知財戦略こそが事業の参入障壁を築く - 世界を目指す弁理士が語る国内IT企業による知財戦略の現在地

知的財産権・エンタメ

目次

  1. 世界で戦えるIT系知財のプロフェッショナル集団を目指す
  2. 企業が抱えている知財体制の課題とは
  3. 知財組織に必要な事業部とのコミュニケーション力
  4. 知財戦略は事業戦略と密接に関係する

国内IT企業の知財戦略はまだまだ未成熟——株式会社ドワンゴで知財セクションのマネージャーを歴任し、知財チームの立ち上げや知財戦略の実行、知財訴訟、ロビー活動などを幅広く経験したのち、現在、IPTech特許業務法人 副所長兼COOを務める湯浅竜弁理士はこう語ります。湯浅氏に国内IT業界の知財戦略の現状や、知財組織に求められる事業部との関わり方などについて聞きました。

世界で戦えるIT系知財のプロフェッショナル集団を目指す

まずはIPTech特許業務法人のコンセプトを伺えますか。

IT分野に特化した特許事務所です。特許事務所は大きく分けると、あらゆる技術分野を扱える大中規模の特許事務所とニッチな技術分野に特化した小規模・個人事務所という2つのタイプがあります。そのなかで我々は30名ほどの規模で特定の技術分野にフォーカスしていることが特徴です。IT領域に強みを持つと称する事務所は多いですが、当事務所はITのバックグラウンドを持つメンバーが参画しており、名実ともにITのプロフェッショナルたちで構成されています。クライアントも、AI、SaaS、VR、ゲームアプリなどITに関わるサービスや製品を手掛ける企業がほとんどです。

湯浅先生は立上げから関わられていますが、どのような背景から事務所を設立されたのでしょうか。

前職のドワンゴでの経験から、IT系の知財に関する企業のリテラシーの底上げをしたいという問題意識を抱えていました。これまで製造業の勢いが強かった日本では、メーカーの知財マネジメントを手掛ける弁理士が多数求められ、比較的新しい技術分野であるIT領域では、弁理士でも若い世代の人材にしか知見がないような状況です。

もちろん大手事務所のなかにもITに知見のある弁理士の方はいらっしゃいますが、事務所全体としては十分にサポートできていないように感じます。IT系の知財に強い人材はまだまだ少ないため、なるべくレベルの高い形でITに特化した特許事務所をつくりたいという気持ちがありました。

技術分野全般について扱う弁理士と、ITに特化している弁理士とではどのような点で違いがありますか。

サービスや製品に対する理解の速さと深さです。たとえば我々は、事務所内で日常的に国内外のIT企業やスタートアップの動向に関する情報交換をしています。大手事務所では、モチベーションの高い個人が積極的に情報を集めることはあっても、チーム全体として情報収集を行っているとは限りません。その場合、たとえば月10件の特許を出願したいとなったときに、ITに知見のある少数の担当者ではリソースが足りず、ITにあまり知見のない他の技術領域の担当者もアサインされることになり、急にアウトプットに深みがなくなるといったことが起きてしまいます。

ただ、特定の技術分野に特化することには、事務所運営上のリスクがあります。たとえばAIに特化するとしても、コンフリクトの問題があり担当できる会社数は限られてくるため、事務所を大きくしていくことが難しいのです。そのため、当初は特定の技術分野に特化していた事務所も、従業員を雇用したり規模を大きくしたりするタイミングで、技術分野を問わなくなることが多いです。結果的に業務のクオリティが平均的になり、深みのあるプロフェッショナルな仕事がしづらくなる。こうした構造的な問題があるというわけです。

そうした問題に対して、IPTech特許業務法人ではどのようにバランスを取られているのでしょうか。

事務所の最大人数を50人と決めています。扱う技術分野を広げ、平均的な人材をたくさん集めれば、規模を大きくできるし売上も増えますが、プロフェッショナル精神はメンバーが50人を超えると減ってしまうと考えています。

一方で、現状の20人から30人程度の組織体力では、世界で戦うことができません。世界で戦えるITプロフェッショナル集団として必要となる規模は50人程度だろうという予想のもと、事務所の人数目標を設定しています。

