施行直前!消費者裁判手続特例法の概要と実務上の注意ポイント
第2回 徹底解説、「共通義務確認の訴え」とは
訴訟・争訟
目次
前回( 日本版クラスアクションか?制度の全体像を探る )に引き続き、平成28年10月1日に施行される消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律(以下、「本法」といいます)の概要について、事業者が実務上注意すべきポイントを説明します。
今回は制度の特徴でもある「共通義務確認の訴え」について解説します。
第1回 日本版クラスアクションか?制度の全体像を探る
1 間近に迫った消費者裁判手続特例法の施行
2 本法の特徴
第2回 本記事
1 「共通義務確認の訴え」の対象事案はどのような事案か
2 「共通義務確認の訴え」についてその他押さえておくべきポイントは
第3回 「簡易確定手続」について押さえておくべきこととは
1 「簡易確定手続」について押さえておくべきポイントは
2 おわりに
「共通義務確認の訴え」の対象事案はどのような事案か
対象事案は限定されている
前回( 日本版クラスアクションか?制度の全体像を探る )の米国のクラスアクションとの対比表でも簡単に触れましたが、共通義務確認の訴えは、事業者・消費者間のあらゆる紛争について提起できるというものではありません。
本法は、その対象事案を、( ⅰ )対象となる請求の範囲、( ⅱ )対象となる損害の範囲、( ⅲ )被告となる事業者の範囲により限定するとともに、( ⅳ )特有の要件を設けて更に限定しています。
( ⅰ )請求 | ( ⅱ )損害 | ( ⅲ )事業者の範囲 | ( ⅳ )共通義務確認の訴え特有の要件 | |||
消費者契約に関する、金銭支払請求(本法3条1項) | ①契約上の債務の履行の請求(本法3条1項1号) | ー | (A)消費者契約の相手方である事業者(本法3条3項1号) | 多数性(本法2条4号) | 共通性(本法2条4号) | 支配性(本法3条4項) |
②不当利得に係る請求(同2号) | ||||||
③契約上の債務の不履行による損害賠償の請求(同3号) | 次の(a)~(d)を除外(本法3条2項1号~6号) (a)拡大損害 (b)逸失利益 (c)人身損害 (d)慰謝料 |
|||||
④瑕疵担保責任に基づく損害賠償の請求(同4号) | ||||||
⑤不法行為に基づく損害賠償の請求(民法の規定によるものに限る。)(同5号) | (A)に加え、 (B)履行補助者 (C)勧誘者等(同2号) |
( ⅰ )対象となる請求はどのようなものか
(1)大きく2つの観点から限定される
ア 消費者契約に関する請求
まず、共通義務確認の訴えの対象となる請求は、「消費者契約」に関する請求に限られます。
「消費者契約」は、「消費者と事業者との間で締結される契約(労働契約を除く。)」と定義されており(本法2条3号)、広く事業者と消費者との間の契約が対象となります。
他方、消費者が契約関係にないメーカーに対して製品の瑕疵について責任を追及する事案や公害事案のように、消費者契約に関連しない事案は、共通義務確認の訴えの対象とはなりません。
イ 金銭支払請求
次に、共通義務確認の訴えの対象となる請求は、次の①~⑤のいずれかに該当する、金銭支払請求に限られます(これらに附帯する利息、損害賠償、違約金または費用の請求は含まれます。本法3条1項)。
② 不当利得に係る請求
③ 契約上の債務の不履行による損害賠償の請求
④ 瑕疵担保責任に基づく損害賠償の請求
⑤ 不法行為に基づく損害賠償の請求(民法の規定によるものに限る。)
このため、契約上の債務の履行の請求(上記①)であっても、物の引渡請求は対象となりません。
また、不法行為(上記⑤)については、「民法の規定による」請求に限られています。例えば、製造物責任法や金融商品取引法は、過失の立証責任や損害額の推定等の特則を規定し、消費者側の立証を容易にしていますが、これらに基づく請求は対象外とされています。
(2)具体的に想定される請求はどのようなものか
