数量、価格、取引期間等です。反復継続する取引なら、包括的に承認を行うことができると解されています。事例2で、企業Bの代表取締役として競業取引をするなら、この包括的承認が必要であり、会社の規模、事業の種類、サービスの内容、取引規模、市場等の開示が必要でしょう。開示された事実に重要な変更が生じたら、再度承認を得る必要があります。

さらに、競業取引後遅滞なく、重要事実を報告する義務もあります(会社法365条2項)。事後報告は承認を受けた際の開示と同レベルでなされるべきでしょうから、包括的承認を得た場合には、やはり包括的に、そして定期的に事後報告を受けることも忘れるべきではありません。これらの情報提供はかなり煩雑な手続を伴い、それでなくても最近は忙しい取締役会の時間と手間を取ってしまうことになりそうです。
また、手間ひま以上に、これらの情報を精査のうえ、取締役会メンバーとして、事業提携によるメリットと比較しつつも、競業取引によって会社に損害はないと自信を持って言えるか、不安や迷いも残りそうです。

独占禁止法上の留意点

渡辺氏:
独占禁止法上の留意点はないでしょうか。

市川弁護士:
独占禁止法13条1項に、「会社の役員」は「他の会社の役員の地位を兼ねることにより一定の取引分野における競争を実質的に制限する場合には、当該役員の地位を兼ねてはならない」という規定があります。
事業提携の場合には、資本提携もあるでしょうから、株式保有関係と役員兼務関係が相まって「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」によって、結合関係が認められてしまうということもあるかもしれません。独禁法による企業結合規制の詳細は、別途専門のコラム等に譲りますが、取締役会として注意が必要であるということは、ここでもはっきり申し上げることができます。

また、カルテル事件への発展を未然に防止すべく、競合他社の関係者との接触について社内規程を設けている企業が数多くあります。接触がすべて悪いわけではありませんが、カルテルになるかならないか、情報交換の線引きは微妙です。そのため、競合他社との接触には一律に事前承認を求めたり、接触後の報告を求めたりして、カルテルの予防・発見に各社努めているのです。
しかし、このような社内規程は、社長レベルにまで適用されていないのが実態ではないでしょうか。営業部員はカルテル研修を頻繁に受けていても、社長は受けていない、ということもありそうです。すると、社内規程が懸命に管理しようとしている微妙な情報交換が、管理外の取締役会において無防備に行われてしまう、という事態もありえるため、注意が必要です。

秘密保持義務

渡辺氏:
次に、秘密保持義務について考えてみたいと思います。競業取引を行って顧客や市場を奪い会社に損害を与える、という不利益はある程度はっきりしているのに比して、秘密を開示することによってもっと微妙で目に見えにくい不利益が発生しそうで、より危険な気がします。
企業は言うまでもなく企業秘密の保持に意を払っています。特に、競合他社に秘密を漏らしたくないのは当然です。そうであるのに、競合他社の取締役に自社秘密を開示するのはどうしてでしょうか。

市川弁護士:
まず、再度の前置きですが、傍目から見るのと違って「競合」は生じていないのかもしれません。ただ、進出を企図し市場調査を進めている地域については「競合」が認められると前述したように、競合関係は徐々に生まれ、変動していくのですが、情報が潜航して見えないことがあります。

渡辺氏:
気になるのは、そのような潜在的な競合関係です。顕在化していないからこそ、情報のやり取りが企業の競争力に水面下で影響していないか、不安になるわけです。

市川弁護士:
取締役には、その職務上得た秘密情報を秘密として保持し、第三者に開示しない義務があります。この義務は、会社法に明文で定まっているわけではありませんが、善管注意義務の一部として当然負うものです。
事例1における、学識者である独立社外取締役がこの秘密保持義務を厳守してくれると信頼できれば、情報を開示する企業側は心配する必要はありません。他方の兼務先企業で秘密を開示せず、学識者の記憶中に留まるだけなら、企業利益は害されません。
ただ、この場合にも兼務が情報の流れに影響する局面はあり、企業側も独立社外取締役側も配慮すべきポイントが増えると思います。秘密保持契約を締結するのが標準的な取扱いだと思いますし、それは必須でしょうが、それだけでは話は済みません。

