ベンチャーファイナンス・ベンチャー企業の立場からみる投資契約交渉
第1回 投資契約の概要とタームシートにおける交渉
ベンチャー
はじめに
ベンチャー企業が投資家から投資を受け入れるために締結する投資契約は、リスクマネーを投入する投資家のリスクを軽減するための仕組みですが、投資を受けいれるベンチャー企業の立場からみたとき、それらはどのような意味があるのか(どのようなリスクがあるのか)を理解することは中々難しいのではないかと思います。
そこで本稿では、ベンチャー企業が優先株式による資金調達を初めて行ういわゆる「シリーズA」の投資を題材として、投資家との間の投資契約交渉上のポイントを2回にわたって解説します。
第1回では投資契約の構成、投資契約を締結する理由、投資家との交渉スタンスを概観したうえで、タームシートでの交渉におけるポイントを説明します。
投資契約の構成
シードステージでは、ベンチャー企業、ベンチャー企業の株式を保有する創業者(ここでは契約書上の呼称として実務上よく用いられる「経営株主」と呼びます)、投資家との間で投資契約書のみが締結されますが、シリーズA以降のファイナンスではより複雑化し、取り扱うドキュメントの数も増えてきます。具体的には、シリーズAの投資契約では、
- 投資契約書(ここでは便宜上、「株式引受契約」と呼びます)
- A種優先株式発行要項(通常は株式引受契約に別紙として添付)
- 株主間契約書(ここでは「株主間契約」と呼びます)
の3つのセットで構成されます。本稿では、これらの3つの総称として、「投資契約」と呼びます。
【シリーズAにおける投資契約の構成】
契約の当事者 | 主な内容 | |
---|---|---|
株主引受契約 | 出資する投資家 発行会社 経営株主 |
|
A種優先株式発行要項 | N/A (株式引受契約に別紙として添付) |
発行要項
優先株式の内容
|
株主間契約書 | 原則としてすべての投資家 発行会社 経営株主 |
発行会社運営に関する事項
株式譲渡に関する事項
その他
|
なお、発行要項で規定されるA種優先株式の内容は定款に規定されることになりますので、A種優先株式を発行するためにはA種優先株式の発行だけでなく、A種優先株式の内容に関する定款変更についての株主総会承認決議が必要となります。
なぜ投資契約を締結するのか
ベンチャー企業が投資家から投資を受けるにあたっては、いくら調達するか(調達金額)と一株あたりいくらで発行するか(バリュエーション)といった基本的な経済条件さえ決めれば十分のようにも思われます。それにもかかわらず、投資家はなぜこのような枠組みの投資契約の締結を求めてくるのでしょうか。
投資契約の目的は、一言でいえば、「投資に伴うリスクを管理・回避すること」にありますが、もう少しブレイクダウンすると以下の①から③の3つにあるといえます。
投資契約の目的 | 左記目的のあらわれとなる規定の例 |
---|---|
①発行会社経営へのモニタリングとガバナンス |
|
②合理的なEXITの確保 |
|
③発行会社に関するリスクの回避 |
|
上記のうち①「発行会社経営へのモニタリングとガバナンス」と②「合理的なEXITの確保」は投資家全体にかかわり、条件を共通にしておくべき事項であることから、主に株主間契約書において複数の投資家共通の条件を定めることが多いといえます。これに対して、③「発行会社に関するリスクの回避」は個々の投資家のリスク判断の問題であることから主に株式引受契約において各投資家個別に設定することになります。
なお、どの規定も重要ですが、ベンチャーファイナンスにおいて、投資家は、配当によるインカムゲインではなく、IPOやM&Aを通じたキャピタルゲインによるリターンを得るという本質から、上記②「合理的なEXITの確保」の諸規定は特に重要であり、ベンチャー企業側としても条件が受け入れ可能か慎重に検討する必要があります。首尾よく当初の計画どおりにIPOできれば良いのですが、M&AによるEXITでは実施する時期と売却価格等の条件次第で、ベンチャー企業と投資家との間の利害が衝突することがあるからです。
投資家との交渉スタンス
ベンチャー企業の方に魅力ある事業計画とビジネスモデルがあり、投資家に対してバーゲニングパワーを持っていれば別かもしれませんが、多くの場合、ベンチャー企業は出資を受ける立場であることから、投資家からの投資契約条件の提案をある程度尊重せざるを得ません。また、ベンチャーキャピタルのような機関投資家は自社の投資条件について統一的な方針があり、その方針から外れるベンチャー企業からの提案を容易に受け入れることはできないことがあります。
とはいえ、あくまでも対等な当事者間での取引ですから、投資家の要望をすべて受け入れる必要はなく、ベンチャー企業と経営株主自身の利益のため伝えるべきことは伝えるべきです。
特に、投資家にとって有利な条件を受け入れると、次回以降のファイナンスでもそのときの投資家にそれ以上に有利な条件を付与せざるを得なくなることがあります。そのため、投資家の提案を受け入れることで、次回以降のファイナンスに支障が生じないかという点も考慮に入れる必要があります。
交渉の主戦場はタームシート
シリーズA以降の投資契約交渉では、いきなり契約書一式のドラフトが作成されることはあまりなく、リード投資家から投資の主要な条件をまとめた「タームシート」が提示され、タームシートのやりとりを通じた交渉で重要な点をおおむね合意した後で、契約書のドラフトが提示されるという段取りが多く行われています。
タームシートを通じた交渉は、投資契約の諸条件の中で重要なものについて合意した場合にだけ詳細なドキュメンテーションに進むものとし、逆にタームシートレベルで合意できなければディールブレイクとなり、余計なドラフティングの手間と費用をかけないで済む点で効率的であるといえます。
一方で、ベンチャー企業側としては問題点もあります。たとえば、以下のタームシート例のように極めて簡易な記載がなされることも少なくありません。
【タームシートの記載例(※A種優先株式の箇所のみを抜粋)】
このように具体的内容の記載が簡略化されたタームシートの場合、ベンチャー企業側でもこの分野に経験のある弁護士がレビューしている、または他社での資本政策に十分な実績を有するCFOが担当しているなど、投資契約実務の共通言語を理解している人が関与していれば良いのですが、シリーズAの段階ではベンチャー企業の側の体制構築が十分ではない場合がありえ、その場合にはこの記載だけではどのような内容なのかよく理解できないのではないかと思います。タームシート上の記載だけでは理解できない条項があれば、タームシートを作成したリード投資家に具体的な内容を記載してもらうよう依頼した方が望ましいといえます。
また、タームシートの記載に重要な論点が漏れていることもあります(その原因としては、①リード投資家側が重要な条件ではないと判断して意図的に含めていない、②タームシート段階ではリード投資家側の弁護士がチェックしておらず、重要な論点を落としている、といった事情が考えられます)。タームシートベースで合意してこれでおおむね投資条件は固まったと思っていたのに、提示された最終契約案を見たらタームシートレベルでの合意までに聞いていなかったベンチャー企業側にとって不利益な条件が含まれていた、ということもありえます。
タームシートでおおむね条件が固まって、最終契約交渉の段階から弁護士にレビューを依頼するケースも見うけられますが、タームシートの段階で重要な条件が固まってしまう以上、タームシート交渉開始までに弁護士にレビューを依頼した方が望ましいでしょう。

柴田・鈴木・中田法律事務所
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