具体的には、下表のような請求が共通義務確認の訴えの対象となります。
請求の類型 | 例 |
①契約上の債務の履行の請求 | 事業者が返還すべき金銭を不当に支払わない場合の請求 (具体例) 理事会の決議により据置期間が延長された事案における、ゴルフ会員権の預かり金の返還請求 |
②不当利得に係る請求 | 約款等で使用されている契約条項が無効になる場合の請求 (具体例) 入学を辞退し、前払授業料の返還を求めたが不返還特約を理由に拒絶された事案における、消費者契約法9条1号に基づき当該特約が無効であることを理由とする学納金の返還請求(消費者契約法9条1号については、「消費者契約法により一部無効とされる、消費者が負担する損害賠償額予定条項とは」をご参照ください。) |
③契約上の債務の不履行による損害賠償の請求 | 物に瑕疵がある場合の請求 (具体例) マンションの分譲を受けた者が、当該マンションが耐震基準を満たしていないことを理由に行う、修理費用等の損害賠償請求 |
④瑕疵担保責任に基づく損害賠償の請求 | |
⑤不法行為に基づく損害賠償の請求 | 詐欺的な悪質事案における請求 (具体例)
|
( ⅱ )対象となる損害はどのようなものか
本法は、前記①~⑤の5つの請求のうち、損害賠償請求(③契約上の債務の不履行による損害賠償の請求、④瑕疵担保責任に基づく損害賠償の請求、⑤不法行為に基づく損害賠償の請求)については、共通義務確認の訴えの対象となる損害を限定しています。
具体的には、次の4つが除外されているため、これらの損害については、共通義務確認の訴えの対象とはなりません。(本法3条2項1号~6号)。
(a) 拡大損害(契約の目的物以外の財産に生じた損害)
(b) 逸失利益(契約の目的物の処分・使用により得られるはずだった利益)
(c) 人身損害(生命・身体を害されたことによる損害)
(d) 慰謝料(精神上の苦痛を受けたことによる損害)
個々の消費者は、特定適格消費者団体が提起した共通義務確認の訴えとは別に、自ら事業者に対する損害賠償請求訴訟を提起することができます。その訴訟において、消費者は、本法の対象外とされた損害(上記(a)~(d)の損害)の賠償を請求できます。
仮に、共通義務確認の訴えの確定判決で共通義務が確認された(事業者が敗訴した)場合であっても、同訴えでは上記(a)~(d)の損害の存否や内容は判断されません。このため、共通義務確認の訴えの判決(事業者敗訴判決)は、消費者が提起した上記(a)~(d)の損害に関する別訴において、法的に裁判所の判断を拘束することはありません。
もっとも、共通義務確認の訴えについて既に裁判所が共通の義務の存在(例えば、約款が無効であるため事業者が金銭支払義務を負うことなど)について判断している以上、裁判所が消費者の提起した別訴において共通義務確認の訴えにおける判断に事実上影響を受ける可能性は否定できません。
事業者が共通義務確認の訴えへの対応方針を検討する場合には、当該訴えにおいて拡大損害、逸失利益、人身損害、慰謝料などを請求されることがないからといって安心するのではなく、こうした後発の二次訴訟のリスクを十分に考慮し、全体的な手続きの流れを見据えた上で慎重に対応を検討していくことが重要であると考えます。
( ⅲ )被告となる事業者の範囲はどのようなものか
共通義務確認の訴えの被告となる事業者は、次のとおりです(本法3条3項)。
請求の類型 | 被告となる事業者 |
前記①~④の請求 | 消費者契約の相手方である事業者 |
前記⑤の不法行為に基づく損害賠償請求 | (A) 消費者契約の相手方である事業者 (B) 上記(A)の事業者の債務の履行をする事業者 (C) 消費者契約の締結について勧誘をしたり、当該勧誘をさせたり、当該勧誘を助長したりする事業者 |
メーカーは、直接消費者に商品を販売するなど、何らかの契約関係にない限り、共通義務確認の訴えの被告にはなりません(前記1-2(1)ア)。
