あなたは契約書で戦った経験がありますか?ドワンゴ・川上量生氏が語る「いい法務」の条件

法務部

目次

  1. ヒラ社員が200万ドルの発注書にサインした日
  2. 契約書で戦え、実戦経験を積め
  3. ニコニコ動画が訴えられない理由
  4. 「法務」=「スペシャリスト」という間違い

「契約とは、法務部門とビジネスの現場が一体となって戦い、何かを獲りにいくためのもの」。そう語るのは、株式会社ドワンゴの創業者・川上量生氏だ。新しいビジネスを生み出し、成長させていくために「必要とされる法務」とはどのような存在だろうか。「ニコニコ動画」「学校法人角川ドワンゴ学園N高等学校・S高等学校」など、次々と画期的なサービスや事業を世の中に送り続けてきた川上氏に、経営者から見た「いい法務」の条件を聞いた。

ヒラ社員が200万ドルの発注書にサインした日

本日は、経営者・川上量生さんから見える「法務の姿」について話を聞かせてください。

川上氏:
わかりました。「法務」というものについて僕が考えていることを説明するために、まずは僕がビジネスキャリアをスタートしたサラリーマン時代の話を1つ紹介させてください。

川上 量生氏(株式会社ドワンゴ顧問、株式会社KADOKAWA取締役、学校法人角川ドワンゴ学園理事)

川上 量生氏(株式会社ドワンゴ顧問、株式会社KADOKAWA取締役、学校法人角川ドワンゴ学園理事)

川上氏:
はじめて勤めた会社で僕は、海外で商品を発掘して国内で売るという事業を担当していました。最初に契約したのも海外の会社です。その中で、「法務」にまつわる貴重な体験をしました。

海外の会社は、300ページくらいの契約書を平気で送ってきます。それを法律事務所に翻訳してもらうと、1,000万円くらいの費用がかかります。当時、僕が手がけた新規ビジネスなんてどこまでの売上になるか怪しいものですから、契約の事務手続きのためだけにとてもそんな金額は払えない。仕方なく、僕は自分で契約書を読んでいました。

国内契約の前に海外契約に携わられたわけですね。どのような「貴重な体験」をされたのですか。

川上氏:
最初に契約したのは、例をあげるなら、ダイアモンドステルス(Diamond Stealth)という当時、日本でも1、2位を争う人気のあったビデオカードをつくる米国のDiamond Computer Systems社(その後、Diamond Multimedia Systemsに改称。以下「ダイアモンド社」)です。僕が新入社員として入社2年目にはじめて自分で企画した新規事業ですので、いろいろと思い出深いのですが、とにかくいろいろラッキーだったんですよね。

まず、当時、相手が新興ながら伸び盛りの話題の会社で、代理店権についても日本の実績ある大手を差し置いて、なぜか僕らを選んでくれた。しかも独占販売権までもらえました。さらに契約書がA4(米国ですから正確にはレターサイズ)のぺら1枚で、なんと日本語でした。弁護士を通さずに、文言も相手と目の前で話し合って、その場で決めたんです。その後、海外の会社とは百本以上の契約書を結んできたと思いますが、そんなことはそれっきり、一度もありません。

なぜ、契約が日本語で結ばれることになったのでしょうか。

川上氏:
実は、先方の会社の会長がチョン・ムーン・リーさんという韓国系米国人で、太平洋戦争中は日本軍に所属していました。なので、日本語が不自由なく使えたのです。僕は英語を話せませんでしたから、「日本語の契約でいいですよ」と言ってくれたのです。契約書はほんの数行で、お互い50パーセントずつ出資をして日本法人をつくることと独占販売権を与えることが簡潔に書かれていました。

つまり先方は、日本流のいわば信義則に基づくビジネスをしてくれたわけです。それまでに抱いていた欧米の契約社会のイメージとまったく異なる展開に、僕はただ驚くばかりでした。

契約締結の席はどのような雰囲気でしたか。

川上氏:
ダイアモンド社の会長との契約には、僕も自分の会社の社長に立ち会ってもらいました。いや、僕はヒラ社員ですから、契約は先方の会長と僕らの社長が行い、僕はその場に同席していただけというのが正確ですね。契約が済むとすぐにうちの社長は日本に帰国したのですが、その後、先方の営業担当の副社長であるデイビット・ベイツさんという米国人から、「ちょっと話したい」と呼ばれたんです。前職で加賀電子という日本の専門商社に在籍していた彼もまた日本語が話せたので、こちらも日本語での交渉になりました。

