退職勧奨の対象者からハラスメントの内部通報があった場合、会社としてどう対応すべきか
危機管理・内部統制当社では、ある従業員に対して退職勧奨を行うことを決め、当該従業員と1回目の面談を行い、退職金に一定額を加算することを条件とする合意退職について考えてみて欲しい旨伝えました。ところが、その面談の直後に、当該従業員から、会社の内部通報窓口に対して、「以前より上司からハラスメントを受けていた」との内部通報がありました。このような場合、会社としては、どのような対応をすればよいのでしょうか。
ハラスメントの内部通報を受けた以上、通報者が退職勧奨の対象となっている者であったとしても、会社は、事実関係の調査等の内部通報に対する必要な対応を行う義務を負います(※)。問題は、退職勧奨をそのまま進めてよいのかという点ですが、内部通報の内容が、退職勧奨の理由(対象従業員の能力不足や上司の命令への不服従等)に対する反論になっている場合には、原則として、退職勧奨を一旦ストップして、内部通報についての事実関係の調査等を行うべきです。そして、「内部通報で主張されたハランスメントは認められない」との結論が出た場合、あるいは、内部調査で主張されたハラスメントが認めれたとしても、なお退職勧奨を進めることに正当な理由があると判断できる場合に、退職勧奨を再開するべきと考えられます。
(※)パワーハラスメントについては、2020年6月1日に施行された改正「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(以下「労働施策総合推進法」)30条の2第1項。ただし、パワーハラスメントの雇用管理上の措置義務は、中小企業主については、2022年4月1日から義務化となり、それまでの間は努力義務となります。
解説
目次
はじめに
実務上、退職勧奨の対象とされた従業員から、ハラスメントの内部通報がなされるケースは少なくありません。
そのような場合に、内部通報に対応しないまま退職勧奨を進めてしまうと、「会社はハラスメントの内部通報を無視している」とか「会社は内部通報をした従業員を退職に追い込もうとしている」などの指摘を招き、対象従業員から退職についての合意を得ることも難しくなってしまう可能性があります。
そこで、本稿においては、退職勧奨の対象となった従業員からハラスメントの内部通報があった場合に、会社としてどのような対応をするべきかについて検討します。
以下においては、まず、前提として、「退職勧奨」とは何かについて簡単に説明したうえ(下記2)、退職勧奨の際にしばしば対象者からハラスメント等の内部通報がなされる理由を明らかにし(下記3)、そのうえで、退職勧奨の対象者からハラスメントの内部通報があった場合に会社としてとるべき対応について検討したいと思います(下記4)。
「退職勧奨」とは何か
会社がある従業員を退職させたいと考えた場合、会社には、解雇(会社が当該従業員に対して一方的に解雇の意思を表示することにより、雇用契約を解消すること)をするというオプションがあります。
しかし、労働契約法には、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」(労働契約法16条)と規定されており、裁判実務上、そのような「客観的に合理的な理由」や「社会通念上」の「相当」性は容易には認められないため、解雇された従業員が解雇の効力を争って訴訟を提起した場合には、解雇は無効であったと判断されてしまうリスクがあります。
そこで、実務上は、解雇した場合のそのようなリスクを避けるため、会社が退職金に一定額を加算することなどを条件として、会社と対象従業員との間で退職について合意することが広く行われています。その際に、会社が対象従業員に対して退職に合意するよう促す働きかけのことを、「退職勧奨」と言います。
退職勧奨の実際のやり方は様々ですが、対象者の職務能力が会社の期待する水準を著しく下回っていることや、今後社内で対象者にやってもらうべき仕事がないことなど、退職勧奨の理由を説明したうえで、退職について合意してもらえない場合には解雇も検討せざるを得ない旨を示唆しながら行われることもあります 1。
退職金の加算などの条件を提示して協議しても、どうしても退職に合意してもらえない場合には、やむを得ず、解雇に踏み切るという判断をせざるを得ない場合もあります。
