対話から読み解く企業法務のトレンド 日米の内部通報制度の機能上の違い

危機管理・内部統制
渡辺 樹一 一般社団法人GBL研究所 市川 佐知子 田辺総合法律事務所

目次

  1. 内部通報制度に関する日米の違い
  2. 内部通報に関する日米の共通点
  3. 日本の民間ガイドラインと米国のARP推奨プラクティスの比較
    1. 経営トップの責任
    2. 通報を受領し対応する手続き
    3. 報復措置に関する通報への対応
    4. 研修
    5. モニタリング、監査
  4. おわりに

公益通報者保護法が2006年4月1日に施行され、内部告発者に対する解雇や減給といった不利益な取り扱いを無効とするようになりました。しかし、内部通報制度が機能しているかどうかについては日米間でかなり違いがあると感じられます。この違いはどのような事情からくるのでしょうか。

本稿はジャパン・ビジネス・アシュアランスにて企業統治・内部統制構築・上場支援などのコンサルティングを手掛ける渡辺樹一氏と、田辺総合法律事務所の市川佐知子弁護士の対話を通じて、日米の内部通報制度の機能上の違いを検証します。

内部通報制度に関する日米の違い

渡辺氏:
内部通報制度が機能しているかどうかについては日米間でかなり違いがあると感じています。この違いはどのような事情からきているのでしょうか。

市川弁護士:
日米間の隔たりを示すエピソードとして、興味深い報道 1 をご紹介しようと思います。
2019年8月、米国の元証券業界の幹部であり、法医学会計および金融詐欺調査官であるハリー・マルコポロス氏は「GEがエンロンやワールドコムを上回る規模の不正会計を行っており、チャプター11申請もそう遠くはない」という調査報告書を発表しました。

彼は、2008年に発覚したバーニー・マードフのポンジー・スキーム(ネズミ講)を、10年ほど前から見抜き、米国証券取引委員会(SEC)に通報した人物です。彼はプロの通報者ないし通報コンサルタントとして、通報で得られる報奨金を稼ぐことを目標にしています(現実にはいまだ受け取れていないと本人は言っていますが)。

逃亡者を確保して報奨金を受け取る、屈強なバウンティハンターが登場するハリウッド映画は数多くありますが、不正会計を見抜いて報奨金を受け取るプロがいるという米国の現実にまず驚きます。しかも、彼は、この調査報告書の発表は、あるヘッジファンドの依頼を受けて行ったものであり、発表によるGEの株価下落で生じたファンドの投資益から、一定割合の報酬を受け取る約束があることも明らかにしました。

アナリストの多くが彼の調査報告書を間違っているとし、ある法学者は彼の行為は風説の流布に当たるとします。どちらが正しいのか分かりませんが、米国では不正会計を通報する行為が、ここまで進化というか変異しています。

渡辺氏:
確かに日本とは事情が随分違うようです。ただ、マルコポロス氏は、不正を告発した人(whistleblower)ではありますが、GEの従業員ではなく、GEに通報したわけでもないので、内部通報者ではないですよね?

市川弁護士:
確かにその通りです。念のため「内部通報」という用語を整理することから始めましょう。よく耳にする「内部通報」は、内部者「から」の通報と内部「への」通報のどちらを指しているか、厳密でないことがあります

日本の公益通報者保護法2条は、保護の対象者を、その企業の労働者(内部者)のみならず、その企業の取引先の労働者(外部者)も含めています。そして、内部者にせよ外部者にせよ、それら通報者からどこに通報するかで、不正行為が起きた企業内部への通報(3条1号通報)、行政機関等への通報(2号通報)、報道機関等への通報(3号通報)に分かれます。

後者の2つは外部「への」通報ですが、内部者「から」の通報ということで、内部通報と呼称されることもあるのです。「内部通報」というときに、内部者「から」通報があったという意味か、ある企業内部「への」通報があったという意味か、区別する必要があると思います。

公益通報者保護法のコンセプトの概要(日本)

※消費者庁の「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する 民間事業者向けガイドライン」もご参照ください。


渡辺氏:
上図は公益通報者保護法の保護対象を大まかに整理したものです。公益通報者保護法が2020年6月に改正される前に作成した図ですが、改正後も基本的な構造は変わりませんから、「から」「への」のような方向性を考えるときには、まだ役に立つと思います。
ここではひとまず「内部通報」を内部者「から」の企業内部「への」通報という意味に限って話を進めていきたいと思います。

