改正民法におけるM&A契約の留意点

取引・契約・債権回収
福冨 友美弁護士 弁護士法人大江橋法律事務所

目次

  1. 改正民法がM&Aの実務へ与える影響
  2. 改正民法の表明保証条項への影響
    1. そもそも「表明保証」とは
    2. 表明保証責任と瑕疵担保責任に関する規定との関係
    3. 表明保証責任と錯誤との関係
    4. 表明保証違反に基づく補償請求権と消滅時効
  3. 法定解除に関する改正
  4. 法定利率に関する改正

改正民法がM&Aの実務へ与える影響

 平成29年5月26日、「民法の一部を改正する法律」(平成29年法律第44号。以下「改正民法」といいます)が国会で可決され、平成32年4月1日の施行が予定されています。この改正民法は、財産法の分野では、民法制定以来の抜本的な改正であり、債権や契約に関する規定が主たる改正対象となっています。

 この改正民法が各種の取引契約へどのような実務的影響を与えるかについて検証している論考は多数見受けられますが、改正民法がM&Aの実務に与える影響について正面から取り上げたものは少数です。そこで本稿では、改正民法がM&Aの実務に与える影響について従前の議論も踏まえて検討します。実務家の皆様への一助となれば幸いです。

改正民法の表明保証条項への影響

そもそも「表明保証」とは

 「表明保証」とは、M&A契約の一方が相手方に対し、一定の事項が真実かつ正確であることを表明し保証するものです。表明保証は、英米法の「Representation and Warranties」に由来するもので、日本法には存在しない概念です。

 そのため、表明保証違反に基づく補償責任が日本法においてどのような法的性質を有するかは従前から議論がありましたが、現在は、表明した事実と真実が異なっていたことに起因する損害を担保することを目的とした損害担保特約に基づく補償責任であり、法令上の債務不履行責任や瑕疵担保責任とは異なる責任と解されています。なお、表明保証違反に起因して買主または売主が被る経済的損失を補償する、表明保証保険といったものもあります。詳細はリンクをご参照下さい。

 参照:「M&Aのリスクを低減する「表明保証保険」とは

表明保証責任と瑕疵担保責任に関する規定との関係

(1)瑕疵担保責任に関する、改正民法の内容

 ご承知のとおり、現行民法の瑕疵担保責任(現行民法570条)は、売買の目的物に「隠れた瑕疵」があった場合の売主の担保責任であり、この法的性質については、法律が定めた特別の責任とする見解(法定責任説)と、契約上の債務不履行責任の一種とする見解(契約責任説)が対立していました。

 改正民法では契約責任説の立場が採用され、売主は、種類、品質および数量に関して売買契約の内容に適合した目的物を買主に引き渡す債務を負うとともに、売主が売買契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合、買主による追完請求(目的物の修補請求、代替物・不足分の引渡請求)も認めています(改正民法562条1項および565条)。

表明保証責任と瑕疵担保責任に関する規定との関係

 また、従来の判例は「瑕疵」の実質的な意味を「契約の内容に適合しないこと」と解しており、改正民法では、これを踏まえ、「瑕疵」に代わって、売買契約の目的物が種類、品質および数量に関して売買契約の内容に適合しないこと(いわゆる「契約不適合」)というより具体的な文言が置かれました。

(2)表明保証違反に基づく補償責任=瑕疵担保責任か、契約不適合責任か

 現行民法においても、売主の表明保証違反に基づく補償責任が売主の瑕疵担保責任と同じといえるかについては議論がありましたが、前記のとおり表明保証違反に基づく補償責任は損害担保特約に基づく責任であり、瑕疵担保責任とは異なると解されてきました。

 改正民法では、売買の目的物に関する売主の担保責任について契約責任説が採用されましたが、表明保証違反に基づく補償責任がこの担保責任と同じといえるでしょうか。この点、売主の担保責任が契約責任、つまり債務不履行責任と位置付けられたことにより、損害賠償請求には売主の帰責事由が必要となると考えられますが(改正民法415条1項ただし書。筒井健夫ほか編著『一問一答民法(債権関係)改正』280頁(商事法務、2018))、多くのM&A契約では、表明保証違反に基づく補償責任の追求には、売主の帰責事由が不要とされています。また、売主の表明保証事項には契約目的物以外の事項も広く含まれます。そのため、表明保証違反に基づく責任と売主の担保責任が同じとは言い難いように思われます。

 他方で、改正民法では売主の担保責任を契約責任とすることが明確になり、損害担保特約に基づく表明保証責任と共に、契約に基づく責任の一種という位置付けとなります。さらに、「隠れた瑕疵」から「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるとき」との文言変更については、現行民法の「瑕疵」の解釈を実質的に変更する趣旨ではないとされているものの、今後の実務、裁判例の動向によっては当初想定されていなかった解釈がされる可能性があります。

