トランプ大統領は日本企業のM&Aにどのような影響を与えるか
コーポレート・M&A
目次
(写真:JStone / Shutterstock.com)
米国企業を日本企業が買収する際のポイントとトランプ大統領の影響
米国企業を日本企業が買収する際にポイントとなる手続きはどういったものがあるのでしょうか?
一定規模以上のM&Aを行う場合、米国競争当局(米国司法省と連邦取引委員会。日本の公正取引委員会に相当)に対して事前届出を行うことが必要となります。
米国競争当局は当該M&Aが消費者に悪影響を与えるものではないかなど反トラスト法(日本の独占禁止法に相当)上の問題を審査し、M&Aによって当事者の市場シェアが著しく高くなる場合や競合同士のM&Aにより競争事業者の数が3社から2社に減少するといった場合には厳格な審査が行われることになります。
そして、米国競争当局が反トラスト法上の懸念があると判断した場合には、数か月にも及ぶ詳細審査(セカンドリクエスト)が行われ、当事者が反トラスト法上の問題を解消する措置を講じたり、あるいは案件を断念しないと米国競争当局から差止訴訟を起こされたりすることになります。
その手続きに関し、経済保護主義を訴えるトランプ氏が大統領となることによって、日本企業が米国企業とM&A取引を行うことに影響が出る可能性があるのでしょうか?
伝統的に自由競争を重視する共和党政権ではM&Aについての反トラスト法上の執行(エンフォースメント)は消費者保護を重視する民主党政権に比べると厳格ではありませんでした。例えば、上記のとおり、反トラスト法上の懸念があると米国競争当局に判断された場合には詳細審査(セカンドリクエスト)が行われることになりますが、米国競争当局の年次レポートによれば、詳細審査に進む割合は、共和党のブッシュ政権では3%弱であったのに対し、民主党のオバマ政権では4%弱に増加しています(米国の反トラスト法上の事前届出は年間2000件程度行われていますので、1%の違いでも有意な差があります)。
これに対し、トランプ氏は大統領選挙期間中、「あまりに少数の者に権力が集中する」として、2016年10月に公表されたAT&Tによるタイムワーナーの買収を阻止する意向を示しましたが、これは従来の共和党政権が取ってきた自由競争を重視して反トラスト法を執行する立場とは異なっています。そのため、トランプ氏が大統領になることによって、オバマ政権から引き続き、M&Aについて厳格な反トラスト法上の執行が行われる可能性があります。
もっとも、トランプ氏は反トラスト法の執行についての考え方を明らかにしておらず、AT&Tによるタイムワーナーの買収阻止に関する発言は米国メディアが大統領選挙中にトランプ氏に批判的な見解を出していたことに対する意趣返しに過ぎない可能性もあります。
そのため、メディア・通信だけでなく、日本企業も関係するそのほかの業種のM&Aについても厳格な反トラスト法の執行が行われることになるかは今後の動向を見る必要があるでしょう。
現地NYの弁護士や企業の法務担当者は、トランプ氏が大統領となることについて、どのような反応でしょうか?懸念、困惑などは見られますか?
トランプ氏の大統領選挙における言動は必ずしも一貫したものではなく、他方で、重要な政策についての考え方が明らかでないところも多く見られます。そのため、自由競争の重視や規制緩和といった共和党政権で伝統的に行われていた政策が実行されていくのかは不透明であるということが懸念されていると理解しています。
そこで、例えば反トラスト法の執行についてであれば、米国司法省の反トラスト局の幹部や連邦取引委員会で空席となっている2名の委員の人事などからトランプ政権における政策の手掛かりを得ようとしているという状況です。
アメリカの外資規制、「CFIUS」とは
アメリカにおける外資規制について概要を教えてください。最近よく耳にする「CFIUS」とは何でしょうか?
日本では外資規制として外国為替及び外国貿易法がありますが、米国では包括的な国家安全保障を目的とした外資規制として、1950年国防生産法第721条のいわゆるエクソン・フロリオ条項が存在しています。
そして、米国大統領は、あるM&Aによって米国企業が外国企業に支配されることになる場合、米国の国家安全保障に脅威を与えるおそれについて審査・調査を行い、その結果、米国の国家安全保障を害すると認めるときには、当該M&Aの禁止などを求めることができます。その際、米国大統領に代わって実際に審査・調査を行うのが、財務省長官などの主要閣僚で構成されるCFIUS(Committee on Foreign Investment in the United States、対米外国投資委員会)です。
エクソン・フロリオ条項は国家安全保障について明確な定義をしておらず、さらに、2007年外国投資及び国家安全保障法により、国家安全保障に重大な影響を与える重要なインフラ施設も国家安全保障の判断にあたって考慮されることが明示され、国家安全保障の範囲が拡大しています。また、CFIUSが審査を行うかについてM&Aの取引金額や規模は関係なく、さらにはM&Aが実行された後になってCFIUSの審査が行われることもあるという特色があります。
そして、CFIUSが国家安全保障を害する取引か否かをケース・バイ・ケースでその裁量によって判断するという構造になっており、情報技術、電子機器、エネルギーといった国防に関連する業種のみならず、国防には直接関係しないと考えられる業種の米国企業の買収についても米国の国家安全保障を害する取引であると判断され、買収を阻止される可能性もあります。
CFIUSについてもトランプ氏が大統領になることで影響が出ることが考えられるでしょうか?
