「事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック」著者と編集者が語る 事業と法務の健全な関係の築き方

法務部

目次

  1. 「逆引き」は事業ニーズから生まれた
  2. 事業部門には法務部門を使いこなす力が必要
  3. 経営から評価される法務部門であるために必要な力とは
  4. 重要な法改正を反映して、読み継がれる本に
  5. 法務に配属された人が蔵書を揃える際にも役立つレファレンス

法務・実務担当者から絶大な支持を得た書籍「事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック」の第2版が7月に発刊された。発刊から間も無く増刷が決まり売れ行きも好調だ。

第一版の刊行から5年、ビジネスと法の関係はどう変わったのか。事業担当者と法務担当者が本書を活用し、健全な関係を築く秘訣はどこにあるか。著者の1人である宮下 和昌弁護士、編集を担当した東洋経済新報社の齋藤 宏軌氏、島村 裕子氏に聞いた。

プロフィール
宮下 和昌
IGPI弁護士法人代表弁護士/株式会社経営共創基盤(IGPI) Deputy CLO
慶應義塾大学総合政策学部卒業、シンガポール経営大学Master of Laws修了。大手通信会社において、持株会社及び戦略事業子会社の法務部門を兼務し、事業提携・M&A、戦略シナリオの策定、独禁法対応を含む各種法務業務に従事。その後、経営共創基盤において、クロスボーダーM&Aのプロジェクトマネジメントを中心に、幅広い分野において事業・法務横断的なアドバイザリーサービスを提供。

齋藤 宏軌
株式会社東洋経済新報社 出版局 編集第2部長。ビジネススキル、経営、経済書籍を多く手がける。2003年より現職。

島村 裕子
株式会社東洋経済新報社 出版局 編集第3部

「逆引き」は事業ニーズから生まれた

まずは本書の特徴である、「逆引き」というコンセプトについて伺えますか。

宮下弁護士:
従来、法律の本は労働法、独禁法など法律家の頭にあるフレームワークに沿って目次ができていました。

この本はターゲットである事業担当者の頭にあるフレームワークに沿って目次を構成しています。一言で言えば「事業ニーズからの逆引き」です。

一方で、ビジネスや経営を知りたい法務の方も本書を読んでくれるのではないかな、という思惑も持っていました。フタを開けてみると法務の方からの反響もいただけたので、我々の意図がちゃんと伝わったんだな、と嬉しく思っています。

事業担当者の方はどう受け止めていましたか?

宮下弁護士:
事業部の方に本書をお渡しすると「法的な論点にアクセスする方法がよくわかった」とおっしゃっていただくことが多いです。

事業部の方が「なんとなく危ない」と思っても、自力で法律や条文までたどり着くのは困難ですが、この本の目次に沿って読んでいただくと法的な論点までたどり着くことができます。

そもそも、法律家の頭の中から事業担当者の頭の中にシフトさせた方がいいと思われた一番の理由はどこにありましたか?

宮下弁護士:
ソフトバンクの法務から経営共創基盤(IGPI)に移ってコンサルとして仕事をするようになった翌年、新入社員向けに法務の研修を担当しました。

彼らは、事業戦略や財務モデルの作り方は実務の中で学べますが、法務のことを学ぶのはこのタイミングしかありません。

どういう構成で彼らに法律のことを学んでもらおうかな、と思ったときに「売上を上げるなら」「コストを下げるなら」という流れで法的な論点を解説する方がわかりやすいだろうと考えました。この研修資料が本書執筆のきっかけです。

宮下 和昌弁護士

宮下 和昌弁護士

企画は宮下先生から東洋経済さんに持ち込まれたのですか?

宮下弁護士:
共著者の塩野と私でお声がけさせていただきました。

齋藤氏:
当初から、「逆引き」という構成にすることや、事業担当者という読者ターゲットはご提案いただいていまして、我々としては「いいですね」と二つ返事でしたね。東洋経済でも法律の本は出版していましたが、こういうコンセプトの本はなかったのでぜひやりたいと思いました。

書店でも常に棚に置かれ、第一版は4刷までされたロングセラーです。自信はありましたか?

齋藤氏:
当社は法律の本に強いわけではないので、自信があったかというとそうではありません。ただ、宮下様、塩野様からいただいたコンセプトもコンテンツも文句の付けようがないほど素晴らしいものでした。

10万部、20万部と売れるテーマの本ではないですが、確実に売れ続けるだろうな、とは思っていました。当社としては強気の価格設定でしたが何回も増刷がかかり、我々にすごい恩恵をもたらしてくれました(笑)

事業部門には法務部門を使いこなす力が必要

事業担当者にも法律の知識が求められる場面は増えているのでしょうか。

宮下弁護士:
近年、企業経営における法律の位置付けが変わってきています。コンサルがよく用いるSWOT分析で見てみましょう。

強み(Strength)と弱み(Weakness)は内的な要因、機会(Opportunity)と脅威(Threat)は外的な要因です。

強み(Strength)と弱み(Weakness)は内的な要因、機会(Opportunity)と脅威(Threat)

