「不正をするな」から「正しいことをしよう」へ 従業員マインドを変えるエモーショナルコンプライアンスの基礎(前編)

危機管理・内部統制
増田 英次弁護士 増田パートナーズ法律事務所

目次

  1. 昨今の企業コンプライアンスは本当に機能しているか
  2. 従来型のコンプライアンス体制および研修の問題点
    1. 「不正をするな!」パラダイムに欠けている視点その1 − 変化を嫌う体質
    2. 「不正をするな!パラダイム」に欠けている視点その2 − 知識偏重
    3. 「不正をするな!パラダイム」に欠けている視点その3 − ゼロ・トレランス
    4. 「不正をするな!パラダイム」に欠けている視点その4 − プライベートと企業社会が断絶している
    5. 「不正をするな!パラダイム」に欠けている視点その5 − つまらない研修
  3. エモーショナルコンプラアンスの理論

 ビジネスを取り巻く環境がかつてない速度と規模で変化を続けるなか、いかにして企業は、従業員のコンプライアンス意識を醸成し、自社の競争力を高めていくべきでしょうか。本稿では、企業コンプライアンスに詳しい増田 英次弁護士が、絶えず不祥事を繰り返してきた旧来型の管理支配型アプローチの問題点にメスを入れ、自律的発展成長型のアプローチである「エモーショナルコンプライアンス」への変換がもたらす従業員のマインドの変化と企業が享受する効果について2回にわたって解説します。

 前編では、従来型のコンプライアンスと言える「不正をするな!パラダイム」に欠けている5つの視点と、エモーショナルコンプライアンスの考え方を概説していきます。

昨今の企業コンプライアンスは本当に機能しているか

 「コンプライアンス」という言葉や概念は、今や随分と世の中に浸透しています。ビジネスパーソンはもちろんのこと、一般の人ですらこの言葉を知らない人はいないでしょう。
 企業においては、新人研修から始まって役員研修に至るまで、これでもか・・・というほどのコンプライアンス研修が組み込まれ、弁護士やコンサルタントが、役職員へ法的知識を詰め込んでいきます。また、この知識習得の過程においては、コロナ禍で集合研修がままならないこともあって、従来以上にe-ラーニングが多用されるようになっています。

 ただ、その一方で、いわゆる“大企業”の不祥事はまったく減るきざしが見られません。むしろ、不祥事の規模は大きくなり、かつてはあり得なかったような悪質な不祥事も頻発する状況が生じています。
 研修をいくらしても、一向に不祥事は減らない。これが、コンプライアンスの偽らざる現状と言って良いでしょう。
 では、その原因はどこにあるのでしょうか?

従来型のコンプライアンス体制および研修の問題点

「不正をするな!」パラダイムに欠けている視点その1 − 変化を嫌う体質

 まず、もっとも大きな問題として指摘しておかなければならないのは、世の中の動きがこの十数年で激変したにもかかわらず、大きな不祥事を起こす企業の体質や在り方は、以前とほぼ変わっていないという点です。

 私たちは、現在、「VUCA(ブーカ)」の時代の最前線に突入しています。
 VUCAとは、「Volatility(変動性)」、「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」、 「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字をつなぎあわせた造語ですが、私たちが生きているこの数年は、これら4つの要因が非常に高まった社会環境にあり、先を見通すのがかつてないほど難しくなっています。今般のコロナ騒動はその典型といえるでしょう。
 このようなVUCAの世界においては、今まで当然とされてきたことが、ある日突然当然ではなくなってしまい、どちらに行って何をすればいいのかがまるでわからなくなってしまいます。そういう先が非常に見えにくい社会に我々は生きているのです。
 こうやって世界が変わってしまったなかでは、当然ビジネスも変わっていかなければならず、そのビジネスを支えるコンプライアンス、ひいては我々一人一人の行動も変わっていかなければなりません。

 ところが、不祥事を犯す伝統的な企業では相変わらず「変化を嫌う」マインドが随所にみられ、コンプライアンスへのアプローチを現状維持と思考停止から「静的」にしかとらえず、「動的」に捉えるという視点が抜け落ちているケースが散見されます。

