組織再編における労働者保護制度の内容は
コーポレート・M&A当社は、2か月後を効力発生日として、吸収分割により非中核事業の一部を他社に承継させることを検討中です。会社分割手続においては、労働者保護手続が必要になるため会社法とは別途の手続も必要であると言われますが、具体的にどのような手続なのでしょうか。他の組織再編にもこのような手続はあるのでしょうか。
会社分割により分割される会社では、労働条件がどのように取り扱われるか等について従業員が理解できるよう、一定の期限までに、従業員との協議や、労働者・労働組合への通知を行うことが必要です。また、当該会社の従業員は、一定の場合には、会社分割に異議を申し出ることができ、それにより自身の労働契約を分割会社に残すことや、承継会社に承継させることができます。
なお、合併や株式交換・株式移転ではこのような手続はありません。
解説
会社分割における労働者保護制度
労働者保護の必要性
会社分割においては、会社法の規定だけをみれば、会社をどのように分割するか、すなわちどの範囲で承継の対象とするかについては、労働契約を含めて、分割計画書等で自由に決められることになります。また、会社分割は、取引行為等による特定承継ではなく、部分的包括承継と位置づけられるため、労働契約の承継に従業員の個別の同意を必要とする民法625条1項は適用されず、分割を行う会社の労働者は、分割先の会社への移転に対して拒否する権利をもたないことになってしまいます。
そうすると、労働者は、これまで従事してきた事業から切り離されて新しい事業への従事を余儀なくされるおそれがあり、労働者は会社分割によって大きな影響を受けることになります。
そこで、「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」(労働契約承継法)、「商法等の一部を改正する法律(平成12年法律第90号)」(商法等改正法)附則第5条により、会社分割に関しては労働者保護に関する手続が定められています。
労働者保護手続の内容
労働者保護手続の概要は以下のとおりです。
それぞれの具体的内容は以下のとおりです。
(1)7条措置(労働者の理解と協力を得るよう努める措置)
根拠条文 | 労働契約承継法7条 |
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対象 | 全労働者(正社員、契約社員、パートタイマーを問いません) |
実施時期 | (2)の5条協議を開始するときまでに開始 |
協議の方法 |
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協議の内容 |
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(2)5条協議(労働契約の承継に関する労働者との協議)
根拠条文 | 商法等改正法附則5条 |
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対象 |
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実施時期 | (3)の通知期限日までに十分な協議を行う必要あり |
協議の方法 | 労働者と個別的に協議(労働者が、労働組合を代理人として選定した場合には労働組合と誠実に協議) |
説明事項 |
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協議事項 | 本人の希望を聴取したうえで
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(3)労働者への通知
根拠条文 | 労働契約承継法2条1項、労働契約承継法施行規則1条、2条 |
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対象 |
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通知時期 |
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通知事項 |
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(4)労働者による異議申出手続
分割会社における以下の労働者は、(2)の通知がされた日から異議申出期限日までの間に、分割会社に対して異議を申し出ることができ(労働契約承継法4条1項、5条1項)、異議を述べた場合にはそれぞれ以下の効果が生じます(労働契約承継法4条4項、5条3項)。
承継対象事業に主として従事する労働者であって、吸収分割契約・新設分割計画上、承継会社・新設会社が労働契約を承継する旨の定めがない者 | → | 労働契約は、会社分割の効力発生日に承継会社・新設会社に承継される |
承継対象事業に主として従事する労働者以外の者で、吸収分割契約・新設分割計画上、承継会社・新設会社が労働契約を承継する旨の定めがある者 | → | 労働契約は、分割会社に残る |
なお、異議申出期限日とは、以下の通りの日を意味します(労働契約承継法4条3項、5条2項)。なお、異議申出期限日は、(2)の通知がなされた日との間に13日間を置く必要があります。
- 分割会社において会社分割について株主総会決議による承認が必要な場合
(2)の通知期限日の翌日から株主総会の日の前日までの期間の範囲内で分割会社が定める日
- 分割会社において会社分割について株主総会決議による承認が不要な場合
会社分割の効力発生日の前日までの期間の範囲内で分割会社が定める日
※厚生労働省のウェブサイトにおいて、異議申出書のサンプルが公表されています。
労働者保護手続を欠く場合の効果
(1)7条措置
7条措置を欠く場合でも、原則として、労働契約承継の効力は左右されないとされています。ただ、7条措置において十分な情報提供等がされなかったがために5条協議がその実質を欠くことになった特段の事情がある場合には、5条協議の義務違反の有無を判断する一事情になるとされています(日本IBM事件・最高裁平成22年7月12日判決・民集64巻5号1333頁)。
(2)5条協議
5条協議を全く行わなかった場合、または実質的にこれと同視し得る場合には、会社分割の無効原因になると解されています。
さらに、5条協議が全く行われなかった場合または協議が行われた場合であっても著しく不十分であるため、法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかな場合には、個々の労働者の労働契約の承継の効力を争うことができると解されています(日本IBM事件・最高裁平成22年7月12日判決・民集64巻5号1333頁)。
よって、5条協議が不十分であったと判断されることのないよう十分な準備が必要になります。
(3)労働者に対する通知
厚生労働省が示している労働契約指針(分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針)によれば、以下の者が通知を受けなかった場合には、それぞれ記載する承継される効果が認められるとされています(同指針第2の2ニ(イ)、(ロ))。
承継対象事業に主として従事する労働者であって、吸収分割契約・新設分割計画上、承継会社・新設会社が労働契約を承継する旨の定めがない者 | 効力発生日以後も、
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承継対象事業に主として従事しない労働者で、吸収分割契約・新設分割計画上、承継会社・新設会社が労働契約を承継する旨の定めがある者 | 効力発生日以後も、
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他の組織再編における労働者保護手続
合併の場合、消滅会社との間で労働契約を締結していた労働者の契約は、合併の効力発生後、存続会社・新設会社に承継されますが、労働条件はそのまま維持され、かつ会社分割のように承継・非承継の取扱いが異なるという事態も生じないため、労働者保護手続は特に定められていません1。
また、株式交換・株式移転の場合は当事会社の株主に変更が生じるのみであり、労働契約の承継がそもそも発生しないため労働者保護の手続は特に設けられていません。
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事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針(厚生労働省告示第318号)において、「第3 合併に当たって留意すべき事項」として、合併により消滅する会社との間で締結している労働者の労働契約は、存続会社に包括的に承継されるものであるため、労働契約の内容である労働条件についてもそのまま維持されるものであるとの考え方が示されています。ただ、これは合併により生じる当然の効果を確認的に規定したものに留まると考えられます。 ↩︎

三宅坂総合法律事務所
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