消費者契約法により一部無効とされる、消費者が負担する損害賠償額予定条項とは
取引・契約・債権回収 当社は、不動産の賃貸業を営んでいます。先日、賃借人から解約通知を受け、引渡予定日も決まっていたにもかかわらず、同日に当該物件の引渡しをしてくれないということがありました。この物件は、引渡しを受けた後に速やかにクリーニングをし、新賃借人にお貸しするスケジュールとなっていましたので、その予定が大幅に遅れ、新賃貸人には多大なご迷惑をお掛けしてしまいました。
このような事態が生じるのを防ぐため、今後は、賃貸借契約書において、以下のような条項を設けようと考えています。
- 賃借人は、契約が終了する日までに、本物件を賃貸人に明け渡さなければならない。
- 賃借人が上記①に違反して本物件の明渡しを遅延した場合には、賃借人は、本契約終了日の翌日から明渡完了日までの期間について、賃料相当額を加えた使用損害金を支払う。
今後、賃借人が明渡しを遅延したとき、この条項に基づき、賃料相当額の2倍の金額の支払いを求めることはできるでしょうか。
消費者契約法9条は、消費者が負担する、「解除に伴う」または金銭支払義務遅延をした際に負担する損害賠償額等を定める条項の一部無効について定めています。
上記②の条項については、「解除に伴う」損害賠償の額の予定等を定めるものか否かが問題となり、議論があるところではありますが、消費者契約法9条1号の適用はないと判断される可能性が高いと考えられます。その場合、条項に基づき支払請求をすることは可能です。
解説
目次
設例のイメージ
無効とされる消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等(消費者契約法9条)とは
消費者契約法9条は、消費者が不当な金銭的負担を強いられることがないように、消費者契約の解除の際等に消費者が負担する損害賠償額の予定または違約金を定める条項について、一定の限度を超える部分を無効とすることを規定しています。
具体的には、次のとおりです。
(a)消費者契約の解除に伴う損害賠償額の予定または違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、「当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの」
→この超える部分が無効となります(消費者契約法9条1号)。(b)消費者が消費者契約に基づく金銭の支払義務を遅延した際に消費者が負担する損害賠償額の予定または違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、支払期日の翌日からその支払をする日までの期間について、その日数に応じ、当該支払期日に支払うべき額から当該支払期日に支払うべき額のうち既に支払われた額を控除した額に年14.6%の割合を乗じて計算した額を超えるもの」
→この超える部分が無効となります(同2号)。上記設例において貴社が検討している条項は、金銭の支払債務の履行遅滞を問題とするものではありません。そこで、以下では、まず、消費者契約法9条1号により無効とされるか否かについて、検討します。
第9条 次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。
一 当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分
二 当該消費者契約に基づき支払うべき金銭の全部又は一部を消費者が支払期日(支払回数が2以上である場合には、それぞれの支払期日。以下この号において同じ。)までに支払わない場合における損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、支払期日の翌日からその支払をする日までの期間について、その日数に応じ、当該支払期日に支払うべき額から当該支払期日に支払うべき額のうち既に支払われた額を控除した額に年14.6パーセントの割合を乗じて計算した額を超えるもの 当該超える部分
消費者契約法9条1号により無効となるか
消費者契約法9項1号の要件はどのようなものか
以下の3つの要件を満たす条項は、消費者契約法9条1号により、その「当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える」部分が無効とされます。
「消費者契約の解除に伴う」条項か(要件①)
(1) 「消費者契約の解除に伴う」とはどのような場合を指すか
