企業を持続的成長に導く「道具としての判例」 - 『司法的企業運営』発刊のねらいを門口 正人弁護士に聞く
危機管理・内部統制
経済情勢が目まぐるしく変化するなか、進むべき道を見失った企業による不祥事が後を絶ちません。『司法的企業運営』は名古屋高等裁判所長官、最高裁判所裁判所調査官、内閣法制局参事官、東京地方裁判所民事第8部の裁判長を歴任した門口 正人弁護士(アンダーソン・毛利・友常法律事務所)が自身の経験をもとに、企業の持続的発展のために求められる企業運営と組織管理について論じた1冊です。
本書では「道具としての判例」という概念を示し、企業活動へのヒントを提示しています。いまなぜ、「司法的企業運営」が求められるのでしょうか。門口正人弁護士に伺いました。
司法の目から見た企業運営の課題
『司法的企業運営』発刊のねらいについて教えてください。
司法と会社の運営、両者の視点を複合し、一体化することが目的でした。
約40年にわたる裁判官としての経験に加え、様々な企業の社外取締役や第三者委員会の委員で得た知見、そして内閣法制局で行政庁とのやりとりを通じて身につけたことを一体として、企業運営や組織管理について説き起こしています。
本書では企業不祥事の予防というテーマが核に据えられていました。先生のご経験のなかで、企業不祥事に対する問題意識は大きかったのでしょうか。
企業の不祥事にはいろいろな側面があるのですが「カルチャーの問題」と、雑ぱくに捉えられることもあります。不祥事に至る予兆は多様化しているにもかかわらず、画一的に捉えられがちなことを懸念していました。
不祥事の背景には企業カルチャーなどの精神的土壌とは別に、会社の仕組みや運営手法の問題があります。ところが、その問題は個別性が高く、裁判に至ったケースでも多くは和解で処理されていてなかなか表に出てきません。
裁判の過程で、司法は法令や各種通達を用いて、多様な会社組織、会社運営に対してきめ細かく判断しています。裁判官、社外取締役や第三者委員会の委員を務めるなかで、裁判や司法を意識した企業運営や組織管理があるべきではないかと感じたのです。
本書で述べられている、「道具としての判例」という考え方が新鮮でした。
判例を道具として使うためには、判例の価値または判例の規範性について認識しなければなりませんが、企業は判例を自社のものとして使えていない、という感覚を持っていました。
判例は一定の場合に、制定法に準じる拘束力または規範的効力を持つといえます。ところが、「規範化」ができていないと、企業の実務においては判例の規範部分を超える部分を過度に一般化して萎縮したり、裁判の動向の予測を誤ったりします。特に、公開会社について示された規範をそのまま非公開会社に当てはめることは問題です。
判例、裁判例の「規範化」も本書の特徴的なアプローチであると感じました。
日本の法解釈では学説を打ち出すために判例や裁判例を扱っていた一面があります。しかし、実務においては判例や裁判例の核となる部分を把握したうえで、客観視して規範化する作業が必要です。
本書では第2章「司法的企業運営と法律・判例」において22件の判例の規範部分を取り上げ、「道具としての判例」という形で抽出しました。
「司法的企業運営」が求められる理由
なぜ「司法的企業運営」が求められるのでしょうか。
持続的に企業価値を高めるには、日常の企業活動、経営判断、組織の管理において健全性を確保することで不祥事を予防し、不祥事が発生した場合の事後措置が取れなければなりません。広い意味での司法、さらに言えば法の支配を意識した企業運営や組織の管理が必要です。
能動的な企業運営に対し、司法は受動的かつ回顧的です。司法的企業運営は一見、緩慢で迂遠かもしれないですが、結局は速さを担保し、安価でもあります。司法の根本義が満たされれば不祥事は生じないし、不都合な真実も隠されません。企業運営のなかではトップから末端・現場まで、法や司法の背景があって然るべきです。
どうすればそのような考えを末端まで浸透させることができるのでしょうか。
不祥事は隙間、目に見えないところに生じます。たとえば、部署と部署の隙間、一線(事業部門)と二線(管理部門)の隙間、あるいは組織と外部委託先との隙間。もっと言えば、社内の「精神基盤」と「実際の企業活動」の隙間に不祥事が潜んでいます。
それを打ち破るためには、経営トップが自らの声で語りかけ、生きた行動規範として現場の血肉とするためのコミュニケーションが重要です。規範としての法または判例があるからこそ、隙間を埋めるコミュニケーションが取れるのです。
経営トップのメッセージを血肉とするための秘訣はありますか。
経営トップがどれだけメッセージを発信しても信頼されないと意味がないですよね。日頃のコミュニケーションを充実させて、「経営は嘘をつかないこともある」くらいまで信頼されるところから始めるべきだと思います。
そのためには、経営トップの声、人事評価などに対して現場の声が自然とフィードバックされていく仕組みを作り、工夫を積み重ねていくべきです。