その席で、「日本市場の独占販売権を渡したんだから、最低でも100万ドル単位の発注をもらわなければ、僕の社内的な立場がない。今、ここで、川上さんにビデオカード1,000枚の発注書にサインをしてほしい」と言われました。急にそんなことを言われても、ヒラ社員の僕に勝手に商品を発注する権限なんてあるわけがない。困った僕は少しの間、黙り込みます。すると彼は、「川上さんに決裁権がないことはわかっています」と言いました。「発注書に書いてもらう川上さんのサインに意味はない。でも、僕らは川上さんを信頼してビジネスをすると決めたんだから、川上さんのサインを信用する」と。

ダイアモンド社の新製品なら1,000枚くらいすぐに捌ける量だと、僕は見積もりました。そういう判断も含めて、「試されているな」と思い、僕は勇気を出して発注書にサインしました。駆け出しのヒラ社員が、独断で200万ドルくらいの発注をしたわけです。

それは痺れる経験ですね。

川上氏:
これが僕が生まれてはじめてやったビジネスで、結果的には大成功でした。しかし、契約締結後しばらく経ってから、今度は先方が「独占契約をやめる」と通告してきました。公平を期すため言っておくと、それは僕らの会社の対応に落ち度があったからでした。

一般的に日本人は、契約社会のことを「契約書を守る社会」とイメージしますよね。でも、海外の会社はむしろ平気で契約を破ってきます。故意に破ることもあるし、担当者が頻繁に変わるので、契約書の中身を知らずに破ってくることもあります。でも、契約書にはちゃんと契約を破った場合のペナルティが書かれているから、「契約を破っても問題はない」と彼らは思っています。そして、契約書にペナルティが書かれていない場合、ビジネスは、契約を結んでいない場合と同じように、会社対会社の力関係で決まります。

ダイアモンド社とのビジネスを継続したい僕らは、彼らの要求通りに日本語の紙1枚の契約書を破棄し、新たに非独占の代理店契約を結ぶことに同意しました。今度は送られてきた契約書が英文で、とても分厚かった(笑)。

そのときの交渉の過程で、僕は契約書という“紙”の限界を知りました。だから僕は、契約書は万能ではなく、1つの道具にすぎないと考えるようになりました。

日本では、契約を儀式と捉えている企業や経営者が少なくない印象です。

川上氏:
それが儀式であったとしても、すべての儀式には、社会的な役割などの意味がありますよね。契約という儀式の役割は、揉めたときの不毛な交渉コストを下げることだと思います。だから、どういう場合にどれだけ交渉コストを下げられるのか、契約書の作成コスト自体が揉めたときの交渉コストを上回っていないか、と担当者は検討すべきだと僕は考えています。

日本は専門家を決めると、その人にすべてを丸投げして思考停止する傾向がある社会だと思います。たとえば日本では、社内に“英語屋さん”がいて、外国人が来ると、「あいつに任せろ」となります。専門家に投げたら、あとは知らない。これは法務にも当てはまります。日本では、法律に関わることは法務部に投げて、あとはお任せ。特に海外取引に関しては、英語がしゃべれて法律もわかる人に丸投げする気質がありますよね。でも、契約書の中で守りたいスキームは、ビジネス側の人間がつくらなければ有効なものになりません。

「専門家」に丸投げしてはならない、ということですね。以前、川上さんの部下として働かれていた弁理士の方から、川上さんが特許の明細書を読み、専門的なチェックを入れてくる、と聞いたことがあります。

川上氏:
特許を出願するときも、基本的に僕は、明細書まですべて自分で読みます。そこを切り離してしまうとビジネスの世界と切り離されてしまうという感覚があるからです。出願時に明細書をチェックしていても、拒絶されたときに法務部と特許事務所が勝手に補正して権利を狭めてしまい、無意味な特許になることがよくあります。だから、油断できないんです。

契約書で戦え、実戦経験を積め

川上さんご自身が思い描いたビジネスのスキームを契約に落とし込む場面で、「法務にこうあってほしい」と感じることはありますか。

川上氏:
僕の目から見ると、法務の仕事は、「僕はこのリスクに気づいていましたよ」とアピールするための項目を入れる作業に終始している場合が多いように感じます。相手が拒否してきたときに、法務がディール不可能な条件をつけようとするケースもあります。揉めたときに「契約書で戦う」という視点でつくられる契約書は、残念ながらあまり見かけません。

川上さんが考える「戦う契約書」とは、どういったものですか。

川上氏:
契約書というものは本来、揉めたときのためにあらかじめ条件を書くものであり、契約とは、法務部門とビジネスの現場が一体となって戦い、何かを獲りにいくためのものです。そして、「これを捨てる。その代わりにこれを取る」というのが契約交渉です。価値は、捨てた部分ではなく、残した部分にあります。その前提条件を理解せずに、「とにかく何も取られたくない」という契約書では、そもそも意味のある交渉にならないのです。

