BtoBメーカーの「形式的」不正、過剰反応は社会的損失を招く – 郷原信郎弁護士が見た曙ブレーキ工業検査データ改ざん問題
危機管理・内部統制
2021年2月16日、事業再生ADRによる経営再建を進めていた自動車部品大手の曙ブレーキ工業が、製造する自動車用ブレーキ製品に関し、国内の自動車メーカー10社に提出する定期検査報告書の数値記載に検査データの改ざんなどの不正があったことを公表した。
およそ20年という長期にわたって行われ、合わせて11万4,271件に上った今回の不正の特徴を、企業コンプライアンスに詳しい郷原 信郎弁護士に聞いた。
曙ブレーキ工業のデータ改ざん問題をめぐる時系列
2019年1月 | 事業再生実務家協会に事業再生ADRを申請 |
2019年9月 | 事業再生ADR成立 |
前社長を含む前経営陣が退任 | |
2019年10月 | 新社長就任。新経営体制に移行 |
2019年11月 | 品質保証部門が生産子会社(曙ブレーキ山形製造)で行われていた不正を報告 |
2019年12月 | 社内調査開始 |
2020年2月 | 調査対象を国内全生産拠点に拡大 |
2021年3月 | 生産子会社(曙ブレーキ岩槻製造)が製造する製品の定期検査報告書に不審なデータが記載されていると取引先が指摘 |
特別調査委員会(社外弁護士4名で構成)設置。同委員会による調査を開始 | |
2020年10月 | 特別調査委員会が取締役会宛に調査報告書(中間)を提出。調査が進展し、顧客との連携がとれた適切な時期に、調査概要を公表する旨を取締役会が決議 |
2020年9月 | 特別調査委員会が調査結果を最終報告 |
2021年2月 | 公表 |
調査から公表に至るプロセスは評価できる
今回の曙ブレーキ工業のデータ改ざん問題の初動対応について、郷原先生はどのようにご覧になりましたか。
郷原弁護士:
経営陣は当初、不正が局所的なものと考えたのではないでしょうか。調査を進めるうちに広範囲に不正が行われていることがわかり、調査対象を広げていったということだと思います。
2019年12月に社内調査を開始した曙ブレーキ工業は、2020年9月に特別調査委員会から最終報告を受けます。その後、再発防止策を策定したうえで取組みを開始し、2021年2月16日に不正を公表しました。この一連の対応の順序やスピードについて、どのように評価しますか。
郷原弁護士:
今回のようなデータ改ざん事案では、まずは事実を正確に把握することが重要です。対応が後手に回った印象を受けるかもしれませんが、しっかりと事実をつかみ、取引先に対して情報を提供し、最終的に公表まで持っていったプロセスは、基本的に問題がないと考えています。
今回のデータ改ざん問題について、コンプライアンスの観点からどのような特徴があると考えられますか。
郷原弁護士:
私は、コンプライアンス問題には「ムシ型」と「カビ型」の2種類があると考えているのですが、今回のケースは典型的な「カビ型」です(下図参照)。「カビ型」は個人の意思を超えた問題行為であり、人的、時間的な広がりを持つものです。一度発生すると止めるのも、発見するのも困難であることも特徴です。
なぜ、「カビ型」の不正行為が発生するのでしょうか。
郷原弁護士:
たとえば、不正を正したい、不正に関与したくないと考えた人が製造現場にいたとします。しかし、問題行為を表沙汰にすれば、これまで不正に関与してきた同僚や上司などが責任を問われるかもしれません。そこでほとんどの人は、決断や行動をためらいます。このように「カビ型行為」が行われる背景には、相応の合理性があるのです。
かつて明るみになった神戸製鋼所や三菱マテリアルの品質データ改ざん事件も同様ですが、多くの企業で表面化したデータ改ざん問題は、そのような「カビ型行為」の性格を持っています。これらは紛れもなく不正であり、コンプライアンス違反です。しかし、特にBtoBメーカーの事業では起こりがちな1つの病理とも言えます。
法人向けのビジネスに求められる不正対応は一般消費者向けのビジネスとは違う
「病理」とはどのような意味でしょうか。
郷原弁護士:
データ改ざんの発生の「病理」として、製品の仕様や納品の基準が、かなりの安全率を見込んで厳しめに設定されているため、契約上の納期どおりに納入しようとすると、微量の基準外の製品が生じやすいということがあります。以前は、「トクサイ」という、納入先の承認を受ける手続が使われていましたが、納入先での契約内容との適合性チェックが厳格になり、その手続がとりにくくなったことが、データ改ざん等につながったものと思われます。