 たとえば、金融機関においては、これまで金融庁がある指針を出せば、それに従って行けばいいという時代が長く続いてきました。いわゆる護送船団方式です。しかし、時代は2000年前後から大きく変わり、金融庁は、さらに数年前から「ルールベースからプリンシプルベース」にかじを切り、ついには、法令違反でないような行為にも行政処分を下すようになったため、今では金融庁の指針に従ってPDCAを回すというだけでは全く通用できない事態になっています。
 しかしながら、多くの金融機関では、現在も「プリンシプルベース」、「コンダクトリスク」、「フィデューシャリー・デューティー」という「横文字」言葉が独り歩きしているだけで、相変わらず思考停止と現状維持マインドを前提にPDCAの波に「溺れて」います。
 その結果、一番肝心なところが抜けてしまい、ドコモ口座不正送金(出金)事件 1 のように、不正出金が多くの金融機関で起きてしまうのです。

 「部分だけが異様にち密になりすぎて、全体的視野が欠け、問題点の見落としを却って増やしている・・・」

 変化に対応できない結果、時代の流れに則さない、盲点だらけのコンプライアンス体制を「懸命に」作っているのが現状ということすらできるでしょう。
 このような従来型のコンプライアンス(体制)を、私は、「不正をするな!パラダイム」と呼んでいます。

「不正をするな!パラダイム」に欠けている視点その2 − 知識偏重

 この「不正をするな!パラダイム」の特徴は、①知識偏重、②未来ではなく、自社および同業他社の違反例を繰り返さないことがもっぱら行動指針となる過去志向、③厳罰という「恐怖でコントロールする」体制にあります。そして、何よりもコンプライアンスは、④ネガティブで、⑤つまらない、人の心を打たない、⑥ビジネスに「対峙する存在」であるということができるでしょう。

 なかでも知識偏重で、実際の行動が伴わないことに光を当てない点は、「不正をするな!パラダイム」の大きな問題ということができます。
 「わかっちゃいるけど実際には頭で理解していることと違うことを行ってしまう」ということは、問題や岐路にぶち当たったときの「対処法や思考方法そのもの」が体に染み込んでいないとうことでもあります。
 この問題は、行動倫理学上「限定された倫理性」といわれています
 関西電力事件 2 を例に取ってみましょう。これほど原子力発電の是非が世の中で問われているなかで、電力会社として、未来のあり方を率先して示す必要が迫られているのに、一部の役員はもっぱら昔の慣習に従って外部の者と癒着をしていた(可能性がある)ことが近時大きく問題になっているのはご存じのとおりです。
 旧態依然の行動で本当に良いのか? おそらく関係された当事者は全員悪い(少なくとも誇らしいことではない)と思っていたと推察しますが(でなければ問題外)、でも、実際の行動は変えられませんでした。
 しかし、このように、頭でわかっていても行動が伴わない、という深刻な問題は、何も関西電力の取締役だけに限ったことではなく、我々全員の問題・課題でもあり、「明日は我が身」にほかなりません。
 この「限定された倫理性」を乗り越えて行く道筋や鍛錬方法を我々は真剣に考えて、実践していかなければ、いつまでたってもコンプライアンスは根付かないことを十分に理解する必要があります

「不正をするな!パラダイム」に欠けている視点その3 − ゼロ・トレランス

 3つ目の「不正をするな!パラダイム」の問題点は、不正や不祥事が生じたあとの対処方法そのものにあります。
 通常不祥事が起きたときは、必ず再発防止策を練ります。
 ところが、これがなかなか上手く機能しません。なぜなら、現状のコンプライアンスの根底にある「とにかく絶対、二度と起こさせない」、「今度不正をしたらタダではおかない」という、完璧を求めるモードが大きな障害となっているからです。
 研修は十分すぎるほど行っているのに、相変わらず不正はなくならない。だから、経営陣は混乱し、現場にさらなる締め付けを要求する。すると、現場にはますます負荷がかかって疲弊し、盲点や隙間が生じやすくなり、結果として、また不正が起きるという、とめどもない負のスパイラルが起きてしまっているのです。

 この「1つの失敗も許されないモード」をゼロ・トレランス(不寛容)といいます。
 別の言葉でいえば、減点主義、つまり、成功するのがあたりまえで、成功しても加点はないが、1つでもミスがあれば許されず、(評価において)減点のみが幅を利かす制度ともいえるでしょう。硬直的な組織で発生する不祥事の背景には、必ずと言ってよいほど、このような風土が見られます。

