社内弁護士が法律事務所へ転職、利益相反について注意すべき点とは - 令和3年最高裁決定を踏まえた弁護士と企業の留意点

法務部

目次

  1. 問題の本質は「 職務の公正を保ち得る事由」の判断基準が曖昧であること
  2. 法律事務所側の留意点 - 顧問先企業の間で利益の対立があったらどうするか
  3. 社内弁護士としての留意点 - 法律事務所へ転職する際に面接で何を聞くべきか
  4. 企業(依頼者)側の留意点 - 職務基本規程違反の疑いには毅然とした対応を
日本組織内弁護士協会(JILA)
事務総長 梅田 康宏
事務次長補佐(広報担当) 出屋敷 純一


梅田 康宏
2000年弁護士登録。2001年インハウスローヤーズネットワーク(現日本組織内弁護士協会)代表、2006年日本組織内弁護士協会理事長、2012年より現職。『インハウスローヤーへの道』(レクシスネクシス・ジャパン、2013)、『企業内弁護士』(共著)(商事法務、2009)など、組織内弁護士に関する著書、論考多数。

出屋敷 純一
2014年弁護士登録。日本組織内弁護士協会では、会報誌の制作を中心に広報関連業務を行っている。

 自社に所属して訴訟の準備を担当していた社内弁護士が法律事務所に転職。その法律事務所に所属する別の弁護士がその訴訟の相手方についたことは利益相反(コンフリクト)に当たるので、訴訟代理人から外れるべきだ————。
このような企業の申立てに対して最高裁は、令和3年4月14日に「外れる必要はない」との判断を下しました。

 元社内弁護士自身は、転職先の事務所で訴訟代理人になっていたわけではありませんが、この騒動に巻き込まれたせいで、入所から1か月で退所を余儀なくされてしまいました。
 転職する社内弁護士、社内弁護士を雇用する企業、そして法律事務所は、このようなトラブルを避けるために、法律事務所内の利益相反についてどう対応するべきでしょうか。

 社内弁護士の実情に詳しい、日本組織内弁護士協会の梅田 康宏氏と出屋敷 純一氏にお話を伺いました。

事案の概要
S社の社内弁護士(A氏)が法律事務所に転職し、その事務所のB弁護士らが、S社を相手方とする特許訴訟のG社代理人となった。
S社がB弁護士らの訴訟行為からの排除を求めた裁判について、最高裁は、排除は認められないと判断した。

関係図

関係図

時系列の整理

平成30年2月〜
令和元年10月
A弁護士はS社の社内弁護士として、G社を相手方とする特許訴訟の提起のための準備を担当
令和元年9月3日 A弁護士がY法律事務所に内定
11月8日 A弁護士がS社に最終出社
11月20日 S社が上記特許訴訟を提起
12月31日 A弁護士がS社を退職
令和2年1月1日 A弁護士がY法律事務所に入所
1月8日 Y法律事務所のB弁護士らが上記特許訴訟のG社代理人となる
2月7日 S社がB弁護士らの訴訟行為からの排除を東京地裁に申立て
2月10日 A弁護士がY法律事務所を退所
3月30日 東京地裁決定:
弁護士職務基本規程57条ただし書の「職務の公正を保ち得る事由」がある
(B弁護士らの排除は認められない)
8月3日 知財高裁決定
弁護士職務基本規程57条ただし書の「職務の公正を保ち得る事由」があるものと認めることはできない(B弁護士らの排除を認める)
令和3年4月14日 最高裁決定
B弁護士らの排除は認められない

問題の本質は「 職務の公正を保ち得る事由」の判断基準が曖昧であること

知財高裁と最高裁の判示内容について、ポイントを教えてください。

梅田氏:
弁護士法25条は、弁護士が、自らが関与した事件で、相手方からもその事件について依頼を受けて訴訟代理人となるなど、利益相反の生じる職務を行うことを「行ってはならない」と定めています。これに違反した場合、相手方が異議を述べれば、訴訟代理人から排除されるとする判例がすでに確立されています(最高裁(大)昭和38年10月30日判決・民集17巻9号1266頁、最高裁(一小)平成29年10月5日決定・民集71巻8号1441頁)。

一方、日弁連の会則の1つである「弁護士職務基本規程」(以下「職務基本規程」といいます)は、弁護士法よりも利益相反行為を広めに禁止したうえで(27条、28条)、複数の弁護士が所属する共同事務所の場合、その事務所の所属弁護士の1人でも利益相反に該当するときは、「職務の公正を保ち得る事由」が認められない限り、全所属弁護士が利益相反になると定めています(57条)

今回の事件で知財高裁は、弁護士法に違反していなくとも、職務基本規程に違反している場合には訴訟から排除されるとしたうえで、本件でB弁護士らが講じた情報遮断措置等では「職務の公正を保ち得る事由」に当たらないとして、B弁護士らを訴訟から排除する決定をしました。