「消費者契約の解除に伴う」とは、約定解除権(契約の規定により当事者の一方が有する解除権)や法定解除権(法律の規定により当事者の一方が有する解除権)を行使する場合をいうとされています(消費者庁消費者制度課編『逐条解説消費者契約法〔第2版補訂版〕』〔商事法務、2015年〕208頁)。
上記設例の条項は、「本契約終了日までに賃借人が本物件を明け渡さない場合」の明渡遅延損害金を定めるものであり、契約の終了事由を限定していません。このため、当該条項は、期間満了による契約終了を含め、契約終了後に賃借人が建物を明け渡さないことに対する損害金を定めるものと考えられます。
したがって、当該条項は、約定解除権や法定解除権を行使する場合にのみ適用される規定ではなく、「消費者契約の解除に伴う」との要件を満たさないと考えられます。
(2) 裁判例の考え方
この点に関する主な裁判例は次のとおりであり、前記 (1) と同様の考え方を示しています(この2つの事案は、適格消費者団体による、消費者契約法12条3項に基づく差止請求事案です)。
判決 | 問題となった条項 | 判断 |
---|---|---|
東京高裁平成25年3月28日判決・判タ1392号315頁 | 「契約終了日の翌日から明渡完了日までの期間について、賃料相当額の2倍相当の使用料相当損害金」を支払うとの条項 | 「消費者契約の解除に伴う」条項ではない→消費者契約法9条1号の適用を否定 |
大阪高裁平成25年10月17日判決・消費者法ニュース98号283頁 | 賃借人が「本契約終了後、直ちに本物件の明け渡しを完了しない場合は、本契約終了日より本物件明渡し完了に至るまでの間、毎月本契約の賃料の2倍に相当する損害金を支払わなければならない。」との条項 | 「消費者契約の解除に伴う」条項ではない→消費者契約法9条1号の適用を否定 |
なお、「賃借人が、家賃等を3か月以上滞納したときは、賃貸人は催告によらないで契約を解除することができ、契約解除後も本件建物を明け渡さないときは、契約解除の翌日から本件建物明渡しの日まで家賃等相当額の1.5倍の損害賠償金を賃貸人に支払う」という条項について、消費者契約法9条1号の適用を認めた裁判例があります(大阪地裁平成21年3月31日判決・消費者法ニュース85号173頁)。
この事案で問題になった条項は、「解除後も本件建物を明け渡さないときは」や「契約解除の翌日から」の文言から、賃貸人が解除権を行使したことを前提としていると理解でき、前記2つの裁判例と異なる判断をしたものではないと整理できると考えられます。
(3) 解釈については未だ議論がある
ただし、この「消費者契約の解除に伴う」の解釈については議論があるところであり、平成27年12月「消費者契約法専門調査会報告書」(消費者委員会消費者契約法専門調査会)は、「『解除に伴う』要件の在り方については、実質的に契約が終了する場合に要件を拡張することで、早期完済条項や明渡遅延損害金を定める条項を法第9条第1号によって規律することの適否を中心としつつ、(略)引き続き検討を行うべきである。」(同報告書第3の6)としています。
そこで、後記2-3および2-4では、仮に、上記設例の条項が「解除に伴う」損害賠償額の予定・違約金を定める条項であると判断される場合を前提に、説明を行います。
「損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める」条項か(要件②)
「損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項」における「違約金」には、違約罰的なものも含まれると解されています(前掲『逐条解説消費者契約法〔第2版補訂版〕』208頁はそのことを前提にしています)。
上記設例の条項における「賃料等相当額を加えた使用損害金」のうち、賃料相当額部分は、建物明渡義務の履行遅滞に係る損害賠償額の予定と評価できます。また、賃料相当額を超える部分は、違約罰(「債務の履行を心理的に強制することを目的とした一種の私的制裁」と説明されています(『法律学小事典〔第5版〕』〔有斐閣、2016年〕36頁)。)と整理できます。
したがって、上記設例における条項は、前記の要件②を満たすものと考えられます。
損害賠償額の予定および違約金を合算した額が、「当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える」か(要件③)
消費者契約法9条の「平均的な損害」とは、同一事業者が締結する多数の同種契約事案について類型的に考察した場合に算定される平均的な損害の額を意味するとされています(前掲『逐条解説消費者契約法〔第2版補訂版〕』209頁)。