 また、表明保証事項の内容には、改正民法が問題とする契約目的物の種類、品質、数量を定めたものも含まれることも多いです。以上のような要素を考え合わせると、改正民法の施行後は、M&A契約上の表明保証違反が生じた場合、M&A契約に基づく補償責任と併せて、改正民法に基づく売主の担保責任が生じる余地はないとは言い切れないと考えられます。

表明保証違反に基づく補償責任=瑕疵担保責任か、契約不適合責任か

 仮にこれらの責任が併存する場合、表明保証違反の効果としてM&A契約で定めた救済手段に加えて、より広い内容の改正民法上の救済手段(取引実行後の契約の法定解除等)が認められる可能性があります。そのため、改正民法施行後のM&A契約では、このような可能性をあらかじめ防ぐことが望ましいと思われます。

(3)M&A契約を締結する際の実務的な留意点

 現行民法下でも、M&A契約において、契約違反があった場合の救済手段を当該契約に明記された補償請求等に限定する規定が置かれることがあります。改正民法の施行後も、このような規定を置くことで、表明保証違反に基づく補償責任と売主の担保責任が併存する場合に備え、M&A契約で定めた救済手段を超える改正民法上の救済手段の発生を防ぐことができると考えます。

【条項例】
第◯条(救済手段の限定)
本契約のいずれかの当事者が本契約に基づく義務に違反した場合又は本契約のいずれかの当事者につき第◯条に定める表明保証に違反があった場合、本契約の他の当事者が有する権利は、第◯条に定める補償の請求及び第◯条に定める解除に限られる。これらの権利を除き、本契約の各当事者は、債務不履行、瑕疵担保責任、不法行為、錯誤その他法律構成の如何を問わず、本契約に関連して他の当事者に対して損害賠償等の請求又は本契約の解除、錯誤取消その他の権利を行使することはできない。

 また、現行民法下の下級審裁判例では、表明保証違反に基づく補償請求の成否の判断に関し買主の主観的事情が影響し得ることを前提としたものがあり、このような裁判例を受けて、実務上、買主の善意無過失という主観的事情にかかわらず買主が売主に対し補償請求できる旨の定め(いわゆるプロ・サンドバッギング条項)も採用されてきました。改正民法においては売主の担保責任の追求にあたり買主の善意無過失までは要求されなくなりました(改正民法562条1項および563条1項)が、この改正は上記の実務と矛盾するものではないため、今後も従前の実務が踏襲されると考えられます。

表明保証責任と錯誤との関係

(1)錯誤に関する改正民法の内容

 現行民法下の錯誤は、解釈上、表示の錯誤と動機の錯誤とが区別され、動機の錯誤については、動機が意思表示の内容として相手方に表示されなければ、表意者は錯誤無効を主張できない、と解されてきました。

 改正民法では、まず、従来「無効」とされていた法律効果を、「取消」に変更しました。また、表示の錯誤と動機の錯誤を明示的に区別し(改正民法95条1項1号および2号)、動機の錯誤については、現行民法下での解釈を明示する観点から、「その事情が法律行為の基礎されていることが表示されていた」場合に限り、錯誤による意思表示の取消を認めました(改正民法95条2項)。「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていた」場合とは、意思表示の動機となった事情が契約の当然の前提となるなど法律行為の基礎とされ、その旨が表示されたといえる場合、と解されています。

【改正民法】
(錯誤)
第95条 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
 一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
 二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
(以下略)

(2)表明保証違反と買主の錯誤取消

 現行民法においても、売主の表明保証違反があった場合、動機の錯誤があったとして買主が契約締結の意思表示の錯誤無効を主張できるかは議論されていましたが、表明保証の真実性はあくまで補償責任や取引実行前の契約解除を基礎づけるに過ぎず、M&A契約では取引実行後の法律関係の巻き戻しは基礎づけないとして合意されることが多く、このような場合、取引実行後は、買主は売主の表明保証違反を理由に錯誤無効を主張できないと解されてきました。

 改正民法の立法過程においても、売主の表明保証違反と錯誤無効の関係については、いわゆる「不実表示」の規定の新設の要否という観点から議論がありましたが、上記のようなM&A契約において当事者間で自律的に定められた規律を、錯誤という法令上の効果により乱すべきではないなどといった考え方から(法制審議会民法(債権関係)部会第80回会議(平成25年11月19日開催)部会資料71-2の23頁から25頁参照)、改正民法下でも、M&A契約において取引実行後の解除等の法律関係の巻戻しは認めないと合意した場合、取引実行後は、買主は売主の表明保証違反を理由に錯誤取消はできないと解されています。

(3)実務的な対応

 もっとも、売主の表明保証違反と買主による錯誤取消の可否について明文上の規律があるわけではなく、「法律行為の基礎とされていることが表示された場合」と表明保証違反との関係は、個々の契約で定めた表明保証違反の効果により変わり得ます。

