株主提案を拒否した場合、どのようなリスクがあるか
コーポレート・M&A当社では、定時株主総会を約3か月後に開催予定ですが、ある株主から30個以上もの議案について、提案議題、議案の要領および提案理由を当社の定時株主総会の招集通知または株主総会参考書類(以下「招集通知等」といいます)に記載するよう求める株主提案を受けました。1人でこれだけの数の提案をするのは会社に対する嫌がらせだと思うのですが、これを拒否することはできるのでしょうか。仮に拒否した場合には、どのようなリスクがあるのでしょうか。
株主から適法な株主提案が行使された場合、会社は、これを株主総会で採り上げる必要があります。もちろん不適法な株主提案であれば応じる義務はありませんが、株主提案の個数が多いというだけでは不適法とはなりませんので、それを理由に拒否するということはできません。仮に不適法とはいえない株主提案を拒否した場合のリスクとしては、①過料の制裁、②提案株主に対する損害賠償責任が生じるリスクのほか、③招集通知等への株主提案議題等記載の仮処分命令を受ける可能性があります。
解説
目次
株主提案権
株主提案権は、共益権の1つとして少数株主に認められた重要な権利であり、会社や他の株主に対してコミュニケーションをとる手段としても重要な意義を有すると考えられています。そのため、株主提案が行使された場合には、会社法に則って適切に対応することが基本です。しかしながら、昨今では株主提案といっても多種多様であり、場合によっては会社に不利益をもたらしかねない濫用的な提案がなされるケースも見受けられますので、その場合の会社としての対応が問題となります。
株主提案権が行使された場合の対応
株主から適法な株主提案権が行使された場合、会社としては、株主総会の招集決定においてその提案を含めた内容で決定するとともに、招集通知や株主総会参考書類への記載を行う等の対応をとらなければなりません(会社法298条1項2号・5号、会社法施行規則63条3号イ・93条)。
そこで、株主から株主提案権の行使を受けた際には、まずはそれが適法な株主提案なのかどうかを、すみやかに判断する必要があります。適法性の判断にあたっては、以下のとおり、形式的要件と実質的要件に分けることができます。
株主提案権行使の形式的要件
公開会社である取締役会設置会社において、株主提案権を行使することができるのは、総株主の議決権の100分の1以上または300個以上の議決権を6か月前から引き続き有する株主に限られます(会社法303条1項・2項、305条1項)。また、時期的な制限として、株主提案権は、総会の日の8週間前までに行われている必要があります(会社法303条1項・2項、305条1項)(ただし、これらの要件は、定款で緩和することができます)。
なお、上場会社の株主は、口座管理機関である証券会社等に対して個別株主通知の申出を行い、振替株式の発行者である会社に対し通知がなされた後、4週間以内に株主提案権を行使しなければならず(社債、株式等の振替に関する法律(以下「振替法」といいます)154条2項、振替法施行令40条)、この会社への通知が総会の日の8週間前までに完了している必要があると解されています。
株主提案権行使の実質的要件(株主提案内容の観点)
株主提案権といえども無制限に認められるわけではなく、以下のような提案は不適法ないし不当として認められないとされています。
- 提案株主が議決権を行使することができない事項にかかる提案(会社法303条1項カッコ書)
- 法令もしくは定款に違反する内容の提案(会社法305条4項)
- 実質的に同一の議案につき株主総会において総株主の議決権の10分の1以上の賛成を得られなかった日から3年を経過していない場合(会社法305条4項)
- 権利濫用に該当する提案
以下では、④権利濫用に該当するかどうかの判断について解説します。
(1)権利濫用に該当するかどうかの判断に関する基準
④の権利濫用に該当するかどうかの判断については、「その行使が、主として、当該株主の私怨を晴らし、あるいは特定の個人や会社を困惑させるなど、正当な株主提案権の行使とは認められないような目的に出たものである場合」には権利濫用として許されない場合がある、と指摘した裁判例(東京高裁平成24年5月31日決定)が参考になります。もっとも、同裁判例の基準も解釈の幅の広い抽象的なものにとどまっており、具体的にどのような株主提案であればこの基準を満たすのかについての判断を、株主提案を受けた段階で会社として判断することには、かなりの困難が伴う場合が多いであろうと思います。
(2)提案の個数や分量が権利濫用の該当性の判断に与える影響
また、株主が提案できる議案の数については、法律上に明文の制限はなく、同裁判例においても、「議案の数が58個に及び、提案理由もかなりの長さになっていることのみをもって、権利濫用に当たるとまでいうことはできない」と述べられており、権利濫用にあたるか否かは、単なる提案の個数や分量のみで判断すべきでないという点には注意を要するところです(なお、東京高裁平成27年5月19日判決・金判1473号26頁においては、「一時114個という非現実的な数を提案し」たことや、その翌年度にも「当初56個、その後増えて68個という現実的でない数の提案をしたこと」を事情の1つとして考慮して、提案株主による多数の株主提案の全体が権利濫用と判断したと思われる裁判例もありますので、提案の個数や分量の多さは、株主提案が権利濫用にあたることを基礎づける一事情にはなると考えられます)。
