パキスタンにおける商事紛争解決制度

国際取引・海外進出
鈴木 多恵子弁護士 西村あさひ法律事務所 山本 峻暢弁護士 西村あさひ法律事務所

 当社がパキスタンで事業を行うに際して紛争が発生した場合に備え、同国における民事訴訟制度の概要を教えてください。また、パキスタンにおける仲裁制度の要点としては、どのようなものがあげられるでしょうか。

 パキスタンの通常裁判所は、最高裁判所を頂点として、その下の高等裁判所と、さらにその下の地方裁判所(district courts)および民事裁判所(civil courts)で構成されていますが、特定の紛争について専属管轄を有する特別裁判所や審判廷も多く設置されています。
 日本はパキスタンにおける外国判決の承認・執行の政府指定国には含まれていないため、日本の裁判所の判決は同国においてはただちに執行することはできません。
 パキスタンの民事裁判における一番の課題は裁判手続の遅延であり、司法における汚職も指摘されています。

 日系企業とパキスタン企業が当事者となる契約においては、シンガポールまたはUAEを仲裁地とする仲裁合意がなされるケースが多く見られます。

解説

目次

  1. 民事訴訟制度
    1. 審級制度
    2. 外国判決の承認・執行
    3. 裁判手続
    4. 課題
  2. 仲裁
    1. 外国仲裁判断の承認・執行制度
    2. よく使われる仲裁機関

民事訴訟制度

審級制度

 パキスタンは連邦制を採用していますが、司法権は一元化されており、民事裁判所のヒエラルキーは、首都イスラマバードにある最高裁判所を頂点に、その下には国内の4つの州にそれぞれ高等裁判所が、さらにその下に地方裁判所(district courts)と民事裁判所(civil courts)が設置されています。地方裁判所は民事裁判所からの上訴を審理する場合もあります。
 これら通常裁判所のほかに、知的財産、銀行、労働や各種租税など、特定の紛争について専属管轄を有する特別裁判所や審判廷が多く設置されています。また、イスラム教を国教とする同国では、イスラム法が適用される事象(主に家族法分野等)を取扱う連邦シャリーア裁判所も存在します。

 最高裁判所または高等裁判所の判断は、その下級審裁判所等に拘束力を有します(判例拘束主義)。また、陪審制度は採用されておらず、すべての事件は裁判官または司法官(judicial magistrates)によって審理されます。裁判官になるには原則として一定年数の弁護士経験が必要で、日本のような、いわゆる職業(キャリア)裁判官制は採られていません。

外国判決の承認・執行

 外国判決の承認・執行には、パキスタンの民事訴訟法(Code of Civil Procedure, 1908)に基づき、パキスタン政府が相互承認国として指定した国の判決である場合を除き、承認・執行のための訴え提起が必要です。日本は当該政府指定国には含まれていないため、日本の裁判所の判決は同国においてはただちに執行することはできません。

裁判手続

 裁判手続は、原告による訴状および証拠書類の提出によって始まります。裁判所は、被告に対して召喚状を発行し、被告の出廷および当該請求に対する防御(答弁書提出)の機会を与えますが、被告がこれに応じない場合には、いわゆる欠席裁判となります。

 被告が召喚状に応じて出廷した場合には、その後答弁書の提出、裁判所による争点整理があり、その後に争点に関する証拠が提出され、トライアル(審理)、そして判決へと進みます。答弁書の提出等の手続には一般的に30日以内等の期限が設定されるものの、多くの期限は裁判所命令取得を条件に延長が認められます。

 金銭支払請求を含む民事訴訟提起は、一般的に訴訟原因が生じた日から3年以内に行う必要があり(提訴時効)、執行手続や外国判決に基づく訴え提起にも法定の提訴期限があります。

 また、パキスタンの裁判所は、保全の必要性等の一定の要件の下に、仮差押えや差止命令その他の暫定的救済措置を認める広汎な権限を有しています。

課題

 パキスタンの民事訴訟制度の一番の課題は裁判手続の遅延です。最高裁における最終判断までに10~20年を要することも稀ではありません。もっとも、緊急性が認められた場合には、証言録取を裁判所が任命する委員の前で(裁判所外で)行う等、裁判手続を迅速化する制度が民事訴訟法上用意されています。
 また、司法における汚職も指摘されており、日系企業による裁判対応にあたっては、解決までのスピードと公正の確保が重要となります

仲裁

外国仲裁判断の承認・執行制度

 パキスタンは、外国仲裁の承認・執行に関するいわゆるニューヨーク条約(the Convention on the Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Awards)の批准国であり、他のNY条約の批准国を仲裁地とする外国仲裁を、同国裁判所において、仲裁について包括的に定めるArbitration Act of 1940および外国仲裁判断の承認・執行に関する特別法令であるthe Recognition and Enforcement(Arbitration Agreements and Foreign Arbitral Awards)Act 2011に基づいて承認・執行することができます

よく使われる仲裁機関

 日系企業とパキスタン企業が当事者となる契約においては、交渉等の結果、シンガポールまたはUAEを仲裁地(seat/place of arbitration)として、それぞれシンガポール国際仲裁センター(Singapore International Arbitration Centre)や、ドバイ国際仲裁センター(Dubai International Arbitration Centre)またはDIFC−LCIA仲裁センター(DIFC−LCIA Arbitration Centre)の機関仲裁合意に至るケースが多く見られます。

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