2013年5月に中国企業が米国最大の食肉加工企業を買収しようとした際、中国の食肉業者に食品安全面で問題があり、 米国の食料供給の安全性に懸念が生じるとの理由から米国議会の関心を呼び、CFIUSによる徹底的な審査が行われるという事態に発展しました。最終的に当該買収は承認されましたが、国家安全保障とは直接関係しないと考えられる業種の企業を買収する場合であってもCFIUSの審査が行われるということが明らかになりました。
そして、オバマ大統領は、2012年、CFIUSの勧告を受け、中国資本の米国企業が取得したオレゴン州の海軍基地近くにある4つの風力発電所施設を売却するよう、エクソン・フロリオ条項に基づく史上2度目の禁止命令を約22年ぶりに出し、さらに、直近でも2016年12月2日に中国資本のドイツ企業によるドイツ半導体製造装置メーカーの米国事業の買収を阻止する史上3度目のエクソン・フロリオ条項に基づく禁止命令を立て続けに出しており、実際に買収が阻止されることもあります。
日本企業も最近では毎年10件程度の届出をCFIUSに行っているところ(なお、CFIUSへの全体の届出件数は毎年100件程度)、買収を阻止するか否かの最終的な決定権限は米国大統領が有していることから、米国第一主義を唱えるトランプ氏の意向によって、今後、必ずしも米国の国家安全保障には関係がないと考えられる業種のM&Aであっても、米国民や米国経済に影響があるという理由で阻止されるリスクは否定できないと考えられます。
米国法の域外適用は何が問題となっているか
米国法の域外適用について、現在どういったものが一番問題となっていますか?これについてもトランプ氏が大統領になることで影響が出ることが考えられるでしょうか?
現在の連邦最高裁は、「明確に表明された米国議会による積極的な意図が存在しない限り、米国法は米国内においてのみ適用されると推定される」という、米国法が域外適用される範囲を狭く解釈する立場を取っています。この立場は、日本企業にとっては、米国連邦裁判所において米国法を根拠とする民事責任を問われるリスクが軽減されるという意義を有するものであると考えられています。
連邦最高裁は長官である1名の首席判事と8名の陪席判事の合計9名で構成されているところ、現在、米国法が域外適用される範囲を狭く解釈しているのは、共和党の大統領によって任命された、保守派(又は保守派寄り)4名の判事で、他方、民主党の大統領によって任命された、リベラル派(又はリベラル派寄り)の4名の判事は米国法が域外適用される範囲を狭く解釈することに否定的な傾向にあります。そして、2016年2月に保守派のスカリア判事が死去したことに伴い、連邦最高裁判事の席が現在1つ空席となっていますが、連邦最高裁判事の任期は終身であることから、いったん連邦最高裁判事の顔ぶれが固定すると、その間、連邦最高裁の判断傾向も固定化することになります。
米国憲法上、連邦最高裁判事は米国大統領が指名し、上院の助言と承認を得て任命するとされており、米国大統領は、自らの政策や信条に合致する人物であるかを調査したうえで連邦最高裁判事に指名します(もっとも、米国大統領が連邦最高裁判事に任命する前提として上院での承認が必要とされているため、連邦最高裁判事として米国大統領に指名されたものの、上院が承認しなかったために任命されなかったというケースも複数存在しています。そのため、上院が承認する信条や考え方の持ち主であるかということも米国大統領が連邦最高裁判事を指名する際の重要な要素とされています)。
トランプ氏が、従来の共和党の大統領と同様、保守派の人物を連邦最高裁判事に指名する場合には、米国法が域外適用される範囲を狭く解釈する連邦最高裁の判断傾向が続くと予想されます。他方、トランプ氏の米国第一主義が米国法の域外適用を広く認めることを含意している場合、トランプ氏がそのような意向に沿う人物を連邦最高裁判事に指名し、任命するに至れば、米国法が域外適用される範囲を狭く解釈する現在の連邦最高裁の立場が変更され、日本企業が米国連邦裁判所において米国法を根拠とする民事責任を問われるリスクが高まることは否定できないことになります。
日本企業が米国でM&Aを行うにあたって心がけておくことは
今後日本の企業が米国でM&Aを行うにあたり、法務担当者が心がけておくことがあれば、教えてください。
トランプ氏の大統領選挙期間中における言動は必ずしも一貫したものではないため、一部は単なるリップサービスに過ぎない可能性もあり、また、今後、米国大統領という立場からは実現することは容易ではないと思われる政策もありますが、米国大統領として初めて軍歴や公職に就いたことのない大統領であり、実際にどのような政策が実施されていくかは不透明です。
そのため、トランプ政権での政策や主要閣僚の人事などを定期的にアップデートして動向を把握しておくことが重要となるでしょう。

長島・大野・常松法律事務所