カスハラ対策として始めるべき「拒否すべき一線」の明確化

人事労務

 当社では、バックオフィス部門を中心に、カスタマーハラスメント(以下、「カスハラ」といいます)対策の検討を始めています。現場へのヒアリングを進める中で、現場からは、「どこまでが正当な意見・要望で、どこからがカスハラにあたるのか判断が難しい」という声が多く上がっています。このような現場の課題に応えるためには、カスハラ対策としてまず何から着手すべきでしょうか。

 カスハラ対策の土台は「事業主の方針等の明確化」です。企業としてカスハラ対策の基本方針を策定し、何が正当なクレームで、何が拒否すべきカスハラか、企業としての判断軸(拒否すべき一線)を基本方針や対応マニュアルにおいて明確化することが、実効性のあるカスハラ対策への第一歩です。

解説

目次

  1. カスハラ対策の義務化
  2. カスハラ対策の経営上のメリット
  3. カスハラの法的意義
  4. カスハラ対策として取り組む「拒否すべき一線」の明確化
    1. 「カスハラを許さない」を宣言する - 基本方針の策定
    2. 自社のカスハラを定義する - 対応マニュアルの策定
  5. まとめ- お客様への敬意と従業員保護は両立する

カスハラ対策の義務化

 2026年10月1日の改正労働施策総合推進法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律。以下、「カスハラ対策法」といいます)の施行により、カスハラ対策は事業主が取り組むべき「法的義務」となります。

 厚生労働省の指針(「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」令和8年2月26日厚生労働省告示第51号)では、これら法的義務を、事業主が講ずべき措置として大きく5つの柱で整理しており、企業のカスハラ対策においては、自社の実情に応じて、これらの内容に従った体制を整備していくことが重要です。

厚生労働省の指針で示されるカスハラ対策5つの柱

カスハラ対策の柱 カスハラ対策のための具体的取組み
事業主の方針等の明確化とその周知・啓発 ・カスハラに対する方針の明確化、周知・啓発
・カスハラの内容、対処の内容の周知
相談体制の整備 ・相談窓口の設置、周知(広く相談へ対応)
・相談窓口担当者による適切な対応
カスハラ発生時の迅速な事後対応 ・事実関係の迅速かつ正確な確認
・カスハラ被害者に対する配慮措置の実施
・再発防止に向けた措置の実施
悪質事案に備えた体制整備(抑止措置) ・悪質事案への対処方針の策定
・関係部門間との連携等の体制整備
相談者保護 ・相談者等のプライバシー保護に必要な措置の実施
・カスハラ相談等に対する不利益取扱いの禁止

出典:厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」を基に作成

カスハラ対策の経営上のメリット

 カスハラ対策の義務化というと、「またコストが増える」、「面倒な仕事が増える」とネガティブな受け止め方をされることも少なくありません。しかし、カスハラ対策の意義は、法令遵守にとどまりません。特に、近年では東京都カスタマー・ハラスメント防止条例やカスハラ対策法の施行等を背景に、社会全体でカスハラ対策に関する企業の取組みが注目されており、「カスハラ対策に取り組んでいるかどうか」は就職先を選ぶ際の基準の1つとしても注目されつつあります。

 企業がカスハラへの方針等を明確化し、相談体制を整備する等、カスハラ対策への取組みを着実に実行することは、「対応を打ち切ることがある/取引を中止することがある」とあらかじめ示すことで悪質な言動への抑止効果を生むだけではなく、従業員の安心感を高め人材の確保・定着にもつながり、さらには顧客にとっても「安心して利用できるお店」として信頼を得ることにつながります。

 カスハラ対策への取組みは、単なるコストやリスク管理という側面ではなく、企業として従業員をどう守り、お客様とどう向き合っていくのか、従業員にもお客様にも選ばれるための魅力を高めていく「攻め」の経営戦略として位置付ける視点が欠かせません。

カスハラの法的意義

 カスハラ対策法は、カスタマーハラスメントを、以下の①から③までの要素をすべて満たす行為と定義しています。

① 顧客等の言動であること
② その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものであること
③ 労働者の就業環境が害されること