退職勧奨の際にしばしばハラスメント等の内部通報がなされる理由
実務上、退職勧奨の際に、対象従業員がハラスメント等の内部通報を行うことは少なくありません。退職勧奨の対象となった従業員が内部通報を行う動機としては、以下のようなものが考えられます。
- 会社に自分に対する退職勧奨をやめさせたい、そのためには、そもそも退職勧奨が正当な理由があるものではなく、自分に対して退職勧奨するよう進言している上司や人事部による自分に対する嫌がらせであることを会社に理解してもらいたい
- 自分が退職勧奨されるに至った理由等からして、自分が退職すること自体はやむを得ないと思われ、最終的には退職に合意するつもりであるが、退職に合意するにあたっては会社から最大限自分に有利な条件を引き出したい、そのためには、上司のハラスメント等の問題点を指摘して、会社との交渉の足場を良くしたい
- 以前から上司等からハラスメントを受けていた(あるいは、上司等の違法行為に気付いていた)が、上司等との関係が悪化することをおそれて、内部通報はしなかった。しかし、会社から退職勧奨されるに至った以上、もはや上司等との関係を気にする理由は乏しくなったため、上司等の悪事について会社に包み隠さず報告・説明し、しっかり調べて対処してもらいたい
上述のとおり、退職勧奨の対象者がハラスメント等の内部通報を行うのは、自己の利益のためである場合もありますが、同時に、自分が働いてきた(あるいはこれからも働いていくつもりである)会社の職場環境を改善したいとか、自分は退職するとしても引き続き働く同僚が自分と同じようにハランスメントの被害に遭わないようにしたい、などといった、会社や同僚のためを思っての内部通報もしばしば見られます。
退職勧奨の対象者からハラスメントの内部通報があった場合に会社としてとるべき対応
内部通報への対応
ハラスメントの内部通報を受けた場合、会社は、内部通報への必要な対応を行う義務を負います 2。このことは、通報者が退職勧奨の対象となっている従業員であったとしても変わりません。
会社としてとるべき対応の典型的な流れについては、下図のように整理することが可能です。
問題となるのは、退職勧奨をそのまま進めてよいのかという点ですが、以下においては、内部通報の内容が、退職勧奨の理由(対象従業員の能力不足や上司の命令への不服従等)に対する反論になっている場合(下記4-2)と、反論になっていない場合(下記4-3)とに分けて検討します。
内部通報の内容が、退職勧奨の理由に対する反論になっている場合
たとえば、以下のような場合が考えられます。
- 対象従業員の能力不足等を理由に退職勧奨を行っていたところ、当該従業員から、「以前より上司からパワーハラスメントを受けており、上司は、嫌がらせ目的で私の人事評価を不当に低くしてきた。今回の退職勧奨もそのようなパワーハラスメントの延長である」とか、「上司から食事に誘われたのを断ったところ、突然、『今後、あなたにやってもらう仕事はない』などと言われて、退職を促された。これは典型的なセクシャルハラスメントである」などの通報がなされた場合
- 対象従業員が反抗的で、上司の命令に従わないことを理由に退職勧奨を行っていたところ、当該従業員から、「従前より、上司から法令や社内規定に違反する業務命令を受けており、それらを拒んでいたところ、上司から、『自分の指示に従うつもりがないなら退職してもらうほかない』などと言われた。違法な業務を強要することはパワーハラスメントであり、それを拒絶したことを理由に退職勧奨することもまたパワーラスメントである」という通報があった場合
このような場合には、内部通報における通報者の主張が事実であれば、当該従業員に対して退職勧奨をする正当な理由はないことになりますので、退職勧奨を進める前に、まず、内部通報における通報者の主張が事実なのか否か、確認する必要性があると言えます。
また、退職勧奨の対象者から見れば、内部通報への対応がなされないまま、「とにかく退職に合意せよ」と迫られても納得感を得ることができないため、退職について合意してもらうことは難しいと考えられます。さらに、そのような場合に、退職に合意が得られないまま、会社として解雇に踏み切った場合には、当該従業員から、「当該解雇は自分が内部通報をしたことに対する報復であり、不利益処分であって無効である」などの主張がなされる可能性もあります 3。
