対話から読み解く企業法務のトレンド 中途採用者のバックグラウンドチェックはどこまでできるか

危機管理・内部統制
渡辺 樹一 一般社団法人GBL研究所 市川 佐知子 田辺総合法律事務所

目次

  1. 前科情報確認の必要性
  2. 米国におけるバックグラウンドチェック
  3. 社会復帰しやすい国づくりとより良い人材採用の両立に悩む日米の企業

上層部の関与や組織ぐるみが疑われる企業不祥事が多く報道される昨今ですが、ここでは従業員による会社資産の横領に代表される、古典的な不正事例に目を向けてみます。不正内容や不正が発生する動機、環境などはさまざまですが、最も重要であるのは、不正を起こすような人材を採用しないことです。もちろん、採用担当者は細心の注意を払っていますが、それでも完全に防ぐことは難しいでしょう。中途採用の場面で、前職で不正に携わった過去がある人や、入社後に不正に手を染める可能性がある人を見抜くにはどうすればよいのでしょうか。

本稿は、企業統治・内部統制構築・上場支援などのコンサルティングを手がける渡辺樹一氏と、田辺総合法律事務所の市川佐知子弁護士の対話を通じて、中途採用者のバックグラウンドチェックについて考えます。

前科情報確認の必要性

渡辺氏:
企業は横領などの不正を起こさない「良い」人を採用する必要があります。不正を起こす可能性が高い人の最たる例は同種前科がある人ですが、そのような人の採用は防止できているのでしょうか。

市川弁護士:
企業が中途採用をする際、前職の会社で横領行為をした人など採用したくないと思うのが普通でしょう。しかし、知らずに採用してしまい、横領の被害に遭う企業の例を仄聞します。そのような労働者の派遣を受けてしまう例も聞きます。

他方で、企業間の業務委託が盛んに行われており、委託企業から受託企業に対し、委託業務に従事する社員に前科がないことの確認を求める契約条項が挿入されることがあります。これは委託企業が金融機関である場合によく見受けられます。採用企業として、受託企業として、前科情報確認の必要性を感じる場面が多くなってきているように思います。

渡辺氏:
そうですか。しかし、そもそも前科情報を確認すること自体が問題だという見方があります。

市川弁護士:
それには国の政策が関係しています。罪を犯し、有罪判決を受けても、刑の執行を受けて罪を償った人が社会復帰しやすい国づくりをするのは、国として当然です。人権教育および人権啓発の推進に関する法律に基づき定められている「人権教育・啓発に関する基本計画」の中では「刑を終えて出所した人」に対する差別解消に向けた取組みが必要であるとされています。
これを受けて、たとえば東京都産業労働局が制作したパンフレット「採用と人権 明るい職場を目指して」2020年版の中では「刑を終えて出所した人」を排除しないよう求めています。

しかし、前科者が更生しやすい社会を作ることと、企業が前科者と知らずに不適合な業務に従事させて被害に遭うのを避けることは排他的でないように思います。窃盗の累犯前科がある人を採用して現金取扱業務に就けるのは適当ではないでしょうし、児童ポルノ所持で前科がある人を採用して学校のバスの運転手をさせるのは問題視され得ます。そのような事態を避けるための企業の手立ては許されてしかるべきではないでしょうか。

この点、職業安定法5条の4第1項は、企業に対して、業務の目的達成に必要な範囲を超えて求職者の個人情報を収集しないよう義務付けています。厚生労働省が発行するパンフレット「公正な採用選考をめざして」2020年版の中には「刑を終えて出所した人」に関する記載はありません。これは業務の目的達成に必要な範囲で前科情報を収集する必要がある場合を否定できないためではないでしょうか。

米国におけるバックグラウンドチェック

渡辺氏:
その点、米国では採用時に、求職者について前科も含めてバックグラウンドチェックを実施することが一般的です。米国で求職者の人権が軽視されているということでもないと思いますが、どうしてでしょうか。

市川弁護士:
米国のバックグラウンドチェックにも一定のルールがあります。まず、Fair Credit Reporting Act(FCRA)は、企業はバックグラウンドチェックをする前にその旨求職者に告げ、書面同意をとる必要があるとしています 1

FCRAは、法律名に「Credit」とありますし、条文は「Consumer」の保護を規定しているのですが、消費者の信用情報だけに限った話ではなく、採用時のバックグラウンドチェックもカバーする法律です。求職者からとるべき同意書面の仕様が複雑で、企業は細心の注意を払っていると聞きます。

他方、1964年公民権法は人種、宗教、性別、国籍による採用差別を禁じます 2。逆に言えば、前科による区別は禁じられておらず、企業が求職者について前科情報を収集すること自体は可能です。

しかし、前科を理由にしつつも実は人種差別が根底にあって採用差別が行われる事件もあり、そのような裁判例が積み重なっています。裁判例をルール化したのが、Equal Employment Opportunity Commission(EEOC、雇用機会均等委員会)が発行する『2012年法執行ガイダンス』です 3。このガイダンスの最終頁で、バックグラウンドチェックについてのベストプラクティスが次のように定められています。