IPTech特許業務法人 副所長兼COO・弁理士 湯浅竜氏

IPTech特許業務法人 副所長兼COO・弁理士 湯浅竜氏

企業が抱えている知財体制の課題とは

事務所としてどのような案件に対応されていますか。

大きく分けて、一般的な特許出願業務とコンサルティング業務を実施しています。コンサルティングでは、知財体制の構築に向けて、チームビルディングや知財戦略の立案、オペレーションへの落とし込みなどをサポートします。

コンサルティングは具体的にどのように進めていくのでしょうか。

お客さま側のコミットメントも必要になりますが、週1回の定例会議を継続していくことで、スピード感のある企業であれば3か月目で体制整備が完了します。そして、その次の3か月間で新しい体制を定着させていくという流れになります。したがって、プロジェクト開始から半年後には「誰にどういう書面でアイデアを出せばどのような手順で特許が出願されるか」「どの程度の予算を消化しているか」が可視化できている状態になります。

当事務所のクライアントは、5名程度のスタートアップから売上4桁億円のIT企業まで幅広いですが、企業ごとに最適な形でサポートできるのが我々の一番のノウハウであり付加価値だと考えています。

コンサルティングを受けられる企業ではどのような課題意識を感じているのでしょうか。

クライアント側が自覚している範囲では、知財体制がないために本来権利化できるユニークな技術があるのにもかかわらず権利化できていないのではないかといった、漠然とした不安を抱えているケースが多いですね。しかし、対応しようにも、人的リソースを割ける余裕がないという状況です。

コンサルティングを実施されるなかで、湯浅先生としては企業の課題はどこにあると感じますか。

実行力ですね。リスクは減らしたほうが良いとか、ユニークな権利は取るべきだとか、100人中100人が考えるようなことでも、それを実現するために具体的にどういうアクションが必要かという話になると、会社として「事業の現場でなんとかしろ」ということになってしまう。そうすると、事業現場としてはタスクが一気に増え、処理に時間がかかってしまいます。企業としてのコミットメントやとりあえず手を動かしてみるというマインドが足りていないように感じています。我々がその不足しがちなピースを補う役割を果たしているというイメージです。

知財組織に必要な事業部とのコミュニケーション力

知財マネジメントにおける体制上のポイントはありますか。

どんなに現場にモチベーションや志がある人がいても、それをうまく会社全体の意思決定と擦り合わせ、手助けしてくれる上層部がいなければ、なかなかうまくいかないと思います。

知財組織はどのような管轄の下に設置するのが理想的なのでしょうか。

現実的に考えると選択肢は、事業系部門の直下かコーポレート系部門の直下のいずれかだと思います。そのどちらにあるべきかという話は悩ましいところですが、私自身は事業との距離感が近いことが大事だと思っているので、事業系の直下に置くほうが望ましいと考えます。ただその場合、事業部側が知財組織の予算を握ることになり、ガバナンスが効かなくなるという問題が生じます。したがって、コーポレート系直下に設置することも、組織論的には間違いではありません。会社の規模やフェーズによるところが大きいと思います。

事業部との距離感が大切というお話がありましたが、知財担当者や弁理士として、事業部とはどのようなコミュニケーションを取っていくべきだとお考えですか。

コミュニケーションはとても重要です。以前、発明者として特許出願を依頼する側にまわった際、相談したある弁理士に「この発明のユニークなところはどこですか」と硬い表情で聞かれ、快く感じませんでした。資料を見てどこにユニークさがあるかがわかるようなリテラシーを持たない相手に、なぜこちらからプレゼンテーションしなければならないのだろうか、と。これは、事業部側が知財組織に対して感じる印象と同じなのではないかと思っています。

私は発明行為や創作行為は人格に紐づくものだと思っています。自分がユニークだと思っている物事に対しては、照れもあり、すごいことを思いついたという期待値もあり、他人から評価されたくないというプライドもあるでしょう。こうした人格に紐づく発明についてやり取りするうえで、うまくコミュニケーションが取れないと、特許を取ること自体にネガティブな感情を持たれかねません。事業担当者によるアイデアについての説明は、人格に紐づくある種の告白やプロポーズのようなものだと捉えると、それをうまく聞いてあげられる高いコミュニケーション能力が求められると思います。

