グループガイドラインと不祥事事例を踏まえた海外子会社ガバナンスの留意点

国際取引・海外進出

 2019年6月28日に経済産業省が公表した「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」を踏まえ、海外子会社のガバナンスについて具体的にどのような点に留意すればよいでしょうか。

 グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針では、必ずしも海外子会社のガバナンスに向けた対応策を直接示しているわけではありませんが、多くの示唆を含んでいます。特に、海外子会社を買収した後の統合作業(Post-Merger Integration、以下「PMI」)も含めたグループ設計のあり方、事業ポートフォリオマネジメントのあり方、内部統制システムのあり方などが参考になります。

解説

目次

  1. グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針を踏まえた海外子会社ガバナンスの必要性
  2. PMIの実施
    1. グループ管理規程の明確化
    2. リスクベースでの子会社管理
    3. 子会社への的確な人材配置
  3. 事業ポートフォリオマネジメントの重要性
  4. 内部統制システムのあり方
    1. タテ串と横串の重要性
    2. 法務部門の尊重
  5. おわりに

グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針を踏まえた海外子会社ガバナンスの必要性

 グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン。以下「GG」)は、日本企業のグループ経営におけるガバナンスのあり方についてベストプラクティスを示したものとして注目されています。GGでは、必ずしも海外子会社のガバナンスに向けた対応策を直接示しているわけではありませんが、実務上多くの示唆を含んでいます。そこで本稿では、筆者が関与した不正調査事例や最近の海外子会社不祥事のケースを題材にしながら、GGを踏まえて具体的にどのような点に留意すればよいかご説明します。

PMIの実施

 GGでは、グループ本社による子会社の管理・監督のあり方の基本的な考え方について、下記のとおりとされています(36頁)。

 グループ本社においては、権限配分等の基本的な枠組(共通プラットフォーム)を構築した上で、子会社の規模・特性等に応じてリスクベースでの子会社管理・監督、権限移譲を進めた場合の子会社経営に対する結果責任を問える仕組みの構築、業務プロセスの明確化やグループ共通ポリシーの明文化等について検討されるべきである。

 これは、日本本社が海外子会社を買収した後のPMIを、ガバナンスに活かした形で実施することを示唆していると考えます。

グループ管理規程の明確化

 GGでは子会社管理の実効性確保のため、グループ管理規程の明確化について、下記のとおりの提言があります(39頁)。

 海外M&Aによるものも含め、多様な子会社を実効的に管理するため、①明確なグループ管理規程(親会社の決裁・事前承認事項、報告事項、承認・報告ルート等を具体的に定めたもの)を策定・周知するとともに、②子会社における①の遵守担保措置(例えば、親子間で管理契約を締結する、子会社における社内規程として導入させる等)を講じることが必要である。

 日本企業が海外企業を買収する場合、海外子会社のトップに対してどのような活動を求めるのかを明示しないため、現地で好き放題の経営をされてしまい、不正の温床となるケースがあります。海外子会社のトップに「なめられない」ためにも、海外子会社にも適用できるようなグループ管理規程をあらかじめ作成したうえで、海外子会社を買収した当初の段階で、この管理規程の遵守義務を盛り込んだ管理契約を締結するなどして、現地トップに対する要求事項を明確に合意することが望ましいと考えます。

リスクベースでの子会社管理

 GGでは、下記のとおり、いわゆるリスクベースでの子会社管理が提言されています(39頁)。

 特に子会社数が多い場合には、一律の管理は実効的ではなく、事業セグメントや子会社ごとのリスク(規模・特性)に応じて分類した上で、それぞれのリスクに応じて親会社の関与の強弱・方法を決定するのが合理的であると考えられる。

 リスクに応じた分類の基準としては、海外子会社の事業規模、日本本社による海外子会社への投資額の規模・投資期間、海外子会社の所在する国・地域(腐敗度数などの考慮が必要)、海外子会社への日本本社の経営関与の度合い(支配の度合いが弱ければガバナンスが効きにくいため、一般的にリスクは高くなる)といった考慮要素が考えられます。

 リスクに応じた子会社管理の具体的な手法は様々ですが、現地往査内部通報制度が特に重要です。最近の不祥事事例では、現地で組織的な横領が始まった頃から日本本社による現地往査を拒否された結果、横領の発見が遅れたものがありました。このケースでは、複数の駐在員がいたにもかかわらず、現地従業員をコントロールしきれなかったため、不正を許してしまったようです。日本本社としては、現地での業務チェックを駐在員任せにせず、リスクの大きさに応じて現地往査を行うことが不可欠です。

 内部通報制度も、内部統制システムの補完機能として重要です。昨今の大きな企業不祥事の多くは内部通報によって発覚しているようですが、内部統制のレポーティング・ラインが機能しない場合、日本本社が海外子会社での不正を知る端緒として、内部通報の重要性は高いと思われます。問題は、現地からの通報をいかに確保・促進するかという点ですが、リスクに応じた対応が必要です。具体的には、①現地での通報窓口と日本本社への直通の通報窓口を設けたうえで、②後者はグループ全体の企業価値に影響を及ぼすような不正(贈収賄、会計不正、横領、競争法違反、情報漏洩、奴隷的労働など)の通報に限定する、といった方法が考えられます。

