施行直前!消費者裁判手続特例法の概要と実務上の注意ポイント

第1回 日本版クラスアクションか?制度の全体像を探る

訴訟・争訟
古川 昌平弁護士 弁護士法人大江橋法律事務所 大多和 樹弁護士 弁護士法人大江橋法律事務所

目次

  1. 間近に迫った消費者裁判手続特例法の施行
  2. 本法の特徴
    1. 特定適格消費者団体を追行主体とする二段階の裁判手続
    2. 特定適格消費者団体とはどのような団体か

間近に迫った消費者裁判手続特例法の施行

 平成28年10月1日、消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律(いわゆる「消費者裁判手続特例法」、以下「本法」といいます)が施行されます。

 これまで、消費者が企業(事業者)から何らかの財産的被害を受けた場合、自らその被害回復を図るためには、自力で事業者を相手に交渉するか、訴訟を提起する必要がありました。
 しかし、事業者と消費者との間には構造的な「情報の質及び量並びに交渉力の格差」(本法1条)が存在すること、被害回復に要する時間・費用・労力は相当大きいこと等から、消費者が自らその回復を図ることは困難であり、泣き寝入りしている消費者が多いと従来から指摘されていました。他方で、消費者被害は、共通の原因により同種の被害が拡散的に多数生じることが多いという特徴があります。
 こうした背景をもとに、消費者契約に関する共通の原因により相当多数の消費者に生じた財産的被害の集団的な回復を図ることを目的として、本法が制定されました(平成25年12月4日成立、同月11日公布)。

 本法は、あくまで「民事の裁判手続の特例」を定めるものであり、事業者と消費者との間の法律関係に直接影響を及ぼすものではありません。
 しかし、本法の下では、従前個々の消費者が被害回復に要する時間・費用・労力の負担等から事業者に対する訴訟提起を躊躇していたようなケースについても、「特定適格消費者団体」(後記2-2ご参照)として認定を受けた消費者団体によって、本法に基づく訴訟が提起される可能性があります。
 そのため、事業者としては、本法が新設する裁判手続がどのようなものか、本法施行に伴い消費者紛争リスクはどのように変わるのかといったことを把握し、これらにどう対応するのかを検討することが非常に重要であると考えられます。
 本稿では、本法の概要について、事業者が実務上注意すべきポイントに触れつつ、3回に分けて説明します。

目次
第1回 本記事
1 間近に迫った消費者裁判手続特例法の施行
2 本法の特徴
第2回 徹底解説、「共通義務確認の訴え」とは
1 「共通義務確認の訴え」の対象事案はどのような事案か
2 「共通義務確認の訴え」についてその他押さえておくべきポイントは
第3回 「簡易確定手続」について押さえておくべきこととは
1 「簡易確定手続」について押さえておくべきポイントは
2 おわりに

本法の特徴

 本法の特徴は、「特定適格消費者団体」として認定を受けた消費者団体のみが追行主体となる、二段階の裁判手続(後述する「異議後の訴訟」については、消費者も追行できます。)を新設する点にあります。
 そこで、この二段階の裁判手続と「特定適格消費者団体」の意義等について、概説します。

特定適格消費者団体を追行主体とする二段階の裁判手続

 本法の新設する裁判手続は、( Ⅰ )「共通義務確認の訴え」と、( Ⅱ )「対象債権の確定手続」という二段階に分かれます。この( Ⅱ )対象債権の確定手続は、( ⅰ )「簡易確定手続」および( ⅱ )「異議後の訴訟」により構成されています。