また、組織として、そのような不正を認識した場合に、全面的な調査を行って不正を表に出しにくい重要な要素として、「供給責任」があげられます。曙ブレーキ工業は大きなメーカーですから、仮に「すべての不正を根絶するまで製品の供給を止めます」と発表して供給責任を果たせなくなると、取引先の自動車メーカーの生産が止まる恐れがあります。
BtoBメーカーで不正が把握された場合は、最終製品にどのような影響があるかを含めて分析し、行動しなければなりません。今回のケースではまず、顧客である取引先のメーカーに正確な情報を提供して、その判断を仰ぐことが非常に重要でした。
このようにBtoBメーカーの不正対応の難しさは、公表タイミングがBtoC企業と異なるところにあります。このときの経営陣が抱える苦悩は計り知れないほど大きなものになりますから、そこは理解してあげなければなりません。今の世の中ではなかなか理解されにくいかもしれませんが、私は今回の曙ブレーキ工業の対応は、基本的には評価していいと考えています。
自動車のブレーキという人命に関わるパーツに関する不正であったことから、不安に感じた消費者が多かったようです。
郷原弁護士:
たしかに、曙ブレーキ工業が自動車メーカーに納入した製品は、最終ユーザーの安全に影響を及ぼす製品ではあります。しかし、曙ブレーキ工業は自動車メーカーを取引先とするBtoBメーカーであり、供給したブレーキのパーツの最終ユーザーに対して直接不正を開示する立場にはありません。最終製品としての自動車の安全は自動車メーカーが責任を持つのが大原則です。自動車メーカーが責任を持って行う安全性評価において、「安全性に影響がない」という判断がなされるのであれば、これはあくまでも「形式的な不正」であり、「実質的な不正」と評価すべきではありません。
曙ブレーキ工業は報告書 1 のなかで、不正を公表する前に自動車メーカーに事実を報告し、確認を取ったと明らかにしています 2。
郷原弁護士:
それは非常に重要な点です。以前、東レの100%子会社で「タイヤコード」と呼ばれる自動車用タイヤ補強材などの検査データの改ざん問題が起こったとき、当時の世耕経産大臣は、公表のタイミングについて「はっきり言って非常に遅い」と批判し、「万が一類似の事案が確認された場合は、顧客対応などとは別に速やかに社会に公表して、信頼回復に全力を注ぐことを期待したい」と産業界全体に呼びかけました 3。この発言をきっかけに、BtoBメーカーでも「不正があれば直ちに社会に公表すべき」という見方が広がりました。
これに対し、当時の経団連の榊原会長は、BtoBメーカーの場合には、まず取引先に情報を開示して、その上での対応に委ねる、評価を受けるのが当然であって、よほどのことがない限り「直ちに公表」ということはありえないという趣旨の正確なコメントを出しました。このようにBtoBとBtoCではやるべき対応が異なるのです。
問題の根源は実態に合わない検査方法や基準
その不正が「形式的」なものであるのか、あるいは「実質的」なものであるのかを見極める必要があるということでしょうか。
郷原弁護士:
はい。今回の曙ブレーキの事例も同様ですが、多くのデータ改ざん事案の特徴として、「結果的に品質上の問題や安全性の問題ではなかった」という場合が非常に多いことがあげられます。不正が発覚したからといって、取引先から契約を打ち切られたという話はほとんど聞きません。曙ブレーキ工業の技術力を考えると、製品の安全性や実質面について、おそらく技術者は相当の自信を持っていたのではないでしょうか。そのうえで、「実質的」な品質には問題のない行為として、検査方法やメーカーと取り決めた基準に当てはまらない検査データの改ざんや過去の検査データの流用という「形式的」な不正を行ったということだと考えられます。
報告書にもあるとおり、もともとの基準の設定の仕方や検査項目などが実態に合っていなかったことが、問題の根源でしょう。だからこそ、不正は長期間にわたって継続し、個々の関与者ではとても止められない状態になってしまったのです。
「カビ型行為」を止められないことは、個々の従業員にとっても辛い状況だと想像します。
郷原弁護士:
