改正健康増進法と職場の受動喫煙対策

第4回 職場の受動喫煙対策に活かす「ニコチン依存症」の正しい知識 「習慣」ではなく「疾患」という理解のもと禁煙支援とセットで対応する

人事労務
田淵 貴大

目次

  1. 「ニコチン依存症」とは
  2. 禁煙支援との両輪で進める職場の受動喫煙対策

 2020年4月の改正健康増進法の全面施行に備えて、全国の多くの企業が社内の受動喫煙対策に着手しています。しかし、オフィスや敷地から喫煙室を撤去するなどの社内広報を行ったところ、喫煙者の従業員から猛烈な反発を受け、担当者が戸惑うケースもみられるようです。

 職場における受動喫煙対策を建設的に進めていくために、企業はどのような点に注意を払うべきでしょうか。今回はタバコ研究の専門家である田淵貴大氏(大阪国際がんセンター がん対策センター 疫学統計部 副部長)に、喫煙者がタバコをやめられない原因「ニコチン依存症」について伺います。

「ニコチン依存症」とは

前回「企業の受動喫煙対策 「特効薬」はトップの意識改革」は、紙巻タバコの健康リスクを中心にお聞きしました。今回は、タバコ問題の根っこの部分にあると言われる「ニコチン依存症」について教えてください。

 ニコチン依存症とは「血中のニコチン濃度がある一定以下になると不快感を覚え、喫煙を繰り返してしまう疾患」のことです。ニコチンという物質を摂取していると、それなしでは、イライラやソワソワとした不快感を覚えるようになります。ニコチンを摂取すればそれらの不快感が一時的になくなるため、繰り返し摂取するようになります。

体内に摂取されたニコチンは、どれくらいの間、体内に維持されるのでしょうか。

 ニコチンの大きな特徴の1つに、吸収が速いだけでなく、体内から消失するのも速いということがあります。そのため、タバコを吸う人は喫煙後30分程度でニコチン切れ症状を生じてしまい、またすぐにタバコが吸いたくなってしまいます。

田淵貴大氏(大阪国際がんセンター がん対策センター 疫学統計部 副部長)

田淵貴大氏(大阪国際がんセンター がん対策センター 疫学統計部 副部長)

そのほかにもニコチン依存症が人体に与える影響はありますか。

 ニコチン依存症は「幸せ」を奪うとも言われています。ニコチン依存になると、「楽しい」や「うれしい」「美味しい」といった感情を感じたとき、脳内の報酬系回路がニコチンに邪魔されて、幸福感を感じにくくなってしまいます。

 これについては面白い研究があります。タバコを吸っている10代の男女43人と吸っていない10代の男女43人にチョコレートをあげたときの反応を比べた研究です。

 タバコを吸っていないグループに比べると、タバコを吸っているグループの脳は、報酬系回路が反応していないことがわかりました。つまり、ニコチン依存症の人は「人生の喜び」をありのままに感じられていない、と言えます。

チョコレートをもらったときの脳の反応性の違い

チョコレートをもらったときの脳の反応性の違い

出典:Peters J, et.al . Am J Psychiatry 168:540-549, 2011.
光る反応が強いほど、脳の報酬系回路の反応が強いことを示している。

ニコチン依存症が人の生活に与える影響は小さくないということですね。東京都議会の岡本光樹議員は本連載でのインタビューのなかで、タバコが引き起こす問題について、「依存性物質の『乱用』であるという認識を、もっと広げていく必要がある」と指摘しています。喫煙とはニコチン依存症であると理解することは、企業が受動喫煙対策を進めるうえで役立つでしょうか。

 そうですね。企業が、喫煙者に対して、やめられないのは意志が弱いからだ、とか、個人の自己責任だと考えてしまうとうまくいかないかもしれません。喫煙者はニコチン依存症ですから、なかなかやめられないのも当然です。企業は、喫煙者がニコチン依存症だと理解することによって、喫煙者が禁煙しやすくなるように積極的に禁煙を支援するべきだと認識できるようになるはずです。

禁煙支援との両輪で進める職場の受動喫煙対策

一方、生産性向上の取り組みのなかで、タバコを吸う社員の自主的なタバコ休憩を制限しようという企業の動きもみられます。田淵先生はそのような動きをどう評価しますか。

 就業時間内禁煙などの取り組みのことですね。そういう取り組みによって禁煙する人が増えると期待できますし、禁煙することによって記憶力や認知機能などの能力を取り戻せると考えられますから、企業の生産性向上のためには、即効性があると考えられます。奈良県の市役所では、タバコを吸ってから45分間はエレベーターに乗ることが禁止されています。