 ここでは、この二段階の裁判手続の概要や大まかな手続きの流れと、米国のクラスアクションとの相違についてポイントを解説します。

(1)二段階の裁判手続の概要はどういうものか

 二段階の裁判手続の概要は、下表のとおりです。

( Ⅰ )「共通義務確認の訴え
(本法2条4号)
 内閣総理大臣の認定を受けた「特定適格消費者団体」(後記2-2ご参照)が原告となり、事業者が相当多数の消費者に対して、共通する事実上および法律上の原因に基づく金銭支払義務(以下「共通義務」といいます)を負うことについて、裁判所の確認を求める訴えです。
 後述の簡易確定手続と異なり、特定適格消費者団体は、個々の消費者からの授権を受けずに訴えを提起することができます
具体的な審理の進め方については通常訴訟と大きな違いはありません。
( Ⅱ )「対象債権の確定手続 ( ⅰ )「簡易確定手続」(本法2条7号)  共通義務確認の訴えにおいて事業者が共通義務を負うことが確定したことを前提に、個々の消費者の事業者に対する個別の債権を確定する手続きです。
 具体的には、大要、次のように進行します。
(a)「特定適格消費者団体」が、個々の消費者から授権を受けて、裁判所に対し債権の届出を行う。
(b-1) 事業者が届出債権の内容の全部を認めたときは、届出債権の内容が確定する。
(b-2) 事業者が届出債権の内容の全部を認めなかったときは、「特定適格消費者団体」が、裁判所に対し、事業者による認否を争う旨の申出をすることができる。
(c-1) 上記(b-2)の争う旨の申出がないときは、事業者の認否の内容により届出債権の内容が確定する。
(c-2) 上記(b-2)の争う旨の申出があったとき、裁判所が、届出債権の存否および内容について(判決でなく)決定手続で判断する(対象債権が存在するとの判断の場合にはその内容を確定し支払を命じる届出債権支払命令が行われ、対象債権が存在しないとの判断の場合には請求を棄却する旨の簡易確定決定が行われる)。
(注)申立てを行った特定適格消費者団体は、簡易確定手続が開始された段階では「簡易確定手続申立団体」と呼ばれ(本法21条)、債権届出の段階まで進むと「債権届出団体」と呼ばれます(本法31条7項)。
 ただし、本稿では、便宜上、団体の名称については、手続の段階にかかわらず、「特定適格消費者団体」と記載する場合があります。
( ⅱ )「異義後の訴訟」(本法2条8号) ①「特定適格消費者団体」、②相手方である事業者は、( ⅰ )簡易確定手続における上記(c-2)の裁判所による決定に対し、裁判所に異議の申立てをすることができます。この申立ては、③届出消費者もすることができます。
 適法な異議の申立てがあった場合には、その債権についての訴訟手続に移行することとなり、裁判所が、届出債権の存否および内容について、判決手続で判断することとなります。
「異義後の訴訟」には固有の規律もありますが、審理形態は基本的には通常訴訟と同様です。

 さらに、この二段階の裁判手続の流れのイメージは、下図のとおりです。

二段階の裁判手続の流れのイメージ

 ( Ⅱ )「対象債権の確定手続」のうち、( ⅱ )「異義後の訴訟」は、手続保障の観点から、「簡易確定手続」における判断に不服がある場合に通常訴訟と同様の手続に移行するルートとして用意された手続きですので、本法の特徴が表れているのは、( Ⅰ )「共通義務確認の訴え」と( Ⅱ )( ⅰ )「簡易確定手続」であるといえます。第2回では「共通義務確認の訴え」について、第3回では、「簡易確定手続」について説明します。

 なお、特定適格消費者団体は、これらの裁判手続において自らが金銭債権を有していると主張するわけではありませんが、本法は、二段階の裁判手続の実効性を担保するため、仮差押えの申立てをすることができると定めています(本法56条)。

(2)「日本版」の「クラスアクション」なのか

 「クラスアクション」とは、共通点を持つ一定の人々(class)を代表して、一人または数名の者が全員のために訴える訴訟形態であり、英国・米国・フランス等諸外国で導入されています。

 本法の新設する裁判手続は、「日本版クラスアクション」と呼ばれることもありますが、下表のとおり、米国のクラスアクション制度とはかなり異なる手続構造となっています。

米国のクラスアクション 本法
手続の枠組み オプト・アウト型
(除外の申出をした者を除く全被害者が対象者
オプト・イン型
届出によって手続に加入した対象消費者のみが対象者
原告 被害者であれば誰でもよい 「特定適格消費者団体」に限定(「異議後の訴訟」を除く)
対象事案 限定されていない
  • 製造物責任訴訟
  • 証券関連訴訟 など
限定されている
(詳細は第2回参照)
司法制度 米国特有の民事訴訟制度
  • 陪審員も判断に関与する(陪審制)
  • 懲罰的賠償(実際の損害の額を大きく超える場合もある)など
日本の民事訴訟制度
  • 裁判官のみが判断する
  • 賠償は実際に生じた損害のてん補のみ