あるいは、思い通りに契約を結べたと思っても、相手がそもそも契約を履行できないケースもあります。たとえば、こちらに有利ながんじがらめの条件で小さな会社と契約を結んでも、仕事がうまくいかなったときに相手に仕事をやり直すスタッフがおらず、損害賠償するお金もなければ、意味がありません。逃げられてしまえば終わり。それでは結局、何も守れない契約書になってしまいます。

ディールにならない、あるいは何も守れない契約書を生み出してしまう最大の原因はどこにあるのでしょうか。

川上氏:
揉め事がない、ということに尽きると思います。日本は仲良くビジネスをやる会社が多いですよね。揉めたときには、挨拶に行って、接待もしますが、契約書を盾に取って戦う会社が少ない。そういう社会では、契約書で戦うことのインセンティブがないですよね。つまり、商習慣の問題だと思います。

一方で、法務側がコメントをしようとすると、ビジネス側が嫌がるケースも少なくないようです。

川上氏:
僕はビジネス側の人間なので、どうしてもビジネス側の肩を持ってしまいますが(笑)、そのときは法務が適切なアラートを出してくれればいいと思うんです。逆に、実際に発生するとはとても考えられないリスクを法務に指摘され、ビジネス側が「そんなシナリオはないだろう」という場面もあります。だからこそ法務は、「揉めたときにはこうなります。そのときはこう戦います」と、説明できなければいけない。ただ、そのためには実戦経験がなさすぎるんです。

実戦経験を積むためには、たとえば、なるべく揉め事が多い会社に行ったほうがいいのでしょうか。

川上氏:
そうだと思いますよ。そうでなければ、法務は「この契約書にはこのような文言が書かれています」と説明するための、経営者にとっての辞書にしかなりません。実際のビジネスで必要とされるのは、契約書の文言で争った事例であり、それを解決した経験です。実戦経験の「ある/なし」は、説得力が違います。だから法務は、「契約書で戦った経験」で自分を説明できなきゃ駄目だと思うんです。

辞書代わりに使われたくないなら、法務は実戦経験を積むしかありません。これは、積んだら積んだだけ強くなりますから、喧嘩しまくるというのは1つの解になると思います。特に、日本では実戦経験を積んでいる会社が多くありませんから、間違いなく強みになりますよ。

ニコニコ動画が訴えられない理由

川上さんは、新規事業の法務のタスクにどのように関わりますか。

川上氏:
新規事業では、法務的なチェックは最重要な項目ですから毎回やりますね。「ニコニコ動画」でも、最初に著作権法をはじめとする関連法令の洗い出しを徹底的にやり、実際の運用状況や権利者の行動パターンのシミュレーションに半年くらいかけました。それは僕が主体になってやっていました。誰かに任せてしまうと、たぶんうまくいかなかったと思います。おかげでニコ動は、今までコンテンツホルダーから一度も訴えられたことがありません。おかしいでしょ?(笑)

川上 量生氏(株式会社ドワンゴ顧問、株式会社KADOKAWA取締役、学校法人角川ドワンゴ学園理事)

それは驚きました。あれだけのサービスであれば、何かしら法的な紛争を抱えていそうです。

川上氏:
ですよね。でもそれは、訴えられないためのシナリオづくりに相当の時間をかけたからなんです。

世の中の基本はパワーゲームです。そのパワーゲームの中の1つのコマである、という視点がなければ、多くの場合、法務は役に立ちません。大企業では、法務部門のトップが意思決定権を持つケースもありますが、実際に訴訟の判断を下すのは、おおよそビジネスサイドの人です。

だから僕は、彼らがどうやって意思決定するかをシミュレーションします。そうしなければ、有効な法務上の戦略が立てられないからです。特に日本では、法務部門の誰かを怒らせたからといって、すぐに訴訟とはなりません。

ゲームの攻略方法を考えるために、ゲームの本質を理解しておく、というわけですね。「これは○○法の規制に引っかかるぞ」という視点も大事ですが、それだけですべてが決まるわけではないと。

川上氏:
決まりませんね。たとえば僕は、「ニコ動を訴えたい」という会社があったと仮定して、その会社の会議の様子を脳内でシミュレーションしました。そのとき僕は、「ニコニコ動画」とは、相手に訴えること自体をためらわせるネーミングではないかと考えました(笑)。

本当ですか(笑)。

川上氏:
横文字のかっこいい社名やサービス名だと、「◯◯◯、けしからん!」って言いやすいでしょ?

