『エンタテインメント法実務』編著者が語る執筆のねらいとコロナ禍による実務の変化

知的財産権・エンタメ

目次

  1. 『エンタテインメント法実務』発刊の背景
  2. クロスリファレンスで多彩なジャンルをつないだ一冊
  3. 現場の指針だけでなく、学生の教科書としても活用してほしい
  4. コロナ禍でエンタテインメント法務が変わらざるを得ない状況が生まれた
  5. エンタテインメント・ロイヤーには、一緒に作品をつくれる面白さがある

2021年6月に出版された『エンタテインメント法実務』(弘文堂)は、映画・テレビ、音楽、出版・マンガ、ライブイベント、インターネット、美術・写真、ファッション、ゲーム、スポーツという9分野の法律実務を、現場の観点から概観したこれまでにない一冊となっている。発売直後に増刷が決定し、好評だ。

本書を手掛けたのは、“For the Arts”を旗印に多様な芸術活動を支援する骨董通り法律事務所。2014年4月より制作をスタートし、高樹町法律事務所と連携して、約7年の歳月を掛けてエンタテインメント法の実務知識をまとめ上げた。本書の見どころや出版に至る経緯などを、編著者である福井 健策弁護士、小林 利明弁護士、著者の1人である橋本 阿友子弁護士、編集を担当した株式会社弘文堂の登 健太郎氏の4名に聞いた。

プロフィール
福井 健策
弁護士(日本・ニューヨーク州)/日本大学芸術学部・神戸大学大学院・iU 客員教授。1991年東京大学法学部卒。米国コロンビア大学法学修士。骨董通り法律事務所代表パートナー。
司法修習時代に、海外におけるエンタテインメント・ロイヤーの存在を知り、その道を一貫して歩んでいる。

小林 利明
弁護士(日本・ニューヨーク州)/東京藝術大学・神戸大学大学院・中央大学非常勤講師。2004年東京大学法学部卒、2006年慶應義塾大学法科大学院修了、ニューヨーク大学法学修士、骨董通り法律事務所パートナー。国際バスケットボール連盟(FIBA)公認代理人としても活動。

橋本 阿友子
弁護士/神戸大学大学院・上野学園大学非常勤講師、東京藝術大学利益相反アドバイザー。京都大学法学部卒、京都大学法科大学院修了。骨董通り法律事務所メンバー。ピアニストとしても活動している。海外でのコンクールの実績をアピールした書類が骨董通り法律事務所に入所する決め手の1つにもなった。

登 健太郎
編集者。株式会社弘文堂・第一編集部に所属。2005年上智大学法学部卒、2007年上智大学大学院外国語学研究科国際関係論専攻修士課程修了。国際政治学や国際関係論、国際法などを学んだ。憲法、情報法、政治学等に関する書籍を担当することが多い。

『エンタテインメント法実務』発刊の背景

『エンタテインメント法実務』は広いテーマを扱っており、類書にはない特徴と感じました。

福井弁護士:
日本では、「エンタテインメント法」について体系化・可視化された概説書はこれまで少ない状態でした。エンタテインメント法は非常に幅広い領域を扱います。出版や放送、音楽、ファッションなど、それぞれの分野ごとに強みを持つ企業の法務部や法律事務所さんはありますが、なかなかジャンル横断でのノウハウは蓄積されにくい状況だったのかもしれません。

国内ではエンタテインメント法を専門とする「エンタテインメント・ロイヤー」も限られていました。これまで本書のような書籍があまり出版されてこなかったことの1つの要因だと思います。

骨董通り法律事務所代表パートナー 福井 健策弁護士

骨董通り法律事務所代表パートナー 福井 健策弁護士

本書執筆のきっかけはどのような経緯だったのでしょうか。

福井弁護士:
2014年に、登さんから「エンタテインメント法に関する本格的な概説書を執筆してほしい」と依頼が来ました。意味わかってるのかなと(笑)。ジャンルが膨大で分量も大変なことになるし、概説書ならそれをつなぐ世界観が求められます。「この忙しいのに」というのが、正直な第一印象でした。

引き受けられたポイントはどこにありましたか?

