不正の目的で使用する周知・著名商標に関する登録の可否 - 商標の登録が認められる場合、認められない場合(3)
知的財産権・エンタメ外国で著名な他社ブランドが日本国内に参入する計画があるとの情報を入手しましたが、そのブランドは日本でまだ商標登録をされていません。そこで、当社が日本でそのブランドと同一の商標について商標登録出願をし、そのブランドが日本国内に参入することを阻止したいと考えています。商標登録を受けることはできますか。
商標登録を受けることができない可能性があります。他社ブランドが外国または日本国内において「需要者の間に広く認識されている」といえる場合、「不正の目的」をもって使用するものについては、商標登録を受けることができません(商標法4条1項19号)。貴社は、国内参入阻止を目的としていることから、「不正の目的」が認められる可能性も十分にあるといえます。
もっとも、他社ブランドが日本国内においても知られている場合には、同法4条1項10号(他人の周知商標と同一・類似の商標)の適用可能性もあり、また、その際、商品・役務の類似性がなければ、同項15号(混同を生ずるおそれがある商標)の問題にもなり得ます。
このように、適用される不登録事由について慎重に判断したうえで、貴社としての対応を検討する必要があります。
解説
目次
商標登録の要件
商標登録を受けるための要件は、以下のとおりです。
- 自己の業務に係る商品または役務について使用をする商標であること(商標法3条1項柱書)
- 自他商品・役務識別力があること(同条)
- 不登録事由に該当しないこと(同法4条)
このうち、不登録事由には、公益的なものと私益的なものがあり、具体的には商標法4条1項各号に列挙されています。
不正の目的で使用する周知・著名商標に関する不登録事由
商標法4条1項19号の趣旨
商標法4条1項19号は、公益的かつ私益的な不登録事由として、他人の業務に係る周知・著名商標と同一・類似の商標を不正の目的で使用する場合について定めています。
同号の趣旨は、主として、外国における周知商標に関する不当な出願・登録を排除することにあります。
また、日本国内における全国的な著名商標について、出所混同のおそれの有無にかかわらず、出所表示機能の希釈化から保護することも目的としています。ここでいう出所表示機能とは、同一の商標が使用されている商品・役務は、同一の人・法人が製造・販売・サービスの提供を行っていることを表示する機能であり、その希釈化とは、当該機能が弱まり、最終的に普通名称化してしまうことをいいます。
国内外の周知・著名商標は、同法4条1項7号(公序良俗を害するおそれがある商標)や同項15号(混同を生ずるおそれがある商標)の不登録事由によっても保護される場合があります。しかし、国内外の周知・著名商標が不正の目的で使用される場合について明確な保護を図るため、平成8年改正により、同項19号が新設されました。
商標が不登録となる要件
商標法4条1項19号によると、以下の要件を満たす商標は、商標登録を受けることができません。
- 他人の業務に係る商品または役務を表示するものとして日本国内または外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一または類似の商標であること
- 不正の目的をもって使用をすること
- 商標法4条1項1号から18号までに掲げる商標でないこと
自己の出願商標と他人の商標との間に商品・役務の類似性があることや、混同のおそれが生ずることは要件ではありません。
上記③のとおり、同法4条1項19号は、他の不登録事由のいずれにも該当しない場合にのみ適用されます。
たとえば、日本国内における周知・著名商標と同一・類似の商標については、同項10号(他人の周知商標と同一・類似の商標)の不登録事由が適用される場合があり(別稿「同業他社のよく知られた商標の商標登録の可否」もご参照ください)、当該周知・著名商標が商標登録済みであれば、同項11号(他人の先願登録商標と同一・類似の商標)の不登録事由が適用される場合もあります。
また、他人の商標と自己の出願商標との間に商品・役務の類似性がない場合であっても、他人の商標の周知著名性等により、なお混同が生ずるようなときは、同項15号(混同を生ずるおそれがある商標)の不登録事由が適用される可能性もあります(別稿「他社の商品と混同を生ずるおそれがある商標の商標登録の可否」もご参照ください)。
このように、商標法4条1項19号の適用を検討する際は、他の不登録事由に該当しないことを先に確認しておく必要があります。
「需要者の間に広く認識されている」とは
商標法4条1項10号における整理
商標法4条1項19号が定める「需要者の間に広く認識されている」という要件は、同項10号(他人の周知商標と同一・類似の商標)でも用いられています。同項10号では、裁判例上、隣接数県の相当範囲の地域において認識されていれば、全国的に認識されていなくとも、「需要者の間に広く認識されている」に該当すると考えられています(別稿「同業他社のよく知られた商標の商標登録の可否」もご参照ください)。
商標法4条1項19号における整理
商標法4条1項19号の「需要者の間に広く認識されている」の意義については、見解が分かれています。
同項10号と同様に全国的に認識されている必要はないという見解があり、特許庁の審査基準においても、両者は同じ基準で判断するものとされている 1 一方で、立法経緯等に照らして、全国的に認識されていることが必要だという見解もあります。