先日の日立金属の事例 4 も同様ですが、これは本当に深刻な問題です。私はいくつものメーカーで、そのような苦悩にさらされた製造部門の責任者をヒアリングしてきました。「不正を明らかにしたときの社会的影響や供給責任を考えると、とても決断できない」。これがむしろ、責任感を持った製造部門の責任者の偽らざる思いです。それを本人が抱え込む以外にないという点が、恐ろしい「カビ型」の病理と言えます。
今回のケースでは、事業再生ADRの成立後、経営陣が刷新されたタイミングで不正の報告がなされました。
郷原弁護士:
経営陣が刷新されたタイミングで、すべての不正をきれいにしたいという現場の思いが感じられるように思います。経営陣が変わらず長期間にわたって不正が恒常化している場合には、内部告発が監督官庁やマスコミなど外部に出て、大混乱となる場合が多いです。今回の曙ブレーキ工業のケースは、社内から上がった報告に経営陣が落ち着いて対応したという、健全な形と言えます。
郷原先生は、昨今のデータ改ざんをめぐるマスコミ報道や世論の反応について、どのように感じますか。
郷原弁護士:
世の中は報告書の内容を冷静に見るべきでしょう。いたずらに過剰反応することは社会的損失につながります。不正が明るみに出るたびにハレーションを起こしていては、「カビ型行為」はますます表に出てきません。問題解決とは逆の方向に社会全体が向かってしまっているように思います。
技術者のコンプライアンス意識
曙ブレーキ工業は、再発防止策の一環として、3線ディフェンス機能の構築や、重大な内部情報を社外取締役・社外監査役に直接報告する仕組みの構築、IT 検査システムの導入など様々な対策を発表しています 5。
郷原弁護士:
この問題は、そのような対策で十分に解決できるのではないでしょうか。根本的な原因となっていたのは、実態に合わない検査方法や検査基準でした。そこが根本的に是正されれば、不正行為が行われる余地というのは極めて少なくなるのではないかと考えます。
報告書では「コンプライアンス教育の強化」が再発防止策の1つとしてあげられています 6。信頼回復のためには、どのようなコンプライアンス教育が必要でしょうか。
郷原弁護士:
私は、データ改ざんが明るみに出た企業で不正に関わった人が、必ずしもコンプライアンス意識や倫理観が欠如していたとは考えていません。日本のメーカーの技術者は、技術者としての倫理観やコンプライアンス意識を相当程度持っています。「カビ型」のなかに取り込まれた状況にあっても、多くの場合は、「絶対に実質的な問題は起こしてはいけない」という意識を持っているのです。
ある企業では、検査データを改ざんして出荷する一方、実質面での問題の有無について社内会議で厳しく検討している例もありました。「組織的な改ざんだ」と批判することもできますが、検査データの仕様や基準の設定が実態に合わず、改ざんという行為が避けられない状況下では、これはむしろ組織的な安全性のチェックの機能を果たしているという見方もできます。私たちは、このような形式面と実質面の違いを、きちんと見ていかなければならないでしょう。
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曙ブレーキ工業「報告書(定期検査報告における不適切な行為について)」(2021 年2月16日)(以下、「報告書」といいます) ↩︎
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報告書4頁 ↩︎
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産経ニュース「製造業の信頼傷つける」公表遅れを批判 世耕弘成経産相」(2017年11月29日、2021年2月26日最終閲覧) ↩︎
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時事ドットコムニュース「日立金属、不正80年代から 1700社納入、経営陣隠蔽」(2021年1月28日、2021年2月25日最終アクセス) ↩︎
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報告書15頁 ↩︎
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報告書16頁 ↩︎

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