債権者から見た民事再生手続―民事再生手続における商取引債権の弁済―(上)

事業再生・倒産

目次

  1. はじめに
  2. 再生債権の弁済制限とは
  3. 商取引債権の保護の必要性
    1. 「債務者の事業価値の毀損を最小限にとどめるため」という視点
    2. 取引の継続が困難になることと事業価値の毀損
    3. 民事再生手続における手続の公平の重要性
  4. おわりに

はじめに

 企業がその事業活動をする中で、自社の取引先が再建型の倒産手続、すなわち、民事再生手続会社更生手続を申し立てることがあります。その場合、自社の商取引債権(取引先である債務者が事業を営んでいく上で発生する通常の取引行為により発生する売掛金などの金銭債権)がこれらの手続においてどのように取り扱われるのか、全額の支払(弁済)を受けることができるかどうかが、重大な関心事になると思います。

 事業の継続を前提とする再建型の倒産手続を申し立てた会社(以下、民事再生手続においては「再生債務者」といい、会社更生手続においては「更生会社」といいます)は、取引先に対し、申立てをした直後に、「手続開始前の債権は、法律に従って、更生計画または再生計画に従って支払うことになるので、現時点で支払うことはできませんが、今後、発生する債権は全額支払いますので、従前の取引を継続していただきたい」と求めるのが一般的です。

 これに対して、取引先が「これまでの債権全額が支払われない以上、今後の取引には応じられません」と主張して、ただちに従前の取引の継続に応じないことも少なくありません。

 このように、手続開始前の商取引債権の弁済については、取引継続の問題とも関連して、再生債務者および更生会社と取引債権者との間で、しばしば、深刻な対立に至ることがあります。

 再建型の倒産手続における商取引債権の弁済については、近年、商取引債権の保護の観点から、活発な議論がされていますが、その多くは「会社更生手続」において論じられています。しかし、再建型の倒産手続の大部分を占めるのは「民事再生手続」です。
 そこで、本稿では、「商取引の相手方である会社が民事再生手続を申し立てた場合、自社の商取引債権は、どのような場合に民事再生手続によらずに弁済を受けることができるのか」という点について前後半の2回にわたり考えてみたいと思います。

再生債権の弁済制限とは

 再生債務者に対し再生手続開始前の原因に基づいて生じた売掛金などの財産上の請求権は、それが共益債権(民事再生法119条等)、または一般優先債権(民事再生法122条1項)に該当しない限り、「再生債権」とされます(民事再生法84条)。

 再生債権は、民事再生手続に参加し、再生計画の定めに従った権利内容の変更を経て(民事再生法154条1号、179条1項)、その行使をすることができるのが原則とされており(民事再生法179条2項)、民事再生手続によるのでなければ、再生債務者の財産から支払を受けることは許されません1

 そして、ほとんどの再生計画において、再生債権は、その債権額が大幅に減額されます。そのため、再生債権は、再生計画認可決定が確定した場合には、その再生計画の定めに従って、債権の内容が変更されてしまいます(民事再生法179条1項)。その結果、自社の取引債権が再生債権とされた場合には、大幅に減額された僅かな金額の弁済しか受けることができないこととなってしまいます

再生債権の特徴
  • 再生計画の定めにしたがって権利内容が変更された上で行使される
  • 多くの場合、債権額が大幅に減額される

商取引債権の保護の必要性

「債務者の事業価値の毀損を最小限にとどめるため」という視点

 民事再生手続は、再生債務者の事業の再生を図ることを目的としていますが(民事再生法1条)、この目的を実現するためには、手続中に、再生債務者の事業価値の毀損を最小限にとどめることが重要です。

 民事再生手続は、「債務者に破産の原因となる事実の生じるおそれがあるとき」または「債務者が事業の継続に著しい支障を来すことなく弁済期にある債務を弁済することができないとき」に申立てをすることができるとされています(民事再生法21条)。

 したがって、その申立てがされ、開始決定がされたということは、「自社の債務をこれまで通りには支払うことができない状態にあること」を対外的に明らかにすることにほかなりませんので、このこと自体が再生債務者の信用を低下させることは避けられません。

 この信用低下による事業価値の毀損を最小限にとどめるためには、民事再生手続が迅速に進行されることが重要です。そして、それに加え、その事業価値の毀損を最小限にとどめるためには、商取引債権について、これが再生債権に当たる場合であっても、可能な限りその弁済のなされることが、重要であるとされています2