 しかし、この定義を知っているだけで、現場の従業員が目の前のお客様からのクレームがカスハラかどうかを判断することはきわめて困難です。とりわけ判断が難しいのが「②社会通念上許容される範囲を超えたもの」という要件です。「どこまでが正当な意見・要望で、どこからがカスハラにあたるのか」という冒頭のご質問は、まさにこの境目をどう扱うかという問いにほかなりません。

 「社会通念上」という抽象的な物差しを、そのまま現場の判断に委ねてしまうと、従業員一人ひとりの経験や性格によって結論にばらつきが出てしまいます。ベテラン社員は毅然と対応できても、新入社員は同じ場面で萎縮し、必要以上に我慢してしまうかもしれません。 この「判断のばらつき」こそが、カスハラ対応を個人の「感覚」任せにすることにほかなりません。個人によって異なる基準で対応することは、企業としての一貫した姿勢からも望ましいとはいえず、顧客とのトラブル拡大を招く原因にもなります。

 そのためにも、企業として「どのような言動をカスハラと判断するのか」、「どの段階で対応を打ち切るのか/取引をお断りするのか」といった基準を明確化し、組織全体として統一した判断ができる体制を整備し、カスハラに対して組織で対応することが必要です

カスハラ対策として取り組む「拒否すべき一線」の明確化

 カスハラに対して組織で対応する、この課題を解決する鍵は、「事業主の方針等の明確化」、すなわち企業として拒否すべき一線」(判断軸)を明確化することにあります。

 カスハラ対策法が示す三要素、特に「②社会通念上許容される範囲を超えたもの」かどうかをどのような基準で判断するのか、その基準を満たす行為の具体例は何か等を、あらかじめ基本方針や、対応マニュアルにおいて定義しておくのです。

 これらを具体的に定義することで、現場で何かが起きたときに、「これはカスハラか否か」を現場の従業員が一から考える必要はなくなります。従業員は目の前の言動について、自身の「感覚」に頼るのではなく、あらかじめ組織において定められた基準に従って判断し、対応を進めていくことができるのです。

 では、基本方針や、対応マニュアルにおいて「拒否すべき一線」をどのように定めていくべきか、以下で具体的に見ていきたいと思います。

「カスハラを許さない」を宣言する - 基本方針の策定

 基本方針は、企業が「カスタマーハラスメントを許さない」という姿勢を社内外に明確に示すためのツールです。策定に際しては、まず経営陣が自社におけるカスハラの実情を正面から認識したうえで、少なくとも次の5点を盛り込んでおくことが望ましいでしょう。

基本方針に盛り込む5つの要素

盛り込む要素 記載する内容
トップメッセージ 代表者自らの言葉で、顧客への敬意・サービス品質の向上と従業員の保護は両立するという基本姿勢を宣言する
カスハラの定義と具体例 「②社会通念上許容される範囲を超えたもの」の判断基準と、その基準を満たす具体例(暴言、SNSへの晒し、執拗な電話、不当な金銭要求など、自社の業態で起こりやすい具体例)を明記する
企業としての姿勢 「不当な要求には一切応じない」「毅然とした態度で対応する」と明記する
従業員保護 従業員が安心して働ける環境を確保することを約束する
事後の対応方針 悪質事案には警察や弁護士と連携し、法的措置を取る可能性があることを対外的にも示す

基本方針の例

「当社は、すべてのお客様に満足してサービスをご利用いただけるよう、お客様から頂戴するご意見に真摯に向き合い、サービス品質の向上に努めています。しかし一方で、一部のお客様からの悪質な言動や不当な要求(暴言、脅迫、長時間の拘束など)といったカスタマーハラスメントに対しては、組織として毅然とした対応を行い、従業員の安全と健康を守ることも重要と考えています。
当社では、従業員の安全と健康を守り、お客様に満足いただけるサービスをご提供するためにも、カスタマーハラスメントを決して容認いたしません。万が一、これらの行為が確認された場合には、サービスの提供をお断りするとともに、法的措置の実施などを含めて厳正に対応します。」