(消費者庁「消費者裁判手続特例法 Q&A」〔平成26年4月〕(以下「Q&A」といいます)におけるQ6に対する回答を基に作成)

特定適格消費者団体とはどのような団体か

(1) 特定適格消費者団体とは

 「特定適格消費者団体」とは、消費者契約法上の「適格消費者団体」(消費者契約法2条4項)のうち、内閣総理大臣の認定を受けた団体です(本法2条10号)。

 本法の新設する共通義務確認の訴えおよび簡易確定手続は、特定適格消費者団体のみが追行主体となることができます。たとえ消費者であっても追行主体となることはできず、消費者自ら共通義務確認の訴えを提起したり補助参加したりすることもできませんし、簡易確定手続においても、債権届出は、個々の消費者からの授権を前提としつつも特定適格消費者団体が行います。

(2)適格消費者団体との違い

 適格消費者団体とは、不特定かつ多数の消費者の利益のために差止請求権を行使するのに必要な適格性を有するものとして内閣総理大臣の認定を受けた消費者団体です(消費者契約法2条4項)。
 この適格消費者団体による差止請求制度は、事業者の消費者契約法や景品表示法等に違反する行為を阻止することを目的としており、直接に個々の消費者に生じた財産的被害を回復するものではありません。

 これに対し、本法によって定義された特定適格消費者団体は、相当多数の消費者の事業者に対する金銭請求の存否および内容を確定し、当該消費者の財産的被害を集団的に回復することを目的としている点に特徴があります。

適格消費者団体のイメージ

適格消費者団体のイメージ


特定適格消費者団体のイメージ

特定適格消費者団体のイメージ

 なお、消費者庁消費者制度課職員によれば、適格消費者団体による差止請求権の行使件数は平成28年6月末時点で367件であり、このうち差止請求訴訟が提起されたものは40件であるとのことです(小田典靖「消費者裁判手続特例法の施行」自由と正義第67巻第8号82頁)。

(3)特定適格消費者団体はいつごろ生まれるのか

 平成28年8月現在、適格消費者団体は14存在しており(詳細は「全国の適格消費者団体」(消費者庁)をご参照ください)、その多くが「特定適格消費者団体」としての認定取得を目指すものと考えられます。
 なお、特定適格消費者団体の認定申請は本法の施行日(平成28年10月1日)以後に行うことができますが、すでに平成27年11月に認定に関するガイドライン(消費者庁「特定適格消費者団体の認定、監督等に関するガイドライン」。以下「本ガイドライン」といいます)が公表されていますので、施行からあまり時間を置かずに特定適格消費者団体が生まれるのではないかと思われます。

(4)特定適格消費者団体は無制限に活動できるわけではない

 本法は、事業者の適切な経済活動を委縮させることがないようにする観点から、特定適格消費者団体が「不当な目的でみだりに」共通義務確認の訴えの提起その他の本法に基づく業務を行うことを禁止しています(本法75条2項)。特定適格消費者団体もこの制限の下でしか活動できないということは、事業者として実務的な対応を検討する際の一つのポイントとなると考えられます。

コラム:特定適格消費者団体の報酬や費用の請求権
 特定適格消費者団体が業務を追行するに当たっては、報酬や費用を確保する必要がありますが、本法は、その額または算定方法等の定めが「消費者の利益の擁護の見地から不当」である場合は、特定適格消費者団体としての認定をしてはならないと定めています(本法65条4項6号)。
 この報酬や費用の基準は、本ガイドラインにおいて具体的にされています(本ガイドライン2.(6) )。この報酬や費用の基準の内容によって、特定適格消費者団体による訴訟提起の頻度に違いが生じる可能性がありますので、この内容や今後の動きには目を配ることも有用であると考えられます。

 以上、消費者裁判手続特例法の概要について解説しました。次回は「共通義務確認の訴え」について、その対象事案、押さえておくべきポイントについて解説します。

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