税関でファシリテーション・ペイメントを求められたときの対応方法について
国際取引・海外進出 日本企業が海外の新興国であるX国に製品を輸出した際、X国現地法人の駐在員が現地での通関(輸入)手続を行ったところ、税関職員より「貴社の通関書類に不備があるため、数か月かかる更正の手続を経なければ、この製品をX国に輸入することができない。しかし、私に1,000米ドルを支払えば、更正の手続が早くなるよう、特別に取り計らってやる。」と言われました。
この場合、輸入手続が遅延すると取引先に迷惑がかかるので、1,000米ドルを支払ってでも通関を急ぎたいのですが、どのようなリスクがあるのでしょうか。また、このようなトラブルを避けるには、どのような点に注意すればよいのでしょうか。
そのような支払いに法令上の根拠がないのであれば、たとえ少額でも、いわゆるファシリテーション・ペイメントとして贈賄の罪に問われるおそれがありますので、税関職員に1,000米ドルを支払うことは避けるべきです。
まずは、通関書類の不備が本当にあったのか、その具体的な内容を調査することが必要です。また、特に新興国に製品を輸出する場合は、その国特有の法制度・運用等により他国にみられないような特殊な規制や条件がないか、輸出を行う前に入念に確認することが必要です。
解説
目次
ファシリテーション・ペイメントとは
ファシリテーション・ペイメントの意味
まず、日本企業がとりわけ新興国で事業を行う場合、現地の公務員(本件では税関職員)から、各種の手続(誰が行っても裁量性のない手続であることが前提です)を円滑化、スピードアップするために、法令の根拠がない少額の金銭の支払いを求められることがあります。これが、いわゆる「ファシリテーション・ペイメント」と言われるもので、贈賄行為の一種として、現地法令のほか、日本企業であれば日本の不正競争防止法(18条)、さらには海外展開の状況によっては英米の贈収賄規制法令(米国FCPA、英国UKBA)等により処罰されるおそれがあります。
なお、本件では、通関書類の不備に対する更正手続は、どの税関職員が担当しても時間さえかければ可能であり、税関職員は更正そのものを許可するか否かの裁量的判断をする余地はないというのが前提です。もし、 かかる裁量的判断の余地があるのであれば、1,000米ドルの支払いはファシリテーション・ペイメントではなく、れっきとした賄賂 ということになります。
ファシリテーション・ペイメントは原則違法
ここで注意を要するのは、「ファシリテーション・ペイメント」という用語自体が多義的で、贈賄の一種として許されないという文脈で使われる場合のほか(こちらが大多数です)、贈賄の中でも厳格な要件の下で例外的に許されるという文脈で用いられる場合(米国FCPA等)の両方があるという点です。
しかしながら、原則として上記のような「ファシリテーション・ペイメント」は違法で許されないものであるという認識を持つべきです。たとえば、日本企業に最も適用される可能性が高い日本の不正競争防止法の下では、ファシリテーション・ペイメントは違法だという建前を採っています。
現地に駐在、出張する従業員への周知と記録化が重要
とりわけ設例にあげたX国のような新興国では、先進国では円滑に進むような事務的な行政手続でも困難を来たす場合が多いため、従業員を新興国の現地法人に駐在、出張等させる日本企業は、上記のような問題が起きうることを従業員に対して研修等を通じて十分に周知し、そのプロセスも含めて記録化しておくことが重要です。
通関手続において採るべき対応
設例を基に、通関手続でどのような対応を採るべきか解説します。
通関書類に不備がないか調査する
まず、「通関書類に不備」があると税関職員に言われたという点ですが、更正しなければX国で適法に製品の輸入ができないような不備が本当にあったのか、逆に不備等はないのに税関職員が詐欺的に金銭を要求しているにすぎないのかを見極める必要があります。
もっとも、X国のような新興国では、通関に関連する法令自体が未整備であったり、通関書類についても税関職員の場当たり的な判断で一貫しない運用がなされている場合もあります。この点は、現地の法令・実務に通じた専門家に対して早期にアドバイスを求める必要があります。
場合によっては、輸出を行った日本企業側が、X国の法令・実務について調査が不十分であったために、本当に通関書類に不備があった(輸入に支障が生じても文句を言えない)のかもしれませんから、その場合にはその不備をすみやかに更正する方法を第一に考えるべきでしょう。