ただし、例えば、販売商品の瑕疵を理由とする損害賠償請求について小売業者に対して共通義務確認の訴えが提起された場合において、メーカーが当該販売会社(被告)から訴訟告知(民事訴訟法53条1項)を受けたときのように、メーカーが共通義務確認の訴えに補助参加せざるを得ないケースはあり得ます(メーカーが訴訟参加しないときは、後に販売会社からメーカーに対して提起される担保責任追及訴訟において、共通義務確認の訴えに参加していたものとみなされ、事後に販売会社とメーカーとの間で訴訟が起こった場合、共通義務確認の訴えの結果を争うことが基本的にできなくなります〔参加的効力。民事訴訟法53条4項〕)。メーカーは、このようにして共通義務確認の訴えに巻き込まれる可能性があります。
事案によっては、販売会社とメーカーの利害が対立することもありますので、有事の際の協力体制について事前によく協議し、できる範囲で合意しておくといった対応も考えられるところです。
( ⅳ ) 共通義務確認の訴えにおける特有の要件はどのようなものか
本法は、共通義務確認の訴え特有の要件として、①多数性(本法2条4号)、②共通性(同項)、③支配性(本法3条4項)を要求しています。これらは、共通義務確認の訴えにおける「固有の訴訟要件」と言われ、訴えの口頭弁論終結時まで全て具備している必要があり、1つでも欠ければ、請求が認容されることはありません。
事業者としては、共通義務確認の訴えが提起された場合、共通義務が存在しないことを主張するとともに、この3つの要件を欠くと主張することは考えられます。
ただし、この3つの要件を欠くと判断された場合には、共通義務確認の訴えによる請求が認容されないだけで、その後個々の消費者がそれぞれ個別に訴訟を提起してくる可能性があります。事業者としても、共通義務確認の訴えに対応することで紛争の一回的解決を図り、訴訟費用や労力を軽減できる事案はあると思いますので、この3要件を欠くことを主張するかどうかは、個別事案に応じて具体的に検討する必要があると考えられます。
以下、上記①~③の3つの要件について概観します。
(1)多数性とは
ア どのくらいが「相当多数」なのか
本法は、共通義務確認の訴えについて、「相当多数」の消費者に生じた財産的被害であることを要件としています(本法2条4号)。これは、「多数性」の要件と一般的に言われています。
本法は、相当多数の消費者に生じた財産的被害の集団的な回復を図るため、裁判手続の特例を定めるものです。そこで、個別の訴訟ではなく共通義務確認の訴えを利用したほうが審理の効率化が図れることを担保するため、多数性の要件が設定されています。
このため、消費者庁は、「相当多数」であるか否かについて、消費者被害の特徴や審理の効率性の観点を踏まえ、本法の二段階裁判手続を用いることが相当であるか否かを念頭に、裁判所が判断するものと説明しています(Q&A12)。これだけでは明確ではありませんが、消費者庁は、併せて、一般的な事案については、数十人程度であればこの要件を満たすと説明しています(Q&A12)。
※Q&A=消費者庁 消費者裁判手続特例法 Q&A(平成26年4月)(以下同じ)
イ 「相当多数」の要件をもって当初から訴えが却下されることは考えられるか
「相当多数」の立証は、原告である特定適格消費者団体が行う必要があります。もっとも、消費者庁は、必ずしも個々の消費者を特定して人数を示すことまでは必要ではなく、行政機関等に寄せられた相談件数や各種の公表情報による立証が可能であると説明しています(Q&A12)。このため、訴えが提起された当初からこの要件をもって訴えが却下される事態はあまり考えられません。
前述のとおり、「相当多数」の要件は、訴えの口頭弁論終結時まで具備されている必要があります。
そのため、事業者としては、共通義務確認の訴えが提起された場合において、リコールや返金対応、損害賠償等の自主的な対応を行うことによって被害が回復されていない消費者が「相当多数」存在しなくなるとの見込みが立つのであれば、自主的な対応を行い、「相当多数」の消費者に被害が生じていないことを主張する、ということも選択肢となると考えられます(Q&A12ご参照)。