内部通報に関する日米の共通点

渡辺氏:
この「内部通報」について、日米でどのような共通点、違いがあるでしょうか。

市川弁護士:
自社内の不正について労働者が気付いた場合に、行政機関や報道機関等に通報せず、まず自社に通報してくれるように企業が努力するべきである、と考えるのは日米で共通しています。
外部に通報されてしまって、行政事件や刑事事件に発展したり、悪いイメージで報道されたりすれば、企業へのダメージが大きくなります。
内部通報してもらって、自浄作用で解決するのが良いと考えるわけです。

そのために、日米共に政府がガイドラインを用意し、各社が内部通報を受け取り、通報者を保護するための方針や取り組みを策定・実施するように促しています。

日本では消費者庁が2016年12月9日に「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」を発表しています。ここでは「民間ガイドライン」と呼びましょう。

米国では労働安全衛生庁(OSHA)が2017年1月13日に「Recommended Practices for Anti-Retaliation Programs」を発表しています。ここでは「ARP推奨プラクティス」と呼びましょう。

渡辺氏:
OSHAは米国労働省の一部であり、労働省は現在(2020年5月1日時点)、新型コロナウィルス感染症蔓延に関連して、医療現場などで職場の安全が脅かされていると感じる労働者からの通報を募っています。

市川弁護士:
その通りです。OSHAは労働安全衛生を所管していますが、それだけではなく、公益通報者を保護する20以上の連邦法について執行権限を有しています。たとえば、サーベインス・オクスリー法は不正会計に関する通報を行なった労働者の不利益取扱いを禁じていますが、それに反して企業が不利益取扱いを行なった場合、労働者はOSHAに通報することができ、OSHAが調査・取締まりを行います。

そのOSHAが企業に対し、通報者保護・報復禁止プログラム(ARP)において推奨する実務をまとめたのが、ARP推奨プラクティスです。業界のベストプラクティスを吸い上げてできています。

日本の民間ガイドラインと米国のARP推奨プラクティスの比較

経営トップの責任

市川弁護士:
日本の民間ガイドライン全12頁と、米国のARP推奨プラクティス全12頁を比較することによって、内部通報への考え方の違いを明らかにしてみたいと思います。
ARP推奨プラクティスはARPの構成要素を次の5つと考えます。

  1. 経営トップの責任
  2. 通報を受領し対応する手続き
  3. 報復措置に関する通報への対応
  4. 研修
  5. ARプログラムの監視

渡辺氏:
ARP推奨プラクティスも、構成要素の1つ目として、経営トップの責任を掲げているのですね。つまり、経営トップには、声を上げやすい企業風土を醸成し、声を上げた労働者が報復を受けることのないような仕組みを作る責任です。日本でも経営トップの責任は最重要要素です。日米で違う点はあるのですか。

市川弁護士:
確かに、日本の民間ガイドラインでも、経営トップの責任は重視されていますが、ARPに関して労働者や労働組合と協議すること、経営トップや取締役会が研修を受けることを推奨しているのが、米国の特徴であると思います。
さらに違いを見ると、日本の民間ガイドラインには、社外取締役や監査役等、経営幹部から独立した通報ルートも考えられており、経営トップ自身が通報を妨げるような事態への配慮がなされているのが特徴的です。
両国の違いを日本の社外役員の立場になって見てみると、研修も受けない(ことが多い)ままに、経営トップとの対峙が予想されるような内部通報を受領する役割を負うことになり、責任は重大です。

通報を受領し対応する手続き

市川弁護士:
構成要素の2つ目は、通報を受領し対応する手続きです。私には新鮮な驚きであったのですが、前提として米国では(ホットラインも設置されますが)労働者はまず上司に報告するのが普通です。
このため、報告を受けた上司が即時に建設的な対応をとること、企業はそれを可能にすることを、ARP推奨プラクティスは重視します。

渡辺氏:
興味深いですね。日本では上司には報告できないことが前提と考えられていたり、上司が知っているというケースもかなり多くあります。

市川弁護士:
私の不祥事調査等の経験からも、日本では労働者が自分の上司に内部通報するのは稀であり、特別な内部通報窓口(ホットライン)の設置が必要、有効であると考えられており、これは大きな違いです。