福井弁護士:
もう、単に押し切られた。長い手紙をいただいて、先延ばししてたら電話もかかってきて。しつこかったんですよ(笑)。弘文堂さんからの「本格的な概説書を出したい」というお話だったことも大きかったですね。

事務所のメンバーに話したところ皆が興味を持ったため、共著で進めることにしました。とはいえ、執筆の期間は出来るだけ引き延ばそうと、「オリンピックまでに形にできれば」とお返事しました。

それだけ時間をかけても、登さんは執筆をお願いしたかったのですね。

登氏:
エンタメ業界は慣習が優先され、法律や契約通りに事が運ばないイメージがありました。そこで、業界の中で働いていて、自分の仕事が法律とは無縁だと思っている人たちと法律を結びつける企画ができないか、と以前からぼんやりと考えていました。

そんな折、世間を賑わせていた某作曲家のゴーストライター事件に寄せた福井先生のコラムを読んだのです。2014年の3月頃です。ただ法律の立場から淡々と解説するのでもなく、業界の肩を過剰に持つものでもない、バランス感覚あるご意見に膝を打ちました。そんな福井先生のお考えを本にしない手はないと思ったのです。

福井弁護士:
登さんは熱心でしたね。こっちは本気で「オリンピックまでには何とか」と言ってるのに、すぐに企画や構成を用意してきて。それで押し切られ気味に、ゆっくりと検討を進めることになりました。

株式会社弘文堂・第一編集部所属 登 健太郎氏

株式会社弘文堂 登 健太郎氏

クロスリファレンスで多彩なジャンルをつないだ一冊

本書は充実した参考文献に加え、書籍内のクロスリファレンスが緻密に組み立てられている印象です。書籍の方針や章立てなどはどのようなプロセスで進められたのですか。

小林弁護士:
章ごとに分担して執筆を進める前提としながら、扱う内容や掘り下げ方については執筆者全員で議論するなど、構成づくりにはだいぶ時間をかけています。

精緻なクロスリファレンスを実現するために、メイン担当とサブ担当を設けて、執筆者とチェックする人を分ける体制で取り組みました。

骨董通り法律事務所 小林 利明弁護士

骨董通り法律事務所 小林 利明弁護士

福井弁護士:
登さんにもずい分ご負担をかけましたが、リファレンスを充実させたのは、エンタテインメント法務の実態を反映させたかったからです。エンタテインメント法の領域は、それぞれのジャンルで独立しつつ、実は相当にオーバーラップしています。

エンタテインメントと一口に言っても、隣の分野の実態はわからないのが現状です。出版の人たちは映像の世界のことを必ずしも知りませんし、その映像の中ですらジャンルが異なれば別世界です。使っている言葉も、住んでいる人たちも違います。このように細かく棲み分けされている一方で、「ライセンス」や「2次展開」によってつながっている部分も多くあります。

その関係の面白さが、エンタテインメント法の醍醐味の1つです。

オーバーラップしている部分を各章にいちいち書いていては、あまりに分厚い本になってしまうし、一冊の書籍にする意味がありません。クロスリファレンスを充実させることは必要不可欠でした。

発売直後に増刷が決定し、好評の声も聞こえてきます。

橋本弁護士:
同業の方に送ると周りの方にも推薦していただくことが多いです。口コミで広がっているのはありがたいですね。

骨董通り法律事務所 橋本 阿友子弁護士

骨董通り法律事務所 橋本 阿友子弁護士

福井弁護士:
ありがたいし、出して恥ずかしくない内容にはしたつもりですが、「何点を付けますか」と聞かれたらちょっと悩みますね。コロナで始まった現場支援の影響や、自分たちの能力と時間の限界もあって、積み残した部分もあります。言い訳になりますが、まだ執筆陣の潜在能力の全部は出せていないかなと。