  1. 犯罪歴がある人は採用しない、というような抽象的な採用方針を排除すること
  2. 業務遂行上必要な条件と具体的な環境を明確化し、当該業務遂行に不適合な犯罪行為を具体的に明確化し、何年前の犯罪行為にまで遡るのか決定し、採用方針を策定・記録すること
  3. 犯罪歴を質問する際には、営業上の必要性があり、業務に関係のある範囲内に限ること

前科があれば一律に採用禁止、というようなカテゴリカルな方針はとるべきでない、業務の内容と前科の内容を照らし合わせ、相互の関係性を具体的に評価する必要がある、というルールだと思います。

そして、そのようなルールは裁判例から導き出されているのです。このルールを見れば、米国でも企業がフリーハンドでバックグラウンドチェックを行なっているわけではなく、提訴を避けるために注意して実施する必要があることがわかると思います。

もっとも、このガイダンスには面白い後日談があり、EEOCにこのようなものを発行できる権限があるのか疑問視され、一定の前科者について公務員採用を禁ずるテキサス州が、EEOCを相手取ってガイダンスの効力を争った訴訟の控訴審で、2019年にEEOCが敗訴していることです 4

EEOCにガイダンスを発行する権限がないとしても、ガイダンスの内容は裁判例をまとめたものであるので、やはり軽視できない、バックグラウンドチェックには注意が必要である、というのが、いまのところの米国企業の一般的な見方であるようです。

社会復帰しやすい国づくりとより良い人材採用の両立に悩む日米の企業

渡辺氏:
注意が必要だとしても、米国ではバックグラウンドチェックが可能であるのがうらやましく思えます。日本で前科を調べる方法はあるのでしょうか。

市川弁護士:
現行のJIS規格履歴書は、先述した国の政策を反映し、かつては存在した「賞罰」欄を含んでいません。これは、アメリカEEOCの法執行ガイダンスの中にある、①抽象的な採用方針の排除、③前科に関する質問の限定と同じ考え方をとったものと考えられます。どのような業務であろうと区別なく使われる一般的な履歴書の中で「賞罰」という曖昧な情報を求めれば、カテゴリカルに前科者排除の採用方針をとっているように見えますし、質問としても広すぎるというわけです。

一方で、日本の企業側も米国の考え方を取り入れたのか、情報収集をするようになっています。すなわち、業務目的上、前科情報が必要と判断した企業は、独自書式の履歴書を用い単刀直入に聞いているのです。応募書類の中で、最近数年間に受けた確定有罪判決について任意記載を求める企業も実際に存在します。

正面から本人に尋ねれば、本人は嫌なら答えないという選択肢をとることもできますし、個人情報やプライバシー侵害の問題は小さくなります。

他方で、本人の同意なしに情報収集することには限界と問題があります。まず、日本の場合、前科情報には警察等ごく限られた機関しかアクセスできません。市町村が持つこのような情報を、必要性の根拠が薄弱な弁護士会照会に応じ、漫然と開示したことが公権力の違法な行使に当たるとされ、自治体に損害賠償判決が下った事件は、弁護士の間では有名です(最高裁昭和56年4月14日判決・民集35巻3号620頁)。

日本でもバックグラウンドチェックサービスを提供する企業が一部ありますが、マスメディアによる報道を集積してデータベース化し、氏名による突合を行うのが一般的のようです。ただ、これを行うには、本人の同意が必要と考えるべきです。2017年改正の個人情報保護法17条2項は、あらかじめ本人同意のない要配慮個人情報の取得を禁じます。前科情報は要配慮個人情報であり(個人情報保護法2条3項)、これを取得するには、本人同意が必要です。この点、米国のFCRAと同様の取扱いになっているのが、興味深いところです。

近隣の人に聞き込みを行うという方法も考えられるかもしれませんが、プライバシー侵害の問題を生じさせるのと同時に、かなりの費用がかかりますから、実施できる状況は限られるでしょう。

渡辺氏:
それでは、前職の会社に聞く方法はどうでしょうか。

市川弁護士:
聞かれた場合に在籍期間しか答えない方針をとる企業が実は多いのです。名誉毀損等のトラブルに巻き込まれるのを防ぐためです。したがって、頼りにできる方法とは言えないと思います。

渡辺氏:
それは不正を起こす可能性が高い人材を採用時に見極めることが難しく、不祥事を未然に防止するための手段が日本には乏しいということを意味し、企業の競争力にも影響しそうです。

市川弁護士:
そうかもしれませんが、米国でも企業のとれる手段には、制約が結構あります。連邦法レベルではなく、州や地方政府レベルですが、Ban the Boxと総称される法律が存在します。

採用プロセスの最初に前科情報を収集することはできず、もっと後の段階でのみ可能とされているのです。たとえば、ワシントンD.C.では、採用を決定し、労働条件の提示をした後でないと収集できないと定めます。前科情報を得た後で採用を取り消すこともできますが、そうすることが本当に業務上必要であることを、企業側が立証する必要があります。こうして見ると、刑の執行を受けて罪を償った人が社会復帰しやすい国づくりと、不祥事を避けたい企業の人材選択方法の相克は、日本でも米国でも対応の難しい問題であることがわかります。

渡辺氏:
アメリカではできる、日本ではできない、という単純構造ではないわけですね。アメリカで採用を行う日本企業の人事部も把握しておくべき事項だと思います。

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