また、私がもう1つ目を引かれたのは、企業が公平な公益通報者支援団体を紹介するという実務です。公益通報を行おうとする者には、相当の勇気と知識、それに支援が必要です。通報をしたことで批判・非難を受けることを恐れ、また企業が大きな社会的批判を受ける事態にいたる可能性を考えると、通報者には非常に大きなストレスがかかります。
日本の公益通報者保護法の文言を見てもわかるように「信ずるに足りる相当の理由」や「正当な理由」の解釈をはじめ、通報には法的知識が必要なため、協力者や専門家が支える必要があるのです。

米国には公益通報者を支援する団体があり、専門の弁護士もいます。それらを紹介するリンクを設置するというのは、現実的で有効な実務であると思います。しかし、日本にはいまのところ、そのように豊富なリソースはありません。

渡辺氏:
日本でも、企業が顧問弁護士以外の法律事務所に依頼して、ホットライン窓口業務を委託することが広く行われていますが、代替手段にならないでしょうか。

市川弁護士:
ある程度の手当てにはなるでしょうが、やはり通報窓口業務と、通報者に寄り添って通報者を支援する業務は別物です。

報復措置に関する通報への対応

市川弁護士:
構成要素の3つ目は、報復措置に関する通報への対応です。ARP実務プラクティスでは、報復措置をとった者と受けた者という対立構造を反映して、かなり細かく推奨行為が記載されています。
たとえば、下記の点などです。

  • 独立した調査員による調査が必要な場合があること
  • 企業の法務部弁護士は関与させないこと(企業の利益を守る立場にあるため)
  • OSHAへの通報が可能であると通報者に通知すること

渡辺氏:
日本の民間ガイドラインでは、どうですか。

市川弁護士:
不利益な取扱いの禁止については明確に記載するものの、不利益な取扱いがなされてしまった(と労働者が考える)場合に企業がどうすべきかの記載はほとんどありません。

研修

市川弁護士:
構成要素の4つ目は研修です。ARP推奨プラクティスは、関係法令、報復禁止、声を上げる労働者の権利と義務等を労働者向けの研修内容に含めるよう求めています。何が報復措置に当たるのかも研修内容に含まれ、解雇や降格といった人事上の措置だけでなく、仲間外れ、口真似、威嚇といった事実行為も対象となることが、労働者にも周知されます。

渡辺氏:
前出の2つ目の構成要素によれば、米国では、管理職が部下からの通報を受領することが多くなるわけですから、管理職向けの研修も重要になると思います。

市川弁護士:
その通りです。研修項目として、通報の仕方が不適切でうるさいと感じるようなものであったとしても、通報の内容はしっかり受けとめねばならないことなどがARP推奨プラクティスにはあげられています。

米国では「声を上げてください」と言っただけで通報は増えるものではないと考えられており、研修が重視されているようです。

日本では内部通報窓口の「周知」が重視されるにとどまっています。

渡辺氏:
日本では内部通報窓口に、人事評価への不満やハラスメント相談が相当数寄せられ、公益通報の受領という本来の目的に不適合であるとして、窓口の運用方法や、場合によっては窓口の存在意義まで疑問視されることがあります。

市川弁護士:
企業が窓口違いを問題視するのであれば、きちんと研修することによって、苦情が正しい窓口に到達するように努力することも必要ではないでしょうか。

モニタリング、監査

市川弁護士:
構成要素の5つ目は、モニタリングや監査によってARプログラムが機能しているのかを監視することです。民間ガイドラインでも内部監査部門が内部通報制度を評価・点検をすることが記載されていますが、ARP推奨プラクティスでは、従業員に匿名アンケートを実施したり、ほかの苦情や退職時面談の内容などと突き合わせたりすることで、通報制度が機能しているかを監視するという方法も例示されています。

おわりに

市川弁護士:
以上、民間ガイドラインとARP推奨プラクティスの大きな相違点、前者になくて後者にある実務を中心に概観してみました。もっとも、両者の違いは、労働者がまず上司に通報するかしないかという根本的な違いに端を発しており、結果として内部通報制度のデザインや運用も違って当然です。
そのような根本的な違いは、国民性や気質といったものによるのかもしれません。
そうであるにしても、米国のプラクティスは日本企業の参考にはなるでしょうし、いくつかを取り入れることによって、より有効な内部通報制度が構築・運用できるように思います。

渡辺氏:
詳しい説明をありがとうございました。ぜひ、参考にしたいと思います。

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  1. CNBC” Harry Markopolos says he can’t reveal the hedge fund he’s working for in his investigation of GE”(2019年8月15日) ↩︎

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