(3)まとめ
一般的には、①~③のように会社法に明記された制限規定と異なり、一般条項であって解釈の幅の広い④権利濫用に該当するという判断を司法判断の前に会社が下す際には、慎重な検討が必要であろうと思われます。
提案株主との協議
上記の適法性の判断の過程において、適法性に欠けると判断され、または提案内容が不明瞭であったり記載内容が会社を困惑させるものであるといった事情がある場合には、会社の側から提案株主に直接趣旨を問い合わせたり協議の場を設けるなどして、提案の撤回を促したり、記載内容の修正を求める等の対応も考えられます。とりわけ、株主提案を無視した場合には下記に述べるようなリスクがあることに鑑みると、その扱いについては慎重に対応することが望ましいと考えられます。
株主提案を無視した場合のリスク
適法に行使された株主提案を無視して会社提案の議案のみを上程して株主総会決議を得た場合であっても、無視された株主提案に対する決議はなされていない以上、無視された株主提案が上程された会社提案の議案と密接な関連性がある場合のような例外的な場合(東京高裁平成23年9月27日判決・資料版商事法務333号39頁参照)を除き、その株主総会において成立した会社提案議案にかかる決議の取消事由にはならないとする見解が一般的です(東京地裁昭和60年10月29日判決・金判734号23頁参照)。
もっとも、適法な株主提案を招集通知等に記載しなかった場合、以下のようなリスクが考えられます。
過料の制裁
取締役等に対して100万円以下の過料の制裁が科される可能性があります(会社法976条19号)。
損害賠償
会社ないし取締役が、提案株主に対して不法行為に基づく損害賠償責任を負う可能性があります。東京地裁平成26年9月30日判決・金判1455号8頁は、会社と取締役が連帯して提案株主に対して適法な株主提案を無視したことによる損害賠償を命じています(なお、同判決の結論は、その控訴審である東京高裁平成27年5月19日判決・金判1473号26頁により破棄されています)。
招集通知等への株主提案議題等記載を命じる仮処分命令
株主提案の議題、議案の要領および提案理由を招集通知または株主総会参考書類に記載するよう命じる仮処分命令を受ける可能性があります。詳細は次項で解説します。
株主総会招集通知等への株主提案議題等記載の仮処分命令
仮処分命令の申立てとその要件
株主提案権が行使されたにもかかわらず、それを株主総会に上程しないという対応をとった場合、提案株主側からは、それを法的に実現するための手段として、裁判所による仮処分命令の発令を申し立てられる可能性があります。具体的には、提案する議題ならびに議案の要領および提案理由について、招集通知または株主総会参考書類に記載するよう求める仮処分命令の申立てです。
一般的に仮処分命令が発令されるためには、被保全権利の存在と保全の必要性が認められることが必要です。
被保全権利
株主提案権の行使が適法である場合には、被保全権利があると認められます。株主提案権行使の適法性の判断については、上記2-1および2-2を参照してください。
保全の必要性
株主総会招集通知等への株主提案議題等記載を命じる仮処分命令は、仮の地位を定める仮処分命令にあたりますので、保全の必要性としては、「争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とする」ことを疎明する必要があります(民事保全法23条2項)。ただし、株主提案権は共益権の1つであり、究極的には会社の利益のために行使されるべきものであることから、債権者(提案株主)自身だけでなく、会社に「生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とする」ことの疎明があった場合にも保全の必要性が認められると解されています(東京地裁平成25年5月10日決定)。
また、この仮処分命令は、それが認められれば本案訴訟での結論を待たずして目的を達成することのできる、いわゆる満足的仮処分(断行的仮処分)であることから、保全の必要性の判断に際しては、一般的に、仮処分が認められないことにより債権者(提案株主)または会社に生じる損害と認められた場合に、債務者(会社)が被る損害とを比較衡量して、高度の必要性が要求されることになります。
具体的には、前者の損害としては、株主提案の内容が「株主総会に上程されないことにより、株主の意思が会社の運営に反映させる機会あるいは当該意思を他の株主に知らしめる機会が奪われること」であるとした裁判例があります(東京地裁平成24年5月25日決定)。これに対し、後者の損害としては、新たに招集通知等に株主提案の内容等を記載しなければならなくなることによる費用や事務作業の負担のほか、招集通知等の作成が間に合わなくなる事態や、ひいては株主総会が開催できない事態が生じるという不利益があると指摘されています(上記決定およびその抗告審である東京高裁平成24年5月31日決定参照)。これらを比較衡量したうえで、高度の保全の必要性が認められるかどうかが判断されることになります。

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