また、本法は、特定適格消費者団体が、「不当な目的でみだりに」共通確認の訴えの提起をすることを禁止しています(本法75条2項)。
消費者庁「特定適格消費者団体の認定、監督等に関するガイドライン」(以下「本ガイドライン」といいます)は、訴え提起時に多数性の要件を満たしていない場合だけでなく、多様性の要件を満たさないことが「容易に見込まれる」事案において共通義務確認の訴えを提起する場合にも、「不当な目的でみだりに」の要件を満たすとしています(本ガイドライン4.(6)イ②)。
このため、共通義務確認の訴えの提起を受ける前に、事業者が合理的な内容のリコールや返金対応、損害倍賞等を行い、当該対応について消費者に適切に情報を提供している場合には、そもそも共通義務確認の訴えの提起を受ける可能性が格段に低くなると考えられます。
事業者としては、以上を踏まえ、訴えが提起されたこと自体によるレピュテーションリスクの大きさも勘案しつつ、訴え提起自体を防ぐための事前対応や、提起された後の次善の策としての対応等、適時に適切な対応を検討することが重要であると考えられます。
(2)共通性とは
消費者ごとに義務発生の原因事実や法的根拠が異なる場合は、簡易確定手続において迅速な救済を図れず、本法の目的を達成できません。
そこで、本法は、消費者の被害の回復を集団的に迅速に図ることを担保するために、共通義務確認の訴えでは、請求に「共通する事実上及び法律上の原因」があることを要求しており(本法2条4号)、これは「共通性」の要件と一般的に言われています。
「共通する事実上及び法律上の原因」があるという要件について、消費者庁は、個々の消費者の事業者に対する請求を基礎付ける事実関係がその主要部分において共通であり、かつ、その基本的な法的根拠が共通であることをいうと説明しています(Q&A13)。
例えば、事業者が共通するパンフレットを用いて同パンフレットどおりに消費者契約について勧誘した事案や(「勧誘」については (「広告・パンフレットの記載に消費者契約法の不当勧誘規制が適用されるか」)をご参照ください)、消費者契約に際して共通する約款を用いた事案については、この共通性の要件が満たされることとなると考えられます。
したがって、事業者としては、自社が利用しているパンフレットや約款について、消費者契約法等に照らし不当な内容がないかについて改めて分析、検討を行うことが、訴訟リスクを減らすために重要であると言えます。
(3)支配性とは
ア「支配性」とはどのようなものか
共通義務確認の訴えにおいて、裁判所は、「事案の性質、当該判決を前提とする簡易確定手続において予想される主張及び立証の内容その他の事情を考慮して、当該簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難である」と認めるときは、共通義務確認の訴えの全部または一部を却下することができると定められています(本法3条4項)。これは、「支配性」の要件と一般的に言われています。
イ 具体的にどのような場合には支配性が認められないのか
具体的には、個々の消費者の損害や損失、因果関係の有無等を判断するのに、個々の消費者ごとに相当程度の審理を要する場合等には、支配性が認められないと考えられています。
消費者庁は、例えば、次のようなケースでは、支配性が認められないと説明しています(Q&A27)。
- ある同一規格製品の不具合が瑕疵に当たり、事業者が瑕疵担保責任に基づく損害賠償義務を負うことを確認したとしても、個々の消費者の購入した製品に当該不具合があるかどうかの認定判断が困難なケース
- 損害保険金不払いの事案で、保険事故が生じているかどうかの認定判断が困難な場合
上記①の例を踏まえると、例えば、製造工程における品質がまちまちであって一部の製品のみに瑕疵が生じたといった事案においては、支配性を欠くと判断されることはあり得ると考えられます。この場合には、瑕疵がある製品については瑕疵の原因やその内容には共通性があっても、ある消費者が購入した製品に当該瑕疵(品質の悪さ)が現に生じているとは限らず、その点に個別性があり、消費者ごとに瑕疵の有無について更なる立証を要すると考えられるからです。