そうしたコミュニケーション力を身につけるためには、どのような工夫が必要でしょうか。

やはりまずはアイデアそのものや周辺領域の事業、競合も含めた業界構造などに関するリテラシーが必要です。あとは、相槌の方法などコミュニケーションにおけるテクニカルな部分も重要になるでしょう。リテラシー面でいうと、国内のメーカーは社内に専属の知財担当者がいることもあり、ある程度、ノウハウや体制が整備されているように思います。

事務所として担当されることが多いIT業界においては、どの程度の割合の企業で体制が整備されている印象ですか。

感覚的には1割行かないくらいでしょうか。メーカーには特許紛争を含めた戦いの歴史が脈々とあるので、緊張感や予算の取り方から異なっています。IT業界は業界自体がわりと新しく、特許紛争に関する知見は未成熟です。ゲーム業界は古くからありますが、その他の業界や特にスタートアップなどはまだまだといったところではないでしょうか。

国内と海外では状況は異なりますか。

はい、真逆だと思っています。米国における特許取得企業ランキングを見ると、メーカーではなくソフトウェア・IT企業が上位にランクインしています。国内では、知財戦略はメーカーだけがやるものといわれることがありますが、海外ではむしろIT系企業の方が知財に大きく力を入れています。

IPTech特許業務法人 副所長兼COO・弁理士 湯浅竜氏

知財戦略は事業戦略と密接に関係する

国内IT企業で知財戦略がうまいと思われる会社はありますか。

ドワンゴは私のいない時代も含めてうまい部類に入っていたと思います。動画視聴サービスであるニコニコ動画を立ち上げるにあたり、ドワンゴは何件か特許を出願しています。実際に、ニコニコ動画のコメント機能に特許があることを知って利用していたユーザーも多くいます。

ニコニコ動画のコメント機能は、ゲーム実況や生配信と非常に相性がよいですが、同機能を模倣したサービスはほとんどありません。特許があるために、どこも怖くて真似できないんです。一部の野良アプリや違法サイトが同じような機能を持っていることがありますが、警告を送ったり裁判を行ったりしているので、きちんとした会社はなおさら真似できません。何件かの特許のおかげで、事業を相当長く延命できているのではないでしょうか。

また、キヤノンは、知財マネジメントに関しては世界トップレベルです。おそらくですが、特許を活用しやすくするために、あえて事業数を増やさない戦略を取っているのではないかと思います。特許にコストをかけてプリンターの消耗品であるインクの模倣品が出ないようにすることで、利益率をきちんと稼ぐというビジネスモデルです。特許と相性のよい事業を見つけて高利益率を叩き出しながら圧倒的な事業の網を構築することに成功しています。

一方で、知財に力を入れる必要性に企業が気づけていないケースもあるように感じます。

私としては、逆に知財以外でどのようにして参入障壁を合法的に構築できるのか、もし方法があるのなら知りたいくらいです。「真似されたらどうするんですか?」という問いに対して、「自社のサービスは安いから」「事業のスピード感があるから」という回答は、あまり筋がよくないのではないかと思います。

最後に、IPTech特許業務法人および湯浅先生個人としての展望をお聞かせください。

我々の夢は、世界トップクラスの知財マネジメントサービスをIT分野に特化して提供することです。そこに向けて昨年、個人として経営陣に入る形で、クロスユーラシアというメディア企業を立ち上げました。同社では、IT都市であるエストニアやイスラエル、インドなどのITスタートアップを日本に紹介するメディアを運営し、現地企業の情報収集や関係性づくりに取り組んでいます。メディアに取り上げた企業から問い合わせがくるようになるなど、IPTechの取り組みとうまく絡められるようになると面白くなると思っています。

本日はありがとうございました。

(文:周藤 瞳美、写真:弘田 充、取材・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部)

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