改正民法の施行に伴うWEBサービス利用規約作成・改訂の直前対応(前編) 定型約款制度の概要と、定型約款による契約成立の要件(組入要件)
取引・契約・債権回収
目次
2020年4月1日から施行される改正民法(債権関係)において、「定型約款」制度が新設されます。WEBサービスにおいて用いられるほとんどの利用規約がこの定型約款に該当する可能性が高いため、WEBサービス事業者には以下の対応が求められます。
- 新設された定型約款制度を正確に理解する
- 改正民法の施行により自社のWEBサービスにどのような影響が生じるかを把握する
- 施行日の前後を通して自社が行うべき要対応事項をリストアップする
本稿では、特にWEBサービス事業者を対象として、定型約款制度の大筋と、改正民法を踏まえて自社のサービス利用規約を見直すべきポイントについて解説します。前編では、定型約款制度の概要と、定型約款による契約成立の要件について説明します。
また後編では、定型約款における不当条項規制、内容の開示義務、内容変更時の留意点等について詳説しています。
定型約款制度の概要
現代社会では、定型的な取引が大量に行われる機会が多いところ、これらの取引を迅速に処理するために、契約当事者の一方が契約内容の詳細を定めた「約款」が用いられてきました。保険約款、運送約款、WEBサービス利用規約などがその代表例です。
しかしながら民法では約款に関する定めは設けられていなかったため、いかなる場合に約款に基づく契約が成立するのか、一方的な変更が許されるのかなど、その要件や効果は不明確なままでした。そこで約款を用いた取引の法的安定性を確保するべく、改正民法で新たに定型約款の制度が設けられることとなりました(改正民法548条の2から548条の4)。
改正民法では、定型約款を用いた契約の成立要件と効果(改正民法548条の2第1項)、不当条項(改正民法548条の2第2項)、定型約款の変更が認められる要件(548条の4)などがそれぞれ定められています。
WEBサービス利用規約が定型約款に該当する場合、①ユーザーは一定の条件を満たせば、利用規約の個別の条項をたとえ実際に読んでいなかったとしても、すべての条項に合意したものとみなされ(みなし合意)1、②WEBサービス事業者は、一定の要件を満たせば、ユーザーの同意を得ることなく一方的な変更を行うことが可能となります。
定型約款に該当すれば上記のような効果が付与されるため、まずは自社の利用規約等が定型約款に該当するかどうかを見極めることが重要となります。
定型約款による契約が成立する要件(組入要件)と「みなし合意」
定型約款による契約が成立した場合、定型約款に記載された個別の条項をたとえ認識していなかったとしても、定型約款の個別の条項について合意したものとみなされます(みなし合意、改正民法548条の2第1項)。すなわち以下の3点に該当する場合に、定型約款の個別の条項について合意したものとみなされます(みなし合意)。
- 契約で用いられる約款が「定型約款」に該当する(定型約款該当性)
- 当事者間で個別具体的な定型取引を行うことの合意がある(定型取引合意)
- 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしている、またはあらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示している
以上の要件(組入要件と呼ばれます)を簡潔に図式化したのが以下の表です。
以下、組入要件について簡潔に確認します。
定型約款該当性では「不特定多数要件」と「合理的画一性要件」がポイント
定型約款の定義は改正民法548条の2第1項が定めるとおりですが、簡潔にいうと「不特定多数の者を相手方として行う取引であって(不特定多数要件)、かつ、その取引内容の全部または一部が画一的であることが当事者双方にとって合理的である場合(合理的画一性要件)において、契約の内容とすることを目的として準備された条項の総体」となります。
不特定多数要件は、相手方(WEBサービスにおけるユーザー)の個性を重視せずに多数の取引を行う場合に認められますが、定型化された基準への適合性について、形式的な審査(たとえば反社条項に該当しないか、自社のブラックリストに入っていないかなどのスクリーニングチェック)をするにとどまる場合は、なお不特定多数要件を満たすと考えられています 2 3 。
合理的画一性要件は、取引内容の「全部または一部」について契約交渉を行わないこと(たとえば事業者によって事前に準備された利用規約のままで契約を締結すること)が「当事者双方にとって」合理的である場合に認められます。たとえばすべてのユーザーに対して統一的な利用規約を示すことで、ユーザーも迅速かつ安価なサービスを享受できると評価できるような場合は、合理的画一性要件を満たすといえます。
なお取引内容の「一部」が画一的であることが当事者双方にとって合理的な場合の「一部」とは、あくまで取引の重要部分以外のごく一部を指すものと考えられています。WEBサービスであれば、いくつか用意されたサービスプラン(料金プラン)を利用者が選択できたり、SaaSサービスでオプションサービスを複数選択できたりする場合は、なお「一部が画一的」なものとして合理的画一性要件を満たすものと考えられます 4。
一方で、たとえばSaaSサービス等でユーザー候補者である事業者向けにサービス利用契約書のひな形を提示し、個別具体的な条件交渉を行った結果、契約締結に至るような場合は、合理的画一性要件を満たさず、このひな形は定型約款に該当しないことになります 5。利用規約や契約書が定型約款に該当しない場合、改正民法548条の2第1項が定めるみなし合意の効果は付与されず、また事業者からの一方的な変更(改正民法548条の4)も認められないため、内容の変更を行う際には、あくまでユーザーとの間で個別の同意を得ることが必要となります。
なお事業者向けWEBサービス等で、利用規約をウェブサイトではなく紙媒体で準備している場合もあると考えられますが、紙媒体であってもその内容が上記の各要件を満たすものである限りは、なお定型約款該当性は失われないことになります。
定型取引を行うことの合意(定型取引合意)
定型取引合意とは、相手方との間で個別具体的な定型取引を行うことの合意を指し、WEBサービスの場合は「ユーザーとWEBサービス事業者との間で、当該WEBサービスを利用する旨の合意」がこれにあたります。WEBサービスの場合、定型取引合意の有無が問題になることはあまり多くないものと考えられますが、後記のとおり、定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していただけでも組入要件は認められるところ(改正民法548条の2第1項2号)、この表示は定型取引合意の時点でなされている必要がある点には注意を要します。