したがって、このような場合には、退職勧奨を一旦ストップして、内部通報について事実関係の調査等を行い、「内部通報で主張されたハランスメントは認められない」との結論が出た場合、あるいは、内部調査で主張されたハラスメントが認めれたとしても、なお退職勧奨を進めることに正当な理由があると判断できる場合に初めて、退職勧奨を再開するべきと考えられます。
なお、このような場合、事実関係の調査等の内部通報への対応は、当該対象者に対する退職勧奨を行っている担当者とは別の担当者が行うことが望ましいといえます。退職勧奨を行っている担当者は、通常、対象者から退職への合意を得たいとの動機を有しているため、その担当者が内部通報への対応の担当者を兼ねた場合には、その担当者には「内部通報におけるハラスメントの主張は事実ではなく、退職勧奨には正当な理由がある」との結論を導きたいとの動機があるはずであり、事実関係の調査等にバイアスがかかっているのではないか、と疑われてしまうリスクがあるためです。
内部通報の内容が、退職勧奨の理由に対する反論になっていない場合
内部通報の内容が、退職勧奨の理由に対する反論になっていない場合としては、たとえば、ある部門の閉鎖を理由として、対象部門の従業員に対する退職勧奨を行っている際に、対象者から、「実はX常務はセクハラの常習犯であり、自分だけではなく、他の何人もの社員がセクハラの被害を被っている。自分は近々退職することになる人間であるが、会社に残る同僚が今後セクハラの被害にあわないように、この機会に通報することにした」といった通報がなされた場合が考えられます。
このような場合には、内部通報がなされたからといって、退職勧奨をストップする必要はありません。
もっとも、ハラスメントの内部通報がなされた以上、会社として事実関係の調査等の対応をとるべきであるのは当然のことです。また、当該従業員に対する聞き取り調査は、当該従業員が退職する前に実施するほうが望ましいと考えられます。当該従業員が退職してしまった後ですと、実際問題、聞き取り等に応じてもらうことが難しくなる場合もあるためです。
おわりに
ハラスメントに対する意識がますます高まる中、労働施策総合推進法の改正(2020年6月1日施行)や、公益通報者保護法の改正(2022年6月までに施行予定)も踏まえて、パワハラやセクハラの内部通報が更に増えることが予想されます。また、退職勧奨の対象となった従業員が、自らの防御、職場環境の改善、あるいは、上司や会社に対する攻撃などを目的として、内部通報を行うケースも増えてくると考えられます。
退職勧奨と内部通報が交錯するケースについては、利害関係が複雑化し、対応の難易度が高まることから、本稿で指摘したような問題意識も考慮に入れたうえで、慎重に対応していくことが必要になります。
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ただし、社会通念上相当と認められる限度を超えて対象従業員に対して不当な心理的圧力を加えたり、または、その名誉感情を不当に害するような言辞を用いたりすることによって、その自由な退職意思の形成を妨げるような行為ないし言動を伴う退職勧奨行為をした場合には、退職勧奨をした者および会社が、不法行為に基づく損害賠償責任を負う可能性があるため(日本アイ・ビー・エム事件・東京地裁平成23年12月28日判決・労経速2133号3頁)、十分な注意が必要になります。 ↩︎
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パワーハラスメントについては、労働施策総合推進法30条の2第1項。ただし、パワーハラスメントの雇用管理上の措置義務は、中小企業主については、2022年4月1日から義務化となり、それまでの間は努力義務となります。 ↩︎
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内部通報を行ったことを理由とする解雇は法律上認められていません(労働施策総合推進法30条の2第2項、公益通報者保護法3条等)。 ↩︎

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