経過措置との関係
以上が共通義務確認の訴えの対象事案の概要ですが、本法施行にあたり、経過措置として、本法の施行日(平成28年10月1日)以前に締結された消費者契約に関する請求(不法行為に基づく損害賠償請求については、本法の施行日以前に行われた加害行為に係る請求)については、本法は適用されず(本法附則2条)、共通義務確認の訴えの対象外となります。
「共通義務確認の訴え」についてその他押さえておくべきポイントは
事前通知が不要であること
適格消費者団体による差止請求制度の場合、適格消費者団体が差止請求に係る訴えを提起しようとするときは、被告となる事業者に対し、書面による事前の請求を行うことが必要です(消費者契約法41条)。
これに対し、本法は、特定適格消費者団体が共通義務確認の訴えを提起するにあたり、そのような事前の手続は必要とされていません。
根拠法 | 事前の手続き | |
適格消費者団体による差止請求 | 消費者契約法 | 書面による事前の請求が必要 |
特定適格消費者団体による共通義務確認の訴え | 本法(消費者裁判手続特例法) | 不要 |
この点に関し、本法は、特定適格消費者団体が、「不当な目的でみだりに」共通確認の訴えの提起をすることを禁止していますが(本法75条2項)、本ガイドライン4(6)は、この「不当な目的でみだりに」の要件を満たすか否かの考慮要素として、「事前の交渉の有無、事前交渉の内容」を挙げています。
このため、実務上は、特定適格消費者団体から、何らの申入れや協議をせずに共通義務確認の訴えが提起されるといった事態は考え難いです。
しかし、事業者としては、特定適格消費者団体による事前の協議についての法律上の担保がなく、突如として訴訟提起を受けるという可能性があることには留意する必要があります。
判決の効力が及ぶ主観的範囲が特殊であること
(1)通常の民事訴訟における既判力の主観的範囲は
通常の民事訴訟において、判決が確定した場合、その確定した判決には、基準時(事実審の口頭弁論終結時)における権利または法律関係の存否についての裁判所の判断が、それ以後同じ事項を判断する際に強制通用力を持つという効力(既判力)が生じます。裁判所は、既判力の生じた判断と矛盾する判断することは許されず、仮に、既判力が及ぶ者の間で別訴が生じても、その判断を前提として判断を行わなければなりません。
通常の民事訴訟では、この既判力は、確定判決の効力として原則として当該訴訟の当事者に及びます(民事訴訟法115条1項)。
(2)共通義務確認の訴えにおける既判力の拡張
これに対し、共通義務確認の訴えでは、その確定判決の既判力は、原告となった特定適格消費者団体および被告となった事業者のほかに、他の特定消費者団体および「届出消費者」(簡易確定手続において債権届出された債権の債権者である消費者。本法30条2項1項カッコ書)にも及びます(本法9条)。請求の全部棄却判決の場合には、簡易確定手続が開始されないため、消費者に確定判決の既判力が及ぶ余地がありません。
他の特定消費者団体にも確定判決の既判力が及ぶことで、請求内容及び相手方が同一である共通義務確認の訴えについて、他の団体によって裁判が蒸し返されることが回避されます。
判決内容とその確定判決の既判力が及ぶ者の対応関係は、下表のとおりです。
原告たる特定適格消費者団体 | その他の特定適格消費者団体 | 届出消費者 | 届出消費者ではない消費者 | |
請求認容 (一部含む) |
及ぶ | 及ぶ | 及ぶ | 及ばない |
全部請求棄却 | 及ぶ | 及ぶ | 及ばない | 及ばない |
共通義務確認の訴えの判決の効力が及ぶ消費者は、請求認容判決がなされたときに、それに続く簡易確定手続で債権届出をした者に限られます。共通義務確認の訴えの判決に不満を持つ消費者は、簡易確定手続に加入しない(債権届出を特定適格消費者団体に授権しない)ことによって、その判決の効力に服さないことができます。
