信託を用いた金融取引
第2回 信託の具体的活用法
ファイナンス
目次
はじめに
信託とは、旧来、英米法において育まれてきた制度ですが、大陸法系に属する我が国でも明治時代以降に取り入れられ、社会・経済の発展と共に進化してきました。近時では、平成19年施行の新信託法によって信託の概念・制度が明確化され、その活用例も日々多様化しています。
本連載では、信託の活用例のうち金融取引の分野にテーマを絞り、3回に分けて、①「信託の基本的構造と機能」、②「金融取引における信託の具体的活用例」、③「信託スキームの新たな潮流(自己信託)」をご説明いたします。
我が国における金融取引では、前回( 第1回 信託の基本的構造と機能 )解説した「信託の3つの機能」(倒産隔離機能、財産管理機能、権利転換機能)を活かし、様々な場面で信託が活用されています。今回は、その中から、①信託を用いたファンド、②信託を用いた資産流動化、③エスクロー信託を取り上げて具体的に解説いたします。
信託を用いたファンド
ファンドとは
「ファンド」とは、一般的に「投資家から資金拠出を受け、当該金銭をもって何らかの運用を行い、当該運用対象から生じる収益を投資家に分配する金融取引」を意味し、このファンドの器(ヴィークル)の一つとして信託が広く用いられています。
すなわち、委託者(投資家)が受託者に金銭を信託して受益者となり、受託者が信託契約の定めや委託者兼受益者の指図に従い、当該金銭をもって有価証券等の購入・運用を行う金融取引です【図1】。
委託者が受益者を兼ねる自益信託の形を採り、信託財産の属性でいえば「金銭の信託」に分類されます。ファンドの器として信託が利用されるのは、信託の倒産隔離機能および財産管理機能に加え、受益者の有限責任やパススルー課税(法人等の利益に対して課税せず、その構成員の所得に対して課税する課税制度)といったメリットが得られるためです。
信託を用いたファンドの基本的分類
信託を用いたファンドには、以下のとおり、その仕組みに着目したいくつかの分類方法があり、これらの分類を組み合わせて商品設計が行われます。
指定金銭信託と特定金銭信託
委託者による運用対象の拘束度合いによって、「指定金銭信託」と「特定金銭信託」とに分類されます。
「指定金銭信託」とは、その運用対象を財産の種類によって大まかに限定する形態であり、委託者による拘束度合いがやや緩い類型です。例えば、信託契約や委託者指図によって、運用対象を「株式」または「上場株式」等と限定します。
「特定金銭信託」とは、運用対象を具体的銘柄等で特定する形態であって、委託者による拘束度合いが強くなります。例えば、信託契約や委託者指図によって、運用対象を「X社普通株式」等と特定します。
運用をある程度受託者に委ねたい事案では、「指定金銭信託」が用いられ、運用に関し委託者側のコントロールを効かせたい事案では、「特定金銭信託」が用いられることになります。
金銭信託と金外信託
次に、信託終了(一部終了を含む)時における受益者への信託財産の交付方法によって、「金銭信託」と「金銭信託以外の金銭の信託」とに分類されます。
信託終了時に信託財産を換価して金銭を受益者に交付する形態を「金銭信託」といい、換価せずに運用対象を現物で交付する形態を「金銭信託以外の金銭の信託」といいます。
受託者にとってみれば「金銭信託以外の金銭の信託」のほうが信託終了時の信託事務が簡便ですが、受益者が複数いて運用対象を分割交付するのが困難であるとか、受益者側で運用対象を現物で保有したくない等の事情がある場合には、「金銭信託」が用いられる傾向にあります。
単独運用と合同運用(運用方法による分類)
また、信託財産の運用方法による分類として、「単独運用」と「合同運用」が挙げられます。一つの信託行為に基づき組成された信託財産を単独で運用する形態を「単独運用」といい、複数の信託行為に基づき組成された各信託財産を合同して運用する形態を「合同運用」といいます。
信託においては、「単独運用」が基本形ですが、「合同運用」を利用することで、個々の信託財産が少額であっても大口の運用が可能になるという利点があります。
投資信託
投資信託とは
信託を用いたファンドのうち、投資信託および投資法人に関する法律(以下「投信法」といいます)に基づき設定されるものを「投資信託」といいます。
投資信託は、投信法でスキームの枠組みが決められ、また、運用対象資産、関係者の資格等に制限が課されるなど、ハイスペックな制度設計になっており、多数の投資家を相手とした大規模なファンドに向いている仕組みです。
投資信託スキームの概要(委託者指図型を例として)
投信法上、投資信託は、「委託者指図型投資信託」と「委託者非指図型投資信託」とに分類されますが(投信法2条3項)、利用例のほとんどが委託者指図型です。
委託者指図型投資信託とは、信託財産を委託者の指図に基づいて主として特定資産に対する投資として運用することを目的とする信託であって、投信法に基づき設定され、かつ、その受益権を分割して複数の者に取得させることを目的とするものをいいます(投信法2条1項)。