会社が訴訟を起こすときは、誰か一人が思い詰めて、訴訟に打って出るわけではありません。通常は会議でいろんな人たちが会話して、「やっぱりあの会社はけしからん」と皆が言っているぞ、となってはじめて訴訟のムードができ上がるわけですが、「ニコニコ動画けしからん!」というバイラルを広げるのは難しいだろうなと。

シミュレーションは成功したわけですね。

いや、別にネーミングだけで成功したわけじゃないですが(笑)。揉めそうな権利者に事前に説明に行ったりとか、サービスの文言チェックとか、イメージ戦略とか、本当にいろいろやりました。ネーミングもそのうちの1つに過ぎません。

「法務」=「スペシャリスト」という間違い

経営者としての川上さんの視点から、「ビジネスに伴走して経営をサポートしたい」と考えている法務パーソンの皆さんに、メッセージをお願いします。

川上氏:
たとえば、マイクロソフトが発明したのはMS-DOSやWindowsなどのソフトウェア製品だけではありませんよね。パッケージソフトの売り切りではなく、使用許諾契約で販売するためのシュリンクラップ契約という概念だったり、OSのライセンス契約の単価をインストール台数ベースではなく製造台数ベースで決めたりという、数多くの新しいビジネスルールも発明しました。これらは法務部門と一体とならなければ開発できないタイプのものでした。

Googleも、彼らの最大のビジネスである検索エンジンが対象サイトの引用を権利処理なしに行うことを認めさせ続けるために多大な法的労力を払いましたし、初期のAmazonも世界各国でワンクリック購入を特許化するためにかなり強引な手法を採ったと僕は認識しています。

日本でも、任天堂やソニーが彼らのゲーム機の対応アプリケーションからロイヤリティを取るための法的根拠を作るうえで長い戦いの歴史を持っています。革新的なビジネスモデルを作るためには、法務部門も一体となった戦略立案が欠かせません。

川上 量生氏(株式会社ドワンゴ顧問、株式会社KADOKAWA取締役、学校法人角川ドワンゴ学園理事)

川上氏:
だから、法務の人が社長になったり、ビジネスを組み立てたりしてもいいじゃないですか。米国では普通によくあることです。法務をトリガーとした新規ウェブサービスだってつくれるはずです。

だからこそ僕は、法務が単なるスペシャリストとして扱われている今の状況は、決して良いものではないと思っています。でも、その原因は法務側にもあります。法務の人たちは、もっと経営に口出しするべきです。

特に新規事業では、法務パーソンが本領を発揮することが期待されます。

川上氏:
新規事業とは、新しい何かをつくる事業のことで、言い換えれば、社会のルールのハッキングです。社会のルールのなかで最も動かしにくいものの1つは、明らかに法律ですよね。法律をハッキングすることにおいて、法務の人たちはアドバンテージを持っています。そして、スペシャリスト出身のジェネラリストには、あらゆることができるはずです。新規事業に関して言えば、法務の人は良いポジションにいるはずですよ。

法務のスペシャリストの中から、優秀なジェネラリストが出てきてほしいと。

川上氏:
そうです。でも、「スペシャリストでいいんだ」というマインドの人が多いのも事実です。逆に、経営サイド、ビジネスサイドは、法務と一緒に契約書を読み、法的な知識を獲得しなければなりません。そして、法務の決裁範囲のレイヤーを上げて、法務に一段上のレイヤーからのデシジョンをさせてほしいですね。

200万ドルの発注書にサインするようなデシジョンですか?

川上氏:
世の中にやっちゃダメなことなんて、本当は何1つないんですよ。やるとペナルティが付いてくるものがあるだけです。そのペナルティとは何なのか。自分はそれに耐えられるのか、そして自分の良心や価値観に照らし合わせて耐える意味があるのかだけですね。

法務部門の本当の役割なんて簡単なんです。契約書を作ったり揉めたときに内容証明送ったり裁判をしたりすることじゃない。法務部門を軍隊に例える人もいます。裁判とは戦争のようなもので、できればしないほうがいい、でもその万が一に備えるために法務部門は存在するんだ、と。

それは間違いだと思います。法務部門は毎日戦争をしている軍隊であるべきです。裁判とはその戦争の1つの手段に過ぎず、裁判の勝ち負けですら、本質的にはどうだっていいという場合も多いんです。

企業が生き残ることに貢献することが法務部門の唯一の最終的な目的です。だって、法務部門も企業という生命体の一器官に過ぎないんですから。

(写真:岩田 伸久、取材・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部)

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