データ・オーナーシップがビジネスに与えるインパクト
第1回 IoT・ビッグデータ・AIビジネスに対する法的保護の「今」と「これから」
IT・情報セキュリティ 公開 更新
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はじめに
近年のIoT・ビッグデータ(BD)・人工知能(AI)等の情報技術の発展に伴い、ビジネスにおけるそれらの利活用が注目され、毎日のように関連した報道等がなされています。また、政府においても、経済産業省、総務省、厚生労働省、IT戦略本部、知的財産戦略本部等の多数の省庁が競って、日本におけるデータビジネスの拡大に向けて、自動車、流通、金融、環境、医療・健康等のさまざまな分野においてデータの利活用のための施策を急激に推進しています。
他方で、企業の保有する情報は、標的型メールによる情報漏えい、ランサムウェアによる情報を人質にした身代金要求、内部者による大量の顧客情報の無断持出しといった、さまざまなリスクにさらされています。そのような中で、ビジネスの源泉である自社の情報資産をどのように管理していくのかは、企業にとって重大な経営課題となってきています。
本稿では、IoT・ビッグデータ・AIビジネスに関する法規制や法的保護の現状を整理したうえで、企業において、具体的にどのように情報資産としてのデータを管理していくべきかについて、全4回にわたり解説していきます。
IoT機器が生成したデータは誰のもの?
IoTサービスのイメージ
IoTとは、Internet of Thingsの略称で、一般的には、自動車、家電、ロボット、施設等あらゆるモノがインターネットにつながり、情報のやり取りをすることで、モノのデータ化やそれに基づく自動化等が進展し、新たな価値を生み出すことをいいます。
たとえば、工場に工作機械を納入している機械メーカーが、既存の工作機械にセンサーと通信機能を付加して、納入した工作機械の稼働データを継続的に収集して分析することで、ユーザーである工場に対して、適時に工作機械の部品の交換を提案するといったサービスを提供するような事例があげられます。このようなIoTサービスによって、ユーザーである工場にとっては安定的な製造ラインの稼働継続を実現することができ、他方、機械メーカーにとっては部品等の継続的な取引につながり、顧客の囲い込みに繋がることにメリットがあるといわれています。
具体的な問題点
ところで、このような事例において、ユーザーである工場は、工場内での工作機械の配置見直しの効果測定のために、当該稼働データを利用したいと考えた場合に、機械メーカーに対してデータを利用する権利を主張することはできるのでしょうか。他方、機械メーカーは、ユーザーである工場の了解なしに、当該稼働データを、自社の工作機械の開発や改良に使用したり、他のユーザー向けに生産効率化のコンサルタントサービスに利用したり、故障を予見するAIに学習させるための学習用データに利用したり、そのAIを他のユーザーにも有償で提供したりしてもよいのでしょうか。
これらの問題を「法的にデータは誰のものなのか」という観点から整理すると、法律上、データは無体物であり、民法上所有権や占有権の対象外とされており(民法85条、206条・180条)、原則として特定の者が排他的・独占的に利用することは認められていません。
その理由としては、データは、複製や重畳的利用が可能かつ容易であり、利用による消失・減耗もないため、特定の者に独占させるのではなく、広く利活用されることが世の中にとって有益だからといわれています1。例外的に、データが特許権、商標権等の知的財産権や著作権の対象となるような、法律が認めた一定の価値のある情報に該当する場合には、その発明者等に法的権利が発生することになります。
したがって、上記の事例における機器の稼働データのように、単なる事実に関するデータは、原則として、知的財産権等は発生せず、法的権利の対象にはなりません。
よって、上記の事例において、機械メーカーと工場との間の契約において別段の定めがない限りは2、当該稼働データの利用については、当該稼働データを保存するサーバー等を管理してデータを保有する側は自由に利用できる一方、データを保有していない側は全く利用することができないというAll or Nothingの関係になります。
データ・オーナーシップとは
上記の事例において、機械メーカーが管理するサーバーにのみ稼働データが保存され、工作機械の売買契約以外には何らの契約書も交わされていない場合には、機械メーカーは稼働データを独占的に自由に利用できる一方で、工場は全くデータを利用できないことになります。
しかしながら、工場が工作機械を稼働させなければ、実際の製造現場で稼働させた場合のリアルな稼働データは創出できないにもかかわらず、機械メーカーがデータを独占して、工場に独自のデータ利用のニーズがあっても全く利用できないというのは、感覚的には不公平・不合理に感じるところもあります。
IoTビジネスにおいては、IoT機器を通じてデータの創出に多数の者が関与する一方で、機器に付加された通信機能によってデータは外部に送信されてユーザー側の機器には残らないため、データの創出に寄与した者がデータを保有しない事態が多発することになり、上記のようなデータ利用の不公平・不合理な感覚がより問題視されることになります。
そのような中で、データ創出に寄与した者によるデータの利活用権限の主張を公平に認めていくことが望ましいとする「データ・オーナーシップ」という考え方が注目されており3、現在の政府におけるデータの利活用のための施策のベースになっているといえます。
データにどのような法的権利を与えるべきか
日本におけるデータビジネスの拡大のためには、データビジネスに対する投資インセンティブを与えるために、一定の範囲でデータを独占させる権限を付与する必要がある一方で、データを特定の者に独占させるとデータビジネス自体が発展・拡大しないというジレンマがあります。データビジネスに対する投資インセンティブを与えるために、データに対してどのような法的権利を与えるべきでしょうか。