改正民法における組入要件は、現行の経済産業省「準則」の要件よりも緩やか
定型約款による契約の成立が認められるためには、「定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき」(改正民法548条の2第1項1号、いわゆる1号要件)、または「あらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方(ユーザー)に表示していたとき」(改正民法548条の2第1項2号、いわゆる2号要件)のいずれかの要件を満たす必要があります。
ポイントは、「定型約款を契約の内容とする旨」を合意するか、あらかじめ「定型約款を契約の内容とする旨」を表示さえしていれば、この要件は満たされる点です。定型約款の個別の条項について事前に表示されていることは、みなし合意が成立する要件とはされていません 6。
ただし、平成14年の策定以来、インターネットビジネスをめぐる法解釈の指針として機能してきた経済産業省「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」(本稿作成時点における直近の改訂版である令和元年12月版を以下「準則」といいます) 7 では、サイト利用規約がその契約に組み入れられるための要件として「①利用者がサイト利用規約の内容を事前に容易に確認できるように適切にサイト利用規約をウェブサイトに掲載して開示されていること」および「②利用者が開示されているサイト利用規約に従い契約を締結することに同意していると認定できることが必要」としています 8。利用規約の個別の条項について事前表示と、利用者に何らかの同意を求めている点で、「準則」が求める要件は改正民法548条の2第1号が定める組入要件よりも厳しいものとなっています。
「準則」は、改正民法の施行後に新たな改訂版の公表が予定されていますが、今後、改正民法548条の2の要件にあわせるかたちで「準則」の改訂がなされるかどうかは明らかではありません。WEBサービス事業者が現時点でとるべき方針としては、直近の改訂版である「準則」が定める各要件を満たす運用、すなわち申込者に対して、いつでも利用規約の全文を閲覧できるように利用規約の内容を開示したうえで利用規約への同意クリックを要求する等の運用としておくことが、改正民法の施行後も無難といえるでしょう。
「2号要件」でみなし合意を得る場合のリスク
定型約款を用いるうえで、たとえ改正民法の組入要件では、利用規約の全文を事前に表示し、利用規約に対する同意クリックを得ることまでが求められていないといえども、実際にそのような運用をした場合、ユーザーから「利用規約を読んでいない」「同意した覚えはない」といったクレームの増加が予想されます。
とりわけ有償サービスや、ユーザーに何らかの制約を課すようなサービス(たとえばユーザーが投稿したコンテンツについて事業者が何らかの利用許諾を得るようなUGC 9 サービスなど)において、同意前の利用規約の全文表示や明確な同意クリックを得ることなく、2号要件、すなわち「あらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示」(改正民法548条の2第1項2号)していたことをもってみなし合意の効果を得ようとすれば、ユーザーとの間でトラブルとなることが容易に想像されます 10。
事業者としては、改正民法や今後の「準則」の改訂内容にかかわらず、「ユーザーにとって不意打ちとならない利用規約」を策定したうえで、「ユーザーから真摯な同意」を得る運用としておくことが、ユーザーとのトラブルを未然に防止してクレーム対応コストも抑えられ、結果的に自社の利益になるものと捉えておくべきと考えます。
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ただし一定の不当条項(改正民法548条の2第2項)については合意をしなかったものとみなされ、みなし合意(改正民法548条の2第1項)の対象からは除外されます。 ↩︎
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村松 秀樹・松尾 博憲「定型約款の実務Q&A」(商事法務、2018。以下「実務Q&A」)29頁 ↩︎
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井上聡ほか「practical 金融法務 債権法改正」(きんざい、2017)274頁 ↩︎
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「実務Q&A」27頁、33頁 ↩︎
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「実務Q&A」48頁 ↩︎
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ただし定型取引合意の前または定型取引合意の後相当の期間内に相手方から請求があった場合には、遅滞なく、相当な方法でその定型約款の内容(個別の条項)を示さなければならず、定型取引合意の前にこの請求を拒んだときは、みなし合意は成立しません(改正民法548条の3第1項、第2項)。 ↩︎
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経済産業省「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」(令和元年12月版) ↩︎
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「準則」20頁 ↩︎
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User Generated Contentsの略称。 ↩︎
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私見ながら、表示要件によりみなし合意の効果を得ようとするのは、無償の検索サービスや情報提供サービスなど、ユーザーに不利益が生じる可能性が低いサービスに限定しておくことが無難と考えます。 ↩︎

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