「不正をするな!パラダイム」に欠けている視点その4 − プライベートと企業社会が断絶している

 4つ目の問題は、「不正をするな!パラダイム」では、私生活上の不祥事を減らせないにもかかわらず、単に会社という生活の一部に過ぎない視点と「場」で一生懸命に解決の道を探ろうとしている点にあります。
 多くの企業では、役職員のプライベートな時間での不祥事に頭を悩ませていると思います。
 どれだけ会社でルールを厳格に作ったとしても、それが実際に守れるか、行動に移せるかどうかは別だということは述べましたが、会社でどれだけ立派なことを言っても、プライベートでの行動が大きく社会のルールから外れていると、コンプライアンスは「絵に描いた餅」になってしまうことは自明でしょう。
 典型的な例として、ゴーン氏の逃亡事件 3 をあげることができます。有価証券報告書虚偽記載の成否については、議論のあるところですが、少なくとも逃亡事件は、どれだけ言い分があったとしてもおよそ許されるものではありません。
 近ごろ社会問題になっている、行き過ぎた誹謗中傷行為も同じです。

 したがって、これから我々が考えていかなければいけないのは、会社とプライベートは別、というように、この2つを分離するのではなくて、両方を融合、統合して、より良いプライベートを作り、より良い会社の活動していく、この両者を同時に高めていく視点で物を捉えていくことなのです。

「不正をするな!パラダイム」に欠けている視点その5 − つまらない研修

 そして、最後の問題は、「研修」がつまらなすぎるうえに、効果が乏しいという点です。
これまでのような知識偏重型の研修では、頭では理解できていても、体に染み込んでいないため、実際には役に立たないことが少なくありません。
 コンプライアンスが体に染み込むことなんて、そもそも考えたことすらないのが現状でしょう。でも、スポーツ、芸術、料理、なんでもそうですが、本だけ読んでも身に付かないのです。e-ラーニングを死ぬほどやっても、正しい行動はできません。
 さらに、研修は臨場感が低いため、学習効果をより一層減殺させています。

エモーショナルコンプラアンスの理論

 このような、「不正をするな!パラダイム」を乗り越えるために、私が従来から提唱しているのが「エモーショナルコンプライアンス」、略して「エモコン」です。
 エモーショナルコンプライアンスでは、「正しいことをしてスッキリとした」「誇りを持てた」「顧客の役に立ち、褒められてうれしかった」など、役職員の素直な気持ちを引き出すようにし、さらにこうしたプラスの感情を重んじ、旧来型の「不正をするな!」といった他律的な管理支配型のアプローチから、「正しいことをしよう!」という内発的動機に基づいた自律的発展成長型のアプローチへとコンプライアンスを変換します

 ビジネスを支える価値に劇的な変化が生じている以上、コンプライアンスにおいても、まったく新たな視点と発想の下で、しかも、単に法令を「遵守」するだけではなく、法令の一歩も二歩も越えていくという姿勢を「自らが主体的に創り出していく」新たなマインドや世界観がどうしても必要になっています。そのためには、「嬉しい」「誇らしい」というプラスやポジティブな情動をうまく利用して、内発的動機を中心に、かつ、それを引き出すゴールの設定を重視して、コンプライアンスを「やりがいのある」「ビジネスを支える不可欠のガイド」として捉える態勢を創造している必要があるのです。
 このエモコンは、最終的には、コンプライアンスの枠を超えて、「遵守の強制」から「誇りある行動の推奨へ!」と新しいパラダイムにもつながっていきます。

図 不正をするな!から正しいことをしよう!

不正をするな!から正しいことをしよう!

 本稿では、従来型のコンプライアンスと言える「不正をするな!パラダイム」に欠けている5つの視点と、これらの課題を乗り越えるために有効なエモーショナルコンプライアンスの考え方を解説しました。後編では、エモーショナルコンプライアンスをビジネス現場に落とし込むための実践的な方法をご紹介します。


  1. 日本経済新聞「七十七、「ドコモ口座」使った同行口座の不正利用を発表」(2020年9月7日、2020年10月29日最終閲覧)。BUSINESS LAWYERSでは同事案について下記記事でも解説を紹介している。「「ドコモ口座」不正出金の問題点と求められる本人確認方法 法的観点も念頭に南知果弁護士が解説」(2020年10月5日公開、10月9日更新) ↩︎

  2. 日本経済新聞「関電、20人が3.2億円受領 岩根社長は辞任否定」(2019年9月27日、2020年10月29日最終閲覧) ↩︎

  3. 日本経済新聞「ゴーン元会長、無断出国か レバノンに入国」(2019年12月31日、2020年10月29日最終閲覧) ↩︎

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