 そのため、売主の表明保証違反と買主の錯誤取消の可否については、個々の契約において明示的に規律しておくことが、後の紛争を防ぐ観点からも有用と考えます。具体的には、前記2-2(3)で述べたように、M&A契約において、契約違反があった場合の救済方法を契約で明記されたものに限定することなどが考えられます。

表明保証違反に基づく補償請求権と消滅時効

(1)主観的起算点と客観的起算点

 改正民法では、主観的起算点と客観的起算点という2種類の消滅時効の起算点を設け、①権利者が権利を行使できることを知ったとき(いわゆる主観的起算点)から5年、②債権者が権利を行使することができる時(いわゆる客観的起算点)から10年と、時効期間が改正されました(改正民法166条1項)。

 この改正に伴い、商事消滅時効期間(商法522条)は廃止される予定です。もっとも、表明保証違反に基づく補償請求権の客観的起算点が具体的にいつか、という問題については、取引実行時とする見解と、買主または対象会社が売主の表明保証違反により現に損害を被った時点とする見解の対立があり、この点はM&A契約において補償請求に関する条項をどのように定めるかにも左右されることから、必ずしも一義的ではないと考えられてきました。

 民法改正と商事消滅時効期間の廃止によってこの論点の解釈が変わることはないと考えられるため、改正民法下においても、客観的起算点が具体的にいつになるかは、M&A契約における補償請求に関する条項の定め方も踏まえて、個別具体的な検討が必要になると考えます。

主観的起算点と客観的起算点

(2)5年よりも長期の補償請求権

 また、現行民法下でのM&A契約では、契約当事者の一方が会社であることが多いため、M&A契約に基づく補償請求権等の消滅時効期間は商事消滅時効期間である5年(商法522条)となるケースが多いと思われますが、個々のM&A契約では、より短期(たとえば取引実行後2年間等)や長期(たとえば租税に関する表明保証違反に係る補償請求については取引実行後7年間等)の補償請求権の権利行使期間を設ける例もありました。

 この点、商事消滅時効期間が適用されるケースにおいて、5年よりも長期の補償請求権の権利行使期間を合意することは現行民法146条に反し無効であるという見解もありましたが、改正民法下では、客観的起算点からの時効期間が一律10年となるため、租税に関する表明保証違反に係る補償請求権の権利行使期間を取引実行後7年とすることは、上記客観的起算点からの時効期間を短縮する合意にすぎないとして、有効となると解されます。

(3)時効の完成猶予

 さらに、改正民法では、当事者が書面または電磁的記録により協議を行う旨の合意をすることで、一定期間時効の完成を猶予できる制度も新設されました(改正民法151条)。現行民法では、時効を中断させるためには、権利者が債務者に対し裁判上の請求等を行う必要がありましたが、今後はこのような制度を利用することも考えられます。

法定解除に関する改正

 改正民法では、法定解除(履行遅滞等および履行不能に基づく解除)の要件について、催告解除・無催告解除などの類型化が行われました。また、改正民法では法定解除の要件として債務者の帰責事由が不要とされましたが(改正民法541条および542条)、他方で、債務の不履行がその契約および取引通念上の社会通念に照らして軽微である場合の解除が制限されました(改正民法541条ただし書)。

 M&A契約では、契約解除事由も契約ごとに定められることがほとんどであり、改正民法下でも同様の運用が継続すると想定されます。もっとも、契約上の解除事由と法定解除事由との関係(両者が併存するか契約上の解除事由に限定されるか)については、法令上明確な定めがないため、仮に両者が併存する場合、M&A契約上において契約解除事由を限定していたにもかかわらず(たとえば、重大な表明保証違反があり取引実行時までに治癒できないことが明らかな場合等)、改正民法に基づき契約が解除される、といったリスクが生じ得ます。

法定解除に関する改正

 このような状況を避けるためには、契約上の解除事由と法定解除事由との関係を明確に規律しておくことが望ましいと考えます。具体的には、2-2(3)で述べた救済方法を限定する規定を置いたり、個々の解除事由について、ある義務違反についてはその程度の軽重を問わず契約解除事由とする旨などを明示的に定めることなどが考えられます。

法定利率に関する改正

 改正民法では、従来年5%に固定されていた法定利率について、年3%に引き下げられるとともに変動制が採用されました(改正民法404条)。この変動制の導入に伴い、商事法定利率(年6%。商法514条)は廃止される予定です。現行民法下では、補償請求権の遅延損害金等の利率は商事法定利率により計算されていましたが、改正民法下では、M&A契約において特別な定めを置かない場合、改正民法に基づく変動利率が採用されます。そのため、債権管理を簡便に行ったり、将来補償請求され得る金額の予測を立てやすくする観点からは、改正民法下では、合意による利率の定めを置くのが便宜であると考えます。

【条項例】
第◯条(約定利率)
第◯条に定める補償請求権に係る遅延損害金その他本契約に基づき発生する一切の債権に係る利息、遅延損害金の利率は、年◯%とする。

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