パワハラ防止法施行、企業に義務付けられた防止対策と違法性判断のポイント
危機管理・内部統制
はじめに - 本稿の趣旨
職場のパワーハラスメントに関する実態調査
職場のパワーハラスメントは、働く人にとって、心身に多大な影響を及ぼすだけでなく、勤務意欲にも影響を及ぼす問題です。また、パワーハラスメントは、企業にとっても、職場秩序の乱れや業務への支障が生じたり、貴重な人材の損失につながるだけでなく、企業の信用性にも悪影響を与えるおそれがある問題です。
2016年に厚生労働省が実施した「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」によると、過去3年以内にパワーハラスメントを受けたことがあると回答した者は32.5%とされています。
このように、パワーハラスメント対策は、企業の人事労務管理上、喫緊の課題となっています。
パワハラ防止法の成立
このような状況のなか、2019年の第198回通常国会において「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律」が成立し、これにより「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(以下「労働施策総合推進法」といいます)が改正され、職場におけるパワーハラスメント防止対策が事業主に義務付けられました。
なお、上記法改正が成立した際、メディアでは、「パワハラ防止法」1、「ハラスメント規制法」2 などの表現で喧伝されていましたが、いずれも正式名称ではないことにご留意ください。本稿でも、便宜上、改正労働施策総合推進法について、「パワハラ防止法」という名称を使用しますが、あらかじめご了承ください。
施行時期
パワハラ防止法の施行は2020年6月1日です。
ただし、パワーハラスメントの雇用管理上の措置義務については、中小事業主は2022年4月1日から義務化となり、それまでの間は努力義務となります。なお、中小事業主の定義は、以下の①または②のいずれかを満たすものとされます。
業種 | ① 資本金の額または 出資の総額 |
② 常時使用する 従業員の数 |
---|---|---|
小売業 | 5,000万円以下 | 50人以下 |
サービス業(サービス業、医療・福祉等) | 5,000万円以下 | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
その他の業種(製造業、建設業、運輸業等上記以外すべて) | 3億円以下 | 300人以下 |
出典:厚生労働省 都道府県労働局雇用環境・均等部(室)「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!~セクシュアルハラスメント対策や妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント対策とともに対応をお願いします~」
本稿では、パワーハラスメント対策の重要性を踏まえ、企業が人事労務管理上留意すべきパワハラ防止法のポイントを解説します。
パワーハラスメントの定義
定義
パワハラ防止法によって、パワーハラスメントとは、以下のように定義されることになりました(労働総合施策推進法第30条の2第1項)。
職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること
職場におけるパワーハラスメントの定義の詳細は、令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(以下「本指針」といいます)に規定されています。
本指針では、職場におけるパワーハラスメントとは、職場において行われる以下の①から③まで3つの要素をすべて満たすものといえます。
- 優越的な関係を背景とした言動であって
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより
- 労働者の就業環境が害されるもの
以下では、パワーハラスメントの定義に関連し、各要件の具体的な意義を説明します。
「職場」とは
事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指し、労働者が通常就業している場所以外の場所であっても、労働者が業務を遂行する場所であれば「職場」に含まれます。
勤務時間外の「懇親の場」、社員寮や通勤中などであっても、実質上職務の延長と考えられるものは「職場」に該当しますが、その判断にあたっては、職務との関連性、参加者、参加や対応が強制的か任意かといったことを考慮して個別に行う必要があります。
たとえば、①出張先、②業務で使用する車中、③取引先との打ち合わせの場所(接待の席も含む)等も、「職場」に含まれます。
「労働者」とは
正規雇用労働者のみならず、パートタイム労働者、契約社員などいわゆる非正規雇用労働者を含む、事業主が雇用するすべての労働者をいいます。
また、派遣労働者については、派遣元事業主のみならず、労働者派遣の役務の提供を受ける者(派遣先事業主)も、自ら雇用する労働者と同様に、措置を講ずる必要があります。
「優越的な関係を背景とした」言動とは
業務を遂行するにあたって、当該言動を受ける労働者が行為者とされる者(以下「行為者」といいます)に対して抵抗や拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものを指します。
具体的には、以下のような事例があげられます。
- 職務上の地位が上位の者による言動
- 同僚または部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
- 同僚または部下からの集団による行為で、これに抵抗または拒絶することが困難であるもの
なお、上記具体例のなかでも注目すべきは、必ずしも職務上の地位が上位の者による言動に限られていないという点です。