これまで法律は外的な制約条件である「脅威」に位置付けられることが多かったのですが、ロビイングやパブリックアフェアーズなどのルールメイキングのプロセスを通じて積極的に事業機会を生み出していく、すなわち、プラス要因である「機会」に変える例が出てきています。

また、自社内にルールメイキングができる法務部門が存在すれば、外的要因の「脅威」だったものを内的要因の「強み」に変えることもできます。これは、ここ数年の大きなパラダイムシフトだと思います。

大きな変化ですね。こういう状況で、事業部門はどのように法と向き合えばいいのでしょうか。

宮下弁護士:
事業部門には法務部門を使いこなす力が必要です。

今まで、事業部門と法務部門には情報の非対称性があって、法務部門のNOを事業部門が検証することはできませんでした。本書の冒頭に「法的リスク」という項を設けてリスク分析の視点を解説したのは、建設的なディスカッションができるリテラシーを事業部門の方に持ってほしかったからです。

事業部門の方は、法務の人にNOと言われたときにそれに盲従するのではなく、「それは本当に踏めないリスクなのかどうか」をディスカッションできるようになってほしい、法務部門を使いこなしてほしいのです。これは最終的に法務部門の実力アップにつながります。

事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック第2版

事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック第2版

法律を勉強したいと思ったビジネスパーソンは、まず本書の「法的リスク」の項を読むべきですね。

宮下弁護士:
ぜひ読んでいただきたいです。最近、リスクという言葉がバズワード化していますが、その中身はブラックボックスです。

リスクの解像度が上がれば、リスクの要素のどこが問題になっているかわかります。リスクの発生確率か、インパクトか、それともリスクが生じたあとのダメージコントロールなのか。そのような法務と事業部の建設的な対話に結びつきます。

リスクのインパクトが問題視されているときも、刑法上の踏めないリスクの話なのか、私人間の金銭で解決できるリスクの話をしているかで対応は変わります。

まずはリスクの解像度を上げることを出発点にしていただきたいですね。

齋藤氏:
これまで以上にビジネスパーソンも法律について知らないといけなくなってしまいましたよね。

コンパクトに最低限のことを学びつつ、詳しく知るための出典も充実しているので、本書を読めば事業部の方も調べるきっかけがわかります。

東洋経済新報社の齋藤 宏軌氏

東洋経済新報社 齋藤 宏軌氏

島村氏:
実際に事業に関わる方が法律の専門書をいきなり読んでもわからないはずなので、とっかかりとしては最適だと思います。

分野ごとに詳細なレファレンスを加えていますので、活用していただきたいですね。

経営から評価される法務部門であるために必要な力とは

事業部門と健全なディスカッションをすることで法務部門が価値を発揮する場も広がりそうですね。

宮下弁護士:
経産省からも報告書 1 が出て、法務部門かくあるべきという議論も盛り上がりました。

ただ、盛り上がったのは法務クラスタの中だけで、経営の方はこの議論を知らない。本当の意味で経営から評価される法務部門を作るためには、法務部門の方々がしっかりと経営に対してバリューをプレゼンテーションしないといけません。

バリューを示すために、法務の方は「経営の課題」を理解することが必要です。経営課題と法務が扱う課題には圧倒的な温度差があります。

どのような違いがあるのでしょうか。

宮下弁護士:
法務の方が契約書を通じて扱う課題は具体的、経営が扱う課題は抽象的です。

法務が日常的に扱うテーマを食事にたとえると、「どうすればおいしいてりやきハンバーグを作れるか」「どうすればおいしいカツカレーが作れるか」です。これに対して経営者が扱う課題は抽象度の次元が異なり、「なんでもいいから世界一うまいものを作る」、これが経営テーマです。

法務に与えられた具体的な課題解決の先に経営課題はありません。まったく次元の違うものです。

解決しようとしている課題、バリューを出そうと思っている業務の延長に、本当に経営課題はあるのか。どうやったらこの会社はよくなるか。というソリューションを意識した仕事の仕方をしなくてはいけません。

経営の抽象的な課題に対して法務が「こういうソリューションがあります」と提案するには何が必要なのでしょうか?

宮下弁護士:
私なりの答えは「プロジェクトマネジメント」です。

法務はプロジェクトをマネージする経験が非常に少ないのですが、自分でプロジェクトをマネージしなさい、と言っているわけではなく、「巻き込まれ力」を身につけることが必要です。プロジェクトの「巻き込まれ力」とは、プロマネの視点を持ったうえで、どうすれば自分がこのプロジェクトで一番バリューを出せるかを考える力です。

具体的な方法については、また機会があればお話しさせて頂きますが、総論として、法務部員はそういうところで自分の付加価値を身に着けるべきだと思います。

ソフトバンクで以前法務部長をやられていた須﨑 將人さんの受け売りですが、20年前から法務部員に対して「契約書職人になるな」と口すっぱくおっしゃっていました。

「法務部員が契約書を見ているだけで仕事をしていると思っている間は、いつまでたっても経営に評価されないよ」と。

まず、「法務の付加価値は契約書にはない」と認識しないといけません。

重要な法改正を反映して、読み継がれる本に

第一版の発刊から5年以上が経過しています。今回、改訂を行ったねらいについて教えてください。

宮下弁護士:
この5年間でかなり重要なビジネス法のアップデートがありました。民法、個人情報保護法、会社法、独禁法などの大きな改正があったので、最新の情報を読者にお届けしたい。本書のレファレンスブックとしての価値が減らないようにしたいと考えたのです。

特に大きな影響があった法改正は何でしょうか?