生駒市役所の事例ですね。

 はい。タバコを吸うと呼出煙のせいで周りの人の生産性が落ちてしまうんです。タバコを一回吸うとしばらくは周りに迷惑をかけてしまうということで、それを防ぐための方策の1つですね。そのような流れから、全国的にも就業時間内禁煙の動きは広がっています。

田淵貴大氏(大阪国際がんセンター がん対策センター 疫学統計部 副部長)

就業時間内禁煙は企業が生産性向上するうえで「即効性がある」と語る田淵氏。

たとえば、オフィスの向かいの席の同僚のタバコの臭いに悩んでいるというケースもよく聞かれます。

 タバコを吸わない方から、職場の同僚のタバコでつらいという話をよく聞きます。

あるいは、タバコの臭いが体中に染みついているような方と満員電車で隣り合わせ、タバコの臭いを吸っているうちに、頭痛や吐き気を感じると訴える人もいます。

 これは僕もよく経験します。頭が痛くなってくるので、何も言わずに逃げたりしていますが、逃げられない環境でこれが起きるとすると本当に辛いですね。

このような喫煙者の衣服や呼気に残留したタバコ臭などがもたらす三次喫煙、いわゆる「サードハンドスモーク」についても受動喫煙と同様の対策をとるべきでしょうか。

 サードハンドスモークについての研究はまだまだ不十分です。研究では死亡や癌、循環器疾患の罹患など重篤な状態をアウトカムとして実施されることが多く、「不快に感じる人がいる」といった重篤ではない症状の研究はあまり実施されません。

 ただ、化学物質で不快になるということは、普通に起きることです。三次喫煙に分類するのか受動喫煙に分類するのかといった定義の問題もありますが、受動喫煙の被害の1つだと言えると思います。

受動喫煙と化学物質過敏症の関連についてはいかがでしょうか。

 世の中には、化学物質過敏症の人もいます。化学物質過敏症では微量の化学物質に触れることで様々な症状を起こすようになってしまいます。化学物質過敏症の人のなかには、タバコの煙にさらされると路上であっても、大きく体調を崩してしまう人もいます。

 また、気管支喘息や狭心症などの患者さんの場合には、一度のタバコの煙が誘因となって重篤な発作を起こしてしまう場合もあります。化学物質過敏症、喘息や狭心症の人の人権が守られなくてはならないということは、タバコを吸う人も含め、すべての人においてきちんと意識されるべき問題です。化学物質過敏症、喘息や狭心症などの人がどこにいてもおかしくないということを踏まえれば、屋内であれ、屋外であれ、人にタバコの煙を吸わせてはダメだと認識しなければなりません。

先ほど話題に上った就業時間内禁煙は、タバコを吸う従業員がニコチン依存症から抜け出すきっかけになり得るのでしょうか。

 誰だって何か違反をしたら「悪いことをしたな」と思いますよね。日本人は、とりわけ規範に忠実な傾向が強いですから、就業時間内禁煙は禁煙のためにかなり有効だと思います。また、理由がどのようなものであろうとも、タバコを吸う本数が減ると、本人に健康上のメリットが意識されるようになり、タバコをやめやすくなるということもあります。人を大切にするという意味でとても良い取り組みですから、推進していくべきだと思います。

社内禁煙化を進めていく際、企業が気をつけるべきことはありますか。

 タバコを吸っている従業員が禁煙しやすいように、禁煙外来に行きやすい環境を整えたり、禁煙を励ますような社内の雰囲気作りを進めたり、禁煙しやすくなる環境作りとセットにして進めることがポイントです。タバコを吸っている人にとっても、吸わない人にとっても、トータルに職場環境が整っていけば生産性は向上していくはずです。人を大切にする職場の環境作りの一環として、従業員にきちんと伝えてほしいですね。

 大切なことは対立しないことです。喫煙者と非喫煙者が対立してしまうと不毛な感情的議論が誘発されがちで環境整備が進みません。喫煙者も非喫煙者も社内の全員が皆、同じ方向を向いてやれるような取り組みや仕組み作りが求められていると思います。

(取材・文・写真:BUSINESS LAWYERS 編集部)

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【連載】改正健康増進法と職場の受動喫煙対策。第5回は、田淵貴大氏(大阪国際がんセンター副部長)に加熱式タバコの健康リスクと対策のポイントを伺います。

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