グローバルリスクマネジメント

第3回 海外腐敗行為防止法制の戦略的活用 日本企業はどのように対策すべきか

国際取引・海外進出

目次

  1. (続)日本企業のコンプライアンス体制確立に向けて必要なこと
    1. 社内教育・研修の重要性
    2. 契約における贈賄防止のための手当て-贈収賄防止条項
  2. 海外腐敗行為防止法制の戦略的活用
    1. なぜ海外腐敗行為防止規制はあるのか
    2. 求められる海外腐敗行為防止法制の戦略的活用
    3. 内部通報制度をどのように機能させるか

 前回は、海外腐敗行為防止法制の内容とリスクを解説しました。今回は、そういったリスクに対し、社内でどのような対策を講ずるべきかに加え、さらにはそのリスクを戦略的に活用するかという観点から検討します。

(続)日本企業のコンプライアンス体制確立に向けて必要なこと

社内教育・研修の重要性

 現状では、多くの日本企業において、海外腐敗行為防止法制の具体的な内容やその意義は、十分に理解されていないように見えます。特に、米国FCPA(Foreign Corrupt Practices Act 1977)や英国UKBA(UK Bribery Act 2010)のような外国法が日本企業に適用されうる点については、国内業務を中心に行ってきた役員・従業員からすれば実感が持てないのもやむを得ないところかと思われます。

 そのような現状の下で、企業の経営陣・法務部門が主導して役員・従業員に対し、海外腐敗行為防止法制について教育・研修を十分に行うことが重要です。この教育・研修は、マニュアルを一律配布するというような形骸化したものではなく、集合研修、Eラーニング、パネルディスカッション等の双方向的な手段により、対象者全員が十分に理解できるような方式によるべきです。

 また、教育・研修の内容や対象者の選定も、各人の晒されたリスクの程度や内容に応じたものであることが必要です。具体的には、意思決定権のある役員や幹部従業員、高リスクの新興国に赴任する駐在員、営業部門の従業員等には、具体的にリスクが生じうる場面を紹介した上で、しっかりと時間をかけて詳細な教育・研修を行うのが望ましいでしょう。

 あくまで一例ですが、その教育・研修の項目については、その対象者によって以下のように使い分けることが考えられます。

 さらに、教育・研修は一回限り行えば足りるというものではなく、必要に応じて頻繁に行うほうがよいと考えられます。現に、不幸にして社内で贈賄事案が発生して取締りの対象となった企業でも、頻繁な教育・研修を行っていたことを立証できたことを理由として寛大な処分が得られた米国の事例もあります。

 その前提として、企業がコンプライアンス教育・研修を行った記録等は、その参加者、内容、方法も含めて、これを詳細に記録・保存して証拠化することが重要です。その際、企業内部であれば馴れ合いになりやすい場面もあるため、外部弁護士等の専門家を招聘して教育・研修等を行わせるのも有用です。

契約における贈賄防止のための手当て-贈収賄防止条項

 日本企業が進出先の国で取引先と契約を締結する場合には、「(取引先は)当社との取引に関連して一切の贈賄行為をしない」という内容の贈収賄防止条項を契約の中に挿入することが望ましいと考えられています。
 その内容として、①贈賄行為の禁止②その遵守状況を確認するための監査権③贈賄の禁止に違反した場合の契約解除権を定めるのが一般的ですが、その程度感には契約によって若干の差があるようです。
 この贈収賄防止条項については、取引先が抵抗を示す場合も少なくありません。その理由の多くは、海外腐敗防止法制に関する知識が不十分であることや、過剰な監査権行使によって企業秘密や業務の円滑な遂行が阻害されることへの懸念等かと思われます。

 しかしながら、そのような取引先の中には、贈賄を日常的に行っている故にその禁止を約束できない(すなわち、贈収賄防止条項への抵抗自体が贈賄リスクを示唆している)という場合もみられますので、注意が必要です。

 以下、贈収賄防止条項のサンプルとして、比較的シンプルなものの例を挙げます。Company XがCompany Yと取引をする際に、Company Xのためにコンプライアンスを確保する観点から、契約によってCompany Yの贈賄行為を防止する場面を想定しています。

Article XX - Prohibition of Bribery

  1. Company Y shall not commit any act of bribery in violation of any applicable laws in or out of Japan, irrespective of whether such bribery is connected to the performance of this Agreement.
  2. Company X may, upon prior written notice to Company Y and within the extent and by way of means reasonable and necessary for attaining the objective, request Company Y to disclose certain information and/or materials to Company X and/or to allow Company X to inspect the relevant premises of Company Y, for Company X to inspect Company Y’s compliance with the provision of the preceding paragraph. Company Y shall fully cooperate with Company X’s such request referred to in the present paragraph. [Company Y may, as necessary, cause an appropriate third party (i.e. attorney-at-law) to be present and witness the process of inspection in order to ensure the fairness thereof.]
  3. When Company Y breaches any of the provisions of the two preceding paragraphs, Company X may, immediately and without further demand, terminate this Agreement by giving a written notice thereof to Company Y.