重版が決まって一番嬉しかったのは、将来の改訂のチャンスが増えたことです。改訂を重ねられれば、もっともっと良い本になるよ、と事務所の皆には話しています。

現場の指針だけでなく、学生の教科書としても活用してほしい

あとがきには「多くの現場の方々の行動指針・検討指針の参考となりうるものを目指す」と記載されています。こうしたコンセプトに込められた思いについて伺えますか。

小林弁護士:
コンセプトについては、制作初期の段階で結構な議論を重ねました。ただ、当初から一貫して、「学説をただ羅列するようなものはやめよう」「非法律家の読者の行動指針にもなるものにしたい」といった方向性を重視していました。

福井弁護士:
この本は机のうえで完結するものではなく、現場の方々に読んで欲しかった。トラブルが起きたり、専門用語が羅列された契約書が送られて来たりすると、彼らは本当に大変なわけですよ。骨董通りリング 1 の面々も、現場の役に立つことを第一に考えて活動していますしね。

エンタテインメント法実務

書籍 『エンタテインメント法実務』

本書はどのようにして活用するのがよいでしょうか。

福井弁護士:
もちろん、仕事をしながら参照して利用してもらうことが第一ですが、芸術系・メディア系の学部や専門学校の教科書としても利用していただければと思っています。そうした学部では従来、権利・契約に関する授業はほぼ皆無でした。最近では我々のメンバーも講義を担当する機会が増えてきましたが、まだまだ日本全体では少ないと言えます。

学生は権利・契約について何もわからないままクリエイターやプロデューサーとして世に出てしまい、現場でいきなり契約書が出てくる状況です。契約書の扱いを間違えれば長い期間苦しむことだってあるのに、誰も契約書の読み方なんて教えてくれない。そうした状況を変えないといけませんよね。権利と契約に関するまとまった授業を受けた人たちがもっと世の中に出てくれば、自ずと知識も広まっていくと考えています。

小林弁護士:
クリエイターやアーティストたちの周囲には、法務や総務の専任担当者が必ずいるわけではありません。結果的に、プロデューサーやマネージャーといった現場の人にしか相談できないことも多い。しかし、彼らも法務専門ではないのでよくわからない。そうなったときに、本書は相場観を知る、あるいは問題の所在を知るための助けになるものだと思います。

福井弁護士:
そう。アーティスト育成だけでなく、スタッフ育成にこそ使っていただきたい。特に、日本では各分野においてプロデューサーの育成が遅れています。クリエイターやアーティストになれなかった人たちがプロデューサーなどのスタッフに転じると見る向きさえあり、このままでは、エンタテインメントビジネスそのものが厳しくなってしまいます。

企画に対して適正な資金を獲得し、マーケティングと自分たちのやりたいことをうまく両立させていくこと、ビジネスと表現を結びつけることがプロデューサーの仕事です。プロデューサーがクリエイターやアーティストと呼ばれる人たちと同格の存在になり、志す若者が増えなければ、ビジネスとして成り立ちません。

橋本弁護士:
私も学生さんを含め若い方々に読んでいただきたいと思っています。現在、音楽大学で講義を持っていますが、「YouTuberになりたいけど、どうしたらいいですか」という相談を学生さんから複数いただいています。

音楽に携わる人がYouTubeで動画を配信することを考えると、音楽に関わる法務だけでなく、映像やライブエンタテインメントの法務知識も必要になるかもしれません。制作とビジネスが直結しつつある今、本書を手元に置いて、必要なときに参照していただきたいと思います。

福井弁護士:
言葉は悪いですが、今の音大や美大は趣味学校になっていると感ずることがあります。表現の歴史と作り方ばかりで、セルフプロデュースの方法、自分の表現をマネタイズする方法はほとんど教育されていない。食べる方法がわからない「元神童」たちが量産されています。