たとえば、部下が複数名で徒党を組み、上司に対して暴言を吐いたり、業務命令を無視したりした場合には、部下から上司に対するパワーハラスメントが成立することになります。
いわゆる「逆パワハラ」といわれるケースですが、パワーハラスメントは、上司から部下に対する言動しか成立しない、ということではありません。この点を誤解し、部下という立場であれば上司に対して何をしても許されると思われるケースがありますが、このような態度をとる部下に対しては、上司は毅然として部下の言動がパワーハラスメントにあたることを指摘し、注意指導を徹底する必要があります。
「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動とは
社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、またはその態様が相当でないものを指します。
逆にいえば、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導であれば、職場におけるパワーハラスメントには該当しないことになります。
したがって、上司がミスを犯した部下に対して注意や指導をすること自体は、相当な範囲であれば、パワーハラスメントには該当せず、職務の円滑な遂行上許容されることになります。
業務上必要かつ相当な範囲を超えたといえる具体例として、以下のようなものがあげられます。
- 業務上明らかに必要性のない言動
- 業務の目的を大きく逸脱した言動
- 業務を遂行するための手段として不適当な言動
- 当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動
業務上必要かつ相当な範囲を超えたかどうかの判断は、以下の点を総合的に考慮することが適当とされています。
- 当該言動の目的
- 当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況
- 業種・業態
- 業務の内容・性質
- 当該言動の態様・頻度・継続性
- 労働者の属性や心身の状況
- 行為者の関係性 等
その際には、個別の事案における労働者の行動が問題となる場合は、その内容・程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係性が重要な要素となることについても留意が必要です。
もっとも、業務上必要かつ相当な範囲を超えたかどうかの判断は難しいことも事実です。
さわぎり事件(福岡高裁平成20年8月25日判決・裁判所ウェブサイト)では、21歳の海上自衛隊員が、上官から「お前は三曹だろ。三曹らしい仕事をしろよ」「お前は覚えが悪いな」「バカかお前は。三曹失格だ」等の継続的な誹謗中傷によりうつ病に罹患し自殺してしまったことに対し、遺族が複数名の上官および国に対して損害賠償等を請求して提訴したという事案ですが、上官の言動に対する違法性の評価が分かれています。
同判決は、直属の上司に関しては、人格自体を非難、否定する意味内容の言動であり、劣等感等を不必要に刺激する内容で、目的に対する手段としての相当性を著しく欠くものであり違法と判断しました。
一方、同判決は、「お前はとろくて仕事ができない。自分の顔に泥を塗るな」等と発言した別の上官に関しては、この上司が隊員に対して「好意をもって接していた」と認定し、言動の一部は「侮辱ともとらえることのできるものではあるが、親しい上司と部下の間の軽口として許容されないほどのものとまではいえない」として、違法ではないと判断しました。
このように、行為者と被行為者との間の関係性によっても、パワーハラスメントとして違法と評価されるかどうかの判断が異なりうるため、その判断は慎重に行う必要があります。
「就業環境が害される」とは
当該言動により、労働者が身体的または精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったために能力の発揮に重大な悪影響が生じる等の当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指します。
就業環境が害されたといえるかどうかの判断は、「平均的な労働者の感じ方」、すなわち、「同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうか」を基準とすると解されます。
したがって、注意指導を受けた者が、パワーハラスメントと感じたとしたらすべてパワーハラスメントに該当するというわけではありません。上司が部下に対して注意指導をしたとしても、部下からパワーハラスメントだと言われたらすべて違法になってしまうのではないかと恐れるべきではありません。むしろ、部下からパワーハラスメントだと言われることを恐れるあまり、上司として何も注意指導をしないということは、上司としての管理能力に問題があると指摘されかねません。
パワーハラスメント6類型
本指針では、職場におけるパワーハラスメントの代表的な言動の類型として6つに整理したうえで、類型ごとに典型的にパワーハラスメントに該当し、またはしないと考えられる例としては以下のものが紹介されています。
なお、これらの例は限定列挙ではないため、以下の6つの類型に分類されないパワーハラスメントもあり得ます。個別の事例に応じて検討する必要があることにご留意ください。
身体的な攻撃(暴行・傷害)
該当すると考えられる例 | 該当しないと考えられる例 |
---|---|
|
|
精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
該当すると考えられる例 | 該当しないと考えられる例 |
---|---|
|
|
人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
該当すると考えられる例 | 該当しないと考えられる例 |
---|---|
|
|
過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
