英語の能力を偽った学生の採用内定を取り消すことができるか

人事労務
神谷 咲希 弁護士 アンダーソン・毛利・友常法律事務所

 当社は、毎年新卒社員を複数名採用していますが、日常業務で英語を使う機会が多いため、その採用に当たっては、一定程度の英語力を持っていることを重視しています。しかし、今年度に内定を出した学生の一人について、採用内定後に、採用手続の過程で申告したTOEICの点数が150点以上も水増しされていたことが判明し、海外留学経験も1年間と申告していたものの、実際には1か月程度の短期間であったことが判明しました。このような場合、当社は、採用内定を取り消すことができるでしょうか。

 採用内定の法的性質については、「始期付解約権留保付労働契約の成立」に当たるとされ、これを取り消す場合には、通常の解雇に類似した規制に服します。資格や経歴の詐称を理由に内定を取り消すことができるか否かは、これが企業の労働者としての適性評価にどの程度影響するか、労使間の信頼関係をどの程度損なうものであるか、といった観点から慎重に判断する必要があります。仮に不当な内定取消しを行ったと判断された場合には、地位確認請求、賃金支払い請求、損害賠償請求等がなされるおそれがありますので、注意が必要です。

解説

目次

  1. 採用内定は法律的にどのような意味を持つか
  2. 採用内定の取消しに関する裁判例
  3. 設問の検討
  4. 採用内定の取消しに伴うリスク
    1. (1) 内定者に対する不法行為または債務不履行に当たるリスク
    2. (2) 内定取消しが適法であっても損害賠償責任が認められるリスク
    3. (3) 企業名の公表、レピュテーションリスク
  5. おわりに

採用内定は法律的にどのような意味を持つか

 企業の採用活動において、「採用内定」という用語がよく使われますが、法律的には、どのような意味を持つ用語なのでしょうか。
 「採用内定」と一口に言っても、それに至るまでの事実関係は様々であり、個別具体的な判断が必要となることから、「採用内定」という用語の意味は、必ずしも一義的ではありませんが、一般的には、「始期付解約権留保付労働契約」が成立したことを意味すると考えられています。

 すなわち、採用内定の時点で、企業と労働者との間には労働契約が成立しますが、その労働者の就労開始日が将来の一定の時期(大学生の新卒採用の場合は、通常、大学卒業後最初の4月1日)である点で「始期付」であり、また、労働者に対する採用内定通知書や、労働者の誓約書等に記載された採用内定取消事由に該当した場合や、大学等を卒業できなかった場合には、採用内定が取り消されることがある点で「条件付(解約権留保付)」であるということです。

 ただし、この解約権の行使も無制限に認められるものではなく、「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的に認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」(最高裁昭和54年7月20日判決(大日本印刷事件))とされています。

採用内定の取消しに関する裁判例

 それでは、採用内定の取消しが問題となった事案において、裁判所は、いかなる判断を下してきたのでしょうか。 まず、身上調書等の書類に虚偽の事実を記載し、あるいは真実を秘匿した場合における解約留保権の行使が問題となった事案として、日立製作所事件(横浜地裁昭和49年6月19日判決があります。



 この事案では、形式的に虚偽記載あるいは真実秘匿の事実があるだけでなく、その結果労働力の資質、能力を客観的合理的に見て誤認し、企業の秩序維持に支障をきたすおそれがあるものとされたとき、または企業の運営にあたり円滑な人間関係、相互信頼関係を維持できる性格を欠いていて企業内に留め置くことができないほどの不信義牲が認められる場合に、解約権を行使できるものと解すべきであるとされています。
 その上で、裁判所は、在日朝鮮人である者が本籍、氏名、現住所、職歴等について真実でない記載をしたことを理由とする留保解約権の行使につき、留保解約権の濫用に当たり、無効と判断しています。

 また、採用内定の取消しの事案ではありませんが、採用時に学歴、能力等を詐称していたことを理由とする解雇の効力が争われた事案として、KPIソリューションズ事件(東京地裁平成27年6月2日判決)があります。
 この事案は、日本の企業向けにWEBマーケティングのサービスを提供している日本法人が、システムエンジニアやプログラマーとしての能力全般を重視して求人をしており、このような職種や業務を行うのに必要十分な日本語能力を要求していたというものでした。
 この場合において、裁判所は、原告が、実際にはシステムエンジニアやプログラマーとしての能力を有していないのに、あたかも有しているかのようにアピールし、その履歴書や職務経歴書についても、実際には就職活動支援会社の支援を得て作成したものであるにもかかわらず、自分一人で作成したもので、文法、読み書きにも問題はないと答えることは、業務の円滑な遂行という見地から重大な意味を有する詐称であるとしました。
 そして、その他、原告が在職中に論文を盗用して報告書を作成し、提出するといった重大な問題を引き起こしたこと等も考慮して、解雇を有効と判断しています。

 一方、近藤化学工業事件(大阪地裁平成6年9月16日決定)は、最終学歴が中卒であるにもかかわらず、高卒であると履歴書に記載した事案でした。この場合、過去に高卒未満の学歴の者が採用されている事情から、高卒以上の学歴要件を重視していることには疑問が残るとし、就業規則の解雇事由として定める「重要な経歴」の詐称には当たらず、解雇は無効とされています。

