組織再編をする際に雇用制度はどう統一するか
コーポレート・M&A当社は、来年A社を吸収合併します。労働条件はおおむね当社の方が有利ですが、非管理職従業員に限りA社の方が有利です。合併後は当社の労働条件に統一したいと考えていますが、吸収合併を行うことによりすべて当社の労働条件に統一されるのでしょうか。統一するには何か別の手続が必要になるのでしょうか。
吸収合併後もA社と貴社の労働条件はそのまま維持されるため、労働条件を統一するには労働条件変更の手続が別途必要です。労働条件の統一により労働条件が不利に変更されるA社の非管理職従業員については、その個別同意を得るか、不合理な不利益変更に当たらない範囲で就業規則を変更する必要があります。「不合理な不利益変更」にあたるかは、従業員の不利益、条件変更の必要性、労働組合等との交渉状況等の諸事情を踏まえ判断されますので、慎重な検討と対応が必要です。
解説
目次
組織再編における労働条件の取扱い
組織再編が行われる場合、労働者の労働条件が自動的に統一されることはありません。あくまで、労働者の労働契約は組織再編後もそのまま維持されるのが原則です。
合併であれば、吸収合併消滅会社・新設合併消滅会社の労働者の労働契約は、そのままの内容で吸収合併存続会社・新設合併設立会社に承継されます。
また、会社分割についても同様のことが当てはまります。
株式交換・株式移転では、そもそも労働者の労働契約の承継も生じないため、労働条件に変更は生じません。
労働条件統一の必要性
組織再編後も労働契約がそのまま維持されるということは、労働者の給与や退職金、年次有給休暇の日数、福利厚生制度、労働時間等の就業条件が同一のまま引き継がれるということです。
しかし、合併や会社分割の場合などは、就業時間などの就業条件を統一していなければ正常に業務を行うことができなくなります。また、組織再編前の給与・退職金を維持するとなると、同じ業務を行っていながら待遇差が生じることにもなり、不公平感を招き、労働者の士気低下につながることにもなりかねません。
よって、個々のケースにおける事情にもよりますが、組織再編後は、一般にいずれかの会社の条件にあわせる方向で労働条件を統一するよう検討されるケースが多いように見受けられます。
合併における労働条件統一の方法
それでは、労働条件を統一するにはどうすればよいのでしょうか。
組織再編に関し、労働条件統一のための特別な手続は定められていません。よって、組織再編後の各会社において労働条件の変更手続を行うことが必要です。
以下では、例として合併のケースをもとに労働条件の変更手続を行う方法をご説明します。
合併では、消滅会社の労働者の労働条件は存続会社・新設会社にそのまま承継され、存続会社・新設会社において内容の異なる労働条件が併存することになります。よって、合併後は、存続会社・新設会社において労働条件変更の手続が検討されることになります(なお、合併前に消滅会社において労働条件の変更を行うケースもありますが、そのような例はあまり多くはないと理解しています)。
労働者の個別同意を得る
労働者との個別の同意を得ることにより、労働条件を変更することができます(労働契約法8条)。ただ、存続会社において労働条件を変更すべき労働者が多く存在する場合、この方法は現実的に難しい場合があります。
就業規則を変更する
労働者との個別の同意を得ない場合でも、就業規則を変更する方法により、労働条件を労働者にとって不利な内容に変更する方法もあります。この方法による場合、就業規則の変更が合理的なものであることが必要であり、具体的には以下の事情をもとに合理性の有無が判断されます(労働契約法9条、10条)。
ア 労働者の受ける不利益の程度
イ 労働条件の変更の必要性
ウ 変更後の就業規則の内容の相当性
エ 労働組合等との交渉の状況
オ その他の就業規則の変更にかかる事情
合併に際して就業規則の不利益変更が問題になった事例に、大曲市農協事件(最高裁昭和63年2月16日判決・民集42巻2号60頁)があり参考になります。
この事例は、7つの農業協同組合が統合し新たな農業協同組合が新設されたところ、一部の労働者の退職金支給倍率が従前より低減されたというものです。
この裁判例では、上記の「イ 労働条件の変更の必要性」に関し、「一般に、従業員の労働条件が異なる複数の農協、会社等が合併した場合に、労働条件の統一的画一的処理の要請から、旧組織から引き継いだ従業員相互間の格差を是正し、単一の就業規則を作成、適用しなければならない必要が高い」との考えが示されました。
また、上記の「ア 労働者の受ける不利益の程度」や、「ウ 変更後の就業規則の内容の相当性」に関し、①合併に伴い給与調整による増額と、それによる賞与、退職金への反映分を含めると退職金支給倍率による減額分はおおむね補てんされていること、②休日・休暇、諸手当、旅費等の面において有利な取扱いを受けるようになったこと、③定年は男性が一年間、女性が三年間延長されたこと、が考慮され、結論として就業規則の変更に合理性はあり、有効と判断されました。
労働者の受ける不利益の程度がどの程度であれば合理性が認められるのか基準を示すことは困難ですが、少なくとも何ら不利益を軽減する措置を講じなかった場合や、労働者・労働組合との協議を行わない場合には、就業規則の変更は無効とされる可能性があるため対応には注意が必要です。
労働組合と締結している労働協約を変更する
労働組合との間で労働協約を締結している場合(労働組合法14条)には、労働組合との合意により労働協約を変更して労働者の労働条件を変更する方法もあります。
なお、この方法によった場合でも、変更後の労働協約は、原則として非組合員には適用されません。
ただ、1つの事業場に常時使用される同種の労働者の4分の3以上が1つの労働協約の適用を受ける場合には、その事業場に使用されるその他の同種の非組合員にも適用されることになります(もっとも、管理職従業員などは「同種の非組合員」に当たらず労働協約の適用を受けないケースが多いと考えられます)(労働組合法17条)。
組織再編の当事会社に労働組合が存在する場合には、この方法による労働条件の変更についても検討されるケースも多いように思われます。
他の組織再編における労働条件統一の方法
会社分割における労働条件統一の方法についても合併と同様のことが当てはまります。
株式交換、株式移転においては、効力発生日後も労働契約の承継は生じず、各会社において各労働者の労働契約はそのまま存続します。よって、労働条件の統一を必要とする場面は、合併または会社分割の場合に比べて少ないと考えられます。
ただ、株式交換、株式移転によりグループ会社化したことを契機に労働条件を統一するというケースもあり得るかと思います。なお、前記3-2の就業規則の変更の方法によって労働条件を変更する場合、労働契約の承継が生じない株式交換、株式移転の場合に労働条件変更(異なる会社における労働条件統一)の必要性の有無については合併・分割の場合に比べ厳しく判断される可能性もあると考えられますので慎重な検討が必要です。

三宅坂総合法律事務所
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