該当すると考えられる例 | 該当しないと考えられる例 |
---|---|
|
|
過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
該当すると考えられる例 | 該当しないと考えられる例 |
---|---|
|
|
個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
該当すると考えられる例 | 該当しないと考えられる例 |
---|---|
|
|
職場におけるパワーハラスメント防止のために事業主が雇用管理上講ずべき措置等
労働施策総合推進法30条の3第2項は、事業主に対し、職場におけるパワーハラスメントを行ってはならないことその他職場におけるパワーハラスメントに起因する問題に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするほか、国の講ずる同条第1項の広報活動、啓発活動その他の措置に協力するように努めなければならないと規定しています。
なお、かかる雇用管理上の措置義務については、前記のとおり、中小事業主は2022年4月1日から義務化となり、それまでの間は努力義務とされていますが、以下のとおり多岐にわたりますので、いまから着手を始めることが望ましいといえます。
事業主が雇用管理上講ずべき措置は以下のとおりです。
事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
- パワーハラスメントの内容・パワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること
- パワーハラスメントの行為者については、厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則等の文書に規定し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること。
相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- 相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること。
- 相談窓口担当者が、内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること。パワーハラスメントが現実に生じている場合だけでなく、発生のおそれがある場合や、パワーハラスメントに該当するか否か微妙な場合であっても、広く相談に対応すること。
職場におけるパワーハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応
- 事実関係を迅速かつ正確に確認すること。
- 事実関係の確認ができた場合には、速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと。
- 事実関係の確認ができた場合には、行為者に対する措置を適正に行うこと。
- 再発防止に向けた措置を講ずること。
併せて講ずべき措置
- 相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、労働者に周知すること。
- 事業主に相談したこと、事実関係の確認に協力したこと、都道府県労働局の援助制度を利用したこと等を理由として、解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること。
パワハラ防止法の今後の影響
今回成立したパワハラ防止法のポイントは、本邦で初めてパワーハラスメントについて規定するとともに、その防止をするための措置を講じる義務を企業に課したこと、にあります。
これまではパワーハラスメントの定義自体が明確に法定されていなかったなか、パワハラ防止法によってパワーハラスメントの定義が法律上も明記されたことは、「どこまでが許される注意・指導で、どこからが違法なパワーハラスメントなのか」を判断・検討するうえで、一定の目安となる意義があります。
また、前記のとおり、パワハラ防止法が成立し、職場におけるパワーハラスメント防止のために事業主が雇用管理上の措置を講じなければならないとされています。
企業にとって、これまで以上にパワーハラスメントを防止するための人事労務管理上の努力が求められることになります。
一方で、どこまでがパワーハラスメントに該当し、どこまでが業務上の注意・指導として許されるかという判断は、個別の事案に応じて検討する必要があることには変わりはありません。
近時は、部下を管理指導すべき立場にある上司が、部下から「パワーハラスメントを受けた」と言われることを恐れるあまり、適切な注意指導を行うことを躊躇してしまい、職場の規律を維持することが難しくなっているという声も聞きます。また、なかには、上司が部下からパワーハラスメントを受けるという逆パワーハラスメントの問題も起きていると指摘されています。
「仕事や職業生活に関する強い不安、悩み、ストレスがある」労働者の割合は、50〜60%と、半数以上が訴えている結果が出ているところ 3、その主たる原因の一つである人間関係のトラブルであるパワーハラスメントを適切に予防・解決することは、円満な職場環境を構築し、従業員のメンタルヘルスを保つうえでも必須といえます。
今回のパワハラ防止法を踏まえ、それぞれの職場における人間関係や相談体制を見直し、労使双方にとって望ましい職場環境を構築する契機とすることが求められます。
-
日本経済新聞「パワハラ撲滅 会社はどう対策 防止法が6月施行」(2020年4月26日、2020年8月4日最終閲覧) ↩︎
-
産経新聞「ハラスメント規制法案が成立 企業に防止対策を義務化」(2019年5月29日、2020年8月4日最終閲覧) ↩︎
-
厚生労働省 独立行政法人労働者健康安全機構「職場における心の健康づくり~労働者の心の健康の保持増進のための指針~」 ↩︎

弁護士法人長瀬総合法律事務所