アンチダンピング調査への対応について
国際取引・海外進出 日本企業であるA社は、X国やY国を含む多数の国に自社製品を輸出していたところ、X国の調査当局より、アンチダンピング調査開始の通知と質問状が届きました。
これによれば、A社は膨大な回答書と証拠をX国語に翻訳して3週間以内にX国の調査当局に提出しなければならないようですが、このような短期間での対応は物理的に困難です。
A社としてはX国に対してダンピングを行ったという認識はありませんし、上記通知の翻訳を読む限り、アンチダンピング関税(不当廉売関税)の発動を申し立てたX国は自国産業への損害等を主張していますが、その内容も誇張や重大な事実誤認のように思えてなりません。A社としては、どのように対応すればよいでしょうか。
まず、A社はX国でアンチダンピング実務のノウハウ、人的体制およびコンプライアンスにおいて優れた法律事務所を起用し、X国政府の質問状に対して正確かつ誠実に回答すべきです。
回答期限にどうしても間に合わなければ、期限延長をX国当局に申請する方法も考えられます。
A社が課税を争いたいのであれば、正常価格は輸出価格と比して申立人が主張するほど高くない、または申立人が主張するような損害は発生しない旨を、証拠を添えて反論します。その際、Y国向け輸出に関するデータもX国の調査当局に提出することになります。
その他、A社は価格約束と呼ばれる一種の政府との和解により、一定の価格未満で輸出しないことを書面でX国政府と合意し、不当廉売関税の課税を回避する可能性も検討します。
解説
目次
アンチダンピング関税(不当廉売関税)とは
アンチダンピング関税(以下、「不当廉売関税」といいます)とは、海外の輸出者が自国に対して産品等を不当な廉価で輸出した場合に、自国(輸入国)の国内産業(特に同種産品の製造者)を保護する等の目的で、その産品が自国に輸出される際の輸出価格と正常価格の差額を基準として、関税により課税する制度のことです。
多くの場合、輸入国の競合他社が、自社の被った損害と輸入国の国内産業保護の必要性を訴えて、不当廉売関税の発動を当局に対して申立てを行うことにより、調査が発動されます。
日本を含め各国が類似の制度を有しており、その大枠はWTOが主導する国際条約に基づいてルールが策定されています1 。もっとも、法制度の詳細や運用(調査や課税決定)のあり方は国により千差万別であるため、注意が必要です。
この不当廉売関税は、日本では関税定率法(8条)にその根拠がありますが、日本の当局(財務省、経済産業省等)が実際にアンチダンピング調査を発動した例(公表事例)は過去に数例しかなく、日本では比較的馴染みが薄いものかもしれません。他方で、中国等の諸外国ではこの不当廉売関税が頻繁に外国企業に対して発動されていることもあり、日本企業も海外向け輸出価格が正常価格を下回る場合には、海外で調査・課税の対象となる可能性があるため、注意が必要です。
不当廉売関税の課税要件
2つの要件
不当廉売関税が発動されるための基本的な要件として、①不当廉売の事実と②国内産業に対する損害の発生(潜在的な可能性も含みます)が挙げられます。
不当廉売について
「不当廉売」とは、前述のとおり、輸出者が正常価格を下回る価格で産品を輸入者に対して輸出することを意味します。たとえ不当廉売がなされても、損害が発生しないのであれば上記②の要件を充足しないため不当廉売関税は発動されません。
不当廉売関税課税について争うポイント
そのため、設例の場合、アンチダンピング調査を受けた日本(輸出者)企業としては、X国で不当廉売関税の課税を争うのであれば、輸出価格が正常価格以上であること(または正常価格が申立人の主張するほど高くないこと)を示すか、X国の申立人らが主張するような国内産業への損害が発生しないことを示す(もしくは、その両方)ことになります。
正常価格の算定基準
まず、この「正常価格」には、以下3種類の算定基準があります。
- 輸出国の国内販売向け国内価格
- 第三国向け輸出価格
- 原産国での生産費に妥当な販売経費及び利潤を加えた構成価格(仮定に基づき算出した妥当な価格)
現地当局は、これらのうちいずれかを正常価格の算定基準として選択しますが(さらに言えば、(2)の場合にはどの「第三国」を選択するかという問題もあります)、その選択次第で算出される正常価格には大幅な差が生じる場合もあり、現地当局の判断も自国の関税政策(裁量)に大きく影響されるのが実情です。
国内産業への損害
次に、国内産業への「損害」については、申立人である現地企業が虚偽の証拠ないし裏付け不十分な憶測に基づいて不合理な主張をしている可能性もありますので、調査対象となった輸出者企業側も、批判的にこれを検証して反論することにより、場合によっては申立人に申立てを取下げる動機付けを与えることも検討に値するでしょう。
海外で当局より調査を受けた場合の対応について
経験豊富な法律事務所を早期に起用する
アンチダンピング調査への対応は、調査発動国(上記の例ではX国)における当局の関税政策に基づく政治的判断を含めた勘所の判断に加え、専門知識と膨大な作業を要する業務ですので、調査対象となった輸出者企業としては、調査発動国でアンチダンピング調査対応の経験が豊富な法律事務所を早期に起用することが必要です。また、国によっては調査当局が現地調査等の際に賄賂を要求する場合もありますので、これに対して毅然と適正な態度で臨むことができ、かつコンプライアンス体制が確立した法律事務所であることも重要です。
データと根拠資料の提出
ダンピング調査が開始した場合には、輸出者企業等は国内生産のほか、調査国を含めた各国向け輸出に関するデータとその根拠資料の提出を求められます。
この提出に虚偽や遺脱があった場合や、その裏づけ資料を適切に提示できない場合等には、調査当局の知ることができた事実に基づいて不当廉売関税の賦課決定がなされます。
短時間に膨大な量の文書を揃えて翻訳し、回答書を書面化する作業が必要であるため、故意がなくても遺脱が生じることは稀でなく、これにより当局より一貫性を欠く信用性の低い提出資料として不利な認定がなされることがないよう、特に調査発動国と言語や法制の異なる輸出者企業は、早期に同種経験が豊富な現地法律事務所を起用することが必要なのです(上記の例でいえば、X国が英語以外を公用語とする国であれば、公用語への翻訳やその正確性の検証は大変な作業となります)。
価格約束について
調査の最終段階に至って、輸出者企業は調査国政府(上記でいえばX国政府)との間で一定の価格未満での輸出を行わないことを約束する旨の契約(価格約束)を締結し、不当廉売関税の課税決定の回避を検討する場合もあります。日本では不当廉売関税の調査が行われた結果、価格約束が締結された公表事例は、本稿執筆時点において2例(同一の事件)のみのようですが、諸外国ではこれが多く用いられている可能性もあります。
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関税及び貿易に関する一般協定(いわゆるGATT)や、1994年の関税及び貿易に関する一般協定第6条の実施に関する協定がこれに該当します。 ↩︎

弁護士法人 瓜生・糸賀法律事務所
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