海外子会社の不正・不祥事リスクへの初動対応、中国の事例も交えて
国際取引・海外進出海外(中国)子会社の不祥事への初動対応として、最初に判断するべき事項は何ですか。日本国内における不祥事への初動対応と異なる点や注意すべき点があれば教えてください。
初動判断の項目は、国内不祥事案件と共通しますが、対象となる海外事業の所在国の制度、取引慣行、当該事業の経緯等を十分に理解したうえで判断を行うことが必要です。初動対応は、調査・対応の主体と調査手法の決定、通報相談部署等での事実の確認、対応策の検討、経営陣への報告および経営陣による対応の検討・実行という手順で進めていきます。
解説
目次
海外子会社における有事対応の課題
異なる制度・言語・文化・商慣習を有する海外にある海外子会社や海外事業を、適切に管理・監督することは、日本企業にとって重要な課題となっています。
不祥事が海外で起きた場合、初動において判断が必要な項目は、日本と海外で大きく異なることはありませんが、海外では日本の経験則がそのまま通じないことがありますので、注意が必要です。まず事実を調べるために、①不祥事の調査と対応を誰が行うか(調査主体)、および②調査の手法を決定することになります。
初動調査を行いながら、判明した不祥事の規模や性質によって、会計士などの専門家を入れた調査委員会の立ち上げの要否、情報を一元管理して対外関係をとりまとめる事務局の設置、レポーティング・ラインと情報共有範囲、事案の公表の要否およびタイミングなどを決めていきます。
上記の判断は、初動調査における事案の全体像の見立てに依拠して行います。企業は、事実調査を通じて不祥事(不正等)の実態を把握し、企業価値の毀損をできる限り防ぎ、信頼の回復等に向けた各種措置を取ることになります。調査が進展して不祥事の実態が明らかになるにつれ、当該事案への対応体制を強化することもあります。とくに海外では、法制度や経験則が日本と異なることがあり、さらに日本本社と海外子会社の間で情報が分散しやすいこともあり、日本国内案件に比べると一般的には対応の難易度が高くなります。
[図1]
海外不祥事における調査主体(部署)の決定と対応体制の準備
海外子会社の不祥事と日本本社の役割
海外子会社の不祥事に日本本社がどれくらいかかわるかは、ケースバイケースです。海外子会社がどの程度自立的に事業管理を行う能力を持っているか、対象となる不祥事の規模や内容、海外子会社と日本本社との関係などにもよります。平時においてはある程度独立性の高い海外子会社でも、有事においては日本本社に調査を委ねる場合もあります。ただ、一般的なハラスメント問題にかかる内部告発への対応などでは、海外子会社の担当者が対応することで足りる場合も多いと考えます。
調査主体の決定における注意点
調査主体の担当者や部署を決定する際の重要な要素としては、不適切な利害相反の発生を避ける必要があります。具体的には、調査の対象者との関係が良好である者や対象者の影響を受けやすい者が調査を行う側に立てば、その調査の公平性が疑われてしまう可能性があります。さらに、ヒアリングの実施1つをとってみても、中立的でヒアリング対象者が話しやすい(部署に所属する)インタビューアーを指名するといった考慮も必要になります。
海外子会社の経営陣の関与が疑われる場合
日本本社が海外子会社等の不祥事の端緒を把握する機会には、各種のレポーティング・ラインを通じてそれを覚知する場合の他に、海外子会社従業員が現地窓口への通報を避け、日本本社の通報窓口に内部通報する場合などがあります。海外子会社の経営陣が直接関与した疑いのある海外不祥事案件では、海外子会社自身に調査をさせると利害相反がおきるおそれがあるので、日本本社に調査させることを検討します。
海外子会社の内部で対立している派閥が、十分な証拠がないままに互いに相手の不正を告発しあうケースなどは扱いが難しい典型例ですが、本格的な調査の必要性を示す兆候がある場合には、日本本社管理部門などの中立的な立場で調査を行う場合も多くあります。
その他日本本社が調査を行うメリットがある場合
不祥事の結果が重大となりうる、または広範囲のステークホルダーに関わりうる等、重大な不祥事案件となりうることが当初から疑われる場合は、調査体制の決定と構築を日本本社の管理部門または内部監査部門等が主導し、日本本社自らが調査に関与する体制を組むのが一般的と考えます。
海外子会社自体に不祥事の隠蔽を図る動機がありそうな場合や、海外子会社に調査を実施するリソースが足りないような場合にも日本本社主導の調査体制を構築する必要性が高くなります。
初動における注意点
以上では、重大な案件の芽をできる限り早期に摘むことで、企業価値の毀損を防ぐための調査に必要な事項を中心に説明しました。ただし、実際の海外不祥事案件の端緒では、とくに日本本社にとっては事案の全体像を把握しにくいので、必要な要素を最初から過不足なく判断できる事例は多くありません。考えすぎるよりも、まずは迅速に着手することが重要です。調査を進めて調査体制に不備があれば、適宜調整するようにします。
