データサイエンスと企業法務

第1回 法務の業務プロセスをマイクロソフトのデータサイエンティストはどう変えるか

IT・情報セキュリティ

目次

  1. データサイエンティストが伝えたいAIの本質
  2. データサイエンスが法務の業務プロセスを変える

AIの登場により、「仕事」のあり方が変わろうとしている。多くの企業、多くの部門がAIの活用による業務効率化の道を模索するなか、自動化が困難と言われる法務のプロセスに、AIはどのような革新をもたらすのだろうか。マイクロソフトでデータサイエンスの活用を担うデータサイエンティスト、ラフール・ドディア氏に聞いた。

データサイエンティストが伝えたいAIの本質

初めまして。本日はよろしくお願いします。まずは、ドディアさんが所属するCELA(セラ)のデータサイエンスチームについてご紹介ください。

CELAのデータサイエンスチームは、2年半ほど前に設立されたマイクロソフトにおけるCorporate, External and Legal Affairs(コーポレート・エクスターナル&リーガルアフェアーズ。日本での名称は政策渉外・法務本部)という部門内の一組織です。「データサイエンスとAIを活用し、世界最大のチャレンジに取り組む」というミッションを持っています。

「世界最大のチャレンジに取り組む」というミッションにある「チャレンジ」とは具体的にどのようなものですか。

私たちのチャレンジにはいくつかの施策があります。1つ目は「AI for Good」という施策です。これはたとえば、データサイエンスやAIを活用して発展途上地域の経済発展に貢献していくようなプロジェクトです。

2つ目が、「テクノロジーへの信頼」です。これは、マイクロソフトのプラットフォームは誰もが安全に、そしてセキュアな形で活用できなければならないという思想を表すものです。その実現には2通りの方法があります。1つ目の方法は、私たちの製品をすべての法規制やコンプライアンスを満たすものとすること。そしてもう1つの方法は、不正行為に対応していくことです。プラットフォーム上で、何らかの違法行為を検知した場合には、それをプラットフォームから排除する、あるいは規制当局に証拠を提出するといったことを行います。

3つ目が、「CELAのイニシアティブ」です。これは、弊社のプレジデントでありCELAのトップでもある、ブラッド・スミスが推進しているものです。CELAのリーダーシップチームが持つイニシアティブの中でAIに関連するテーマがあれば、私のチームが推し進めていくことになります。

マイクロソフト CELA(コーポレート・エクスターナル・リーガルアフェアーズ)、データサイエンス&AIチーム シニアディレクター ラフール・ドディア氏

マイクロソフト CELA(コーポレート・エクスターナル・リーガルアフェアーズ)、
データサイエンス&AIチーム シニアディレクター ラフール・ドディア氏

CELAはどのようなメンバー構成をとっているのでしょうか。

CELAのメンバーの半数以上は弁護士です。そのため、プロジェクトの多くは法務的な色合いが強くなっています。私たちは意図せぬバイアスを排除するため、出身地や性別、国籍、そして学歴などに加えて、スキル面でのダイバーシティを推進しています。

スキル面のダイバーシティとはどういったことですか?

スキル面のダイバーシティとは、たとえばエンジニアリングの経験がある人、あるいはデータサイエンティストのキャリアを持つ人、マシーンラーニング(機械学習)に精通している人、経済学を学んできた人、物理学を学んできた人、といったことです。

また、私たちの作業は、CELAのデータサイエンスチームのメンバーのみで行うわけではありません。マイクロソフトには何百人ものデータサイエンティストが在籍していて、彼らとも密に連携をしています。プロジェクトによっては、チームのメンバーが持たないバックグラウンドを持つ人物が必要になることもありますから。そのような場合には、他チームから最適な人材を見つけてきます。

CELAのデータサイエンスチームの構成を教えてください。

データサイエンティスト、データアナリスト、データエンジニアで構成されています。

現時点でCELAには24名のデータサイエンティストが在籍しており、最終的にはおそらく35名程度になると考えています。

データアナリストは、得られたデータからインサイトを得られるような人たちのことで、データエンジニアはデータを自在に動かし、目的に応じて処理してくれる人たちのことを指します。

作業はどのようにして行われているのでしょうか。

初めにCELAのリーダーシップチームからリクエストがきます。そのリクエストを私たちが独自の条件で選別していきます。その条件とは、①しっかりと定義されているかどうか、②しっかりとしたデータがあるかどうか、③リソースがあるかどうかの3点です。

データサイエンスやAIとは、具体的には何を意味していますか。また、それは私たちに何をもたらすものでしょうか。

それはよくいただく質問の1つです。ただ、私は「あまり言葉にとらわれないようにしたほうがいいですよ」と答えるようにしています。私がみなさんに強調したいのは、「AIとは、新しいものではなく、すでにみなさんの周りに存在しているものである」ということです。たとえば、検索エンジンで検索候補を表示するためにAIが使われています。「AI」「データサイエンス」「マシーンラーニング(機械学習)」…。このような言葉が頻繁に使われていますが、表現のテクニックにこだわるべきではないというのが私の考えです。