子会社への的確な人材配置

 GGでは下記の指摘があります(41頁)。

 本社から現地へ人材を派遣しても、海外子会社からの理解・信頼を得られるようなコミュニケーション力・適応力がなく、期待された役割を果たせなかった事例も多いと言われており、海外子会社の経営陣に適格な人材を充て、適切なコミュニケーションを図っていくことも重要である。

 海外従業員とのコミュニケーションでは、日本人的な「阿吽の呼吸」は通用せず、証拠とロジックに基づく丁寧な説明・説得をしないと、人心を掌握できないこともあります。筆者が関与した不正調査事例でも、現地従業員とのコミュニケーション力に優れた方が現地トップとして駐在していましたが、その方が日本本社に帰任した後、不正行為が発生したと思われたものがありました。こうした能力を持った人材の育成は容易ではありませんが、海外子会社ガバナンスの観点からは留意すべき事項と考えます。

事業ポートフォリオマネジメントの重要性

 GGでは、「事業ポートフォリオマネジメント」という考え方が提唱されています(44頁以下)。具体的には、市場の変化に対応して、コア事業の強化、ノンコア事業からの撤退を含め、グループ全体の事業ポートフォリオを最適化することであると考えられます。この考え方は、一見すると海外子会社の不祥事対策とは無関係に思えますが、有益な示唆を含んでいます。

 GGによれば、事業撤退・売却について特定の形式的な基準を定めていない日本企業は全体の約8割に及ぶそうです(46頁)。

出典:GG46頁、問49.をもとに編集部作成

 筆者が関与した不正調査事例でも、海外合弁先で数年間続けたプロジェクトが完成せず、これを完成にこぎつけるために現地パートナーに運営のイニシアティブをとられ、結局現地パートナーが不正を行う環境ができてしまったケースがありますが、これはグループ内での「損切り」の基準が明確でなかったために起こった悲劇であるとも言えます。

 日本企業が海外に進出する際には、最初は対象会社の支配権を取らずに、マイノリティー出資を行う、あるいは各50%出資の合弁とするケースが多いと思います。しかし、ガバナンスを効かせるという観点からは、支配権を取得した方が望ましいと言えます。GGにおける事業ポートフォリオの考え方は、ノンコア事業からの撤退を中心とした事業ポートフォリオの組み換えが想定されているようですが、海外子会社ガバナンスの観点からは、マイノリティー投資や合弁スキームを採る合理性も含めたレビューを行うことが有効と考えられます。

内部統制システムのあり方

 GGでは、日本企業の内部統制システムに関する課題として、下記の指摘があります(67頁)

 グループ内部での体制や内部規程類は整備されていても、第1線(事業部門)のコンプライアンス意識が希薄であり、第2線(管理部門)・第3線(内部監査部門)によるチェック機能も不全であった等、内部統制システムが実効的に運用されていない。

 この点に関しては、特に以下の事項に留意すべきと考えます。

タテ串と横串の重要性

 GGでは、下記の2点を実施することが提唱されています。

  • 親会社の管理部門と子会社の管理部門を直接のラインとして通貫させる(いわば「タテ串」を通す)こと(82頁)
  • グループ本社(コーポレート部門)において、グループ全体の司令塔として各事業部門に対して「横串」を通して、経営資源の最適配分や、事業評価や実効的な経営管理のための共通プラットフォームを構築(15頁)

 最近の不祥事事例では、日本本社の各部門から派遣されていた駐在員との「タテ串」が通っていたものの、事業部門・管理部門間の「横串」が不十分なため、有効な不正防止策を講じることができなかったケースが多い印象があります。筆者が経験した事例では、管理部門の調査結果やリスク対策への提言があったにもかかわらず、事業部門に十分に共有されていなかったり、管理部門の意見そのものが軽視されたりしたために、不正を防止することができなかったケースがありました。

法務部門の尊重

 GGでは、下記の提言があります(83頁)。

 第2線の機能強化のため、法務等のリスク管理部門のヘッドを上級役員レベル(取締役や執行役等)とし、その職務執行における独立性を確保するなどの対応が検討されるべきである。

 上述の事例では、ある海外子会社の不正リスクへの対応策について法務部門が弁護士意見を取っていたにもかかわらず、関係する事業部門や他の管理部門に十分共有されずに、結局こうした対策は何も講じられないままにリスクが実現化してしまったようです。リスク管理の観点からは、GGの提言も含め、法務部門の尊重についても留意すべきと考えます。

おわりに

 以上のとおり、GGでは、海外子会社ガバナンスの観点から有益な提言がなされていますが、実際に有効な対策を講じるには、各社の実態に即した応用が必要となります。本稿がこうした応用のヒントとなれば幸いです。

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