名目的取締役の責任について
コーポレート・M&A友人に、「自分が経営している会社の取締役として名前だけ貸してほしい。特に仕事はしなくていいし、責任もないから。」と頼まれたのですが、どういうことなのでしょうか。本当に責任はないのでしょうか。報酬の有無で結論が変わったりしますか。
取締役として登記されているものの、取締役としての職務を果たさなくてよいと約束されているような者を、一般に「名目的取締役」といいます。このような名目的取締役であっても、会社や第三者に対する損害賠償責任を負うことがありますので、取締役として名前を貸すことは避けるべきでしょう。
なお、報酬がない場合、会社に対する損害賠償責任については、任務懈怠について善意・無重過失である限り、責任限定契約を締結しておくことで全て免れることができますし、事後的に責任が免除されることもあります。第三者に対する責任については、報酬の有無で変わる点はないと考えられます。
解説
目次
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名目的取締役の必要性
名目的取締役とは何か?
名目的取締役とは、その取締役と会社の間において取締役としての職務を果たさなくてもよいという合意の下で、有効に取締役に選任されている者をいいます1 。
旧商法下における必要性
平成18年に会社法が施行される前の商法下においては、株式会社には取締役が3人以上いなければなりませんでした(旧商法255条)。
そのため、小規模な株式会社では、取締役を3人集められず、あるいは、取締役を3人とする必要性がなく、友人・知人に取締役として名前だけ貸してもらって、見かけ上、取締役を3人以上とするものもありました。
会社法においては、株式会社の取締役は1人以上であればよくなったので(会社法326条1項)、このように名目的取締役の必要性は小さくなったと言えるでしょう。
会社法下における必要性
もっとも、会社法においても、取締役会設置会社では、3人以上の取締役が要求されます(会社法331条5項)。
3人以上の取締役を集められない、あるいは、実質的な取締役が3人も必要ではないような小規模な会社であれば、本来は取締役会を設置しなければよいのですが、取締役会設置会社は、株主総会を開催しなくても取締役会限りで意思決定を行うことができる事項も多く(会社法295条2項参照)、迅速・機動的な経営が可能となること、一般に対外的な信用が取締役会非設置会社よりも高く、例えば、金融機関からの融資も受けやすくなることなどの理由から、取締役会を設置することを望む会社もあります。
また、自分よりも対外的な信用がある人物を(代表)取締役に置き、実質的な業務執行を自らが行いたいという会社もあるでしょう。
このような会社においては、依然として、名目的取締役の必要性は失われていないと思われます。
名目的取締役の責任
名目的取締役に対する取締役会招集通知は必要
取締役会を招集するにあたり、取締役全員に対してその通知を発しなければならないことは当然であり、名目的に取締役の地位にあるにすぎない者に対しては通知を発することを要しないと解すべき合理的根拠はないことから、名目的取締役に対しても、取締役会招集通知を出さなければなりません(最高裁昭和44年12年2日判決)。
そのため、名目的取締役に対する招集通知がない場合の取締役会は原則として無効となります。
もっとも、その取締役が出席してもなお決議の結果に影響を及ぼさないと認めるべき特段の事情があるときは、決議は有効であると考えられています(上記最高裁昭和44年12年2日判決)。
違法な取締役会決議の効力については、「取締役会招集手続が違法だった場合に決議の効力はどうなるか」をご覧ください。
名目的取締役にも監視監督義務がある
名目的取締役
取締役は、会社に対し、取締役会に上程された事項についてのみならず、代表取締役の業務執行の全般についてこれを監視し、必要があれば代表取締役に対し取締役会を招集することを求め、または自らそれを招集し、取締役会を通じて業務の執行が適正に行われるようにするべき職責を有します(最高裁昭和48年5月22日判決)。
このことは、会社の内部的事情ないし経緯によって名目的に就任した取締役についても同様です(最高裁昭和55年3月18日判決)。
したがって、名目的取締役であっても、監視監督義務違反になり得ます。
名目的代表取締役
また、名目的な代表取締役として就任した場合も、他の代表取締役その他の者に会社業務の一切を任せきりにし、その業務執行になんら意を用いないで、それらの者の不正行為ないし任務懈怠を看過するに至ったようなときは、自らもまた悪意または重過失により任務を怠ったものと評価されます(最高裁昭和44年11月26日判決、最高裁昭和45年3月26日判決)。
名目的取締役と会社の免責合意
名目的取締役と会社の免責合意は無効
名目的取締役として就任する際、会社との間で取締役として負うことのある責任について免責される旨の合意がなされていたとしても、会社からの責任追及に対して合意の効力を主張して免責を得ることはできません2。
責任限定契約は有効
もっとも、名目的取締役は、業務執行取締役等には該当しないので、会社との間で責任限定契約(会社法427条)を締結することが認められます。
この点、報酬がない場合の最低責任限度額は零になることから、名目的取締役として報酬がなく、善意・無重過失であれば、会社に対する損害賠償責任については全て免れることが可能です。
責任限定契約による取締役の責任軽減については、「役員の損害賠償責任を軽減する方法(責任限定契約)」をあわせてご覧ください。
ただし、責任限定契約により軽減されるのはあくまで会社に対する任務懈怠責任(会社法423条1項)であり、第三者に対する損害賠償責任(会社法429条)については免れられません。
裁判例の傾向
従来の裁判例の傾向
上記のとおり、名目的取締役であっても、基本的には損害賠償責任を負うことになりますが、少し前の裁判例には、重過失がないとしたり(仙台高裁昭和63年5月26日判決、東京地裁平成2年1月31日判決、東京地裁平成3年2月27日判決)、損害との間に相当因果関係がないとしたりして(東京地裁平成6年7月25日判決、東京地裁平成8年6月19日判決)、名目的取締役の損害賠償責任を否定するものもありました。
近時の裁判例の傾向
上記1-2 において説明したとおり、旧商法が小規模なものも含め全ての株式会社に3人以上の取締役を要求していたことが名目的取締役を生んでおり、過去の裁判例は、これら名目的取締役を各事案の事情を具体的に踏まえて救済し、妥当な結論を目指したものと考えられます 。
この点、会社法が施行され、株式会社の機関設計の自由度が増したことで、名目的取締役の損害賠償責任について、再び厳しい判断がなされる可能性が指摘されています 。
また、近時は、名目的取締役の責任を肯定する裁判例も増加してきているので 、注意が必要です。
例えば、東京地裁平成20年12月15日判決の事案では、訴えられた取締役が、①自らが会社の取締役であるとの意識はなく、会社の経営にも関与しておらず、報酬も得ていなかったのであるから、取締役としての監視義務を負わない、②会社の経営につき代表取締役に進言ないし勧告をしても、これに従う可能性はなく、自らの不作為と損害との間に相当因果関係は存在しない旨主張したのに対し、裁判所は、①「会社の経営に関与していないこと及び取締役としての報酬を得ていないことが取締役の他の取締役に対する監視義務が免除される理由とならないことは明らかである」、②「会社の経営につき進言をしても功を奏する可能性はないと認定することはでき」ないと判示しました。

プラム綜合法律事務所
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