取引の継続が困難になることと事業価値の毀損

 確かに、再生手続開始後の再生債務者の業務に関する費用は一般の共益債権として、民事再生手続によらないで随時弁済することができます(民事再生法119条2号、121条1項)。

 しかし、民事再生手続の申立てと手続開始決定自体が前記のように再生債務者の信用低下を生じさせてしまうことからすると、再生債権である従前の取引に基づく債権の弁済がなされないままでは、少なからぬ債権者が取引の継続、商品の供給に難色を示すことが予想されます。実際にも、民事再生手続においては、従前の取引先が取引の継続に難色を示すことは珍しくありません。

 そして、従前の取引の多くが継続困難になれば、事業継続は困難を極め、その事業価値は著しく損なわれることになります3
 私的整理ガイドラインでは、商取引債権者には、原則として手続の実施による負担を求めないことによって事業価値の毀損を防ぐものとされています。
 また、事業再生ADRにおける一時停止の要請通知が、商取引債権者の保護を前提として金融債権者を対象として発されるというのも、商取引債権者に対し、これらの手続に制約されることなく随時弁済することが事業価値の毀損を防止することになると考えられているからです4

民事再生手続における手続の公平の重要性

 これらによれば、再生債権である商取引債権に対する手続外の弁済を広く許容することがその事業価値の毀損を防止する上で有効であることは疑いないことだと思います。

 そうすると、事業価値の毀損の防止という点だけを考えれば、民事再生手続においても、私的整理のガイドラインなどと同じように、再生債権である商取引債権に対する手続外の弁済を広く許容し、その保護を図れば良いということになりそうです。

 しかし、ここで忘れてはならないのは、私的整理ガイドラインも事業再生ADRも、各債権者が同意した債権の権利変更がされるにとどまるのに対し、民事再生手続における再生債権の権利変更は、これに同意しない債権者の債権も対象とされる、という点です。

 すなわち、民事再生手続においては、再生計画が可決され、裁判所による再生計画認可決定が確定すれば、この権利変更を含む再生計画案に反対した再生債権者の債権までも変更されてしまいます。このように民事再生手続では、再生計画案に反対した再生債権者の債権も再生計画案の定めに従って債権額が減額され、減額後の債権の弁済を受けることができるにとどまるとされています(民事再生法174条、178条、179条)。

 憲法において保障された財産権(憲法29条)である債権が債権者の意思に反して減額されることは、民事再生手続が、法の定める手続に基づいて、各債権者を公平に扱って進行することによって、はじめてその正当性が保障されると考えられます。
 そうすると、民事再生手続における商取引債権の保護の問題を考える際には、再生債務者の事業価値の毀損の防止を図ると同時に、民事再生手続が、法の定める手続に基づいて、各債権者を公平に扱って進行することにも十分な配慮がされる必要があります。

再生手続申立後の留意点
  • 信用低下により事業価値を低下させないことが大事
  • 例えば、私的整理ガイドラインなどでは、商取引債権者には、原則として手続の実施による負担を求めないことによって事業価値の毀損を防ぐようになっている
  • 他方で、民事再生手続では、手続の公平性に十分配慮する必要がある

おわりに

 今回は、商取引の相手方である会社が民事再生手続を申し立てた場合における商取引債権をめぐる問題の所在を整理しました。
 次回は「再生債権の弁済許可制度」について、弁済許可のされる判断基準、実務的な対応方法を中心にこの問題を解説したいと思います。


  1. 伊藤眞・『破産法・民事再生法』(2014年)844、846頁 ↩︎

  2. 小畑英一「再生債権をめぐる諸問題」事業再生研究機構編・『民事再生の実務と理論』(2010年)120頁、121頁。事業再生迅速化研究会報告3「商取引債権の保護と事業再生の迅速化」NBL923号12頁(2010年)、上田裕康・杉本純子「再建型倒産手続における商取引債権の優先的取扱い」銀行法務21711号(2010年)42頁 ↩︎

  3. 上田裕康・杉本純子前掲(脚注2)42頁 ↩︎

  4. 伊藤眞「民事再生・会社更生との協同を~一時停止の機能の再考」事業再生と債権管理128号(2010年)10頁 ↩︎

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