近年、いわゆる「プラットフォーマー」といわれる大量のビッグデータを保有している事業者として、GoogleやFacebook、Amazon、Microsoft等があげられますが、これらの大手IT企業はいずれも米国の企業です。米国において、データに対して特殊な法的権利を認めているかというと、むしろ規制を行わずデータの自由な利活用を促進する政策がとられているといえます。
にもかかわらず、これらの米国の企業がデータの規模を拡大させ、データビジネスで成功することができたのは、ネットワーク効果にあるといわれています。すなわち、いずれの企業のサービスについても、より多くのユーザーが当該サービスを利用していることを理由に、新たなユーザーは当該サービスを選択するという直接ネットワーク効果と、ユーザーに商品等を販売する広告主や出店者等の事業者も当該サービスへの広告や出店を選択するという間接ネットワーク効果が生じ、その結果、より多くのユーザーと事業者に選ばれて独占的なビジネスになっているということです4。
これらの「プラットフォーマー」は、データの自由な利活用を前提として、利用規約によってユーザーや事業者から収集したデータを自らが利活用できる権限を設定し、自らの事業に活用しているのであって、データに対する法的権利の保護が必ずしもデータビジネスの発展に有効なわけではないと思われます。
むしろ上記のようなビッグデータの独占が市場に及ぼす影響が問題視されており、公正取引委員会において、ビッグデータを特定企業が独占するのを防ぐため、新たな指針をまとめることが予定されています5。
データ保護のフレームワーク
政府においては、「データ・オーナーシップ」の考え方に基づき、データの保護については、特許権や著作権のような新たな独占的な法的権利を認めるのではなく、データの創出に寄与した者の間において契約で利用権限や利用範囲を明確化することで解決し、その設定されたルールを逸脱した自由競争の枠外にある者に対してのみ規制を行うという方向で整理がなされました6。
具体的には、経済産業省において、事業者間でデータの利用権限が明確となっていないが故にデータ流通が進まないという課題を解決すべく、事業者間の取引に関連して創出、取得または収集されるデータの利用権限を契約で適正かつ公平に定めるための手法や考え方を整理した「データの利用権限に関する契約ガイドラインVer1.0」が策定されました。この詳細とその実務対応については第2回で解説します。
また、そのような契約で明確化された利用権限に違反して使用・提供したり、データを不正に取得する者に対しては、不正競争防止法の改正によって新たに規制することが検討されています7。
さらに、個人情報を含むビッグデータに対しては個人情報保護法等に基づく規制も生じますが、その対応としてPersonal Data Store(PDS)やデータ取引市場等の構想が検討されています8。これらの詳細と実務対応については第3回で解説します。
以上のように、今後も情報は誰もが自由に無償で利用可能なものであるという大原則は変更されないですが、他方で、IoTの普及に伴って注目されている「データ・オーナーシップ」という考え方は、社会に対してデータの取扱いへの意識変革を呼び起こす契機となるものと思われます。
2017年10月2日(月):1.はじめにの記載内容を一部修正いたしました。
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経済産業省 商務情報政策局「オープンなデータ流通構造に向けた環境整備」(平成28年8月29日、産業構造審議会情報経済小委員会 分散戦略WG(第7回)事務局資料) ↩︎
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現在の実務においては、当事者間の契約等に慣行的に組み込まれている秘密保持義務や提供情報の目的外利用の制限等の条項により、データを保有する側においても提供サービス以外には利用できないケースも多く、そのような慣行がデータの利活用を阻害しているといえます。 ↩︎
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経済産業省「産業構造審議会 商務流通情報分科会 情報経済小委員会 分散戦略WG 中間取りまとめ」(平成28年11月)
知的財産戦略本部 検証・評価・企画委員会 「新たな情報財検討委員会報告書-データ・人工知能(AI)の利活用促進による産業競争力強化の基盤となる知財システムの構築に向けて-」(平成29年3月) ↩︎ -
経済産業省「第四次産業革命に向けた横断的制度研究会 報告書」(平成28年9月)参照 ↩︎
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公正取引委員会競争政策研究センターにおいて、「データと競争政策に関する検討会 報告書」が公表され、これに基づいて指針が策定されることが予定されています。 ↩︎
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産業構造審議会 新産業構造部会 事務局「新産業構造部会 Society 5.0・Connected Industriesを⽀える『ルールの⾼度化』」(平成29年4月5日) ↩︎
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産業構造審議会 知的財産分科会 営業秘密の保護・活用に関する小委員会「第四次産業革命を視野に入れた不正競争防止法に関する検討 中間とりまとめ」(平成29年5月) ↩︎
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データ流通環境整備検討会 AI、IoT時代におけるデータ活用ワーキンググループ「データ流通環境整備検討会 AI、IoT時代におけるデータ活用ワーキンググループ 中間とりまとめ」(平成29年3月) ↩︎
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