金融商品取引法上の運用ライセンスを持った委託者(投資信託委託会社)が金銭を信託し、その受益権を分割して(販売会社を通じて)複数の投資家に販売し、受託者が投資信託委託会社の指図に従って投資家のために資金を運用するスキームです【図2】。
なお、運用対象である「特定資産」には、有価証券、不動産等が含まれ、具体的には投信法施行令3条に定められています。また、上記の「主として」とは50%超を意味します(投信法施行令6条)。
また、委託者指図型投資信託は、一定の例外を除き、「金銭信託」でなければならず(投信法8条1項)、上記2-2で述べた「金銭信託以外の金銭の信託」は基本的に認められません。
信託を用いた資産流動化
資産流動化とは
資産流動化とは、資産保有者(以下「オリジネーター」といいます)がその保有資産を他の事業体(Special Purpose Company、以下「SPV」といいます)に譲渡し、SPVが当該資産のみを引当てとした金融商品等を発行する仕組みをいい、証券化とも呼ばれます【図3】。
対象資産の代表例としては、不動産や金銭債権が挙げられます。
資産流動化においては、①対象資産をオリジネーターから切り離し、倒産隔離されたSPVに資産を保有させることで、関係者の信用不安や倒産の影響を受けず、対象資産の価値・リスクのみに着目した金融商品(流動化商品)を組成できる点に特色があり、②投資家が流動化商品を購入する代金が(直接またはSPVを通じて)オリジネーターに支払われるため、オリジネーターの資金調達手段として用いられ、また、③資産のオフバランス(オリジネーターの貸借対照表から外すこと)が目的とされるケースもあります。
SPVとして用いられる事業体は、会社法上の合同会社、資産の流動化に関する法律上の特定目的会社、信託、ケイマン法人など様々ですが、その中でも信託が多くの案件で用いられています。信託を用いる場合、委託者(オリジネーター)が受益者を兼ねる自益信託の形を取り、オリジネーターがその受益権を投資家に売却する構成が一般的です。
倒産隔離
資産流動化では、SPVに資産を保有させ、資産を関係者(SPVを含む)の倒産から隔離する必要があるため、主に、①当該資産がSPV自身の倒産手続に巻き込まれないこと(SPV自身の倒産隔離)と、②当該資産がオリジネーターの倒産手続に巻き込まれないこと(オリジネーターからの倒産隔離)という二つの意味での倒産隔離が必要となります。そして、信託を用いる場合、以下のようにして、これらの倒産隔離が図られます。
SPV自身の倒産隔離
前回述べたとおり、信託には倒産隔離機能(信託財産の独立性)があるため、オリジネーターが受託者(SPV)に対し流動化対象資産を信託譲渡し、当該資産を信託財産とすることで、受託者からの倒産隔離が確保されます。
オリジネーターからの倒産隔離(真正譲渡)
信託では委託者(オリジネーター)から受託者に財産が譲渡されますが、これによって直ちに、オリジネーターからの倒産隔離が達成されるわけではなく、さらに「真正譲渡」が確保される必要があります。これは信託特有の議論ではなく、他のSPVの事例でも「真正譲渡」が求められます。
「真正譲渡」とは、分かりやすくいえば、「オリジネーターの倒産時において、対象資産が担保物と評価されないような譲渡」を意味します。すなわち、単に資産を受託者に信託譲渡したとしても、それが売切りの譲渡ではなく担保的な譲渡であった場合、オリジネーターの倒産手続上担保としての取扱い(例:会社更生法上の更生手続における更生担保権)を受け、対象資産からのキャッシュフローを想定どおり収受できない(例:更生担保権として更生計画に基づく長期割賦弁済となる)リスクがあります。そして、このリスクを回避できる譲渡形態が「真正譲渡」というわけです。
真正譲渡の要件については、確立した判例・学説がありませんが、一般的には、①通常の売買取引と比べて、オリジネーターが流動化対象資産について過度な義務(例:瑕疵担保責任や債務不履行責任では説明できないような買戻義務)を負ったり、②オリジネーターが流動化対象資産について法的支配権(例:買戻権)を持ち続けたりするケースでは、真正譲渡が否定されやすいと考えられています。したがって、信託契約作成の際に、このような義務や権利が設定されることのないよう注意が必要です。
多様な流動化商品の組成
資産流動化では、信託の権利転換機能も大いに活用されています。例えば、金銭債権の流動化で、そのキャッシュフローを優先・メザニン・劣後といった階層に切り分けて金融商品化したい場合に、他のSPV(合同会社、特定目的会社等)では、会社法や資産の流動化に関する法律上、出資持分の種類等に関する制約がありますが、信託では、この点が柔軟であり、信託契約に規定することで比較的容易に受益権の階層を作り出すことが可能です。
実務上、この権利転換機能を活用して、受益権の元本償還・配当に優劣を付けたり、指図権の内容が異なる受益権を設けたりするなど、多様な流動化商品(受益権)が組成されています。
エスクロー信託
エスクローとは