裁判例上は、この点について明確に解釈を示さない判決も見られますが、実際に「需要者の間に広く認識されている」と認められる商標は、全国的に認識されている著名商標が多いといわれています。
なお、「外国における需要者の間に広く認識されている」の「外国」とは、日本以外の1つの国を指し、複数の外国で認識されている必要はないと考えられています。
「不正の目的」とは
「不正の目的」とは、商標法4条1項19号の条文上は「不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的」と定義されており、「取引上の信義則に反するような目的」と説明されることもあります 2。
「不正の目的」が認められる場合として、以下のような例が挙げられています 3。
- 外国において周知な他人の商標と同一または類似の商標について、我が国において登録されていないことを奇貨として、高額で買い取らせたり、外国の権利者の国内参入を阻止したり、国内代理店契約を強制したりする等の目的で、先取り的に出願した場合
- 日本国内で商品・役務の分野を問わず全国的に知られているいわゆる著名商標と同一または類似の商標について、出所の混同のおそれまではなくても出所表示機能を稀釈化させたり、その名声を毀損させる目的をもって出願した場合
- その他、日本国内または外国で周知な商標について信義則に反する不正の目的で出願した場合
実際に「不正の目的」が認められた近時の事例として、KCP事件・知財高裁令和元年5月30日判決があります。その事案では、以下の事実関係に基づき、原告(商標登録の有効性が争われた商標の商標権者)の「不正の目的」が認められました。
- 原告は、商標登録出願時までに、被告商標(韓国で周知著名性があると判断された他人の商標)が付された被告製コンクリートポンプ車が韓国のトップ商品であること、被告商標が被告製コンクリートポンプ車を表示するものとして韓国国内のコンクリート圧送業者の間で広く知られていたことを認識していたこと
- 原告は、被告が日本に進出してその営業拠点を作り、事業展開を行うための営業活動に着手したことを知るや、被告商標が商標登録されていないことを奇貨として、被告の日本国内参入を阻止または困難にするとともに、原告商標を有償で被告に買い取らせ、あるいは原告が日本における被告の販売代理店となる販売代理店契約の締結を強制させるなどの目的をもって、原告による本件商標の商標登録出願をしたこと
特許庁の審査基準においては、「不正の目的」の認定にあたり、以下の事実を十分勘案するものとされています 4。
- その他人の商標が需要者の間に広く知られている事実
- その周知商標が造語よりなるものであるか、または、構成上顕著な特徴を有するものであるか
- その周知商標の所有者が、我が国に進出する具体的計画(たとえば、我が国への輸出、国内での販売等)を有している事実
- その周知商標の所有者が近い将来、事業規模の拡大の計画(たとえば、新規事業、新たな地域での事業の実施等)を有している事実
- 出願人から商標の買取りや代理店契約締結等の要求を受けている事実、または出願人が外国の権利者の国内参入を阻止しようとしている事実
- 出願人がその商標を使用した場合、その周知商標に化体した信用、名声、顧客吸引力等を毀損させるおそれがあること
また、特許庁の審査基準においては、以下の要件を満たすときは、他人の周知な商標を「不正の目的」をもって使用するものと推認するとされています 5。
- 1以上の外国において周知な商標または日本国内で全国的に知られている商標と同一または極めて類似するものであること
- その周知な商標が造語よりなるものであるか、または、構成上顕著な特徴を有するものであること
不登録事由の判断基準時
原則として、不登録事由の有無を判断する基準時は、特許庁の審査官による査定の時点です。しかし、商標法4条1項19号については、審査の遅延により、出願後に生じた事情まで考慮されるのは出願人に酷であることから、査定時において同号に該当していても、出願時において同号に該当していなければ、同号の不登録事由は適用されません(同条3項)。
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特許庁「商標審査基準(改訂第15版)」(令和2年4月1日適用)第3 十七 1.(1) ↩︎
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特許庁編『工業所有権法(産業財産権法)逐条解説(第22版)』(発明推進協会、2022)1558頁 ↩︎
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特許庁編『工業所有権法(産業財産権法)逐条解説(第22版)』(発明推進協会、2022)1559頁 ↩︎
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特許庁「商標審査基準(改訂第15版)」(令和2年4月1日適用)第3 十七 3.(1) ↩︎
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特許庁「商標審査基準(改訂第15版)」(令和2年4月1日適用)第3 十七 3.(2) ↩︎

弁護士法人イノベンティア