ステークホルダーに対しても同様で、透明性を確保し、説明責任を果たさないと信用リスク・レピュテーションリスクを棄損することとなり、結果的には自分の会社の持続的企業価値にも影響してきます。
「道具としての判例」はルールに萎縮している企業を解放する
本書は「金融法務事情」の連載「判例漫歩」をベースに書籍化されています。連載開始時から書籍発刊に至るまで、世間の動きや先生の考えに変化はありましたか。
連載時は研究者や専門家からの反響が目立ちましたが、「道具としての判例」という考えを著してから、実務担当者のご意見もいただくようになりました。
発刊後にはどのような反響がありましたか。
判例時報 1 で長島・大野・常松法律事務所の井上 聡先生から的確にご指摘いただきました。ご意見をいただけることは非常にありがたいですね。
執筆される際は、どのような読者を想定されていましたか。
社外取締役を務めるなかで、法務部門や監査部門の役割が大きくなっていると感じており、まず企業内の法務、監査を担当されている方々に読んでいただきたいと考えていました。また、第1章「司法的企業運営」と第3章「裁判の利用と裁判の対策」は会社役員の方も読者として想定しました。
判例、あるいは裁判例の研究という意味では裁判官、弁護士のみならず、研究者、学者の方にも「こういう判例(裁判例)の見方もあるのか」という視点でご覧いただきたいですね。
法務部門や監査部門の役割はどう大きくなっていると感じますか。
レピュテーションや法的なリスクの増大に伴い、法務部門の役割は大きくなっており、10年ほど前から変化を感じています。
監査部あるいは監査機能も、単にお墨付きを与える役割から積極的なチェック、牽制機能を担う役割へと変化しています。信用リスク、レピュテーションリスクへの対応にはスピードが求められ、監査の迅速性も要求されています。
法務部門や監査部門の方は本書をどう活用すると良いでしょうか。
法務あるいは監査を担当している方々にとって、判断の拠り所とするべき法律、行政基準、判例は多くあり、難解なことがたくさん書かれています。そのなかから自分たちが従うべきものを探すことは至難の業です。
規範を広く捉えて萎縮してしまう企業も多いのですが、本書をご覧になった実務家の方々からは「従うべきことはシンプルだったのか」「今までの枠から一歩飛び出せるような気がした」というご意見をいただけています。
企業に求められるルールが多すぎて萎縮する傾向にあるのですね。
おっしゃるとおりです。特にソフトローの影響が大きい。国内だけでなく、海外のルールまで把握するのは困難です。1つひとつのルールを追いかける前に、もっとシンプルに立法の趣旨に遡れば、それだけで十分なはずです。内閣法制局での経験も踏まえ、法律を解釈する際にはまず用語の文理に従うべきという点も書かせていただきました。
弁護士、法務担当者には揺るぎない自信と自負を
本書を手にとった方が、判例を道具として活用していくために必要な日々の取り組みへのアドバイスを頂けますか。
まず、法務部のOJTのなかに司法の視点を取り入れてみてはどうでしょうか。たとえば、ある判例が出たらターゲットはどこまでか考えてみたり、自社で同様の事態が発生した場合のシミュレーションをしてみたりすることは有効です。
企業のガバナンスを健全化させたいと思っている弁護士の方、また、法務担当者に向けたメッセージをお願いします。
一言では難しいですが、普段から身近な形で経営との接点を持つことが大切です。弁護士でも法務担当者でも、常に企業の状態を身近に感じておけば、何らかのアラートをキャッチできると思います。
異常を検知したら、臆することなく専門的知見から堂々と意見を述べるべきです。堂々と振る舞い、臆せず意見を述べるには揺るぎない自信が必要です。
シンプルに法律、判例の意味するところを把握できれば揺るぎない自信が付いてきます。弁護士、法務担当者は公正・中立に意見を述べられる唯一の立場である、という自負を持っていただきたいですね。
(取材・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部)
本書の出版を記念したオンラインセミナーが下記の日程で開催されます。
日時:2020年12月14日(月)17:00〜19:00
門口 正人先生からはセミナーの開催にあたり「判例を題材として実際に生じ得る事例を抽出、抽象化したうえで双方向的な講演をしたいと考えています。」とコメントをいただきました。
本書をご覧になった方はもちろん、まだお手元にない方には特別価格で書籍を購入し、セミナーならではのお話を伺える貴重な機会です。ふるってご参加ください。

- 参考文献
- 司法的企業運営 最近の会社判例から
- 著者:門口 正人
- 定価:本体3,000円+税
- 出版社:きんざい
- 発売年月:2020年7月
-
井上 聡「書評① 門口正人『司法的企業運営──最近の会社判例から』」判例時報No.2453(2020) ↩︎

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