インサイダー取引に関する課徴金納付命令勧告事案の状況等
ファイナンス
目次
※本記事は、三菱UFJ信託銀行が発行している「証券代行ニュースNo.184」の「特集」の内容を元に編集したものです。
証券取引等監視委員会は、6月24日に2020年度の「金融商品取引法における課徴金事例集~不公正取引編~」を、同月30日に「証券取引等監視委員会の活動状況」を公表しました。
本特集では、当該資料に基づきインサイダー取引に関する課徴金納付命令勧告事案の状況、主な勧告事案の内容、上場会社におけるインサイダー取引管理態勢の状況等をご紹介します。
- 2020年度のインサイダー取引に関する勧告件数は8件、前年度に比べ大幅に減少。
- 公開買付け等事実や業務提携、新株等発行を重要事実とする勧告が多い。
- 日常的に自社のインサイダー取引管理態勢に不備等がないか確認・検証することが重要。
インサイダー取引に関する課徴金納付命令勧告事案の状況
課徴金納付命令勧告件数・平均課徴金額の推移
2020年度におけるインサイダー取引に関する課徴金納付命令勧告件数は8件(6事案)であり、前年度の24件(14事案)に比べて大幅に減少しました。平均課徴金額は、過去最高額となった前年度に続き、過去2番目に高い520万円となっています。
違反行為者の属性
インサイダー取引の規制対象は会社関係者等と第一次情報受領者であるところ、会社関係者等は役員、社員、契約締結者等に、第一次情報受領者は取引先、親族、友人・同僚、その他に分類されて示されています。
2020年度は、違反行為者8名のうち会社関係者等が3名で、すべて契約締結者等でした。第一次情報受領者は5名で、その内訳は友人・同僚が3名、その他が2名でした。
これら8名はいずれも社外の者(契約締結者等又は第一次情報受領者)であり、2005年度以降の違反行為者の累計では、社外の者の割合が72.7%、社内の者(発行会社又は公開買付者)の割合が27.3%となっており、社外の者によるインサイダー取引の割合が高い状況にあるといえます。
重要事実等別の構成
2020年度の勧告件数8件における重要事実等10件を分類すると、公開買付け等事実が3件(30.0%)、業務提携、新株等発行が各2件(20.0%)となっています。一般に、公開買付け等事実、業務提携など社外の様々な関係者との契約締結・交渉を伴う場合は、重要事実等の決定から公表までの期間が長期化する傾向があるため、より一層の情報管理が必要です。
2005年度以降の累計では、多い順に公開買付け等事実24.2%、業務提携17.1%、業績修正15.4%、新株等発行15.2%となっており、上位4項目で全体の約7割を占めています。
「上場会社等(上場会社等の子会社)の運営、業務又は財産に関する重要な事実であって投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの」(いわゆるバスケット条項)については、2020年度において適用された事案はありませんでしたが、累計14事案(20件)の勧告が行われています。
主な勧告事案の内容
これまでの累計および2020年度のいずれにおいても、勧告の件数が最も多いのは公開買付け等事実に係る事案でした。2014年以降、被買付企業(当該事実を職務に関し知った役職員を含む)も公開買付等関係者となり、その被買付企業からの情報受領者も規制の対象となるなど、規制対象者が拡大されており、規制内容に留意が必要です。2020年度に勧告がなされた公開買付け等事実に関する事案をご紹介します。
【事案の概要】
- X社が公開買付けの方法によりA社を子会社化すること(重要事実)を決定
- アドバイザリー業務を行うB社の社員乙は、本件公開買付けに関する業務に従事する中で、X社との文書開示に係る契約の締結に関し、重要事実を知った。
- 違反行為者甲は、知人である乙とお互いの仕事の近況等の話をする中で、乙から重要事実の伝達を受けた。
【課徴金納付命令対象者・課徴金額】
B社社員乙の知人甲(238万円)
【意義・特徴等】
公開買付者と契約を締結(交渉)している法人の役職員が当該契約の履行(交渉)に関し知ったときも「公開買付者等関係者」となり、当該役職員から公開買付け等事実を聞いた場合も、第一次情報受領者としてインサイダー取引規制の対象となることに留意する必要があります。
上場会社におけるインサイダー取引管理態勢の状況等
証券取引等監視委員会は、上場会社のインサイダー取引管理態勢の状況等を公表しており、2019年度および2020年度の勧告事案のうち、上場会社等の役員等が関係したインサイダー取引事案14件の調査の過程で把握した管理態勢の不備や改善点について以下のとおり整理しています。日常的に、自社のインサイダー取引管理態勢に不備等がないか、確認・検証を行うことが重要といえます。
見受けられた不備等 | 不備等の内容 | 求められる対応 | |
---|---|---|---|
1 | インサイダー取引防止規程の不備等 | 14社のうち12社において取引推奨規制が規定されていなかった。 | 社内規程への取引推奨規制の記載、社内研修等での着実な周知。 |
2 | 社内における情報管理の不備等 | 多くの会社において社内でインサイダー情報を伝達する場合に関して、一般的な注意喚起が規定されているのみであった。 | インサイダー情報を共有した役職員から誓約書を取得する等の取組みも見られる。情報管理のあり方や対策の確認・検証が重要。 |
3 | 自社株売買管理の不備等 | 14社において社内手続を規定していたが、社員が、事前届出が必要と認識しながら怠っていた事例等があった。 | 社内規程の運用が適切かつ有効か確認・検証し、インサイダー取引によって失うものが小さくないことを研修等で周知徹底。 |
4 | 社外への職務上必要なインサイダー情報の伝達時の対応 | 社外に対して職務上必要な伝達を行った事案はなかった。多くの会社でインサイダー取引防止策を具体的に規定していたが、一般的な規定にとどまる会社も見られた。 | 会社の実情等を踏まえ、ある程度具体的な対応策を明記・周知。 |
5 | 社外への職務上不要なインサイダー情報の伝達 | 複数の会社で役職員から知人等へ職務上不要なインサイダー情報が伝達された事例があった。 | 上場会社の役職員は、会社の内外、生活のオンオフにかかわらず情報管理意識を強く意識することが最も重要。 |
6 | 取引推奨 | 上場会社の役職員による知人等への取引推奨が3事案あった。 | 社内規程への取引推奨規制の記載と社内への周知徹底。 |
7 | インサイダー取引防止のための研修等の実施状況 | 年1回以上の研修を実施する会社がある一方、入社時や管理職昇進時のみの実施や、メール等での周知のみにとどまり、研修は未実施という状況も見られた。 | 会社での地位や業務内容によってインサイダー情報を知り得る状況等が異なることに留意し、研修対象者の選定、研修内容の工夫が重要。 |
社内規程を整備・周知しても、役職員の規範意識が低ければ、インサイダー取引の防止は困難といえます。役職員に対するインサイダー取引の防止研修等においては、証券取引等監視委員会の勧告事例等も活用し、以下のようにインサイダー取引によって失うものが小さくないことについて説明して、役職員に理解してもらうことが有効と考えられます。
- 少額の取引や知人や友人・同僚に依頼した取引であっても、取り締まりの対象となること
- 上司・同僚・部下までもが証券取引等監視委員会による調査の対象となり、取引先に伝達した場合には取引先も調査の対象となること
- 課徴金といった処分以外にも、社内規程等に基づく処分が下されることがあること
- インサイダー取引による利得額を上回る課徴金を課されている事例があること
三菱UFJ信託銀行
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