「当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ」て考える必要があるため、一律の基準を見出すことは困難ですが、例えば、1.5倍の損害金を支払う旨を定めた条項の有効性が問題になった事案において、大阪地裁は、
- 「家賃等の額が経済的、政策的事情等により当該不動産の使用価値よりも安価に設定されている等の事情は認められず、かえって上記認定事実によれば、家賃等が近隣同種の住宅の家賃と不均衡になった場合には本件賃貸借契約の家賃等を変更することができることが認められること等からすれば、本件賃貸借契約における家賃等の額は,本件建物の使用価値を示すものと解するのが相当である。」等とした上で、
- 「家賃等相当額の1.5倍の賠償金の支払に関する規定は、家賃等損害金相当額の支払を求める部分を超える部分について、消費者契約法9条1号に反し、無効である」と判示しています(前掲大阪地裁平成21年3月21日判決)。
このため、上記設例の条項における「賃料等相当額を加えた使用損害金」について、前記大阪地判と同様に、「平均的な損害」を超えると判断される可能性は否定できません。ただし、その場合でも、「平均的な損害」を超えない部分、すなわち、賃料相当額の支払請求は認められます。
消費者契約法10条により無効となるか
消費者契約法10条は、次の①および②の要件を満たす契約条項を無効とすると規定しています。この①および②の要件の具体的な内容等については、「消費者契約法により無効とされる、消費者の利益を一方的に害する条項とは」をご参照ください。
- 「民法、商法(略)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項」であること(以下「10条前段要件」といいます)
- 「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」であること(以下「10条後段要件」といいます)
そのため、上記設例における条項が、消費者契約法9条1号により無効とならない場合であっても、同法10条により無効となるかが別途問題となります。
10条前段要件を満たすか
建物賃貸借契約が終了したにもかかわらず、消費者が、明渡日までに賃借物件を明け渡さなかった場合、本来、消費者は、建物使用相当損害金として、賃料相当額分の支払義務を負うことになります。
これに対し、当該条項は、賃料相当額の2倍の支払義務を課すものですので、消費者の権利を制限しまたは義務を加重するものであり、10条前段要件を満たします。
10条後段要件を満たすか
次に、当該条項が10条後段要件を満たすかは個別事案における様々な事情を踏まえた上で判断されることとなりますが、賃貸人としては、元の賃借人が物件を明け渡さない限り新たに貸し渡すことができませんので、同賃借人の明渡義務の履行を促す必要があります。
また、上記設例のように、元の賃借人から解約通知を受けたため賃貸人が新たな賃借人を探し、元の賃借人の明渡予定日を踏まえて新賃貸借契約を締結するといった場合には、明渡義務が履行されない限り新賃貸借契約の履行ができず、新賃借人に対して債務不履行責任を負う可能性があり、その損害を補填する必要があると考えられます。
このため、賃貸人として当該条項を置く必要性はありますし、賃借人としては支払義務を免れるために明渡しをすれば足りますので、明渡義務の履行を促すという観点から、賃料相当額の2倍の支払義務を課しても過重とまではいえず、10条後段要件は満たさないと判断される余地は十分認められるように考えられます。
前掲東京高裁平成25年3月28日判決も、「契約終了日の翌日から明渡完了日までの期間について、賃料相当額の2倍相当の使用料相当損害金」を支払うとの条項について、「賃貸人に生ずる損害の填補あるいは明渡義務の履行の促進という観点に照らし不相当に高額であるということはできない。」等とし、消費者契約法10条の適用を否定して当該条項を有効と判断しています。
おわりに
以上のとおり、上記設例の条項は、10条前段要件を満たさず、そもそも消費者契約法9条1号の適用はないと判断される可能性が高いと考えられます。その場合、当該条項に基づき支払請求をすることは可能です。
もっとも、仮に10条前段要件を満たすと判断される場合には、前掲大阪地裁平成21年3月21日判決のように、消費者契約法9条1号により、賃料相当額を超える請求は認められないと判断される可能性は否定できません。
また、消費者契約法9条1号により無効とならない場合であったとしても、別途、同法10条により無効とならないかが問題となる点にもご留意ください。

弁護士法人大江橋法律事務所

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