不正行為の自己申告と社内リニエンシー制度
危機管理・内部統制
従業員による不正行為を防止するための方策を巡らすことは重要ですが、起きてしまった不正行為を早期に発見するための方策も、同様に重要です。早期発見に最も有効なのは、不正を行った従業員からの自己申告です。独占禁止法におけるリニエンシー制度があるように、不正行為の自己申告を懲戒処分において考慮する制度を考えるべきではないでしょうか。
本稿は、ジャパン・ビジネス・アシュアランスにて企業統治・内部統制構築・上場支援などのコンサルティングを手がける渡辺樹一氏と、田辺総合法律事務所の市川佐知子弁護士の対話を通じて、不正行為の自己申告と社内リニエンシー制度について考えます。
企業の懲戒処分へのリニエンシー制度の導入
渡辺氏:
不正行為をどう発見するか、多くの企業が腐心しています。早期発見の究極は、不正行為をした社員自身に自己申告させることだと思います。独占禁止法にリニエンシー制度がありますが、企業の懲戒処分にリニエンシー制度を導入することは考えられますか。
市川弁護士:
リニエンシー制度は、不正行為が複数人で行われる、ないし組織的に行われる場合に、不正行為の発見に有効な制度です。課徴金の減免を定める独占禁止法7条の2は、カルテル実施企業に自己申告させるインセンティブを与え、密室で行われるため一般的には難しいカルテル行為の発見を容易にしたものです。
公正取引委員会は、課徴金を納付すべき事業者が次の各号のいずれにも該当する場合には、当該事業者に対し、課徴金の納付を命じないものとする。
一 単独で、当該違反行為をした事業者のうち最初に委員会に当該違反行為事実の報告及び資料の提出を行つた者であること。
二 当該違反行為事件についての調査開始日以後、当該違反行為をしていた者でないこと。
7条の2第11項概要
公正取引委員会は、事業者が1号及び4号に該当するときは課徴金額に50/100を乗じて得た額を、2号及び4号又は3号及び4号に該当するときは課徴金額に30/100を乗じて得た額を、それぞれ課徴金額から減額するものとする。
一 単独で、当該違反行為をした事業者のうち二番目に委員会に当該違反行為事実の報告及び資料の提出を行った者であること。
二 単独で、当該違反行為をした事業者のうち三番目に委員会に当該違反行為事実の報告及び資料の提出を行った者であること。
三 単独で、当該違反行為をした事業者のうち四番目又は五番目に委員会に当該違反行為事実の報告及び資料の提出を行った者であること。
四 当該違反行為事件についての調査開始日以後、当該違反行為をしていた者でないこと。
また、金商法185条の7第14項も、証券取引等監視委員会等による検査または報告の徴取開始前に、委員会に対し継続開示書類に関する違反事実を報告した場合には、課徴金の額を半額に減軽する等を規定します 1。
ただ、企業がリニエンシー制度を利用するには、まずカルテル行為や会計不正を社内で発見する必要がありますが、それは容易ではありません。そこで、社内でもリニエンシー制度を作り、実行者・関係者に申告を促す必要が出てくるわけです。
消費者庁が公表する「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」(2016年12月9日)に、次の記載があります。
公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会において、ガイドラインの内容を検討する過程で、企業に対するヒアリングが行われ、社内リニエンシー制度を有する企業の次のような社内規程を参考 2 にしたものです。
前項第2号の処分については、当該違法行為等に関与した社員等が自ら通報を行った場合において、通報により違法行為等への関与が免責されるものではないが、早期解決へ協力したことを考慮の上検討されるものとする。
学園は、法令違反行為に関与していた職員等が、内部監査室がその調査を開始する前に、自ら公益通報等を行った場合は、当該職員等の処分を免除し、またはその程度を軽減することができる。
リニエンシー制度の導入で不正行為は見つけやすくなるか
渡辺氏:
リニエンシー制度を設けることで、不正発見の実効性向上に繋がるのでしょうか。
市川弁護士:
「リニエンシー」や「減免」制度を設けたとしても、不正発見の実効性があるかどうかは、制度の具体的内容次第であると思います。
「リニエンシー」という用語や概念を持ち出すまでもなく、多くの企業の就業規則では、懲戒処分の対象行為と、それに対応する処分内容が、罪刑法定主義の精神から明示され、しかし場合によっては、つまり規則違反行為を自己申告してきたような場合も含めて、軽い処分にできるような定めになっているのが一般的です。
以前から、それと銘打たなくても減免制度はあったともいえるわけです。しかし、それでは足りないということになり、先述のように「リニエンシー制度」として導入した企業の例は何を意味するのでしょうか。
人々の行動を方向付けるためには、こうしたらどうなる、という予見可能性が重要であることが再認識されているのだと考えられます。通報・協力すればメリットがあることを知らせて通報・協力を動機付けようというわけですから、メリットの大きさや周知の広さといった、制度の具体的内容が重要になってきます。
自己申告が情状酌量の一材料として考慮されることを社内規程中に明記したことで、従業員への周知効果が期待できます。ただ、上記の社内規程例では、企業には大幅な裁量があり、従業員の処分は事案ごとに都度、決定されることになっているため、自己申告したらどの程度処分が軽くなるのか、必ずなるのかは、はっきりとはわかりません。