有効なコーポレートガバナンスの観点から、独立社外取締役に、取締役会資料以外の社内情報へのアクセス権をどこまで与えるか、という問題があります。オープンな企業では、どのフロアにも立ち入れる、誰と話をしてもよいとしています。「オープン=常に必ず善」というわけではないのでしょうが、企業経営の透明性を高めるのが存在意義の1つである独立社外取締役には、なるべく広いアクセス権を与えるのが自然な流れであるような気がします。
しかし、アクセス範囲を考える際に、ある独立社外取締役が競合他社も兼務しているという事情が影響して範囲を狭める方向へ傾くとすれば、コーポレートガバナンスの観点からは、企業が候補者人選に失敗したという見方もできてしまうかもしれません。また、秘密情報を渡されてしまって、その後の管理は自分だけに任される独立社外取締役には悩みもあるそうです。

知ってしまったことによるジレンマ

渡辺氏:
こんな議論をしたことがあります。企業Xと企業Yは同業だが競合はしていません。企業XはあるサービスについてM国を有望な新規市場だとして進出を検討しているのを独立社外取締役zz氏が取締役会で知ったとします。zz氏が競合他社Yの独立社外取締役もしていたところ、企業Yも同様に同サービスに乗り出し、しかもM国進出計画を持ったらどうでしょうか。
企業Xも企業Yも自社がM国市場で唯一のプレーヤーになれるという仮定を置いて市場予測をしていますが、その仮定は外れる可能性が高いのです。善管注意義務を負う独立社外取締役は、企業の予測が外れ、プロジェクトが失敗する可能性が高いと感じるなら、根拠とともにそれを指摘する必要があるでしょう。しかし、zz氏には秘密保持義務がありますから、企業Xにも企業Yにも他社に計画があることを指摘できません。悩ましいジレンマです。

市川弁護士:
そのとおりだと思います。兼務先企業が同じ業界ですと、そのよう事態があり得ます。「いや、そんなことはあったとしても百年に一度だ、机上の空論だ」と部外者は片づけることができます。しかし、当事者になってみると、似たような事態、心配になる事態は結構目につくようです。
そのような事態に遭遇するかもしれないという覚悟や、そうなっても自分の義務を整理のうえ果たすことができるという自信を持てる人でないと、兼務就任してはいけないと思います。また、依頼する企業の側にも、このようなジレンマへの理解が必要だと思います。

渡辺氏:
事例2ではどうでしょうか。つまり、xx氏が企業Xの代表取締役で、企業Yの独立社外取締役だったとします。xx氏は、企業Yの計画を聞いてしまったら、聞いてしまった情報を秘密にしたまま企業Xを経営することは不可能ではないでしょうか。情報を利用して企業Xの進出時期を早めたり、逆に中止したり、何らかの対応をとることになると思います。
しかし、それは秘密情報を企業Xという第三者に開示したことにあたるのではないでしょうか。

市川弁護士:
確かにそうだと思います。独立社外取締役として企業Yにおける秘密保持義務を果たすためには、企業Xの計画遂行に企業Yから得た情報を完全に遮断する必要があり、そのためにはxx氏は計画遂行から外れるべきでしょう。1人の人間の中にある情報に戸を立てて分離することは、ほぼ無理だからです。
ただ、独立社外取締役としての義務を果たすために代表取締役の職務を放棄せざるを得ないというのは、企業Xにとってもxx氏にとっても本末転倒で、そんなことはできないと考えるでしょう。そして、xx氏が企業Xの計画を遂行すれば、企業Yに対する秘密保持義務違反に該当することになるでしょう。

渡辺氏:
企業Yは発生した損害をxx氏に賠償請求するかもしれません。このような重大問題に発展するかもしれない同業社間兼務については、もっと注意喚起や対策が必要だと感じます。

市川弁護士:
独立社外取締役の「重要な兼職」は事業報告等で開示されます(会社法施行規則124条1項2号)。同業社同士でない普通の兼務の場合、株主はこの情報開示を、当社の取締役としてどれだけ手間ひまをかけてくれそうか、を考える指標として見るのが一般的です。
しかし、同業社同士で兼務の場合には、もう少し別の用途がありそうです。このような兼務が増えていくにつれ、「当該株式会社と当該他の法人等との関係」(同条同項同号)にも着目して、会社利益を向上させるために適任の候補者であるのか、吟味されるようになっていくのではないでしょうか。それを踏まえて、開示する企業側でも、吟味に耐えられるような情報の提供をする姿勢が必要になると考えられます。

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