宮下弁護士:
民法です。社会生活やビジネスの中にどれだけ複雑なIT技術が介在しようとも、最後は人と人との間の権利義務関係です。それを規律しているのは民法の債権法で、2020年4月施行の改正がありました。債権法に関する書籍がたくさん出ているので、今は勉強しやすいチャンスだと思います。

ビジネスローというと、会社法やファイナンス法をイメージされる方が多いように思いますが、実務の中で圧倒的に重要なのは民法です。

改訂に向けて齋藤さん、島村さんはどのように進めていかれたのですか。

齋藤氏:
改訂のお話をいただいてから2年程度で発刊となりました。その間、第一版が書店の棚に常備されているように、かつ増刷してすぐ改訂とならないように気をつけました。

今回、改訂に伴って100ページ以上ボリュームが増えています。通常のビジネス書でここまで分厚くなると悩むことも多いですが、今回はむしろウエルカムでした。きちんとしたコンテンツが適切に書かれていることが大切だからです。

改訂をする場合、新版や改訂版と表記する例もあると思いますが、この本の場合はまた4年後か5年後に次の版がくるな、とわかっているので「第2版」にしています。10年、20年と売れ続けるシリーズだと確信しています。

改訂版の編集は島村さんが担当されたのですね。

島村氏:
本書のM&A契約書式編から編集実務を担当させていただいています。

宮下弁護士:
私は島村さんが3人目の著者だと思っていますよ(笑)

島村さんが編集上、工夫された点、苦労された点があれば教えていただけますか?

島村氏:
長年編集の仕事をしていますが、宮下さんとのお仕事は本当に苦労がありません。第一版で形はできあがっていて、原稿も完全原稿のような形でいただきました。私はあくまで最初の読者として、文章の意味が伝わるかを中心に読んでいました。

宮下さんは文章もすごく上手なので、お尋ねすることも少ないのですが、難しくて一般の方に伝わらないことがあったら困る。そういう視点で伺うことを心がけていました。

島村 裕子氏

島村 裕子氏

宮下弁護士:
相当謙遜されています。島村さんがちゃんと拾ってくれるからこそ安心して原稿を書いて、お渡しすることができました。

背中を預けられるというんですかね。細かいところまで気づいてフィードバックしていただけますので、島村さんと一緒にできたのが良かったですね。

島村氏:
法律の改正に合わせて当社でも長く改訂を続けていきたいと思っていますので、これからもよろしくお願いします(笑)

理想的な著者と編集者の関係ですね(笑)。島村さんがご覧になっていて、ここは面白いぞ、というポイントがあれば伺えますか。

島村氏:
企画をいただいてから発刊するまでの間にコロナ禍となり、リモートワークの話題も出てきました。本書にも最新の内容がちゃんと含まれていて。まさに今置かれている状況の中、役に立つものにされたいのだなと受け止めました。

宮下弁護士:
リモートワークについては、身近で困っている方もたくさんいたので、コスト削減戦略の1つとして取り上げました。いきなりオフィスを減らすことは難しいですが、増床は抑えることができます。本書では、リモートワークを導入する際に必要な法的論点をまとめています。

法務に配属された人が蔵書を揃える際にも役立つレファレンス

第2版が発刊されてすぐに増刷がかかっています。読者の声はいかがでしょうか?

齋藤氏:
AmazonのレビューやSNS の評価なども見ていますが、かなり好評の声をいただいていますね。SNSでは、「企業法務担当者は宮下さんの本とブログ、YouTubeを必ず見ておけ」という声もありました。

宮下弁護士:
安い本ではないので、「お値段以上の価値を届けなければ」という義務や責任感のもとで、YouTubeでの解説も提供しています。

また、この本はレファレンスブックなので、なかなか「読み物」として通読いただくのは難しいかもしれません。レファレンスブックは無色透明、無味無臭で、「ポジションを取っていない」ことが必要ですから。

そこで、YouTubeでは、書籍内では取れないポジションを取って、「本に書いてある内容は結局こういうことだよ」というように、本書を「読み物」として活用頂けるようなガイドとしても配信しています。

宮下弁護士のYouTubeチャンネル

宮下弁護士のYouTubeチャンネルでは本書の内容を解説している。

島村氏:
宮下さんがすごいのは、書きっぱなしではなくて販売促進も含めて発信してくださることです。発売から1か月も経たないで重版になったというのがその証で、読んでほしい人にちゃんと届いた証だと思います。

宮下弁護士:
事業担当者だった方が法務に異動して、この本で紹介している書籍を中心に蔵書を揃えたとおっしゃっていました。これ以上の褒め言葉はなく、一番嬉しかった声です。まさに我が意を得たり、でしたね(笑)

(写真:弘田 充、取材・文・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部)

事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック 第2版
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