データサイエンスが法務の業務プロセスを変える

データサイエンスは法務部門にどのようなイノベーションをもたらしてくれるのでしょうか。

その質問にお答えする前に、なぜ、データサイエンスが法務部門だけではなく、あらゆる部門にとって重要であるかを説明させてください。こちらのグラフのY軸は、ビジネスに対するインパクト、X軸は分析の成熟度を示しています。

Asia 2019 version for interview report

資料提供:日本マイクロソフト

組織の活動とは通常、最初にデータを収集し、そのデータを見るところからスタートします。その次のステップとして、レポートやダッシュボードを作成し、過去に何が起きたかを振り返っていきます。

組織や法務部門が技術的に高度になってくると、「何が起きたのか」を記録するだけではなく、「なぜそれが起きたのか」という理由を把握するようになります。たとえば、リスクスコアをつけたり、あるいはドキュメントのディスカバリーを行ったりといったことです。さらに組織が進化すると、今度はその理由だけではなく、「今後何が起きるのか」、そして「それがどこで起きるのか」と予測を立てるようになります。

予測ができるようになると、最終的には、「将来的に起こること」に対して影響を与えるようになってきます。マイクロソフトやグーグルといった企業は、その領域に取り組んでいて、テクノロジーを利用することによってこれからの生活に対して影響を与える、ということを行っています。

このグラフが表す組織の進化の過程を法務部門の業務に当てはめると、どのようになるのでしょうか。

私たちが実際に直面している法務のテクノロジープロジェクトには、「ドキュメントの管理」「ナレッジの管理」「予算の最適化」があります。そのほかにも、アナリティクスやインサイトの理由を究明するというプロジェクトがあります。法務業界では、私たちマイクロソフトだけではなく、他社でもこのようなプロジェクトが数多く進んでいるはずです。

Asia 2019 version for interview report

資料提供:日本マイクロソフト

では、ナレッジマネジメントを例に説明してみましょう。法務部門では、ある領域における専門家が誰か見つけにくい、わからないことを誰に質問していいかわからないという状況がよく指摘されます。

それは日本企業の法務部門でもよく聞く悩みの1つです。

法務に関わる弁護士の多くはとても保守的で、EメールやMicrosoft Wordがよく使用されていますが、情報が担当者ごとに分散してしまいがちでナレッジの構造を作ることは難しいでしょう。そして法務部門は、毎年、同じような質問を何度も繰り返したり、間違った人に質問したりすることによって膨大な額の損失を出しています。

私たちは、それらの課題をシステムで解決しようとしています。法務部門の人たちは追加作業を一切行うことなく、システムがEメールや文章の中身を見て、課題解決のために最もふさわしい専門家が誰であるかを教えてくれます。

コンプライアンスへの対応についてはいかがですか。

それも重要な課題の1つですね。マイクロソフトのようにグローバルに展開する企業では、すべての地域の規制に対応していく必要があります。規制に対応できなかった場合には甚大な損失を被る可能性もありますし、罰金を課せられるおそれもあります。レピュテーションへのダメージも計り知れません。

私たちCELAは、リスクの高い案件やパートナーを素早く発見することによって、リスクを排除するという取り組みを行っています。

具体的にはどのような取り組みが進んでいるのでしょうか。

CELAでは、ビジネスオーナーとコラボレーションしながらプロジェクトを進めています。この点を私が特に強調するのは、データサイエンスのプロジェクトは、常に、ビジネスオーナーと密な連携をしていかなければ成功し得ないものだと考えているからです。連携がなければ、どれだけ素晴らしいものを作っても、誰も使ってくれない、いわば無用の長物になってしまいます。

CELAの弁護士などプロジェクトのメンバーは、ほとんど毎日、営業部門の担当者などと相談しながら、私たちに必要な要素をすり合わせています。たとえば、値引き、インセンティブ、売上、返品などの情報です。そのような必要な要素をすべて取り込み、データサイエンティストが構築した統計モデルに変換します。

そして最終的に1つの数字、つまり「リスクスコア」として提示します。このリスクスコアによって、お客様ごと、あるいは案件ごとのリスクの高低を判断していくわけです。

第2回では、引き続きマイクロソフトのデータサイエンティストであるドディア氏に、AIやリーガルテックの活用のコツと、マイクロソフトが推進するプロジェクト「AI for Good」ついて伺います。

(取材・文・写真:BUSINESS LAWYERS編集部)

プロフィール
ラフール・ドディア(Rahul Dodhia)
Microsoft Corporation, Corporate, External and Legal Affairs (CELA)
データサイエンス&AIチーム シニアディレクター

マイクロソフトコーポレーションのデータサイエンス&AI担当シニアディレクターとして、マイクロソフトおよび各パートナー企業に所属する世界クラスの研究者と共同で法務業界のためのデータサイエンスアプリケーションの開発をリードする。同時に、マイクロソフトが担う人道的活動、環境や持続可能な社会へのマイクロソフトのイニシアティブもリードしている。NASAのエイムズ研究センター、アマゾン、エクスペディア、またスタートアップのコンサルティングなどを経て現職。コロンビア大学で数理心理学博士号を取得しており、データサイエンス分野での活躍は20年に及ぶ。

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