調査手法の決定
初動調査への着手と並行して、密行性を維持する期間(関係者へのヒアリングの開始前の証拠保全)などの調査スケジュールを策定します。通常は、メールなどのデジタル系の証拠および書証の実物等をできる限り密行調査のなかで保全し、それら客観資料をレビューしたうえで関係者に必要な範囲でヒアリングを実施することが標準的な対処方法です。事前の客観的な証拠レビューは、ヒアリング対象者の証言の信用度をチェックするために行うことが望ましいと考えます。
経営的な視点からの対応体制の準備と被害の拡大防止
調査を通じて判明した不正の規模やリスクに応じて、経営的な視点から迅速かつ適切な対応を取るために必要なリソース(人員、時間および予算)を投入し、発覚した被害の拡大を防止する措置を取ります。例えば、品質不正などの安全性に関わるケースでは、顧客の安全確保に向けた措置を最優先とするなど、不正の態様によって必要な措置は変わります。そのうえで、必要に応じて顧客を含むステークホルダーへの説明のタイミング等も決定し、信頼の回復を行います。不正実行者の責任を追及したうえで、再発防止策を策定することも必要になります。
[図2]
中国における不祥事事例の特徴とその対応
以下では、日本企業における不祥事の発生が比較的多いとされる中国の海外子会社(以下、中国にある海外子会社を「現地法人」といいます)を例にあげ、具体的な初動のあり方を検討します。
中国における不祥事の特徴
現地法人における重大な不祥事では、その法人や事業の設立経緯、事業環境に内在してきた脆弱性を温床として不正の芽が出て、それが海外における業務プロセスの透明性(トランスペアレンシー)欠如や検証可能性(トレーサビリティー)の不足により成長・発展し、最終的に重大な不正として発現してしまうことが多くあります。
これら、リスクが高い領域や場面、業務プロセスは、日常の小さな不満やクレーム的な内部通報への対処を積み重ねたうえで、さらにその結果が日本本社の海外事業管理部門やコンプライアンス委員会などを通じて共有されることにより、日本本社が適切にチェックできるようになります。これにより海外事業プロセスの透明化と事後検証の深化が図られれば、それ自体が不正に対する牽制と業務プロセスの改善にもなります。
中国に多い不祥事の類型とその原因
近年の中国における不祥事の公表事例等を分類すると、下記のような事例が比較的多く存在することがわかります。
- 現地法人幹部や事業パートナーがそれら自身や第三者の利益を図り、会社やグループに帰属すべき利益や取引獲得の機会を奪う事例(会社資産を横領・背任するためのトンネル会社などを設立する事例が典型的)
- 合弁相手や取引先による知的財産等の会社財産の流用、正規の目的以外での使用
- 現地法人幹部等が自らの利益を図るために取引の実態を隠して、売上高や利益を嵩上げするような不正会計等の事例
中国では、国有経済の比率が今でも比較的高く、また市場へのアクセスに必要な各種許認可や認証なども比較的多いため、市場への参入、取引の拡大と維持において担当者の属人的な関係の影響を受ける割合が必然的に高くなります。
そのために、業務プロセスの透明性(トランスペアレンシー)と検証可能性(トレーサビリティ)を向上しにくいことが業務プロセスのブラックボックス化の原因となり、中国における不正リスクをコントロールしにくい原因の1つとなっているように思われます。
現地法人の現場視察・往査の重要性
一般的に中国では企業グループ内でさえも情報の非対称性の度合いが高く(グループ内会社間や社内部署間でも日本に比べて業務関連情報が共有されないことを指します)、個人が自らの業務プロセスを抱え込む傾向があるため、問題の把握に時間がかかることがあります。
不祥事リスクの大きさを迅速に把握するためには、担当する日本本社管理部門や事業部門のトップが現地法人を訪問・往査すること等を通じて、できる限り新鮮な肌感覚をもって現場の課題を把握しておく努力が必要です。判断権者の認識不足は、判断の遅れと被害拡大に直結するリスクがあります。筆者が最近関与した中国案件では、長年にわたる課題の存在が日本本社の担当役員の問題意識をかえって麻痺させてしまい、状況の急激な悪化を示すサインがあったにもかかわらずそれに気づかずに損失を拡大させてしまった例がありました。
中国における経営上の対応措置実施に向けた留意点
中国の不祥事では、前述の通り現地法人内でさえも情報の共有度が低いため、関係者(不正行為に関与した者)が証拠隠滅を行うモチベーションが高くなりがちです。注意すべき点として、並行して企業価値の毀損を防ぐための事業上の措置(差止など)をとるケースでは、中国の人民法院において使用可能な証拠を集めておく必要があることです。中国の証拠能力のハードルは日本に比べて高いため、できる限り文書の証拠を保全し、必要に応じて公証なども取得しておきます。

弁護士法人大江橋法律事務所
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