注:第2項の[ ]内の文言は、相手方(Company Y)がCompany Xの監査権に抵抗した場合の対案です。

海外腐敗行為防止法制の戦略的活用

なぜ海外腐敗行為防止規制はあるのか

 上記のように、日本企業が海外腐敗行為防止法制に違反して不測の摘発・処罰を受けるリスクを防ぐための対策はもちろん必要ですが、そもそも海外腐敗行為防止法制(とりわけその域外適用)は何のためにあるのでしょうか。
 この問いに答えるには、新興国で蔓延する贈賄行為の取締りを現地の法令や行政機関、裁判所に任せておき、海外腐敗行為防止法制の域外適用がなければ、その国に投資する外国企業にとってはどのような事態が生じるかを考える必要があります。

 まず、多くの新興国では、贈賄行為を禁止・処罰する国内法自体が未成熟なのが現状です。たとえ国内法自体は存在したとしても、それを執行して贈賄行為を取り締まる行政機関が公正に機能しておらず、その国内法の運用は一貫性を欠くことが多いといえます。
 また、事業を行う際のビジネスパートナーは、国営企業等の政府機関に準じる者であることが多く、その中で行われた贈収賄行為は政府機関内部の問題として取締りが適正になされない場合もあります。
 そして、これに対して法に基づいて司法的な最終判断を行う裁判所も公平な判断をせず、または裁判が不相当に遅延することも稀ではありません。一言で言えば、「法の支配」が正常に機能していない状態ともいえるでしょう。

 そうだとすれば、新興国で現地の法令や行政・司法機関が贈賄行為を適正に取り締まることは期待できないことになります。その結果、新興国では(その多くは政府系の)事業を獲得できるのは公務員に贈賄を行った者であって、法を遵守して贈賄をしない者は事業機会を失うことになり、言わば事業獲得のためには贈賄合戦が不可避という極めて不健全な投資環境が生じえます。

海外での贈賄が絶えない背景
  1. 贈賄行為を禁止・処罰する国内法自体が未成熟であり、取り締まる行政機関も公正に機能しない
  2. 国営企業等の政府機関に準じる者と取引する場合、政府機関内部の問題として取締りが適正になされない
  3. 裁判所も公平な判断をせず、裁判が不相当に遅延することもある
  4. その結果、事業を獲得しようとする企業は、贈賄をしなければ競業他社に負けるという「贈賄合戦」が生じ、悪循環に歯止めがきかない

求められる海外腐敗行為防止法制の戦略的活用

 このような由々しき事態を打開するためには、新興国で贈賄行為を行った者が国外の法令(例:米国FCPA)違反に問われ、その域外適用に基づいて処罰されるような新たな仕組みを構築することが必要だったのです。すなわち、「法の支配」を回復させて贈収賄を排し、投資をめぐる健全な競争を回復させるための外部的な安全装置として、海外腐敗行為防止法制が存在するという見方もできると思われます。

 この点をさらにおし広げれば、日本企業は海外腐敗行為防止法制を不測の処罰を受ける原因となるリスクと捉えるのではなく、むしろこれを戦略的に活用する方法を模索することに注力すべきであるということになるでしょう。そのような戦略的な活用は、内部通報制度の確立と密接な関係にあります。

 すなわち、 個々の企業は国内外の競合他社に対して贈賄を行わないことを求め、万一これを行う場合には当局に内部通報することも辞さないという体制が確立されることによって、上記のような海外腐敗行為防止法制の安全装置としての役割は実効化されます

内部通報制度をどのように機能させるか

 米国FCPAをはじめとする海外腐敗行為防止法令の下において、さらには主としてアングロサクソン系の法域における企業コンプライアンス全般にいえることですが、違法行為の内部通報制度を実効化し、地位を問わず個々人が内部通報を行いやすくする仕組みが、コンプライアンス体制という観点からは非常に重視されています。米国では、内部通報により贈賄事件が摘発に至った場合、通報者に高額の報奨金を与える法令(いわゆる「ドットフランク法」)まで存在します。
 この「内部通報」は種々の場面で生じうる問題で、上記のように競合他社の贈賄行為に対する内部通報もあれば、社内で犯された贈賄行為を発見した場合の従業員による内部通報もあります。

 いずれの場合でも、内部通報者の秘密が確保され、内部通報を行ったことにより通報者が直接・間接を問わず一切の不利益を受けないような仕組みを確実に定着させることが、日本企業にとっても急務の課題といえるでしょう。日本の文化として、他人の不行跡を密告するのを是としない風潮がありますので、日本企業は役員・従業員からそのような心理的抵抗を取り除く努力も必要だと思われます。

この特集を見ている人はこちらも見ています

無料会員登録で
リサーチ業務を効率化

1分で登録完了

無料で会員登録する