課徴金の減免規定のような数量化できる事柄とは違いますから、結果を明示できない点は致し方ないところかもしれません。他方、社内規程で明確にできないのであれば、運用の実績・先例によって、自己申告するといかなるメリットがあるかを従業員に知らせることが、自己申告制度、ひいては膿を出して自浄できる組織づくりの成功の鍵となるでしょう。
ここで問題になるのが、懲戒事例の社内公表は可能か、すべきか、どうすべきか、です。懲戒対象者のプライバシーや公表による職場の動揺等、難しい側面を含んでいますから、社内公表はいつも必ずできるというわけではないでしょう。
しかし、職場で何が起きているのか、どのような違反行為をすればどのような処分を受けるのか知らせることは、企業秩序維持のために重要です。十分に注意して適切な形で懲戒事例を社内公表し、自己申告によるメリットを予見可能にすることは、可能であり必要だと考えます。また、社内公表をしなくても、逆にあえて秘密を保とうとしても、職場の噂は必ず広がります。不正行為に関与したこと、自己申告したこと、どちらも勘案した公正な懲戒処分を行うことが肝要です。
高次の企業利益を守り、内部統制の実効性を上げる
渡辺氏:
不正行為関与者の責任を不問に付したり、処分を軽減したりすることに抵抗感がある企業は、リニエンシー制度を躊躇します。悪いものは悪い、という素朴な感覚に反する制度の導入は難しいのではないでしょうか。
市川弁護士:
しかし、企業不祥事として近時世間の耳目を集める不正行為の多さ、不正期間の長さを見れば、不正を明るみに出すことがいかに難しいかがわかります。不正を最もよく知る者は、不正行為者本人です。不正を発見して自浄できる組織づくりのために、不正行為者本人からの自己申告を動機づけるためのリニエンシー制度に期待がかかるわけです。
また、リニエンシー制度は司法取引とパラレルに捉えると合理性が理解できると思います。関与者の協力がなければ、不正行為は発見できず、より処分の必要性が高い者の処分もできないのです。高次の企業利益を守るために、抵抗感を克服して冷徹に割り切り、企業の内部統制の実効性を上げようという戦略です。
アメリカでは、司法省の不正競争部局が、2019年7月にポリシーガイダンスを打ち出しました 3。適切なコンプライアンス制度を有する企業に対し、起訴段階で、また求刑段階で、減軽された措置をとるという新しいポリシーです。このガイダンスに関する、司法次官補の説明 4 を聞いてみましょう。
不正競争事件については、自己申告一番乗りの企業がリニエンシー制度を利用できること、企業にコンプライアンス制度があったとしても起訴判断には影響しないこと、がこれまでのポリシーであったが、不正の抑止・発見のためにポリシーを進化させることになった。今後は、就中(なかんずく)次の事情が起訴時に考慮される。
- 企業のコンプライアンス制度のデザインは適切か
- 運用は本気でなされているか
- 制度は有効か
求刑時には、企業に既存のコンプライアンス制度が考慮され、求刑ポイント3ポイントの引下げのほか、罰金額、保護観察措置を軽減する可能性がある。
このようなポリシーの変更・発表は、リニエンシー制度導入から25年という節目に、新たなポリシー検討のため聴取した、有識者からの次の意見に応えたものである。「コンプライアンス制度をどの程度重視するのか、明確性、透明性が必要である。
このような説明を聞くと、企業の自己申告(self-reporting)がこれまで以上に重要になることがわかります。これまでは一番乗り以外は無意味、ともいえました。しかし、このガイダンス以降は、自己申告すれば、一番乗りでなくても、起訴や求刑上メリットがあり、意味があるわけです。
また、企業の行動、人間の行動を動機付けるために透明性や予見可能性が必要であるということも、この説明の重要なポイントであると思います。強大な権限と発信力を持つ司法省でさえ、企業や人間の行動を方向付けようとしたら、ガイダンスという明らかな形が必要になるわけですから、一私企業であればなおさらです。先述したような社内規程の例は、これを実現しようとしたものといえるでしょう。
こうしてみると、社内リニエンシー制度の有効性、重要性をあらためて確認し、導入を検討する価値があると思います。
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証券取引等監視委員会「課徴金の減額に係る報告の手続について」 ↩︎
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U.S. Department of Justice Antitrust Division「Evaluation of Corporate Compliance Programs in Criminal Antitrust Investigations」 ↩︎
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The United States Department of Justice 「Assistant Attorney General Makan Delrahim Delivers Remarks at the New York University School of Law Program on Corporate Compliance and Enforcement New York, NY~Thursday, July 11, 2019」 ↩︎

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