自社のカスハラを定義する - 対応マニュアルの策定

 基本方針が「カスハラを許さない」という企業としての姿勢を示すものだとすれば、対応マニュアルは、その姿勢を現場での行動に落とし込むために「カスハラを定義する」具体的なルールです。カスハラの定義を具体的なルールとして整備しておけば、従業員は、自身の「感覚」で判断したのではなく「組織が定めたルール」に従って対応した、と考えることができます。この安心感こそが、現場で毅然とした対応を取るための従業員の後ろ盾になるのです。

 対応マニュアルの作成にあたっては、次の3点を意識することが重要です。

(1)「拒否すべき一線」を数値・動作で示すこと

 「土下座の対応には応じない」、「1円でも金銭の話が出た場合にはエスカレーションをする」、「クレーム電話が15分以上続いた場合は切ってよい」、「30分を超えた居座りがあれば退去を求める」など、現場での解釈を挟まない具体的な文言でルールを定めることが重要です。基準が曖昧なままでは現場の判断が個人の「感覚」に左右され、カスハラ対策は形骸化してしまいます。  

(2)対応方法(「人・場所・時間」を変える)まで明示すること

 具体的な言動に対して、どのような対応を取るのかまで明記することが重要です。たとえば、担当者を交代する、個室ではなく複数人がいる場所で対応する、一定時間を置いてから対応するなど、「人・場所・時間」を変える対応方法をあらかじめルール化しておくことで、現場の従業員が迷うことなく適切な対応を取ることができます。

(3)エスカレーションルールを明確化すること

 現場の従業員が判断に迷った際に、誰に、どのような流れで報告・相談すべきかを明確にしておくことが重要です。たとえば、「暴言があった場合は直属の上司へ連絡する」、「1円でも金銭要求があった場合は管理職に引き継ぐ」など、事案の内容に応じた報告先や対応手順をあらかじめ定めておくことで、担当者が一人で抱え込むことを防ぎ、迅速かつ組織的な対応が可能になります。

(4)ポイント:対応マニュアルは「作って終わり」にしない

 対応マニュアルは、作成したら終わりではありません。自社内で実際に発生したトラブル事例を収集・整理し、類似の事案が生じた際に参照できるQ&Aとして蓄積していく等、日々アップデートしていくことで、より実践的な内容になっていきます。これらを研修や社内イントラネット等を通じて共有することで、従業員一人ひとりの対応力を高めるとともに、組織全体で判断基準を統一化することができます。

 カスハラの手法や顧客とのトラブルの態様は時代とともに変化します。対応マニュアルを定期的に見直し、実際の運用状況を反映させていくことで、初めて「現場で使われるマニュアル」になります。重要なことは、立派なマニュアルを作ることではなく、従業員が迷ったときに頼ることができる生きたマニュアルとして機能させることです。

まとめ- お客様への敬意と従業員保護は両立する

 「お客様は神様です」という言葉は、国民的歌手・三波春夫さんが、お客様への深い敬意と芸に向き合う真摯な姿勢を表現した言葉として知られています。決して、顧客であればどのような要求も受け入れなければならないという意味ではありません。

 企業が良質なサービスを提供するためにお客様の声に真摯に耳を傾けることは重要です。ただし、これは暴言や威圧的な言動、不当な要求まで受け入れることを意味するものではありません。お客様への敬意と、従業員を守るために一部の悪質な言動へ毅然と対応することは十分に両立します。

 しかし、その境界を現場の従業員一人ひとりの感覚に委ねてしまうと、「どこまでが正当な意見・要望で、どこからがカスハラにあたるのか」が曖昧になり、対応にばらつきが生じます。だからこそ、企業としてあらかじめ基本方針を策定し、「拒否すべき一線」を対応マニュアルに落とし込み、現場が共通の基準に基づいて判断できる環境を整えておくことこそが、実効性のあるカスハラ対策への第一歩になるのです。

参考:
西野 肇監修『カスハラ対策100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター、2026)
吉村 園子著、西野 肇監修『マンガでやさしくわかるカスハラ対策』(日本能率協会マネジメントセンター、2026)

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