エスクローとは、一定の金銭のやり取りが生じる取引において、当該金銭を取引当事者の信用不安や倒産から保全すべく第三者に預託し、一定事由の発生時に取引当事者に当該金銭が交付されるような仕組みです。
店頭デリバティブを取り扱う金融商品取引業等が顧客からの証拠金を保全するための信託(顧客分別金信託)(金融商品取引法43条の2第2項、金融商品取引業等に関する内閣府令141条、141条の2)が代表例ですが、法の定めによるもの以外にも、不動産売買取引において買主から売主に交付される手付金を、売買実行または売買解約まで保全する仕組みや、代金前払いの役務提供取引(エステ、英会話等)において役務提供が完了するまでの間、当該前払い代金を保全する仕組みなど、取引当事者が任意的に設定するケースも多数存在します。
エスクロー信託の具体的仕組み
エスクローでは、当該金銭が取引当事者(委託者)の倒産手続に巻き込まれず、また、預託を受ける者(受託者)の倒産からも切り離される必要があるところ、「金銭の信託」を用いることで、上記ニーズを満たすことが可能になります(信託の倒産隔離機能)1。
具体的な仕組みとしては、上記4-1の売買手付の例でいうと、買主(手付金を売主に交付すべき立場)が手付金相当額を受託者に信託し、信託契約上で売主を受益者として指定する方法が挙げられます【図4】。
売買実行時や買主違約を原因とする契約解除の場合(売主が手付金を収受すべき場合)には、受益者(売主)が受益権を行使して受託者から手付金相当額を受け取れるものとし、また、売主違約を原因とする契約解除の場合(手付金を買主に返還すべき場合)には、信託が終了して信託金が委託者(買主)に交付されるよう仕組むことで、適切な資金保全・決済が可能になるわけです。
実務上の留意点
原契約との整合性
エスクロー信託は、信託契約に定める受益者への金銭交付等により、その原因となる取引上の債権債務を精算することから、当該取引の原契約と信託契約との整合性が重要です。すなわち、上記4-2の不動産売買の例でいえば、不動産売買契約上で、「買主は、信託契約に基づく金銭信託の方法により、売主に対する手付金の交付を行う」であるとか、「買主が信託契約に基づく信託の終了により金銭の交付を受けた場合、売主から買主に対する手付金の返還が行われたものとみなす」といった規定を設け、信託契約に基づく金銭交付等と原契約上の債権債務の精算とをリンクさせる必要があります。
受益権行使事由の発生確認
受益権行使事由とは、エスクロー信託上、受託者が受益者に対し金銭を交付すべき場合をいいますが、上記4-2の不動産売買の例でいえば、実際に不動産売買が実行されたか否か、または買主違約を原因とする契約解除が有効になされたか否かは、受託者にとって与り知らない事象であり、このような受益権行使事由の発生の有無をどのように確認するかが実務上問題になります。
売買代金の着金履歴(預金通帳の写し)や契約解除通知書の写し等の証拠書類によって確認する方法もありますが、これらの書類をもって受託者に真実性・有効性を確認させるのは酷ともいえます。このような受託者の確認事務を省略化するべく、受益権行使事由を「不動産売買が実行された旨の委託者および受益者連名の通知がなされた場合」と定め、具体的な事象確認をせずに、取引当事者連名の通知に基づき金銭交付を行えば足りるとする方法があり、実際のスキームでも活用されているところです。
多数受益者型への対応~受益者代理人
上記2の不動産売買の例は当事者が少数ですが、例えば、代金前払いの役務提供取引における事業者が顧客全員分の前払い代金を保全信託するようなケースでは、受益者が不特定多数となり、受益権行使事由が生じた場合の事務処理の複雑化が予想されます。そこで、このような多数受益者型のエスクロー信託では、あらかじめ受益者代理人(信託法138条~144条)を設置し、受託者が受益者代理人に金銭を交付すれば足りるように仕組むことがあります。
この場合、受益者代理人が受託者から金銭を受領し、それを各受益者に配分することになり、中立・公正さや事務処理能力等が必要になるため、当該事業者(委託者)の内部管理担当者や、委託者と利害関係のない弁護士等の専門家を受益者代理人に選任するのが一般的です。また、受益者代理人の死亡や信用不安に備え、後任者に関する手当て(あらかじめ後任者を指定しておくか、または後任者選任ルールを定めておく等)をしておく例もあります。
まとめ
今回は、金融取引における信託の代表的な活用例をご紹介しました。第3回では、さらに話を進め、信託スキームの新たな潮流として「自己信託」の概要および活用例をご説明いたします。
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当該資金が委託者の倒産手続から隔離されるための要件等については、判例・学説が確立しているわけではなく、引き続き議論の深化が期待されるところです。なお、現状の議論は、水野大(2013)『履行確保のための信託・決済のための信託』ジュリスト1450号14頁に詳しく挙げられています。 ↩︎

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