これに対して最高裁は、知財高裁の判断を覆し、職務基本規程に違反しているだけでは訴訟行為から排除されないとしました。最高裁は、法令違反と弁護士会の会則違反を同列に扱うことはできないと考えたわけです。
ただ、実務上への影響ということでいえば、今回の最高裁決定のポイントはそこではありません。ヒントは、大手法律事務所の弁護士出身でもある草野耕一裁判官の補足意見にあります。

ある事件に関して基本規程27条又は28条に該当する弁護士がいる場合において、当該弁護士が所属する共同事務所の他の弁護士はいかなる条件の下で当該事件に関与することを禁止または容認されるのかを、抽象的な規範(プリンシプル)によってではなく、十分に具体的な規則(ルール)によって規律することは日本弁護士連合会に託された喫緊の課題の一つである。日本弁護士連合会がこの負託に応え、以って弁護士の職務活動の自由と依頼者の弁護士選択の自由に対して過剰な制約を加えることなく弁護士の職務の公正さが確保される体制が構築され、裁判制度に対する国民の信頼が一層確かなものとなることを希求する次第である。

この補足意見で明示されているとおり、今回の事件のポイントは、職務基本規程57条の「職務の公正を保ち得る事由」に該当するかどうかの具体的な基準が定められていないことそのものにあります。

仮に訴訟から排除されないとしても、職務基本規程に違反すれば、弁護士会の懲戒処分の対象となりますので、普通の弁護士であれば、違反だとわかっていればそのような事件は受任しません。
本件でも、B弁護士らは、自分たちのとった情報遮断措置(A弁護士からの誓約書取得、保存フォルダへのアクセス制限、高めのパーティションなど)によって「職務の公正を保ち得る事由」に該当すると考えたからこそ、この事件を受任したものと考えられます。

結果として、A弁護士は退所を余儀なくされたうえ、それを踏まえてもなお、知財高裁は、B弁護士らの情報遮断措置の有効性を限定的に捉え、「職務の公正を保ち得る事由」は認められないと判断しているわけですが、すべては、この基準が明確ではないからこそ起こったことといえます。
補足意見からは、この問題にしっかり向き合い、明確なルール形成に取り組みなさいというメッセージを読み取ることができます。

今後、ルールはどのような形で明確化されることになりそうですか。

梅田氏:
弁護士職務基本規程自体を改正して具体的な基準を書き込むことも考えられますが、詳細に記載するとなると、別に定めたり、日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説「弁護士職務基本規程」(第3版)』(2017)を改訂して解釈指針を記載するということも考えられるでしょう。
どちらにしても、各単位会の意見を広く聞いて集約するなど、調整は容易ではありません。実際にルールが明確化されるかどうかは不透明ですし、実現するとしても相当の時間がかかることが予想されます。

法律事務所側の留意点 - 顧問先企業の間で利益の対立があったらどうするか

法律事務所としてはどう対応すべきでしょうか。

梅田氏:
依頼者は、各事務所で利益相反(コンフリクト)チェックがどのように行われているのか、知ることができません。第一義的責任を負うのは当然ながら法律事務所側ですから、訴訟受任の場面はもちろん、顧問契約、スポットでの相談対応、弁護士入所のそれぞれの場面において、どのようにコンフリクトチェックを行い、どのような基準で依頼を断ったり受任したりするのか、所内で改めて確認しておく必要があるでしょう

法律事務所として悩ましいのは、顧問先企業の間で利益の対立がある場合だと思われます。
顧問先同士で利益の対立がある案件の相談を受けた場合、またはさらに進んで具体的な紛争に発展しようとする場合に、どの段階で依頼を断るのか、あるいは、利益相反とならない対策を講じることで両立を目指すのか、判断が難しいこともあると思います。

知財高裁の決定では、弁護士に情報共有しないという趣旨の誓約書を書かせたり、パーティションで仕切ったり、ネットワーク上でフォルダへのアクセス権を制限したりするだけでは、「職務の公正を保ち得る事由」に該当しないと判断されました。
所属弁護士を顧問先ごとに分け、情報遮断をすることで「職務の公正を保ち得る事由」を目論むとしても、物理的にどこまで遮断すれば足りるのかについては、なお不透明です。

相談を受けている案件が紛争性を帯びてきた段階で、一方あるいは双方の依頼を断るケースが、これまで以上に増えていくのではないでしょうか

今回のように、中途で入所する弁護士に関して、受け入れ側が注意すべき点はありますか。

梅田氏:
新たな弁護士を受け入れることでのコンフリクトの発生について、シビアにチェックされるということは、本件でわかったはずです。その弁護士を受け入れることで、どのようなコンフリクトが発生するのか、また、発生するとしたらどのような対策を講じるのか、具体的に検討したうえで、受け入れるかどうかを判断することになると思います。

この場合、受け入れる弁護士の前職が社内弁護士である場合は簡単なのですが、別の法律事務所からの転職の場合は、どのような企業の業務を担当していたかは本人に聞かないとわかりませんので、慎重にチェックすることになりそうです。