そういう教育の場で本書が少しでも活用されたら嬉しいですし、学生だけでなく社会人の学び直しにも利用されたらいいですね。

コロナ禍でエンタテインメント法務が変わらざるを得ない状況が生まれた

新型コロナウイルスによってエンタテインメント業界は大きな影響を受けています。どのような変化が生じましたか。

福井弁護士:
ライブイベント界や映画館・博物館を中心に、状況は危機的の一語です。影響はとうてい一言では語れませんが、例えばデジタル・トランスフォーメーション(DX)対応が一気に加速したことで、契約・権利処理に関する課題が顕在化しました。「オンライン配信をしなければならないのですが、原盤権って何ですか?」「誰と誰が権利者でしょうか」「契約は結んだほうが良いですか」といった質問がコロナ禍によって一気に寄せられるようになっています。長く付き合ってきた業界ですが、権利や契約がここまで意識されていなかったのか、と改めて驚きました。

こうした課題に対する取り組みの一例が、「緊急舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業」(EPAD)2 です。

「緊急舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業」(EPAD)

EPADのロゴ  ©️上田大樹(&FICTION!)

私も実行委員として関わっていますが、過去の膨大な舞台映像をオンライン配信で届けようとすると、本当に大変なことばかりでした。契約書はほとんど残っていないし、権利のこともわかっていない。これまでライブの舞台でできていたことが、配信になると途端にどれもできなくなってしまう。エンタテインメント法務自体が変わっていかざるを得ない状況が生まれました。

EPAD以外にも、イベントが中止・開催延期になった際の責任問題、チケットの電子化、多メディア展開など、エンタテインメント業界全体の変化がコロナ禍によって加速し、法務がこれまで以上に意識されるようになりました。本書では、そうしたコロナ禍による影響に関しても触れています。

エンタテインメント・ロイヤーには、一緒に作品をつくれる面白さがある

最後にエンタテインメントと法に関わる人たちにメッセージをお願いいたします。

小林弁護士:
エンタテインメントは、色々な意味で飽きない、可能性が無限にある業界です。技術の進歩や社会環境の変化をふまえ、時代とともにエンタテイメントのあり方は変わってきています。コロナ禍においては制限があるなか知恵を絞り、コロナ禍が収束すれば新たな変化が起こるでしょう。通信技術の発展と共にエンタテインメントの楽しみ方も変わります。その時々でエンタテインメント・ロイヤーが行うべきことは異なりますので、私たちの仕事に終わりはありません。広がりがあるうえに求められている仕事ですし、作品が完成した感覚を共有できることは、なによりの醍醐味だと感じています。

橋本弁護士:
エンタテインメント・ロイヤーの面白さは、一方通行のアドバイスにならないところです。一般民事やM&Aの案件などとは異なり、最後に作品として形になるところまで見届けられる点は、非常に魅力的だと思っています。

福井弁護士:
2人に同感ですね。奇をてらわずにいうと、エンタテインメント・ロイヤーの魅力は、一緒に作品やプロジェクトをつくる面白さに尽きます。目の前にプロデューサーやアーティストがいて、自分たちのサポートによる現場の変化をビビッドに感じることができます。さらに、それが作品、あるいは素晴らしいライブ体験として残るわけです。

エンタテインメント法務は、こうしたことに面白みを感じる人が担うべき分野です。

この先も安泰かな、伸びるかな、と考えて志望する人にはおすすめしません。好きで仕方がない人が来てくれたらいいですね。この本が、少しでもそういう方たちの役に立てたら本望だなと思います。

エンタテインメント法実務
  • 書籍情報
  • エンタテインメント法実務
  • 骨董通り法律事務所 編・ 福井 健策 編著・ 小林 利明 編著
  • 定価:4,180円(本体3,800円+税)
  • 出版社:弘文堂
  • 発行日:2021年6月

(文:周藤 瞳美、写真:弘田 充、取材・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部)


  1. 骨董通り法律事務所と、同事務所出身の桑野雄一郎・唐津真美弁護士による高樹町法律事務所のネットワーク ↩︎

  2. 舞台芸術界の支援をはかりつつ、過去の舞台芸術映像や資料の収集保存と配信化を進める取り組み。文化庁の令和2年度戦略的芸術文化創造推進事業「文化芸術収益力強化事業」のひとつ。寺田倉庫が受託し、舞台演出家である野田秀樹氏の呼びかけで立ち上がった緊急事態舞台芸術ネットワークとの共催で実施された。 ↩︎

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