 このように、従来の裁判例は、経歴詐称が、企業の労働者としての適性の評価を誤らせるほど重大なものか、労使間の信頼関係を著しく損なうものであるか、という観点から、採用内定の取消しや解雇の有効性を判断しているといえます。

設問の検討

 それでは、設問の場合に、企業は採用内定を取り消すことができるでしょうか。
 TOEICの点数や留学経験といった資格や経歴は、労働者の資質や能力(ここでは、英語業務に関するもの)の有無や程度を客観的に示す指標であるといえますので、一般的に、これらの詐称は、労働者の資質や能力の評価を誤認させる事情であると考えられます。

 もっとも、その誤認が企業の労働者としての適性の評価にどの程度影響するかについては、その企業にとって労働者の英語力がどの程度重視されているかによると考えられます。

 例えば、その企業において、円滑に業務をこなすために最低限必要な英語力を有していないにもかかわらず、詐称によってあたかもこれを有しているかのように装った場合には、内定の取消しが有効と判断される可能性が高いといえます。
 一方、英語力は、あくまで採否の判断の考慮要素の一つに過ぎない場合や、現状の英語力でも通常の業務を行う上では特に支障が無い場合等には、内定の取消しが有効と判断される可能性は相対的に低くなると考えられます。

 また、前述のとおり、留保解約権の行使が有効と認められるためには、採用内定当時に知ることが期待できないような事実に基づくものでなければなりませんので、学生の英語力については、学生自身の申告だけに依拠するのではなく、成績証明書や在学証明書等の提出を求めるなどして、必要な調査は尽くしておくべきでしょう。

採用内定の取消しに伴うリスク

 企業による採用内定の取消しが留保解約権の濫用に当たると判断された場合に、企業は、どのようなリスクを負うことになるのでしょうか。

(1) 内定者に対する不法行為または債務不履行に当たるリスク

 まず、不当な採用内定の取消しは、内定者に対する不法行為または債務不履行に当たり、新たな就職先が見付かるまでの間の賃金に相当する額の支払いや、慰謝料等の損害賠償を請求されるリスクがあります。また、上記1のとおり、採用内定により労働契約が成立しているため、労働契約上の地位確認請求がなされる場合もあります。

(2) 内定取消しが適法であっても損害賠償責任が認められるリスク

 次に、適法な解約権の行使の場合であっても、採用内定からその取消しに至る過程において企業側が信義則上必要とされる説明を行わなかった場合には、損害賠償責任が使用者側に認められる場合もあります。

 例えば、設問の事案とは事情が異なりますが、派遣会社が、派遣先の新規店舗開店に伴いスタッフを求人し、応募者との間で解約権留保付労働契約(就業場所や職種を限定する特約付き)が成立したにもかかわらず、派遣会社と派遣先との間で業務委託契約が不成立となり、その労働契約の解約権を行使せざるを得なくなった事案において、派遣会社が、当該新規店舗での就労が不可能になる可能性を認識していたにもかかわらず、その可能性の存在を応募者に告知して、それでも労働契約の締結に応じるか否かにつき、応募者に選択する機会を与えなかった場合に、派遣会社の損害賠償責任が認められています(大阪地裁平成16年6月9日判決(パソナ〔ヨドバシカメラ〕事件))。

(3) 企業名の公表、レピュテーションリスク

 さらに、新規学卒者の採用内定の取消しについては、公共職業安定所および学校等の長にその旨を通知することとされており(職業安定法施行規則35条2項2号)、厚生労働大臣は、下記の場合に、企業からの採用内定の取消しの報告内容を公表することができるとされています(職業安定法施行規則17条の4第1項、職業安定法施行規則第17条の4第1項の規定に基づき厚生労働大臣が定める場合(平成21年厚生労働省告示5号))。

厚生労働大臣は企業からの採用内定の取消しの報告内容を公表することができる

 厚生労働大臣により、新規学校卒業者の採用内定を取り消したとして企業名が公表されてしまいますと、他の求職者は、採用内定の取消しをおそれて、その企業への応募を躊躇することになることが予想されます。
 そうなると、将来の採用活動に悪影響が及ぶだけでなく、取引先や金融機関等から取引を拒絶されるなど、その企業の事業活動自体にも悪影響が及ぶ可能性があります。

 また、昨今、某報道機関のアナウンサーに対する採用内定の取消しを巡る紛争が報道されて、社会の耳目を集めたことが記憶に新しいところです。この例からも明らかなように、著名な企業が採用内定を取り消した場合には、厚生労働大臣から企業名を公表されなかったとしても、マスコミ報道や、インターネット、SNS等を通じて、採用内定の取消しの事実が公表され、その企業のレピュテーションが毀損される可能性があります。

おわりに

 以上に見てきたような採用内定の取消しに関するリスクを未然に防止するためには、企業が採用の際に重視している学歴や職歴等の情報については、履歴書の記載や、求職者からの自己申告の内容を鵜呑みにせず、成績証明書や卒業証明書等を提出してもらい、きちんと裏づけをとる等の措置を講じることが重要であるといえます。
 そのような措置を講じてもなお、採用の段階では発見することができなかった経歴の詐称が後日判明することもあり得ます。もっとも、採用内定後に経歴詐称が判明して採用内定の取消しを行う場合はもちろん、入社後に経歴詐称が判明し、これについて懲戒処分や解雇を行う場合にも、当該詐称された事実が当該労働者の労働能力や適格性を判断する上で重要な情報といえるかどうかにつき、慎重に検討する必要があります。

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