社内弁護士としての留意点 - 法律事務所へ転職する際に面接で何を聞くべきか

法律事務所への転職を考えている社内弁護士は、どのような点に注意すべきでしょうか。

出屋敷氏:
最近、企業から法律事務所への転職は多く見られますが、利益相反(コンフリクト)の問題は、これまで具体的に語られてきませんでした。面接で何を伝え、何を聞いておかなくてはならないのか、ぜひ確認しておきたいところです。

梅田氏:
転職を考えている事務所に対して、「私が現在所属する企業と利益が相反する依頼を受けていませんか」「もしそうした案件の依頼があった場合、どのように対応されますか」と素直に聞けばいいと思います。それで、納得のいく回答が得られなければ、その事務所に移るのは避けるのが無難でしょう。

出屋敷氏:
会社員生活が長くなってくると、法科大学院や司法修習で学んだ弁護士倫理への意識が薄れがちです。転職という局面では特に忘れやすいと思います。
本件によって、利益相反とは、それによって退所に追い込まれたり、最高裁で争われるほどの事案に巻き込まれるリスクのある問題だということがよくわかりました。社内弁護士も、弁護士としての自分のキャリアを守るため、十分に注意しなくてはなりませんね。

企業(依頼者)側の留意点 - 職務基本規程違反の疑いには毅然とした対応を

依頼者としての企業の立場からは、今後のルール作りについてどう考えますか。

梅田氏:
ルールの明確化自体は、依頼者の立場からも歓迎です。これまでも企業側からは、法律事務所によって利益相反の判断基準が甘い場合があるという指摘が見受けられたところです。
一方で、補足意見で「依頼者の弁護士選択の自由に対して過剰な制約を加えることなく」と表現されているように、ルール明確化の結果として、選択できる弁護士や法律事務所の幅が過度に狭くなってしまうのは困ります。明確かつバランスのとれたルール作りを期待したいです。

また、この問題の背景には、法律事務所の寡占の問題もあります。
日本は、たとえばアメリカなどに比べると、弁護士の総数に比して法律事務所の寡占率が高く、一部の法律事務所に案件やクライアントが集中する傾向があります。

企業自身も、ただ日弁連に状況の改善を期待するだけでなく、特定の法律事務所に偏らず広く複数の法律事務所に案件を依頼することで、利益相反による依頼拒否リスクを分散するとともに、それにより、法律事務所の寡占解消を促すという意識も大切ではないでしょうか

本件では、元社内弁護士の方はS社による東京地裁への申立ての3日後に退所しているようです。入所からわずか1か月ほどしか経っておらず、大変気の毒なことです。
法律事務所、社内弁護士、依頼者の三者にとって多様な選択肢が存在し、選択の自由が確保された状態になることが、本件のような不幸なトラブルの再発防止につながると思います。

社内弁護士は非有資格の法務担当者に比べて流動性が高いと思われます。企業として、本件のような転職に対して何か対策を講じることはできるのでしょうか。

梅田氏:
今回の件が、たまたま社内弁護士の転職に端を発したものだったので、企業としては、社内弁護士の転職が気になるということがあるかもしれません。
しかし、訴訟を担当した弁護士の転職リスクという点では、社内弁護士よりも、外部法律事務所の弁護士のほうが高いと思います。特に、多数のアソシエイトを案件に関わらせるタイプの法律事務所の場合、そのうちの1人が、提訴準備の途中や訴訟係属中に他の事務所へ移籍するというようなことは、ままあることでしょう。

どちらにしても、弁護士にとって懲戒処分は大きなダメージになりますし、それに関わるということもキャリアに痛手となります。
今回の事件の存在自体が、転職する側、受け入れる側双方にとって、これまで以上に利益相反に気をつけなくてはならないという意識づけや、リスクの高い転職の抑止力につながると思われます。

企業としては、転職していった元社内弁護士について、万が一、職務基本規程に反する疑いがあれば、受け入れた法律事務所に対して利益相反の確認を求めたり、裁判所に訴訟排除を求めたりするなど、毅然とした対応をとることを躊躇してはいけないと思います

社内弁護士に訴訟案件を担当させることについて、企業が消極的になったりしないでしょうか。

梅田氏:
それは私も懸念しています。今回の事件が、訴訟準備を担当した社内弁護士が転職したことに端を発する事件であったことは間違いないので、その部分に反応して、企業が社内弁護士に訴訟案件を担当させることを躊躇するということはあり得ることだと思います。

しかし、社内事情や当該案件に精通している社内弁護士に訴訟案件を担当させることは、純粋に優秀な戦力として、また、外部事務所とのリエゾンとして、企業にとって大きなメリットを生み出します。
すでにお話ししたとおり、実は今回の事件は、たまたま社内弁護士の移籍に端を発したものにすぎず、問題の本質はそこではありません。

この最高裁決定を気にして、社内弁護士を訴訟案件から外すというのは、合理的な選択ではありません
企業には、本件を冷静に分析し、これまでどおり、社内弁護士の力を訴訟案件の処理に最大限活かしていってほしいと思います。

この特集を見ている人はこちらも見ています

無料会員登録で
リサーチ業務を効率化

1分で登録完了

無料で会員登録する