パートタイム労働者に必要な労働条件の文書交付
人事労務パートタイム労働者を採用する際に必要とされている「労働条件の文書交付」に関して、次のことを教えてください。
- 労働条件の明示義務(労働基準法15条)との違い。
- FAXやメールでは文書交付をしたことにならないのか。
- 違反した場合には罰則が科されることになるのか。
パートタイム労働者を採用する際に必要な労働条件の文書交付は、労働基準法15条で事業主に義務づけられている労働条件の明示義務に加えて、「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下、「パートタイム労働法」といいます)」で定められている事業主に課された法的義務です。ご質問の点は法令において以下のとおり規定されています。
①について
パートタイム労働者に対しては、労働基準法15条で明示するよう定められた事項に追加して、パートタイム労働者が労働条件として関心があると思われる「昇給の有無」「退職手当の有無」「賞与の有無」「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する事項に係る相談窓口」についても明示することが定められています(パートタイム労働法6条、パートタイム労働法施行規則2条1項)。
②について
パートタイム労働者に対する労働条件の明示は、文書の交付により行うことのみならず、パートタイム労働者が希望すれば文書ではなくFAXやメールで連絡することでもよいと定められています(パートタイム労働法施行規則2条2項)。
③について
違反した場合には、10万円以下の過料に処されるものと定められています(パートタイム労働法31条)。
解説
①労働条件の明示義務とパートタイム労働者への労働条件の交付義務との違い
労働基準法15条1項には、「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。」と規定され、パートタイム労働者を含めた全ての労働者に対して、労働条件を明示することが事業主に義務付けられています。
明示すべき事項については、労働基準法施行規則5条1項において表1のとおり具体的に列挙して規定されています。
これに加え、パートタイム労働者に関しては、表1に定めた4つの事項について、文書の交付などにより明示することが事業主に義務付けられています(パートタイム労働法6条、パートタイム労働法施行規則2条1項)。
表1 労働基準法、パートタイム労働法による書面明示区分
番号 | 明示事項 | 書面による明示義務 | |
労働基準法15①、施行規則5①(以下数字は施行規則5条1項各号) | パートタイム労働法6①、施行規則2①(以下数字は施行規則2条1項各号) | ||
1 | 労働契約の期間に関する事項 | 1 | |
2 | 期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項 | 1の2 | |
3 | 就業の場所・従事すべき業務に関する事項 | 1の3 | |
4 | 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無等、労働時間に関する事項 | 2 | |
5 | 賃金の決定・計算及び支払方法・締切・支払時期、昇給に関する事項 | 3 | |
6 | 退職に関する事項 | 4 | |
7 | 昇給の有無に関する事項 | 1 | |
8 | 退職手当に関する事項 | 4の2 | |
9 | 退職手当の有無 | 2 | |
10 | 臨時に支払われる賃金、賞与、最低賃金額に関する事項等 | 5 | |
11 | 賞与の有無 | 3 | |
12 | 短時間労働者の雇用管理の改善等に関する事項に係る相談窓口 | 4 | |
13 | 労働者に負担させる食費、作業用品その他に関する事項 | 6 | |
14 | 安全及び衛生に関する事項 | 7 | |
15 | 職業訓練に関する事項 | 8 | |
16 | 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項 | 9 | |
17 | 表彰及び制裁に関する事項 | 10 | |
18 | 休職に関する事項 | 11 |
- 1ないし4については労働基準法上の必要的明示事項(ただし、昇給に関する事項を除く)
- 7、9、11、12についてはパートタイム労働法上の必要的明示事項
- 8、10、13ないし18については使用者が規定する場合の明示事項
- 上記各番号以外でも労働条件に関してはパートタイム労働法上、明示をすべき努力義務
- 根拠条文は異なるがいずれも書面による明示義務がある
パートタイム労働者は短時間の勤務ということから多様な働き方があり、雇入れ後にフルタイムの労働者との取扱いが異なるなど労働条件について疑問が生じ、トラブルになることも少なくありません。
上記4つの事項は、トラブルになりやすくパートタイム労働者が労働条件として関心があると思われる項目になります。
②文書交付とは?FAXやメールでは文書交付をしたことにならないのか
パートタイム労働法6条1項は、パートタイム労働者に対する労働条件の明示の方法として、「文書の交付その他厚労省令で定める方法」により明示することを事業主に義務付けています(文書交付はひとつの方法に過ぎず、目的は労働条件の明示です)。そして、厚生労働省令であるパートタイム労働法施行規則の2条2項では、当該パートタイム労働者が希望した場合は、次の方法を用いることができるとされています。
- ファクシミリを利用してする送信の方法
- 電子メールの送信の方法(当該短時間労働者が当該電子メールの記録を出力することによる書面を作成することができるものに限る。)
このため、パートタイム労働者が希望する場合には、労働条件の明示の方法として、文書の交付のみならず、FAXやメールでも構わないということになります。
なお、パートタイム労働法施行規則2条3項では、①の場合には、当該パートタイム労働者の使用に係るファクシミリ装置により受信した時に、②の場合には、当該パートタイム労働者の使用に係る通信端末機器により受信した時に、それぞれ当該パートタイム労働者に到達したものとみなす、とされています。
③違反のペナルティについて
労働基準法では、労働条件の明示義務に違反した場合、30万円以下の罰金に処せられます(労働基準法120条1号)。
これに対し、パートタイム労働法の労働条件の文書交付義務(労働条件明示義務)に違反した場合には、10万円以下の過料に処されます(パートタイム労働法31条)。
なお当該違反が労働基準法上の労働条件の明示義務にも違反する場合は、罰金と過料の双方に処せられる可能性があります)。これらは罰金と過料という点で異なりますが、罰金は刑事罰であり、裁判所の裁判により命じられるものであるのに対し、過料は一種の行政罰です。罰金と違って刑罰ではなく、刑法・刑事訴訟法は適用されません。
また、このパートタイム労働法の労働条件の文書交付義務(労働条件明示義務)に違反した場合の10万円以下の過料は、「第6条第1項の規定に違反した者は、10万円以下の過料に処する。」(パートタイム労働法31条)としていますので、違反の回数に応じて過料が命じられます。すなわち、労働条件に関する文書を交付しなかった労働者の人数に応じて10万円以下の過料が命じられるということになります。
ところで、厚生労働省のホームページ「パートタイム労働法の改正について」には「違反の場合、行政指導によっても改善がみられなければ、パートタイム労働者1人につき契約ごとに10万円以下の過料に処せられます。」とされており、過料に処せられる前に、行政指導があることが前提のように思われますが、上述のとおり、パートタイム労働法31条では、過料を命じる前に行政指導をすることとなっている規定ではありませんので、注意が必要です。

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