その場合、消費者は、共通義務確認の訴えの対象となった損害についても、別訴を提起して個別に請求することが可能です。消費者契約に関する紛争が生じた場合、このような別訴を提起されるなどして、紛争が長期化するリスクがあることには留意する必要があります。
和解について限界があること
(1)どのような和解が可能か
特定適格消費者団体は、訴訟上の和解をすることができますが、和解の内容は、共通義務の存否に関するものに限定されています(本法10条)。また、特定適格消費者団体は、共通義務確認の訴えにおいて消費者の実体法上の権利を処分する権限を有していません。そのため、例えば、通常訴訟で見られるような、「事業者が個々の消費者に対し一定額の解決金を支払う代わりに、消費者はこれ以上の金銭支払請求をしない」といった内容の和解を行うことはできないと考えられています(消費者庁もそのように説明しています〔Q&A42〕。)。
訴訟上の和解として想定されているのは、例えば、複数の共通義務が問題となっているときに、その一部の共通義務のみを認め、他の共通義務を認めないといった内容の和解です。具体的には、学納金返還請求権に関する共通義務確認の訴えにおいて、事業者が授業料返還義務を認め、入学金返還義務については認めない旨の和解は有効であると指摘されています(山本和彦『解説 消費者裁判手続特例法〔第2版〕』(商事法務、2016)193頁)。
特定適格消費者団体は、対象消費者の利益のために業務を適切に実施しなければならない責務を負っています(本法75条1項)。このため、特定適格消費者団体としては、訴訟上の和解において、その一部の共通義務のみを認め、他の共通義務を認めないといった内容の和解を行う場合、当該責務に反すると評価されないように、共通義務の取り扱いに差異を設ける合理的な理由が説明できなければならず、このような和解には慎重な姿勢になると解されます。
したがって、実務的にはこの和解が成立する可能性はあまり高くないと考えられます。
訴訟上の和解の効力は、前記判決の効力と同様、他の特定適格消費者団体にも及びますが、和解の内容に不満のある消費者は、簡易確定手続に加入しなければ、訴訟上の和解の効力には服しません。そのため、事業者が、訴訟上の和解で紛争を収束させようと意図しても、特定適格消費者団体が消費者の意向を十分に掌握できていない場合には、和解の内容に不満のある消費者から別訴を提起される可能性があります。
したがって、仮に共通義務確認の訴えにおいて和解が成立しそうになる場合には、原告である特定適格消費者団体との間で和解することによって本当に紛争の一回的解決を図れるのかといったことについて、慎重に分析した上で方針を判断する必要があると考えます。
(2)訴訟上の和解の手続は
特定適格消費者団体は、共通義務確認の訴えにおいて訴訟上の和解をしようとするときは、他の特定適格消費者団体にその旨を通知しなければなりません(本法78条1項7号、消費者裁判手続特例法施行規則17条1項2号)。
他の特定適格消費者団体は、和解の内容が不当だと判断すれば、共同訴訟参加(民事訴訟法52条1項)をして和解に応じないことでこれを阻止することができます。
(3)訴訟上の和解の効力は
訴訟上の和解(和解調書の記載)は、確定判決と同一の効力を持ちます(民事訴訟法267条)。
また、訴訟上の和解は、それが共通義務の存在を認めるものであれば、簡易確定手続の開始原因となります(本法12条)。
(4) 裁判外の和解
なお、特定適格消費者団体が事業者との間で裁判外の和解をし、共通義務確認の訴えについては特定適格消費者団体がその訴えを取り下げることは禁止されていないと考えられています。ただし、裁判外の和解は、二段階目の対象債権の確定手続の開始原因とはなりません(本法12条)。
以上、消費者裁判手続特例法の特徴である、「共通義務確認の訴え」について解説しました。最終回となる次回では「簡易確定手続」について押さえておくべきポイントについて解説します。

弁護士法人大江橋法律事務所

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