いずれの場合でも、日本企業は、 このようなファシリテーション・ペイメントの要求がなされた場合に備え、X国現地法人の駐在員が現地で事をうやむやにせず、日本本社の担当部署に事実関係をすみやかに報告し、対応について指示を仰ぐ等の適切なコンプライアンス体制を確立する ことが必要です。
現地での応急的な対応
X国内でできる応急的な対応としては、X国の日本大使館や弁護士等に事実関係を報告して対応を相談することが考えられます。また、その税関職員の管理責任者や上級庁に対して通関書類の不備の根拠等について問いただすとともに、ファシリテーション・ペイメントに相当するような不当な金銭の要求があった事実を報告するという方法も考えられます。もっとも、公務員全体に腐敗が慣習化しているような国であれば、現実的には功を奏する可能性は低いと考えられます。
日本国内での対応
他方で、日本本社側では、X国でそのような要求があった事実を、今後X国やこれに類する新興国に赴く関係者に周知し、同様のことが再度起きた場合の対応方法について真摯に検討する必要があります。また、事態が深刻な場合には、日本企業側から外交ルートによりX国の現地政府に働きかけて、今後は同様のファシリテーション・ペイメントの要求がなされないように文書で要請するという方法も考えられます。その場合は、X国に派遣する社員にその要請文書の写しを携帯させるのも良い方法でしょう。
税関職員の要求通りに支払ってしまった場合の事後対応
上記のとおり、本件で税関職員の要求はファシリテーション・ペイメントとして拒絶すべきものですが、その場の状況によっては、要求があまりに強引で脅迫的なものであったために、現地駐在員が狼狽してその場を凌ぐために支払ってしまう場面もあり得るかもしれません。
そのような場合に、日本本社は現地駐在員に対し、正直にその事実を日本本社に報告してもらうようにし、事実関係の解明と今後の再発防止策について社内で検討した上で、その結果を記録化することが必要です。
現地駐在員としては、自ら犯したコンプライアンス違反を進んで報告すれば自身が懲戒処分を受けるリスクにもつながるため、積極的に報告しにくい部分があるでしょうが、日本本社側もそのような心情を酌んだ対応が望ましいと思われます。一回単位でみれば少額のファシリテーション・ペイメントであっても、それを隠蔽しようとする企業体質ができあがれば、この種の問題は繰り返されて悪しき慣習として定着しがちなので、そのようなことがないように注意が必要です。
新興国に輸出する場合におけるその他の注意点
本件のような問題は、日本企業からX国に製品を輸出する際に、現地の通関で必要な書類や手続について、事前に入念な調査をしていれば防げたのかもしれません。とはいえ、前述のとおり、新興国では通関に関する法令自体が未整備であったり、その運用が税関職員ごとに恣意的に行われていたりする場合が多々見受けられます。
そのため、不測の事態に備え、必要な書類等は要否が明らかでないものも含めて多めに用意し、通関のトラブル対応に要する時間を見込んで十分に余裕のあるスケジュールを組むことが必要です。
実際のところ、輸出入を行う企業側の調査不足で通関手続に何らかの不備があったことに起因してスムーズに輸入ができず、税関職員からはその弱みにつけこまれた結果、不備を解決する(ないし見逃す)対価として賄賂を要求されるというパターンは珍しくありません。そのため、輸出段階で隙のない書類作成や手続を行うように最大限の努力を怠らないことも重要です(もちろん、書類が完璧でも税関職員が理由なく賄賂を要求する場合も皆無ではありません)。
たとえば、通関の際には船積書類のほか、輸出入の根拠となる契約書や代金支払の証拠が必要になる場合がありますが、商流と金流にずれがあったり、契約書上の当事者(製品に対する法的な所有権の移転経過)が異なっていたりすると、通関に支障が生じる場合があります。
その他、その製品を輸入するに先立って現地国での許認可や国家登録が必要な場合もあり、その制度も頻繁に改廃されることがあります。可能な限り現地法令とその運用に通じた専門家から最新情報を得ることが有用だと思われます。

弁護士法人 瓜生・糸賀法律事務所
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